本書は、今ではお目にかかれないような文学史スタイルで書かれた日本古代文学の歴史といえます。
いや、たんにスタイルばかりでなく、そもそもひとりの著者が単独で通史としての文学史を書いているという点でも今ではまず見ることのない試みかと思われます。
現在では少しわかりにくくになっていますが、本書の方法論にはたぶん戦前から戦後にかけての歴史学(とくに石母田正)や古代学、民俗学の流れのうえにルカーチなどのマルクス主義的美学も色濃い影を落としているのだろうと思えます。
いっぽうに、「言葉の芸術としての文学は、言葉を生みだし、言葉の命を支える母なる大地である民族生活に、感覚的にもっとも強く制約された芸術だといいうるのであり、いつの時代においてもあらゆる真にすぐれた文学は民族的基礎の上にしか生長しない」というような本書での著者の言挙げを読むと、まあヘルダーが提唱した、民族に深く根ざした民族固有の国民文学というようなドイツ流の観念にとどまらず(本書にはしばしば「民族精神」ということばも出てきます)、また著者の意図にもかかわらず、どうしたものか戦前のことばづかいの残映がなおそこに映えているような気がしなくもありません。
まあでもいまとなっては、本書を読む場合、著者がどういうイデオロギー的な立場にあったのかということはあまり気にせず、新古今集にゆきつく以前、つまり平安末期までの、著者のいう「古代」日本の文学の流れを、著者の視点、著者の叙述によってまずは素直にたどってゆけばいいのでは、と思います。
文学史というのは、歴史の一分野でもあると考えれば、学問研究ふうにある種の客観性をよそおうことが通常のやりかたであるのでしょうが、本書で著者はしかし、みずからの文学観、歴史観にしたがって、古代よりあらわれる文学事象や作品にたいしてつぎつぎとみずからの価値判断をくわえていきます。
たとえば:
「われわれはここで[『古今集』以降の]和歌史の詳細にたち入ることを止めようと思う。これは紙数の制約のためでもあるが、他方、文学としてそれらはきわめてつまらぬからである。[…]当時の貴族らの意識にとって、かりにいかに和歌が重大であったにせよ、それが客観的に作品として低劣であるならば、彼らの意識に即してそれに価値を与える必要はすこしもない。」
評者自身も『古今集』以降の(あるいはそれもふくめて)『後撰集』『拾遺集』…とつづく和歌については読んで面白くないとは思うものの、せめて文学史なら、それらの和歌がどう「つまらぬか」その理由を書きそえるのが一般的かと思えますが。
ともあれ本書を読むと、著者個人がくわえる、現在ある文学史等ではまずお目にかかれない、そうした正負はっきりとした価値評価に驚いたり、共感したり、反撥したりという普段にはない読書体験が得られます。
そしてそのことこそがこの1951年の初版『日本古代文学史』にいまでも読む価値をあたえているものとなりましょう。
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日本古代文学史 (岩波現代文庫 学術 152) 文庫 – 2005/12/16
西郷 信綱
(著)
- 本の長さ322ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日2005/12/16
- ISBN-104006001525
- ISBN-13978-4006001520
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登録情報
- 出版社 : 岩波書店 (2005/12/16)
- 発売日 : 2005/12/16
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 322ページ
- ISBN-10 : 4006001525
- ISBN-13 : 978-4006001520
- Amazon 売れ筋ランキング: - 715,570位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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2019年8月3日に日本でレビュー済み
2020年5月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
裏表にわたり破損(部分的にやぶけ箇所)あり。緊急に必要があったので返品せず。
予定通りの配達だったので助かりましたが。
予定通りの配達だったので助かりましたが。
2010年3月17日に日本でレビュー済み
日本の古代文学について、その前史から「古事記」「日本書紀」「風土記」、宣命・祝詞、記紀歌謡に始まり、「新古今和歌集」で締めくくられる流れを眺望した一冊。その前史は民俗学の知見を交え、「古事記」以下の記述は当時の権力の構造とその変化に注意を払ってなされている。なにしろ古代に残された書物を享受出来、書き残すことの出来たのは一定の身分以上の人たちだけだったのは間違いのないことで、この著作では作をものした人たちがどのような身分で、どのような境遇の人たちだったのかを詳しく述べている。その意味で、解りにくい中古の諸作品のことが理解しやすくなったし、古代日本史を解りやすくする効果もあると思う。
また、歌のジャンルが記紀歌謡の含んでいた要素を徐々に失うことで洗練の度を増し、「新古今和歌集」でその極致に達するという出来事が、「土佐日記」ではじまり「源氏物語」で一つの頂点を極め「今昔物語」で新局面を迎えた散文表現に強い影響を受けての結果だったこと、また、和歌の洗練を別の視点で見ると、その傾倒ぶりが没落していく平安貴族の存在証明の手段になっていたということも文中に仄めかしている。
もう一つ、本編を始める前の序文で、著者は古典を読む意義について非常に納得のいく説明をしている。十ページ足らずの小文だが、この部分だけでも非常に参考になる記述だ。その後の本文も読みやすく、全体的に論旨が一貫してバランスの取れた文学史だと思う。
また、歌のジャンルが記紀歌謡の含んでいた要素を徐々に失うことで洗練の度を増し、「新古今和歌集」でその極致に達するという出来事が、「土佐日記」ではじまり「源氏物語」で一つの頂点を極め「今昔物語」で新局面を迎えた散文表現に強い影響を受けての結果だったこと、また、和歌の洗練を別の視点で見ると、その傾倒ぶりが没落していく平安貴族の存在証明の手段になっていたということも文中に仄めかしている。
もう一つ、本編を始める前の序文で、著者は古典を読む意義について非常に納得のいく説明をしている。十ページ足らずの小文だが、この部分だけでも非常に参考になる記述だ。その後の本文も読みやすく、全体的に論旨が一貫してバランスの取れた文学史だと思う。
2008年8月17日に日本でレビュー済み
題名からは、古代文学通史のようですが、何もかもが概論的に
箇条書きにされているのではなく、歌を生み出す時々の日本人の
心性に対する作者の洞察と想いがよく伝わる名著です。
一通り斜め読みしようかと思って手にしたのですが、そういう
読み方では作者に失礼だとわかりじっくり読みました。万葉集や
古今和歌集を手に取ってみようという気になりました。
箇条書きにされているのではなく、歌を生み出す時々の日本人の
心性に対する作者の洞察と想いがよく伝わる名著です。
一通り斜め読みしようかと思って手にしたのですが、そういう
読み方では作者に失礼だとわかりじっくり読みました。万葉集や
古今和歌集を手に取ってみようという気になりました。