本書は著者が1996年に岩波市民センターで4回にわたり講義したものが基になっており、文章は平易な口語調で講義に使った図表や写真も多く掲載され分かり易く、歴史人口学の内容やその面白さについて自身の研究歴や研究成果と合わせ紹介している。
歴史人口学は、1960年頃にフランスのルイ・アンリが教区簿冊を史料に家族復元法を開発したことに始まる。丁度そのころ欧州留学中の著者は新しい学問分野の誕生に立ち会い、帰国後は宗門改帳を用い近世日本の人口動態の研究に取り掛かる。ルイ・アンリも同じだが著者の研究手法は、原史料を読み解き個人や家族ごとの作業用シートの空欄を一つ一つ埋め集計するといった地味なもので、基礎データの整理に膨大な時間と労力を要する。当時は電卓もましてパソコンもない時代で手書きの転記に色鉛筆と算盤や計算尺を使ったのだろうが、著者はこの作業過程で次々と知見を得る喜びに熱中し苦痛に感じることはなかったと回顧している。宗門改帳は江戸幕府のもと各町村単位で200年にわたり毎年作成されたもので、歴史人口学にとっては第一級の史料だ。本書の主要部分を占めるのは、著者が信州諏訪地方や美濃大垣地方の宗門改帳（前者は焼却時の燃えかすを継ぎはぎ復元したもの。後者は97年間のデータが一村完全保存。）を使って行った研究の概要である。出生率と死亡率から見る人口動態、出稼ぎ奉公や結婚による人の移動、家族形態の変化、東西日本の地域差等の解析を通じて得た新しい識見は、人口学や経済史学、農村社会学等に多大な影響を与えた。著者の手作業的実証研究から生まれたものは、学界の共通資産として長く残ることだろう。
著者のデータを基に確実に言えることのみを述べ、仮説は仮説として留保し根拠のない推論は排除する禁欲さに感心した。また、個人行動追跡シートの数値の背後にある個人のライフヒストリーを、想像も交え物語風に描いている箇所は興味深いものだった。
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