興味深い素材が扱われているが、国文学者である著者の文章や文体に違和感がある。まず、日本語に対して無闇にカタカナのルビを付けるセンスが理解できない。例えば、弁証法」「悲観的」「統語法」という日本語にそれぞれ「ダイアレクティク」「ペシミスティック」「シンタックス」というルビを付けている。 幼稚な学術風的装飾である。
さらに「発兌」（60頁）、「満尾」（61頁）など、現代日本語では死語というべき語を多用している。明治期には広く使われていた、と著者は反論するかもしれない。しかし、引用された資料以外の本文は現代日本語で書かれているから、人口に膾炙しない難語の挿入も滑稽な装飾にすぎない。
初歩的な日本語の誤用もある。「稀代の毒婦と謳われた高橋お伝」（59頁）はその一例である。「謳う」は「褒め称える」の意であるから、「毒婦と謳われた」はずがない。ことさら国文学を学ばなくとも「謳歌する」という表現の連想から、引用した一文が誤用であることは学生でもわかるだろう。岩波文庫の一冊にしては、あまりにもお粗末である。
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