電撃文庫とMW文庫を舞台に活動してきた作家・峰守ひろかずが初めて他レーベルに登場。
タイトルや事前情報からお得意の「妖怪もの」に最近ライトノベルやライト文芸で大流行りの「作家もの」を絡めてきたかと
少しばかり複雑な気持ちになりながら拝読。
物語は従業員数50名程度の文芸系中小出版社「千鳥社」の編集者・滝川詠見が編集長の山城に呼ばれる場面から始まる。
接待の席でセクハラに及んだ大物作家・錦橋を殴り飛ばしたことで担当を外され、暇になっていた詠美に山城が命じたのは
デビューから40年以上、弱者に寄り添う穏やかな作風で人気を博してきた大ベテラン作家・六道琮馬の担当。
ずっと担当を続けてきたベテラン編集者の立花が原因不明の昏睡に陥り、担当不在の状況が続く中で
中小出版社である千鳥社専属のような形でファンを獲得してきた六道の原稿が欲しい山城は詠美に三週間以内に
テーマやジャンルを問わず原稿を取ってこい、できなければ異動もあると考えろと命じる。
編集長すら顔を知らないという覆面作家・六道の住む市ヶ谷にある民家を訪ねた詠美だったが出てきたのは
和装の少年と言って良いほど幼さの残る容貌の若者だった。
六道は不在だという若者に「六道先生に何とか原稿を」とクビが懸かった詠美の必死な態度に
「何か滝川さん個人の事情が絡んでそうですね」と鋭く見抜かれた事で
詠美は身も蓋も無く自分がセクハラに及んだ作家を殴った事や、
その裏にある「編集者は正しくあらねば」という自分の想いまで口にしてしまう。
その後も六道の家を訪ね続ける詠美だったが、六道は不在で二回に一回は件の若者が出てくるという状況が続く。
原稿が取れない事に焦った詠美に同僚の楽市は六道が夜型の作家なのかもしれないとアドバイス。
追い込まれた詠美は市ヶ谷の六道の家の前に張り込むが、出てきたのはいつもの若者だった。
普段の温厚な雰囲気とは違いただならぬ雰囲気を纏わせたその姿に惹かれた詠美は後をつける事に。
小一時間西へと歩き続け神田川に架かる橋の上で足を止めた若者を建物の陰から見守る詠美だったが、
若者の前に姿を現したのは人の顔を持つ巨大な蛇だった。
あり得ない化け物を前に「無慈悲に使い捨てられた労役者たちの怨年か」とつぶやいた若者は
「君たちの想いは誰にも伝わらない。君たちは危険すぎるから僕の糧になってもらう」と言い放つや
若者の口は大きく裂け蛇の化け物を一飲みにしてしまう。
震え上がり、その場を逃げ出そうとした詠美だったが、若者に見つかってしまいヘドモドと言い訳をしようとするが、
若者はそれを遮り自分が六道琮馬であると名乗る。
デビューから40年以上経つ大ベテラン作家とは思えない容貌を持つ六道は自分が妖怪である事も明かし、
先程の蛇の化け物は主に切り殺された使用人の怨念が妖怪になりつつある「物ノ怪」であり、
先程の端は今は「淀橋」と呼ばれているがかつては「姿見ずの橋」と呼ばれていたと語り始める…
表紙とタイトルだけ見るとありがちな「作家もの」、読み始めてみたら作者お得意の「妖怪もの」
…しかし読み終わってみれば珍しいぐらい直球の「作家論」だった。
なんというか…青い!言い方は悪いかもしれないが青臭い!ここまでピュアに「作家とは何か」「作家は何故綴るのか」を
真正面から論じる作品だったとは意外過ぎた!
基本的には短編連作形式でMW文庫の人気シリーズ「絶対城先輩の妖怪学講座」に近い作りとなっている。
元文献らしいものが章の間に挟まれている辺りも「絶対城」っぽさがあり従来のファンには馴染みやすいかと。
基本的な話の流れはヒロインの詠美が担当する事になった覆面作家にしてその正体は妖怪の六道が
「正しさが守られない世界における弱者」の悔しさや悲しさ、憤りが妖怪化しつつある「物の怪」を食べて回り、
その結果、六道の新作の原稿が出来上がるというのが主なパターンとなっている。
六道が原稿を産み出すための糧となる怨念の基になるのは
非人道的なブラック企業で使い捨てにされ、出世の踏み台にされてきた社員であったり、
傲慢で売り上げと自分の栄達の為には手段を択ばない編集者に玩具にされた新人女性作家だったり
妻を亡くし、その亡き妻の良妻としての思い出だけを胸にひっそり生きている老人だったりと多様性に富んでいる。
面白いのは六道はそういった弱者の怨念が怪異化しつつある物の怪を食べはするのだけれども
弱者を踏みつけにしていた分かり易い「悪」は倒されないし、誰からも感謝などされないし、
場合によっては浸りきっていた自己満足的な幸せを奪い去るという結構非道な事をしてみせたりと
分かり易いカタルシスが与えられる話になっていないのである。
なので人によっては「何だよこんな結末じゃ何の救いにもならないじゃないか」と憤りを感じるかもしれない。
ただ、その結果産み出される六道の作品では彼らをモデルにしたと思しき登場人物が救われているのである。
その六道自身は自分を「からっぽな存在」と自嘲し、同じ妖怪仲間からその誰も救わない物の怪狩りを暴かれた事で
一度は詠美の前から姿を消すのだけれども、危機に陥った詠美を救うべくその正体を明かした六道と詠美が交わす
「作家はなぜ綴るのか」、「創作とは何か」というある種の論戦が熱い。
現実に虐げられている弱者を直接的に救う事はできなくても、彼らをモデルにして作者のテーマとオリジナリティを乗せて
綴った作品が誰かの「救い」になるという詠美なりの作家観は青臭いけど直球だからこそ読者の胸を打つ力を持つのだとも言える。
こういう「ド直球」は鼻につくという事で好きになれない人もいるかもしれないが、個人的には結構気に入っている。
まあ、この六道や詠美のピュアさを際立たせるためとはいえ、ラスボスが分かり易いぐらいに悪辣すぎる上に
べらべらと聞かれてもいない自分の悪事を並べ立てるのは些か白ける部分があったのも事実。
悪事というのはもう少し、伏線を丁寧に張った上で明かした方が良かったのではないかと。
終盤の語り過ぎる悪役のお陰で多少ケチは付いたが全体的には峰守ひろかずらしいカチッとした構成の作品。
個々の短編の基になった話は「東京のこんな場所にこんな謂れが」と作者の持ちネタの豊富さに驚かされるし、
それを現代を舞台にした話の中に落とし込む構成力の高さは相変わらず。
登場人物の造形も十分にキャラが立っているので「無駄キャラ」というのが存在しない点にも好感が持てる。
テーマが非常に直球なので多少の好き嫌いはあるにせよ、読んで損は無いレベルの一冊。
追記
作中に登場する編集者・勝呂だけど…まあ、あり得んぐらいに強烈なキャラだこと。
作家は育てず、一本釣りが基本。作家の反論は一切許さず、魔改造は当たり前。
偏った内容の作品でもごり押しでプロデュースしてヒットさせ、売れ行きが鈍れば即打ち切り。
自分が推す新人に無理やり賞を与えて新人賞そのものを出来レース化させ、
自分自身をマスコミに売り込み派手なトークで知名度を稼ぐ
…うん、こんなトンデモ編集者いるわけないよな。
ましてやこんなトンデモ編集者が三十代の若さで編集長に出世する最大手の編集部なんてある訳ない。
作者があとがきで「モデルになった特定の人物や編集部はありません」と断言するんだから無いに決まっている。
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六道先生の原稿は順調に遅れています (富士見L文庫) 文庫 – 2017/7/15
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編集女子と妖怪作家のコンビが綴る、ふしぎ事件×創作お仕事物語!
中堅出版社の文芸編集・滝川詠見は、年単位で原稿が上がらないベテラン作家・六道先生の担当をすることに。さっそく六道のもとへ挨拶(と催促)に向かうのだが、そこで彼が怪奇を喰らって創作をする妖怪だと知り!?
中堅出版社の文芸編集・滝川詠見は、年単位で原稿が上がらないベテラン作家・六道先生の担当をすることに。さっそく六道のもとへ挨拶(と催促)に向かうのだが、そこで彼が怪奇を喰らって創作をする妖怪だと知り!?
- 本の長さ272ページ
- 言語日本語
- 出版社KADOKAWA
- 発売日2017/7/15
- 寸法10.7 x 1.1 x 14.9 cm
- ISBN-104040723570
- ISBN-13978-4040723570
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登録情報
- 出版社 : KADOKAWA (2017/7/15)
- 発売日 : 2017/7/15
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 272ページ
- ISBN-10 : 4040723570
- ISBN-13 : 978-4040723570
- 寸法 : 10.7 x 1.1 x 14.9 cm
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著者について
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2008年に第14回電撃小説大賞〈大賞〉受賞作『ほうかご百物語』でデビュー。