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あしたはうんと遠くへいこう (角川文庫) 文庫 – 2005/2/24
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泉は、田舎の温泉町で生まれ育った女の子。東京の大学に出てきて、卒業して、働いて。今度こそ幸せになりたいと願い、さまざまな恋愛を繰り返しながら、少しずつ少しずつ明日を目指して歩いていく……。
- 本の長さ240ページ
- 言語日本語
- 出版社KADOKAWA
- 発売日2005/2/24
- ISBN-104043726031
- ISBN-13978-4043726035
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商品の説明
著者について
登録情報
- 出版社 : KADOKAWA (2005/2/24)
- 発売日 : 2005/2/24
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 240ページ
- ISBN-10 : 4043726031
- ISBN-13 : 978-4043726035
- Amazon 売れ筋ランキング: - 660,029位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、98年『ぼくはきみのおにいさん』で坪田譲治文学賞、『キッドナップ・ツアー』で99年産経児童出版文化賞フジテレビ賞、2000年路傍の石文学賞、03年『空間庭園』で婦人公論文芸賞、05年『対岸の彼女』で直木賞、06年「ロック母」で川端康成文学賞、07年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞を受賞。著者に『三月の招待状』『森に眠る魚』『くまちゃん』など多数。2010年7月には、毎日新聞の連載『ひそやかな花園』も単行本化された。
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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この作品では、恋愛だけでなく、なにもかもが唐突に始まって唐突に終わってしまいます。それがあたかも現実の恋愛を暗示しているのではないかと、ふと思いました。恋愛は始まったと思ったら終わってしまう。それでもいいじゃん、と言われているような気もしました。でも、終わるものは終わるけど、終わらないものは終わりません。この作品の中でも一貫としているものがふたつほどあると思います。それも、やっぱり恋愛を暗示しているのかなあと、思いました。
「あしたはうんと遠くへいこう」は、見事に「恋愛」そのものを描ききった秀作だと思います。
それにしても角田光代さんは不思議な人で、たくさん「ああ、わかるなぁ」というような描写が出てきます。それがもしかすると角田光代さんの一番の魅力かもしれません。と、穂村弘さんの解説を読むと、なんとなく角田光代さんがどんな人かわかるような気がしました。
こんなに恋愛に対して剥き出しで本能的な感情を表した作品があっただろうか
いずちゃんは恋愛をする時に、誰かが自分を遠くに連れて行ってくれると期待して恋愛する
その期待と相手の行動がズレると、悲しんだり罵ったり、それを繰り返してまた恋をする
いずちゃんは自分自身という枠がない
だから恋愛をする事で自分の枠を作ろうとする
友人の町子との「人は人に自分を探す」という言葉が印象的だ
いずちゃんは相手そのものではなく、自分を変えてくれそうな人に頭の中で恋をしていた
そこにいずちゃんが気づいていても、中々変われないもどかしさに角田さんの優しさを感じる
剥き出しで不器用でダメでもいいじゃん
それでも生きているんだし、その時感じた感情は本物だよ
そんな声がこの小説を読んでいる時聞こえた気がした
ともすれば、この主人公は面倒臭い、嫌われやすいかもしれない
でもだからこそ、人間臭さ、臭いや体温を感じるのだ
ストーリーの枠に収まるキャラクターというより、泥臭い人間を描いた、良くも悪くも剥き出しで心が揺さぶられる
読んでいてそう感じた小説でした
Lou Reed, Echo & The Bunnymen, New Order, The Smiths, Pale Fountains, Pastels, Teenage Fanclub, My Bloody Valentineや、スターリン, ブルーハーツなどなど。
決して一般的に有名とは言えない者も含む、それらアーティストの音楽が、小説の行間に流れる。
そして、各章のタイトルに、これらアーティストの楽曲名が冠されている。
How Soon Is Now? 1985
Walk On The Wildside 1987
Nothing To Be Done 1990
........
と、いった具合。
主人公の音楽的嗜好がこんなに自分のそれに近しい小説は、滅多にないと思うので、その点では楽しんで読めた。
ただし、主人公のやや常軌を逸したという印象の恋愛依存(?)と奇行が、あまり好印象とは言えなかった。
著者は、Irvine Welshの"Trainspotting"の日本女子版みたいなつもりで書いたのかな?なんて思いました。
この物語の先にあるかもしれない主人公の人生に、幸あれ。
数々のオトコが登場し、消えていく。
しかしだれとも恋愛せずにそこにいる自分というものがうまく思い描けず、最後にかならず同じ疑問にいきつくのだ。私はいったい何ものなんだ?それは自分捜しなんて大袈裟な言葉ではなくて、音楽評でも自転車一周旅行でもトライアスロンでも、髪型や服装や言葉遣いや、買うCDや観る映画やおいしいと思う食べもの、何から何まで好きになった男の影響を私は多分に受けており、それら抜きで自分というものを頭に描こうとすれば、浮かんでくるのは正体不明の書き割りみたいな女でしかないのだった。
こんなヒト多いんとちゃうかなぁ。実は。(笑)
しかもこの主人公、同い年という設定だけにヘンに痛かったっす。
今は後悔している。
解説では、恋愛に負けるとなっているが、私が思うところ、
この主人公は自分に負けているのではないか。
内省することも学習することもないこんな子が、これから増えていくんだろう。
いや、もう一杯いるんだろう。
ぞっとする。
大きな影響を及ぼしており、それがとてもリアルだからだ。
主人公は、家族の人間にあまり愛情表現していない。愛し愛されているのだろうが、それを表す機会をあまり持たなかった。基本的には家族とあまり会話もせず、部屋にこもりがちな主人公が描かれている。
家族のことも自分が見たままのことを語っており、「想像」が多い。直接家族に聞いたものはないといっていい。
つまり思い込みや想像を「答え」にしてしまっている女性というか、人なのである。
そういう主人公が、恋愛においてもっとも苦心するのは彼氏に知りたいことを聞くことである。彼氏がそれに応えてくれるなら、聞くことは真剣に向き合ってくれ愛されていることを実感できる術にもなる。だが彼女はそれが出来ない。家を飛び出し繰り返される恋愛模様のほとんどはそこで行き詰まる。その内悪い想像だけを膨らます。そしてそれが抑えきれずに破綻してしまう。その部分を食い止める術を知らない彼女の弱さが本当にリアルに描かれている。
最初の家族模様と最後の父との再会が、この物語の大事なところだ。とくに最終章。家族と向き合えなかった彼女がようやく父と二人で向き合うのだが…。
この本を読んで、「育った家庭環境によって恋愛感に及ぼす影響はすごい」というものを感じさせられた。
イライラさせられて苦痛でした。
徐々に大人の素敵な女性に変わっていく、そういうストーリーなのだろうと思って読み続けましたが、
ちょっと残念なままとなってしまいました。
しかしなら、女性とはこういう考えをするところが大いにあると勉強させられた部分も多かったので、
女性の理解しがたい発言に対する適応能力が上がったかもしれません。
波乱万丈ではあっても、最後まで、主人公に大きな変化なく終わってしまったので、
期待に比べて、達成感(読み終えた感)のない本でした。
本の背表紙にあった、
「泉は田舎の温泉町から東京に出てきた女の子、『今度こそ幸せになりたい』-
そう願って恋愛しているだけなのに。なんでこんなに失敗ばかりするんだろ。
・・・泉は幸せな”あした”に辿り着くことができるのだろうか?
新直木賞作家がはじめて描いた、”直球”恋愛小説!!」
という美しいあらすじを読んで買ったのですが、だいぶニュアンスが違うように思います。
これって、”直球”恋愛小説なんですかね。
本当の直球とは、こういう波乱万丈なものだってことなんでしょうか。
私には、超クセだまの変化球に感じます。
ふつーの女性は、そうそう薬には手を出さないでしょう。
背表紙のあらすじは、やっぱり、売るための説明文であって、
あまり当てにしちゃいけないってことなんですね。