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不運のすすめ (角川oneテーマ21 C 114) 新書 – 2006/7/1
米長 邦雄
(著)
- 本の長さ203ページ
- 言語日本語
- 出版社KADOKAWA
- 発売日2006/7/1
- ISBN-104047100544
- ISBN-13978-4047100541
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登録情報
- 出版社 : KADOKAWA (2006/7/1)
- 発売日 : 2006/7/1
- 言語 : 日本語
- 新書 : 203ページ
- ISBN-10 : 4047100544
- ISBN-13 : 978-4047100541
- Amazon 売れ筋ランキング: - 299,952位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2023年2月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
不運が決して悪いわけではなく、後によい経験になることを信じることができる本です。床に伏してくよくよする2時間を過ごすのであれば、この本を2時間読み過ごすことで、心の捉え方だけでなく、明日からの希望が持てるきっかけになると思います。本当にありがとうございます!
2008年11月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
米長氏、当時49歳11ヶ月。
王将、竜王、王位、棋聖、棋王を制覇したが、6度挑戦してもどうしても名人位だけは獲ることが出来なかった。
1993年、7度目の挑戦。
相手は中原名人。
3戦までは米長氏の連勝。
4戦の前、米長氏は若手の研究会に自ら赴き、後輩に教えを乞うた。
果たして4戦では検討していたのと同じ局面となる。
2日に及ぶ対局を制して米長氏は名人位を獲得し、史上最年長の名人が誕生した。
40代半ばでスランプに陥った米長氏は、率直に後輩に理由を尋ねてみた。
なんと自分の18番だと考えていた戦術は既に若手によって研究され尽くしていた。
そこから米長氏の復活が始まる。
自分の古い戦術は捨て、新しい戦術を身につけ始めるのである。
40代半ばから。
自宅の隣に道場を設けた米長氏は、若手棋士を集めて研究を始める。
そのメンバーがすごい。
当時20代の谷川浩司、10代の羽生善治、森内俊之など蒼々たる面子が集まり研究を重ねる。
この道場が名人獲得の原動力となった。
20歳も下の若者に率直に教えを乞う姿勢。
地位や肩書きが邪魔をして普通は出来ないことだ。
それを平然と出来るかどうかの違いが、凡人と名人の差となる
王将、竜王、王位、棋聖、棋王を制覇したが、6度挑戦してもどうしても名人位だけは獲ることが出来なかった。
1993年、7度目の挑戦。
相手は中原名人。
3戦までは米長氏の連勝。
4戦の前、米長氏は若手の研究会に自ら赴き、後輩に教えを乞うた。
果たして4戦では検討していたのと同じ局面となる。
2日に及ぶ対局を制して米長氏は名人位を獲得し、史上最年長の名人が誕生した。
40代半ばでスランプに陥った米長氏は、率直に後輩に理由を尋ねてみた。
なんと自分の18番だと考えていた戦術は既に若手によって研究され尽くしていた。
そこから米長氏の復活が始まる。
自分の古い戦術は捨て、新しい戦術を身につけ始めるのである。
40代半ばから。
自宅の隣に道場を設けた米長氏は、若手棋士を集めて研究を始める。
そのメンバーがすごい。
当時20代の谷川浩司、10代の羽生善治、森内俊之など蒼々たる面子が集まり研究を重ねる。
この道場が名人獲得の原動力となった。
20歳も下の若者に率直に教えを乞う姿勢。
地位や肩書きが邪魔をして普通は出来ないことだ。
それを平然と出来るかどうかの違いが、凡人と名人の差となる
2010年3月17日に日本でレビュー済み
"さわやか流"とも"ドロ沼流"とも称された米長が、自身の将棋人生を基に、「運」をキーワードに人生哲学を語ったもの。私には悩める中高年の魂の救済を目的に書かれた様に映った。実は私は米長の講演を聴いた事があり、その時、「中庸」という概念を盛んに強調していた。「私の人生はツイてない」と悲観している方に、「運」と言う振り子が「不運」一方に偏っている訳ではなく、必ず「幸運」に振れる時もあり、一生を通して考えれば、全ての人がほぼ「中庸」に落ち着く。その中で、少しでも「幸運」寄りに近づくためには如何にすべきかを将棋を通じて綴った本だと感じられた。簡単に言ってしまえば、「人間万事塞翁が馬」を将棋を通じて語った本である。
「自分には勝敗の結果は響かないが、相手が降格等の瀬戸際に立っている対局こそ全力を尽すべき」と言う有名な米長流勝負哲学も載っている。40歳を過ぎて、それまでの自身の将棋観や実績を捨て、若手棋士に教えを乞うた事等も素直に綴られている。父君に対する想いも読ませる。また、一見「不運」と思われる境遇をバネにして立ち直った例が、自身を含め、中原、谷川、羽生などの実名を挙げて書かれているので説得力がある。
第五章「晩年の運の呼び方」は本書の中核を成す部分で、滋味溢れた内容となっているが、概して後半は一般の処世訓めいた内容になっていて、"らしく"ない。武蔵の「五輪書」を持ち出す等平凡過ぎる。世間の耳目を集めた瀬川問題、将棋ソフトの可能性など散発的に面白い話題もあるのだが、単に話題を盛り込んだ感もある。最終章で、これも世間の耳目を集めた名人戦主催者問題も、本当はもっと"ドロ沼"だった筈なのに、"さわやか"に書かれ過ぎている様に思う。棋士としては踏み込んだ内容の本となっていると思うが、更に本音や実例を語って米長らしさをもっと出せたのではと感じた。
「自分には勝敗の結果は響かないが、相手が降格等の瀬戸際に立っている対局こそ全力を尽すべき」と言う有名な米長流勝負哲学も載っている。40歳を過ぎて、それまでの自身の将棋観や実績を捨て、若手棋士に教えを乞うた事等も素直に綴られている。父君に対する想いも読ませる。また、一見「不運」と思われる境遇をバネにして立ち直った例が、自身を含め、中原、谷川、羽生などの実名を挙げて書かれているので説得力がある。
第五章「晩年の運の呼び方」は本書の中核を成す部分で、滋味溢れた内容となっているが、概して後半は一般の処世訓めいた内容になっていて、"らしく"ない。武蔵の「五輪書」を持ち出す等平凡過ぎる。世間の耳目を集めた瀬川問題、将棋ソフトの可能性など散発的に面白い話題もあるのだが、単に話題を盛り込んだ感もある。最終章で、これも世間の耳目を集めた名人戦主催者問題も、本当はもっと"ドロ沼"だった筈なのに、"さわやか"に書かれ過ぎている様に思う。棋士としては踏み込んだ内容の本となっていると思うが、更に本音や実例を語って米長らしさをもっと出せたのではと感じた。
2019年3月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
プロ棋士による、人生における運の鍛え方、
幸運の神様に振り返ってもらう方法などを解説した
「人生の勝負哲学」がちりばめられています。
米長さんの他の本、
「人生一手の違い」などと重複する内容も多いですが、
運命(勝負)の神様に微笑んでもらうために
何を気をつければいいか?という、
世の中を渡っていく際に大切な
本質的な内容がまとめられています。
もっと脚光を浴びてもいい本だと思いますね。
幸運の神様に振り返ってもらう方法などを解説した
「人生の勝負哲学」がちりばめられています。
米長さんの他の本、
「人生一手の違い」などと重複する内容も多いですが、
運命(勝負)の神様に微笑んでもらうために
何を気をつければいいか?という、
世の中を渡っていく際に大切な
本質的な内容がまとめられています。
もっと脚光を浴びてもいい本だと思いますね。
2016年10月7日に日本でレビュー済み
著者の米長邦雄氏(1943-2012)は、元日本将棋連盟会長(2005-2012年)、永世棋聖の称号を保持する棋士です。
本書は、自身の経験から見出した運気についての見解をまとめたものです。
プロ棋士として国内最高峰の地位を築いた著者は、一手に全てを乗せた厳しい勝負の世界に身を置いていました。
そのギリギリの攻防の中で僅差の勝ちを得た時に働く運についての持論を、自身の来歴と哲学に絡めて披露していました。
全7章で、印象的なエピソードを切り取り、そこから著者が感得した運気について考察がされていました。
印象に残ったのは次のようなものです。
・スランプになりそうだと感じた時は、生活の流れをちょっとだけ変化させてみることにしている。
夜型の生活を朝型にしてみたり、酒を飲まないようにしてみたり。
生活の流れが変われば気分も変わり、気力も次第に充実してくるからである。
・強くなる子はいつも将棋と一緒にいられる子だ。
電車に乗っている時も頭の中で将棋盤をこしらえ、あの手この手を考える子は伸びる。
対局相手に礼を尽くし、盤や駒を丁寧に扱う子もそうだ。
物ごとに向き合う集中力、真摯な姿勢が運も呼び込んでくるのだ。
・巷にあふれる勝ち組、負け組というのは、所詮は自分でなく他人が決めたものに過ぎない。
自分の価値観に基づいて、自分で幸福かどうかを判断できないのは、不幸なことだ。
一時ではなく最後まで勝ち切った人は、勝ちを維持するために負け組に等しい努力を続けた人だ。
・人は天職を通じて生涯かけて物ごとの本質に迫っていくが、これがいわゆる「道」である。
大切なのは道の先に行き着くことではなく、倦まず、弛まず、歩き続けることだ。
このことを忘れた時、人は自ら福や運から遠ざかっていく。
・不運の時というのは、桜の木が地下で根付こうとしている時期だ。
世間は目に見えない土の中のことを無視し、花をつけない桜を敗者扱いするかもしれない。
だが、しっかりと根を張った桜はやがて芽を出し、大輪の花を咲かせるのだ。
不運とは幸運の種に他ならない。
生涯を通じて勝負の世界に身を置き続けた著者の言葉は、切れば血が滲むように生々しく読み応えがありました。
易に通じる考え方があって興味深いと思いました。
本書は、自身の経験から見出した運気についての見解をまとめたものです。
プロ棋士として国内最高峰の地位を築いた著者は、一手に全てを乗せた厳しい勝負の世界に身を置いていました。
そのギリギリの攻防の中で僅差の勝ちを得た時に働く運についての持論を、自身の来歴と哲学に絡めて披露していました。
全7章で、印象的なエピソードを切り取り、そこから著者が感得した運気について考察がされていました。
印象に残ったのは次のようなものです。
・スランプになりそうだと感じた時は、生活の流れをちょっとだけ変化させてみることにしている。
夜型の生活を朝型にしてみたり、酒を飲まないようにしてみたり。
生活の流れが変われば気分も変わり、気力も次第に充実してくるからである。
・強くなる子はいつも将棋と一緒にいられる子だ。
電車に乗っている時も頭の中で将棋盤をこしらえ、あの手この手を考える子は伸びる。
対局相手に礼を尽くし、盤や駒を丁寧に扱う子もそうだ。
物ごとに向き合う集中力、真摯な姿勢が運も呼び込んでくるのだ。
・巷にあふれる勝ち組、負け組というのは、所詮は自分でなく他人が決めたものに過ぎない。
自分の価値観に基づいて、自分で幸福かどうかを判断できないのは、不幸なことだ。
一時ではなく最後まで勝ち切った人は、勝ちを維持するために負け組に等しい努力を続けた人だ。
・人は天職を通じて生涯かけて物ごとの本質に迫っていくが、これがいわゆる「道」である。
大切なのは道の先に行き着くことではなく、倦まず、弛まず、歩き続けることだ。
このことを忘れた時、人は自ら福や運から遠ざかっていく。
・不運の時というのは、桜の木が地下で根付こうとしている時期だ。
世間は目に見えない土の中のことを無視し、花をつけない桜を敗者扱いするかもしれない。
だが、しっかりと根を張った桜はやがて芽を出し、大輪の花を咲かせるのだ。
不運とは幸運の種に他ならない。
生涯を通じて勝負の世界に身を置き続けた著者の言葉は、切れば血が滲むように生々しく読み応えがありました。
易に通じる考え方があって興味深いと思いました。
2013年2月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
米長さんの本は20年は買い続けていたのだがある時からもう買わなくなったのだが
久方ぶりにこの本を読んでおーおーと言う程ぴったりと自分の琴線に触れましたね。
さすがに超一流の人生を歩んでこられた方の言う事はびっくり仰天でした。
なるほどなるほどと読み進むうちにあっというまに最後のページになりました。
米長さんは亡くなったけれどなるほどなあと思うところ大の良書でした。
さっさと読んだのでこれから暇な時に
何回か熟読したいですね。
久方ぶりにこの本を読んでおーおーと言う程ぴったりと自分の琴線に触れましたね。
さすがに超一流の人生を歩んでこられた方の言う事はびっくり仰天でした。
なるほどなるほどと読み進むうちにあっというまに最後のページになりました。
米長さんは亡くなったけれどなるほどなあと思うところ大の良書でした。
さっさと読んだのでこれから暇な時に
何回か熟読したいですね。
2013年6月30日に日本でレビュー済み
著者の棋士としての半生を綴りつつ、要所要所で運・不運とはどんなものか、どう対処するべきかなどが書かれていて、ただ単に「努力すれば運がついてくる」というような、陳腐な内容ではありませんでした。
棋士の世界がどんなものかも知らないで読みましたが、その世界を多少なりとも知ることができたのも良かったと思います。
この本に出会うまで著者のことをまったく知りませんでしたし、名人戦問題など知る由もなかったのがよかったのかも知れません。名人戦問題に関しては、言い訳がましい部分があったように思います。
棋士の世界がどんなものかも知らないで読みましたが、その世界を多少なりとも知ることができたのも良かったと思います。
この本に出会うまで著者のことをまったく知りませんでしたし、名人戦問題など知る由もなかったのがよかったのかも知れません。名人戦問題に関しては、言い訳がましい部分があったように思います。
2014年10月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
自分は不運だ、不幸だと嘆いている総ての方々にお薦めいたします。