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闘争領域の拡大 単行本 – 2004/11/1
- 本の長さ182ページ
- 言語日本語
- 出版社KADOKAWA
- 発売日2004/11/1
- ISBN-104047914878
- ISBN-13978-4047914872
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登録情報
- 出版社 : KADOKAWA (2004/11/1)
- 発売日 : 2004/11/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 182ページ
- ISBN-10 : 4047914878
- ISBN-13 : 978-4047914872
- Amazon 売れ筋ランキング: - 972,786位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,465位フランス文学 (本)
- - 1,534位フランス文学研究
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2022年4月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
デビュー作ってことで自分の体験をそのまま書いた感じ、ストーリーが作者の略歴と同じ。ストーリーとキャラクターを作る手間を省けるので最初に書くには書きやすい題材だったろうな思った。うつ病については通常抗うつ剤や、抗不安剤が処方されるが、向精神薬が出てきたのが不思議だ。統合失調症の薬なはずだ。最後絶望の中うまいメシを食ってささやかな幸せに感動する場面が一番好きだ。単純に主人公は欲望過多で苦しんでいるように思える。喜びを求めるのを人生の目的だと思うのは危険だ。そういう人にはエピクロスの思想が参考になるはず。それと主人公はこころが繊細なので、拒絶や喪失から過剰なダメージを受ける脳の機質的傾向があるに違いない。
2013年11月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
消費者にさせられるだけの世界。人間である以上逃げ場もなく、嫌になるほど身につまされる。
2018年3月2日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ウエルベックのデビュー作とは、読後知りました。
淡々とした記述が続くのです。
そのストーリー性といっても格別瞠目すべき事件、事象が起こるわけでもなく、
「僕」の眠たげな陳述が、海辺の波の如く延々と繰り返されます。
そういう話法、手法は後年の作品、といっても私は「プラットフォーム」、「服従」しか読んでいないのですが、
かなり良く似ています。
ウエルベック自身は、両親の離婚から祖母に養育され農業技術系grandes ecole卒、一応エリートではあります。
が、ENA出、超一流のエリートではない。
パリ市内にはこのような中途半端な方々がひしめき合って生活し、そんな事情は東京も同じでしょう。
ここでの「僕」は、いつも冷めた目で周囲を細かく観察し続けます。
観察は大好きなのです。
周囲の他者のみならず、吐き気を催す街の風景、役所、オフィス、
各々が素敵に「僕」の繊細な「神経」つま頭蓋内神経組織を好き勝手に苛みます。
「僕」には、他者とはあくまでなじみの薄い、というよりも意地悪、油断ならない何ものかであり、
同時に憐憫、嫌悪、軽蔑、さらなる嫌悪、つまりは大いなる違和感を惹起せしめる何ものでしかありません。
最後には「僕」という意識そのものも「他者」と同化とし、差異化が困難なものになってしまうのです。
さて他者とのかかわりにおいて、30歳そこそこの「僕」にとって、唯一魅惑的なものとは。
かっては、つまり2年前までは憧憬の対象であった「性関係」を「僕」は考えこみ、その思念に浸りきるのです。
が、そこにはもうかってのような魅惑ではもはやなく、意地悪く冷酷な「性関係」しか、
僕の思念の中には浮かび上がることができないのです。
うっとりとするような官能的悦楽ではなく、落胆、屈辱、恥辱、さらには嫌悪でしか報酬として期待できないのです。
そのような、今日の日本でも隣の席にいそうな絶食系青年、
その「僕」が最後に意図せずとも、その情念の流れ込んでいく河口とは「うつ病」であることは、
自明でもあります。
それも古典的「内因性うつ病」ではなく、あくまで今日巷間満ち溢れる「現代型うつ病」ディスメチア型うつ病、
となることは、これまた自明ではあります。
「僕」にとっては「僕が悪い」という自罰ではなく、あくまで他者、或いは世の中が悪いんです。
そのような「僕」ですが、何か憎めない、そうそれはこれを読んでいるあなたなのです、
電車の隣に座り、疲れた表情でスマホをいじっているあなたなのです。
という点では、極めて日本的、私小説的なのです。
今日風、或いはフランス風味の私小説を読みたい方には好まれると思います、きっと。
淡々とした記述が続くのです。
そのストーリー性といっても格別瞠目すべき事件、事象が起こるわけでもなく、
「僕」の眠たげな陳述が、海辺の波の如く延々と繰り返されます。
そういう話法、手法は後年の作品、といっても私は「プラットフォーム」、「服従」しか読んでいないのですが、
かなり良く似ています。
ウエルベック自身は、両親の離婚から祖母に養育され農業技術系grandes ecole卒、一応エリートではあります。
が、ENA出、超一流のエリートではない。
パリ市内にはこのような中途半端な方々がひしめき合って生活し、そんな事情は東京も同じでしょう。
ここでの「僕」は、いつも冷めた目で周囲を細かく観察し続けます。
観察は大好きなのです。
周囲の他者のみならず、吐き気を催す街の風景、役所、オフィス、
各々が素敵に「僕」の繊細な「神経」つま頭蓋内神経組織を好き勝手に苛みます。
「僕」には、他者とはあくまでなじみの薄い、というよりも意地悪、油断ならない何ものかであり、
同時に憐憫、嫌悪、軽蔑、さらなる嫌悪、つまりは大いなる違和感を惹起せしめる何ものでしかありません。
最後には「僕」という意識そのものも「他者」と同化とし、差異化が困難なものになってしまうのです。
さて他者とのかかわりにおいて、30歳そこそこの「僕」にとって、唯一魅惑的なものとは。
かっては、つまり2年前までは憧憬の対象であった「性関係」を「僕」は考えこみ、その思念に浸りきるのです。
が、そこにはもうかってのような魅惑ではもはやなく、意地悪く冷酷な「性関係」しか、
僕の思念の中には浮かび上がることができないのです。
うっとりとするような官能的悦楽ではなく、落胆、屈辱、恥辱、さらには嫌悪でしか報酬として期待できないのです。
そのような、今日の日本でも隣の席にいそうな絶食系青年、
その「僕」が最後に意図せずとも、その情念の流れ込んでいく河口とは「うつ病」であることは、
自明でもあります。
それも古典的「内因性うつ病」ではなく、あくまで今日巷間満ち溢れる「現代型うつ病」ディスメチア型うつ病、
となることは、これまた自明ではあります。
「僕」にとっては「僕が悪い」という自罰ではなく、あくまで他者、或いは世の中が悪いんです。
そのような「僕」ですが、何か憎めない、そうそれはこれを読んでいるあなたなのです、
電車の隣に座り、疲れた表情でスマホをいじっているあなたなのです。
という点では、極めて日本的、私小説的なのです。
今日風、或いはフランス風味の私小説を読みたい方には好まれると思います、きっと。
2022年8月21日に日本でレビュー済み
最近は「非モテ」を題材にしたコンテンツがゲリラ豪雨のように降り注ぎ川が氾濫して洪水を起こしていますが、「非モテ」問題について考えたいならまずこれを読みなさいと薦めたい。
まずタイトルに惚れた。「闘争領域の拡大」って、キャッチーだし的確だ。たまに読み返して爆笑したり、溜息ついたりしちゃいます。つまり良い本。
まずタイトルに惚れた。「闘争領域の拡大」って、キャッチーだし的確だ。たまに読み返して爆笑したり、溜息ついたりしちゃいます。つまり良い本。
2021年12月23日に日本でレビュー済み
久しぶりに、寝るのも忘れて読書をした
ドストエフスキー「地下室の手記」を、心を締め付けられながら一気読みしてしまったときの感覚と似ている
色々と考察できる部分のある本ではあるけど、地下室の手記にシンパシーを感じるタイプの人なら、難しいことは抜きにして苦しみながら楽しめる本
ドストエフスキー「地下室の手記」を、心を締め付けられながら一気読みしてしまったときの感覚と似ている
色々と考察できる部分のある本ではあるけど、地下室の手記にシンパシーを感じるタイプの人なら、難しいことは抜きにして苦しみながら楽しめる本
2021年4月30日に日本でレビュー済み
欺瞞に満ちた自由主義・資本主義社会の元で、愛に満たされずさまよう孤独な現代人を描いた作品。
近年、ようやく新自由主義的な社会の限界が議論される中で、レーガノミクス、サッチャリズムから20年もせずに、本作でその欺瞞を舌鋒するどく批判した筆者の先見の明に脱帽。
近年、ようやく新自由主義的な社会の限界が議論される中で、レーガノミクス、サッチャリズムから20年もせずに、本作でその欺瞞を舌鋒するどく批判した筆者の先見の明に脱帽。
2009年6月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
フランスでカルト的人気を博する新進気鋭作家ウエルベックの処女作。
『闘争領域の拡大』とは、経済的「自由」、性的「自由」を勝ち得た我々は、それにより平穏な人生を得るどころか、その「自由」さゆえに、闘い続けなければならないという、今日的な状況を意味している(当然、敗者も多数生まれる)。
この『闘争領域の拡大』した世界で、主人公は、ウエルベックは、「愛」とは、「人生の意味」とは、「性」とは、「老いの苦悩」とは、と自分を取り巻く世界の概念を真摯に解明しようと努める。
ウエルベック最新作『ある島の可能性』は歴史に残る名作であるが、本作は処女作ということもあり、実験小説の域をでない。難解なウエルベックの哲学的思想がどのように発展していったかを知る上では助けになるかもしれない。
『闘争領域の拡大』とは、経済的「自由」、性的「自由」を勝ち得た我々は、それにより平穏な人生を得るどころか、その「自由」さゆえに、闘い続けなければならないという、今日的な状況を意味している(当然、敗者も多数生まれる)。
この『闘争領域の拡大』した世界で、主人公は、ウエルベックは、「愛」とは、「人生の意味」とは、「性」とは、「老いの苦悩」とは、と自分を取り巻く世界の概念を真摯に解明しようと努める。
ウエルベック最新作『ある島の可能性』は歴史に残る名作であるが、本作は処女作ということもあり、実験小説の域をでない。難解なウエルベックの哲学的思想がどのように発展していったかを知る上では助けになるかもしれない。
2017年7月5日に日本でレビュー済み
J・G・バラードからテクノロジーが抜けたような作品。
自動車やタワーマンションの代りにコンピューターが前景化してるのが「現代的」?
闘争としての世界についての主人公の思弁の展開が実にフランス風で面白い。
物語も行動もなく、観察あるのみ。
視線の向かう先は社会よりは個人的生活により多く割かれるが、風見鶏のようにふらふらしている。
出張を共にすることになるティスランなる男とのエピソードが山場だが、主人公はひたすら観察に徹する(一部介入するが)。
決定的な場面から距離を置き、ひたすら逸れて逝くまなざしの挙動不審さを楽しめ。
自動車やタワーマンションの代りにコンピューターが前景化してるのが「現代的」?
闘争としての世界についての主人公の思弁の展開が実にフランス風で面白い。
物語も行動もなく、観察あるのみ。
視線の向かう先は社会よりは個人的生活により多く割かれるが、風見鶏のようにふらふらしている。
出張を共にすることになるティスランなる男とのエピソードが山場だが、主人公はひたすら観察に徹する(一部介入するが)。
決定的な場面から距離を置き、ひたすら逸れて逝くまなざしの挙動不審さを楽しめ。