不勉強にして作者の作品は電撃文庫の「
少年テングサのしょっぱい呪文 (電撃文庫)
」以外は未読。
ユーモアとグロテスクさが同居した不思議な作品という印象を受けたけれど…
物語の舞台は大正二十九年の逢坂市。大正十六年に阿倍野区の松虫に設立された
逢坂女子美術専門学校に通う四人の女子学生たちが主人公
親の反対を押し切って入学し鋭い知性と豊かな芸術的センスを持ち合わせ、女と
少女の境界を追いながら自分の生きる道を模索する池田千種
滋賀の旧家生まれながら式道と呼ばれる古武術に男以上に打ち込み、逢坂の道場で
更に磨きをかける男勝りの武術家的気風を持つ星野逸子
心斎橋の生まれで筋委縮性側索硬化症で余命五年と宣告され、車椅子での生活を
送りながらも神秘的な雰囲気と不思議な勘を持つ犬飼華羊
生まれも平凡ながら取り立てた才も無い自分に悩みつつ、実は誰よりも生の喜びを
知り、他人を和ませる感情豊かな少女である緒方陽子
縁に導かれる様にして集い、寄宿舎で学生生活を送る彼女たちであったが、折しも
逢坂の街に女性のみを付け狙った連続誘拐事件が発生。戦争に向けてひた走る
不穏な情勢も相まって風聞ばかりが飛び交う。そんなある日陽子は改装中の第三棟の
教室で小柄な炭鉱馬がいるのを見つけ千種を誘って飼育の相談を持ちかける
逢坂の町中に何で炭鉱馬がいるのかという千種の疑問に応じ二人で第三棟を調べ始めるが
一つの空き教室が異臭を放つのに気付く。不審に思った二人が見つけたのは炭鉱馬の
死骸を使った奇怪なオブジェであった…
師と仰いでいた女流作家の少女性の喪失に困惑する千種、自分が信奉してきた
武の道を穢す様な男たちの振る舞いに絶望し自らの命を断とうとした逸子、
夢を通じて「人がたくさん死ぬ」という予感に怯える華羊、友人たちに比べて
自分の平凡さに悩む陽子…それぞれ少女なりに自分の道を案じ、悩みはすれども
互いを支え合って生きる彼女たちの姿は青春の輝きに満ち溢れている。時勢は不穏でも
そこに目一杯生きる事その物の持つ「明るさ」を解き放ち、小さな芸術家として自らの
表現を誇った彼女たちの姿はまことに眩しい
時には女子学生らしく寄宿舎を抜け出して関東煮を買いに行ったりしながら青春を
謳歌する彼女たちが、招待状を送りつけては攫われた少女たちの死体を使ったオブジェを
見せつけてくる謎の芸術家の正体を追い、時に誘拐事件の犯人と噂される露西亜の妖怪
アルマスティに襲われながらも謎の真相に挑むのがストーリーの一つのメインライン
犯人の見せつけてくるオブジェは実在の絵画などがモチーフになっているのでそちらを
検索するのも楽しいかと
しかし、本作のもう一つのストーリーのメインとなるのがタイトルにもある「大正二十九年」
という時代かと。逢坂という町の名もそうだけど微妙にパラレルワールド化された日本で
平塚らいてう等の活動の結果、現実の日本に先駆けて女性が参政権を獲得する代わりに
女性も徴兵の対象にされている事から彼女たち自身の身にも決して明るい未来などあり得ない
という不安さが全体に漂っている(実際、逢美で彼女たちを教えていた女性教諭が大陸での
兵役に赴く場面も描かれている)
だが、それだからこそ四人の少女たちが自分たちの生きた証を残そうと個展を企画するものの
殺人芸術家の存在をダシにして文化方面への統制を強めるべく「退廃した芸術は時勢に反する」
と強権を振りかざした当局の弾圧により一度は発表の道を断ち切られそうになりながらも
芸術の存在意義に、そして例え無力な少女たちであっても一人の人間としての生き方を貫く事の
尊さに理解を示す大人たちの協力もあって開催にこぎつけた個展開催の場面では、刹那としか
言いようのない彼女たちの青春が誇り高くも可憐な花を咲かせたかのように感じ、思わず涙が
こぼれそうになった
一瞬の輝きを残して全ては時代の力によって断ち切られてしまうのだけど、陽子が描いた青空の如く
「確かにそこにあった」眩しいばかりの青春を描いた物語。自分の道を生きる事に疲れ、
悩む事もある方も多い事かと思われるが「自分の道を生きる事の輝かしさ」を感じさせ、何がしかの
力と勇気を与えてくれる一冊。こんな大傑作の存在に三年間も気付けなかった自分の不明を恥じ入る
ばかりです。間違いなくお勧め!
追記
それにしてもヒロインたちの口にする「上方ことば」の何と美しい事か。今や関西でも
滅びつつある純粋な文化ではあるけれど(実際、今やこういった本物の上方ことばを話せるのは
「ええとこ」の出である年配の方ぐらいかと)。関西独特の柔らかな人への接し方がそのまま
言葉の形になった様な「ふうわり」とした喋り口調は必読。できればラジオドラマか何かで
音声として聞いてみたいと思った
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大正二十九年の乙女たち (メディアワークス文庫 ま 1-1) 文庫 – 2011/4/23
牧野 修
(著)
- 本の長さ395ページ
- 言語日本語
- 出版社アスキー・メディアワークス
- 発売日2011/4/23
- ISBN-104048702866
- ISBN-13978-4048702867
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登録情報
- 出版社 : アスキー・メディアワークス (2011/4/23)
- 発売日 : 2011/4/23
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 395ページ
- ISBN-10 : 4048702866
- ISBN-13 : 978-4048702867
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,297,332位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,660位メディアワークス文庫
- カスタマーレビュー:
著者について
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大阪府出身。
1992年『王の眠る丘』で作家デビュー。
1999年『スイート・リトル・ベイビー』で第6回日本ホラー小説大賞長編賞佳作。
2002年『傀儡后』で第23回日本SF大賞受賞。
2015年『月世界小説」』で36回日本SF大賞。
ホラー映画が大好物。
カスタマーレビュー
星5つ中4.1つ
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2014年5月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2013年4月6日に日本でレビュー済み
大正二十九年という架空の日本を舞台にした、四人の女学生の青春物語。
それぞれの女学生たちのエピソードが暖かかったり痛快だったりして、とても面白いです。凛とした彼女たちの青春像が浮かんできます。
ひとりひとりが主人公になり、4つの短編からなりますが、全編を通して語られる猟奇殺人、そして戦争の足音。
ラストはなんともやりきれない悲しみと、そして自分の意志で華やかに散っていった彼女たちの美しさに涙がにじんできます。
美しくて儚い、そんな女生徒たちの青春を切り取った物語です。
それぞれの女学生たちのエピソードが暖かかったり痛快だったりして、とても面白いです。凛とした彼女たちの青春像が浮かんできます。
ひとりひとりが主人公になり、4つの短編からなりますが、全編を通して語られる猟奇殺人、そして戦争の足音。
ラストはなんともやりきれない悲しみと、そして自分の意志で華やかに散っていった彼女たちの美しさに涙がにじんできます。
美しくて儚い、そんな女生徒たちの青春を切り取った物語です。
2016年7月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
状態も良く、帯もついていてとてもよかったです。ありがとうございました。
2011年5月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2011年4月刊行の最新作。津原泰水が"ブラバン"を書いたときと同じく、牧野修が「青春小説」だなんて、絶対嘘だね!と勘ぐった方もおられようが、開けてビックリほんまにストレートな青春ものでありました。
舞台は大阪、を思わせる逢坂。あったかもしれないパラレルな世界ともとれる「大正二十九年」の物語。ともに藝術を志し、逢坂女子美術専門学校に通う4人の女子。冷たい知性と横溢する天才性を感じさせる池田千種、同じく天性の格闘センスを持ちその道を邁進する星野逸子、難病に冒された不自由な身体と、しかしそれを補って余りうる想像力の翼を広げる犬飼華羊、何事にも代え難い素直で柔らかな感性を持った緒方陽子。この強い絆で結びついた4人それぞれの視点を通し、とある猟奇連続殺人、あるいは戦争へと突き進む不穏な世相の中で輝く一瞬の「青春」が描き留められる。
そういえば牧野さんって大阪藝大卒だったよね、ということも思い起こされる、様々なアートの要素が散らされた物語。巻き起こる陰惨な殺人が、黒いオーラを放つ実在の絵画を象ったものであったり、藝術の存在意義を問う描写がところどころで顔を出したりと、このへん、作者らしいといえばらしいのだけど、意外やそうした(二重の意味での)マイナー調は今作ではあくまで影の存在に留まって、青葉のような若さの輝きはそれに呑まれない。そして「戦争」という破滅的な暗がりへと飛び込んでいく不穏な情勢だからこそ、この一瞬の輝きが愛おしく、その愛しさが直接、読後の清々しい喪失感とも繋がった。こういうのも、ありやね。
舞台は大阪、を思わせる逢坂。あったかもしれないパラレルな世界ともとれる「大正二十九年」の物語。ともに藝術を志し、逢坂女子美術専門学校に通う4人の女子。冷たい知性と横溢する天才性を感じさせる池田千種、同じく天性の格闘センスを持ちその道を邁進する星野逸子、難病に冒された不自由な身体と、しかしそれを補って余りうる想像力の翼を広げる犬飼華羊、何事にも代え難い素直で柔らかな感性を持った緒方陽子。この強い絆で結びついた4人それぞれの視点を通し、とある猟奇連続殺人、あるいは戦争へと突き進む不穏な世相の中で輝く一瞬の「青春」が描き留められる。
そういえば牧野さんって大阪藝大卒だったよね、ということも思い起こされる、様々なアートの要素が散らされた物語。巻き起こる陰惨な殺人が、黒いオーラを放つ実在の絵画を象ったものであったり、藝術の存在意義を問う描写がところどころで顔を出したりと、このへん、作者らしいといえばらしいのだけど、意外やそうした(二重の意味での)マイナー調は今作ではあくまで影の存在に留まって、青葉のような若さの輝きはそれに呑まれない。そして「戦争」という破滅的な暗がりへと飛び込んでいく不穏な情勢だからこそ、この一瞬の輝きが愛おしく、その愛しさが直接、読後の清々しい喪失感とも繋がった。こういうのも、ありやね。
2011年6月22日に日本でレビュー済み
牧野氏なのに、時代小説で青春小説だった
猟奇的な連続殺人事件といった牧野氏らしい要素があり、
それが各章を貫くメインのストーリーとなっている
しかし、大正時代の美術専門学校に通う4人の女性が各章の主人公となっており、
彼女達の青春のひとときの方が本当のメインのように感じた
芸術論や格闘シーン等、色々な要素があり、最後まで楽しく読めました
今までに読んだ著者の作品のなかで、一番好きな作品でした
猟奇的な連続殺人事件といった牧野氏らしい要素があり、
それが各章を貫くメインのストーリーとなっている
しかし、大正時代の美術専門学校に通う4人の女性が各章の主人公となっており、
彼女達の青春のひとときの方が本当のメインのように感じた
芸術論や格闘シーン等、色々な要素があり、最後まで楽しく読めました
今までに読んだ著者の作品のなかで、一番好きな作品でした
2011年4月29日に日本でレビュー済み
戦争の足音が近づく不自由な時代、大正二十九年。
画家としての才能溢れる池田千種。
武道に没頭する男勝りな星野逸子。
足が不自由で、余命五年と宣告されていた犬飼華羊。
素直で女性らしい優しさに満ちた緒方陽子。
逢坂女子美術専門学校を舞台に、4人の少女達が短い青春を精一杯謳歌する。
牧野さんの小説なので、また歪んだ話ではないかと疑っていましたが、普通の青春小説でした(笑)
また、4人の主人公の中の一人でもある、池田千種と成苑先生の対話が『作品とは何なのか』と考えさせられるなど、随所深い話があり、なかなか面白かったです。
ただ、登場人物のほとんどが大阪弁を話しているので、苦手な人は注意です。
画家としての才能溢れる池田千種。
武道に没頭する男勝りな星野逸子。
足が不自由で、余命五年と宣告されていた犬飼華羊。
素直で女性らしい優しさに満ちた緒方陽子。
逢坂女子美術専門学校を舞台に、4人の少女達が短い青春を精一杯謳歌する。
牧野さんの小説なので、また歪んだ話ではないかと疑っていましたが、普通の青春小説でした(笑)
また、4人の主人公の中の一人でもある、池田千種と成苑先生の対話が『作品とは何なのか』と考えさせられるなど、随所深い話があり、なかなか面白かったです。
ただ、登場人物のほとんどが大阪弁を話しているので、苦手な人は注意です。