著者ブノア=メシャンは庭師ではないし、庭園の専門家でもない。中近東を中心とする在野の歴史家である。本書は、歴史家の視点から中国、日本、ペルシア、アラブ、イタリア、フランス、スペインの代表的な庭を紹介してその背景となる考え方を語るものである。
庭の様相については、何の樹木が植えられていたか、といった具体的な部分についてはほとんど触れられず、ほとんどがその構成(設計)の説明に終始している。そして本書の中心は、庭の構成にあたって一体どのような価値観や美意識が働いていたのかという、いわば庭の哲学・美学を語ることであり、それは本書の用語では「庭の神話学」と表現されている。
その内容は非常に理念的なものであって、頭でっかちすぎるきらいがある。正直、ピンと来ない説明が多かった。その上、中国と日本の庭園に関しては、著者は全く実見せずに文献のみによって様々に論評していて(歴史家ならではとも言える)、基本的にかなり褒めているので東洋人として悪い気はしないが、ちょっと正鵠を射ていないようなところも散見された。
私が本書を手に取ったのは、本書にはメディチ家のロレンツォが作ろうとしていて果たせなかった庭のことが書いてあるからで、特にその庭にどのような樹木を植えようとしていたのかが知りたかったのだが、前述のように本書は樹種についてはほとんど触れられていないからそれは分からなかった。
この庭は、ロレンツォがルネサンス精神の体現として計画したもので、プラトニズムの理想を表す大規模な構成と知的な仕掛けによって古今不滅の庭となるはずのものであったが、ロレンツォの死によって中断され、その後雲散霧消してしまったものである。この計画のデッサンを著者は1927年にフィレンツェの市庁舎で見つけて記録し、本書の記述はこれに基づいている。しかしこのデッサンは第2次世界大戦で失われてしまったという。よって、このロレンツォの未完の庭は本書だけが伝えるもので、その検証もできないという幻の庭なのである。
本書に扱われるもう一つの幻の庭は、ルイ14世がヴェルサイユを越える庭としてつくりだした「マルリの庭」である。ヴェルサイユの庭園はフランスの庭園文化の一つの到達点とされるものであるが、ルイ14世はこの庭に次第に飽きるようになった。そして自分だけの隠棲の場所として計画したのがマルリ宮である。最初は密やかな場所であったが次第に計画は拡大され、巨費が投ぜられてヴェルサイユ以上に独創的な庭園として発展し、やがてはここで重要な政務も執るようになった。ヴェルサイユは貴族にとって特別な場所ではなかったが、マルリに招かれるということは「王の側近…(中略)…のごく少数の選ばれたグループに属することを意味した」のだという。
このマルリの庭へ王が情熱を傾けるところは、筆が冴え渡っているところで、ここはさすが歴史家という感じがした。
ところがこのマルリ宮は、今ではその痕跡も留めない。フランス革命によってこの庭園は競売に付され、庭に飾られていた傑作の数々は順次売り払われ、無関心の裡に破壊されていったのであった。こうして究極のフランス式庭園は、あっけなく消えてしまったのである。
ところで本書の大問題は、講談社学術文庫に入れる際に内容とかけ離れた大げさな題名をつけたことである。本書には庭園の世界史は語られない。原題は、『人間とその庭、あるいは地上の楽園の変容』である。こちらの方が、内容と合致していてずっとよい。
題名と内容が乖離しており、庭の哲学・美学の説明はかなり理念的であるが、失われた庭についての話は面白い本。
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庭園の世界史: 地上の楽園の三千年 (講談社学術文庫 1327) 文庫 – 1998/5/1
アルハンブラやヴェルサイユなど、世界の名園を歴史家として著名な筆者が歴訪。庭の創造は、人間の自己表現への欲求の最高の段階であるとし、ヨーロッパだけでなく、イスラム、日本、中国の庭の理想と精神をも明快に考察。バラの咲き乱れるバビロンの架空園を追慕し、トスカーナではメディチ家のロレンツォが構想した幻の大庭園を紙上に再現して、その魅力を語る。地上の楽園=庭の3千年の歴史。
- 本の長さ271ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日1998/5/1
- ISBN-104061593277
- ISBN-13978-4061593275
商品の説明
著者について
【ジャック・ブノア・メシャン】
1901年パリに生まれる。ジャーナリストとして活躍後、第2次大戦中にヴィシー政権の国務大臣、駐トルコ大使を歴任。戦後、そのため10年間服役後、中東の近・現代史の作品を執筆。著書に『灰色の狼ムスタファ・ケマル』『砂漠の豹イブン・サウド』『アラブの春』。1983年没。
【河野鶴代】
東京芸大音楽科卒。外交官であった夫とともに中近東各地を巡り、ブノア・メシャンの知遇を得る。訳書に『アフリカの二つの夏』他。
【横山正】
1939年生まれ。東京大学建築学科卒。東京大学大学院総合文化研究科教授。著書に『ヨーロッパの庭園』『数奇屋逍遙』『箱という劇場』他。
1901年パリに生まれる。ジャーナリストとして活躍後、第2次大戦中にヴィシー政権の国務大臣、駐トルコ大使を歴任。戦後、そのため10年間服役後、中東の近・現代史の作品を執筆。著書に『灰色の狼ムスタファ・ケマル』『砂漠の豹イブン・サウド』『アラブの春』。1983年没。
【河野鶴代】
東京芸大音楽科卒。外交官であった夫とともに中近東各地を巡り、ブノア・メシャンの知遇を得る。訳書に『アフリカの二つの夏』他。
【横山正】
1939年生まれ。東京大学建築学科卒。東京大学大学院総合文化研究科教授。著書に『ヨーロッパの庭園』『数奇屋逍遙』『箱という劇場』他。
登録情報
- 出版社 : 講談社 (1998/5/1)
- 発売日 : 1998/5/1
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 271ページ
- ISBN-10 : 4061593277
- ISBN-13 : 978-4061593275
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- カスタマーレビュー:
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