封建主義と拡張主義のなかで形成された
従属的、他者依存型の日本人が、いま脱皮し
あたらしい人間に変化したか、またはいまな
お人間であることと日本人であることを同一
視しているのか、
また『あなた任せの性質』、ながいいものには
巻かれろ』主義を克服したのか、
を世界市民または個人の立場から考察した
書物。
きわめて有益。
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絶望の精神史 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ) 文庫 – 1996/7/10
金子 光晴
(著)
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購入オプションとあわせ買い
貧しい空寺の番人で絶望の生涯を終えた金子光晴の実父。恋愛神聖論の後、自殺した北村透谷。才能の不足を嘆じて自分の指を断ち切り芸術への野心を捨てた友人の彫刻家。時代の奥の真裸の人間を凝視する明治生まれの詩人が近代100年の夢に挫折した日本人の原体験をたどり日本人であるがゆえの背負わされた宿命の根源を衝く。近代史の歪みを痛烈に批判する自伝的歴史エッセイ。
- 本の長さ224ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日1996/7/10
- 寸法10.8 x 0.9 x 14.8 cm
- ISBN-104061963767
- ISBN-13978-4061963764
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登録情報
- 出版社 : 講談社 (1996/7/10)
- 発売日 : 1996/7/10
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 224ページ
- ISBN-10 : 4061963767
- ISBN-13 : 978-4061963764
- 寸法 : 10.8 x 0.9 x 14.8 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 136,927位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 108位講談社文芸文庫
- - 2,544位近現代日本のエッセー・随筆
- - 6,123位評論・文学研究 (本)
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2014年8月23日に日本でレビュー済み
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2017年10月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
詩集を購入する予定だったのですが、その前にこちらを読みたくなって購入しました。無意識の中に存在する歴史の爪痕を自覚することができ、どなたの詩であれ「近代詩」を理解するベースとして知るべき内容だと思います。
2015年6月21日に日本でレビュー済み
いつの時代も同じようなことの繰り返しなのだろう。
本書は詩人の金子光晴が明治・大正・昭和に渡って出会った絶望の人たちの記録である。
あまりに救いようのない現実に、読んでいて気分が悪くなるかもしれない。
まあ、現実とは得てしてそんなものだろう。
本書を読めば誰でも気が付くのは、ニッポンというものをめぐって人々に渦巻いている愛憎のようなものだ。
江戸時代の封建的な風習にしがみついて時代から見放された人たちがいる。
天皇を仰ぎ見て熱心に崇める者たちがいる。
ハイカラな西洋文化に憧れ、日本を捨てようと、洋行したり文学や恋愛にはまって破滅していった青年や文化人たちがいる。
金子光晴自身が、本書で三度日本から海外に「脱出」するのだが、一度目は東南アジアへ、二度目の脱出でパリなどへ、
三度目に中国へ行っている。特に面白いのが二度目の脱出のときで、食い詰め者の出島という男に出会うのだが、
この辺りの描写のブラックユーモアがすごいことになっていて、いけないと思いつつ笑い転げながら読んだ。
「そんなとき、出島も、ひどいことになっていた・・・」(p133-)
そしていつの時代にもやっぱり俗物がいる――
ひげを生やして空威張りしている役人・軍人たちがいる。
戦争で一儲けしようと企む商人たちがいる。
華族と結婚して得意になってみせる成り上がり者たちがいる。
江戸時代の封建制のおかげで身についた、日本人のせせこましく、ずる賢く、惰性的な気質。
いったい日本というところは、日本人が思っているほど恵まれた気候ではない。
ジメジメとして黴が生えやすく、木でも何でもすぐに腐ってしまう。
こうした日本人の「ぬらぬら」した独特の感性が、現代の俗悪な歌謡曲にまで続いている。
当時の西洋かぶれの知識人や文学青年、そして金子光晴自身が嫌悪感を覚えていたのは、
日本の根底を流れる、うらぶれて陰惨な文化的土壌だった。
しかしその一方で、どうしても日本人としての自分がいる、それは事実なのである。
他人の前でつい腰を低くしてしまう自分を見て、やれやれオレも日本人かと思うわけだ。
時代を突き放し、日本を突き放し、何より自分自身を突き放して、この詩人は
近代に直面した日本人たちが時代にもてあそばれる様を、ジロッと横目で睨んでいた。
戦前の軍国主義といい、戦後の民主主義といい、この詩人はそのどちらにも懐疑的である。
結局日本人は何も変わっていないのだろう、日本人は絶望していない。
自らが日本人でありながら、日本人であることを演じきれなかった、そこに日本人の本当の絶望があるのだ。
自分が日本人に生まれたとはどういうことなのか、おそるおそる自らの肺腑をえぐり出して自己解剖する、
本書を読めばそんな体験ができるかもしれない。
本書は詩人の金子光晴が明治・大正・昭和に渡って出会った絶望の人たちの記録である。
あまりに救いようのない現実に、読んでいて気分が悪くなるかもしれない。
まあ、現実とは得てしてそんなものだろう。
本書を読めば誰でも気が付くのは、ニッポンというものをめぐって人々に渦巻いている愛憎のようなものだ。
江戸時代の封建的な風習にしがみついて時代から見放された人たちがいる。
天皇を仰ぎ見て熱心に崇める者たちがいる。
ハイカラな西洋文化に憧れ、日本を捨てようと、洋行したり文学や恋愛にはまって破滅していった青年や文化人たちがいる。
金子光晴自身が、本書で三度日本から海外に「脱出」するのだが、一度目は東南アジアへ、二度目の脱出でパリなどへ、
三度目に中国へ行っている。特に面白いのが二度目の脱出のときで、食い詰め者の出島という男に出会うのだが、
この辺りの描写のブラックユーモアがすごいことになっていて、いけないと思いつつ笑い転げながら読んだ。
「そんなとき、出島も、ひどいことになっていた・・・」(p133-)
そしていつの時代にもやっぱり俗物がいる――
ひげを生やして空威張りしている役人・軍人たちがいる。
戦争で一儲けしようと企む商人たちがいる。
華族と結婚して得意になってみせる成り上がり者たちがいる。
江戸時代の封建制のおかげで身についた、日本人のせせこましく、ずる賢く、惰性的な気質。
いったい日本というところは、日本人が思っているほど恵まれた気候ではない。
ジメジメとして黴が生えやすく、木でも何でもすぐに腐ってしまう。
こうした日本人の「ぬらぬら」した独特の感性が、現代の俗悪な歌謡曲にまで続いている。
当時の西洋かぶれの知識人や文学青年、そして金子光晴自身が嫌悪感を覚えていたのは、
日本の根底を流れる、うらぶれて陰惨な文化的土壌だった。
しかしその一方で、どうしても日本人としての自分がいる、それは事実なのである。
他人の前でつい腰を低くしてしまう自分を見て、やれやれオレも日本人かと思うわけだ。
時代を突き放し、日本を突き放し、何より自分自身を突き放して、この詩人は
近代に直面した日本人たちが時代にもてあそばれる様を、ジロッと横目で睨んでいた。
戦前の軍国主義といい、戦後の民主主義といい、この詩人はそのどちらにも懐疑的である。
結局日本人は何も変わっていないのだろう、日本人は絶望していない。
自らが日本人でありながら、日本人であることを演じきれなかった、そこに日本人の本当の絶望があるのだ。
自分が日本人に生まれたとはどういうことなのか、おそるおそる自らの肺腑をえぐり出して自己解剖する、
本書を読めばそんな体験ができるかもしれない。
2004年6月23日に日本でレビュー済み
国語の教科書で、金子光晴の詩が紹介されていたはず。
でもこの人の詩世界って、実は凄まじいデカダンスを内包していて、
本来は教科書で取り上げるような性質のものではないのかも。
このエッセイは精神の荒野を旅してきたことで、全く別次元
の視野を獲得したであろう金子光晴だからこその視点で語られた
裏日本史ともいえる。
彼の目で語られる明治・大正の日本は、
ノスタルジーに溢れるロマンの時代では決してない。
眼を血走らせながら
あらゆる西洋の方法論を採りいれる一方、
じめじめした古来の蛮習が当然の如く行われていた、という混沌。
それは例えば、結婚前夜の新妻の鼻先に日本刀を突きつけ
貞節を誓わせる、といった事が本気で行われていたという回想から
窺える。
そしてそんな日本に嫌気がさしたクリスチャンやインテリ達は
続々と西洋に旅立つのだが、彼らを待ち受けていたのは、露骨な
人種差別である。ある者は傷心帰国し、ある者は精神を病み、ある者は
女に溺れ、ある者は東南アジアへ。そして
挫折の負い目はいつしかアジア統一、という幻想へ繋がってゆく。
そういった明治維新直後の混乱から関東大震災、そして
二度目の世界大戦の終わり迄日本の精神的ダークサイドを、
ドライな語り口で回想してゆく好著。
僕自身は正直なところカルチャーショックを受けた。
過去を美化し過ぎるのは、やはり危険なことなのかもしれない。
でもこの人の詩世界って、実は凄まじいデカダンスを内包していて、
本来は教科書で取り上げるような性質のものではないのかも。
このエッセイは精神の荒野を旅してきたことで、全く別次元
の視野を獲得したであろう金子光晴だからこその視点で語られた
裏日本史ともいえる。
彼の目で語られる明治・大正の日本は、
ノスタルジーに溢れるロマンの時代では決してない。
眼を血走らせながら
あらゆる西洋の方法論を採りいれる一方、
じめじめした古来の蛮習が当然の如く行われていた、という混沌。
それは例えば、結婚前夜の新妻の鼻先に日本刀を突きつけ
貞節を誓わせる、といった事が本気で行われていたという回想から
窺える。
そしてそんな日本に嫌気がさしたクリスチャンやインテリ達は
続々と西洋に旅立つのだが、彼らを待ち受けていたのは、露骨な
人種差別である。ある者は傷心帰国し、ある者は精神を病み、ある者は
女に溺れ、ある者は東南アジアへ。そして
挫折の負い目はいつしかアジア統一、という幻想へ繋がってゆく。
そういった明治維新直後の混乱から関東大震災、そして
二度目の世界大戦の終わり迄日本の精神的ダークサイドを、
ドライな語り口で回想してゆく好著。
僕自身は正直なところカルチャーショックを受けた。
過去を美化し過ぎるのは、やはり危険なことなのかもしれない。
2012年5月3日に日本でレビュー済み
反骨の詩人。戦前、日本の其の当時の軍国主義等の精神風土に嫌気をさして海外に出る。絶望とは現実をはっきり理解し受け入れる事で、理想は持ちつつも権力等に阻まれる無謀な夢や妄想を断つ事であり、何も其れで終わる訳では無い。現実を根本から把握する事で、新たに未来が開けてくる。又、其の上で、抵抗・反抗する精神を持ち続ける事が生きがいに繋がり、其れを失って従順となり迎合するだけとなることは、逆に死に繋がるものと私は思います。
2007年12月6日に日本でレビュー済み
よきにつけ悪しきにつけ、考えさせられる本です。
面白いよ、とおすすめできる内容では無いだろうけれど、たぶん、一度は読んでみる価値があるんじゃないだろうかと思います。
何となく、今の世相に言えそうな事も書いてるし。
坂口安吾氏の堕落論とかを読んで面白いと思った人にお勧め。
面白いよ、とおすすめできる内容では無いだろうけれど、たぶん、一度は読んでみる価値があるんじゃないだろうかと思います。
何となく、今の世相に言えそうな事も書いてるし。
坂口安吾氏の堕落論とかを読んで面白いと思った人にお勧め。