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透明な力 単行本 – 1995/3/17

4.1 5つ星のうち4.1 36個の評価

本当に素晴らしいものに出会ったとき、人は変わる。
何事か深いものを成し遂げようとするときに必要な精神と肉体のたゆまざる修業。
90歳を超えて今なお、鍛錬を続ける人間の持つ年齢も力も通り越した驚くべき力。
伝説の達人が語り明かす現代の五輪の書。

「謎の武道家!」津本陽氏 絶賛
大東流合気柔術は、会津御式内と呼ばれた秘密の武術で、小柄でなければ奥義に達することができないといわれる。佐川宗範(総師範)は謎としかいえない魔法のような合気技をあらわす日本唯一の武道家である。

【佐川幸義(さがわ・ゆきよし)】
大東流合気武術宗範。1902年、北海道湧別生まれ。11才で大東流・武田惣角に入門、1932年には、惣角より代理教授を許される。以後、助教として全国各地を惣角とともに回る。長い修行により、師を越えたと言われている。現在は東京郊外の小平市にある自宅内の道場で指導している。
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商品の説明

内容(「MARC」データベースより)

本当に素晴らしいものに出会ったとき、人は変わる。何事か深いものを成し遂げようとするときに必要な精神と肉体のたゆまざる修業。大東流合気武術宗範、佐川幸義92歳。その教えと語録を編集する。

著者について

1947年、東京生まれ。筑波大学数学系教授。理学博士。東京大学理学部数学科卒。同大学院修士課程修了。名古屋大学助手、プリンストン高等学術研究所研究員、グルノーブル大学(フランス)、マンハイム大学(ドイツ)、ジョンズ・ホプキンス大学(アメリカ)各客員助教授などを経て、現在に至る。
中学生の頃から武術に興味を持ち、海外でも数百人に教えたが、従来のやり方に限界と疑問を感じ本物の武術を探し歩く。そしてついに大東流合気武術の佐川幸義宗範にめぐり会い、1978年1月8日入門。奥伝四段、第十元直伝講習終了。現在、最も親しく教えを受けている門人の1人。

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 講談社 (1995/3/17)
  • 発売日 ‏ : ‎ 1995/3/17
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 単行本 ‏ : ‎ 236ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4062070774
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4062070775
  • 寸法 ‏ : ‎ 13.5 x 2 x 19.5 cm
  • カスタマーレビュー:
    4.1 5つ星のうち4.1 36個の評価

著者について

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木村 達雄
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カスタマーレビュー

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上位レビュー、対象国: 日本

2020年7月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
大変良い商品です🤗
1人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2017年6月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
確かに不世出の武道家と思っています一人です。一読を勧めます。
2人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2017年10月28日に日本でレビュー済み
 友人が合気道の段位を持っていて、彼の合気道の先生が著者の孫の孫くらいの弟子だというのだが、彼は「合気道を貶めて」と憤慨していた。この書で展開されている合気道批判、植芝氏の武道家としての力量を疑わせるエピソードの適否は、私には批評する知見はもたない。ただ、この書の合気道に対する言説は、合気道に対して誤解を生む。宇宙と一致とか愛とか、形而上学的な言葉が、武術としての合気道の定義ではない。合気道とは、相手の動きに合わせて相手の力を無化する事であり、そのための技法は、1.三角に入身 2.相手の動きに合わせて丸く動いてさばく(無化しながら技をかける)。この事は、合気道の初期にはもう語られていたはずだし、植芝氏を直に知っている著者はその事を知っているはずだが。せめて、この部分は注釈を入れたほうがいい。著者は、「合気は相手の力を無力化する技術」だとしているが、その具体的プロセスがわからないので、雲をつかむ様な話だ。帰って、合気道の方が具体的で分かりやすいと思うのは、私だけであろうか。 
5人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2021年12月30日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
武道を究める指針となる書物として非常に参考になった。
2016年2月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
永年、合気道の技で納得できないことが多く、この本が切っ掛けで大東流合気柔術を学び始めました。まだわずか2年ですが悩んでいた技の理合いが、すこしずつ明確になってきました。この本には感謝です。
4人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2017年5月8日に日本でレビュー済み
・サノーさん一言コメント
「武術家・佐川幸義翁の実態を、弟子である理学博士が克明に伝える。絶え間ない鍛錬と精神の向上がもたらす、究極の武」
【サノーさんおすすめ度★★★★★】
・ウノーさん一言コメント
「武道を極め、人知の及ばない境地に至った方々の伝記と発言録です。達人たちの痕跡との共通点を感じながら、道を志すことの意味を知る一冊です」
【ウノーさんおすすめ度★★★★★】

・サノーさん、ウノーさん読書会

サノーさん(以下サ):上には上がいる、とはこういうことだな。
ウノーさん(以下ウ):合気道は「合気」の流派のひとつなんですね。合気道の開祖・植芝盛平翁も、佐川先生からの伝授で開眼したとは、知りませんでした。
サ:この本では、少し批判的に書かれているな。合気の解釈を哲学的にしすぎているのが、現在の合気道だというニュアンスが随所に読み取れる。
ウ:流派が違えば、表現や伝え方が違うのは当然だと思います。どちらがよい、どちらが上という解釈ではなく、武芸の奥行き、鍛錬の必然を知るのが大切です。
サ:どうかな。佐川翁の発言にもある通り、武芸とは「勝つか負けるか」だけで、「勝つことのみ」を目指すことが前提なのではないか?特に、真剣勝負では命のやりとりしかないのだから「敗北」すなわち「死」だ。
ウ:それは、鍛錬を積むうえで必要な要素ですが、試合のたびに殺されていたので、命がいくつあっても足りません。
サ:そこだ。その感覚こそ、武術を究めんとする人にとって、あってはならない要素なんだ。
おそらく、佐川幸義の仕合において「命がけ」でなかったことなんて、一回もなかっただろう。全て自分と相手の命のやりとりだ、という認識だったのだと思う。
ウ:それは「一度も負けてない」のですから、確かめようがありません。ただ、この本に書かれているエピソードを知ると、やはり常人では至れない境地にあったとしか思えません。
「鍛錬の継続」についても「肩の力を抜くのに10年」とか、驚くべき感覚です。
サ:登場する人物も豪華だよな。この著者も超一流の学者で大学教授だし、武道派作家の津本陽氏とのエピソードも面白い。王貞治さんとのエピソードは、道を究めたものならではの空気感が伝わってくる。巻末の「透明な力」の体験談も、有名大学教授揃いだ。
ウ:意外だったのは「強くなりたければ、常に考えること。考えて考えて考え抜くこと」という教えです。
武術や体術、あるいは気功などでは「考えるな、感じろ」が合言葉です。
考えてしまうと、動けなくなるのでは?
サ:ジークンドーの開祖も、そう言っている。でも、その「考える」と、佐川翁が伝える「考える」は、まったく別物だ。
佐川翁にとっての「考える」は「右脳をフル回転させること」だと読み取った。言語や物体識別を処理するのではなく、言葉では伝えられない「暗黙知」を追究しろ、と伝えているのだと思う。
ウ:つまり、私の出番というわけですね。でも「技」については、左脳の処理能力なくして、習得することばできません。
サ:やっぱり、両方を活用しないとならないわけだ。
【了】
3人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2012年6月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この本は、まさしく”現代の五輪書”である。
現代人にとって、武道の玄人であろうと、素人であろうと
この書は、人生の指南書といっても言い過ぎではない。
7人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2015年7月3日に日本でレビュー済み
大東流合気柔術の達人と呼ばれた佐川幸義氏について、
高弟の木村達雄氏が執筆した作品ですが、師について、自流派について、
お弟子が執筆したと言うことでその点は仕方ないのですが、
ひたすら自流派・師や先達を神聖化し、他流派をこき下ろす
内容となっていて、感心より不快感が先に出ます。

とくに警視庁に採用された「新時代の柔術」であった
講道館柔道は目の敵にされているようで、五段六段の
高段者が手も足も出ずコロコロ投げ飛ばされ、九段位の
師範が何も出来ず…とか、空手七段や剣道七段が子供のように…
とひたすら他流派をけなし自流派、師や先達が優れていたかを
繰り返し力説しているのですが、肝腎な
「どのように戦い、どのように相手を制し、誰が見ていたか」
という部分についてはもの凄く曖昧。また、大東流合気柔術とは
兄弟的な関係にある合気道もかなりけなしている印象があります。

そもそも、それだけ柔道に対して不敗全勝を誇っていたのであれば、
なぜ「柔術と柔道の天下の一騎打ち」であり講道館柔道が警視庁に
採用されるきっかけとなった「弥生慰霊祭記念柔道剣道試合」に
この流派の達人が出場し柔道を打ち破らなかったのか疑問です。
(また、後に、大東流合気柔術の分派に当たる合気道は同じく
警視庁に採用される。)

動画記録が無い時代であり写真も数枚しか無い時代、
筆者の記憶と、先達の口伝のみに頼って書かれたものですから
自然とそうなってしまうのかも知れませんが、もっと冷静に、
客観的に書かれるべきだったと思います。そもないと、
単なる自流派宣伝のための「自分最強」本になってしまい
かえって師や先達の努力と実力を疑わせる結果になってしまうと
思っています。
16人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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