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キャパになれなかったカメラマン ベトナム戦争の語り部たち(上) 単行本 – 2008/9/26
平敷 安常
(著)
TVカメラマン「カミカゼ・トニィ」の回想 「ジャーナリストのせいでアメリカは負けた」とまでいわれたベトナム戦争。その現場を誰よりも知る米ABCテレビの名カメラマンが記す、「語り部たち」の物語
- 本の長さ466ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2008/9/26
- ISBN-104062149656
- ISBN-13978-4062149655
登録情報
- 出版社 : 講談社 (2008/9/26)
- 発売日 : 2008/9/26
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 466ページ
- ISBN-10 : 4062149656
- ISBN-13 : 978-4062149655
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,393,604位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,728位ジャーナリズム (本)
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2015年6月8日に日本でレビュー済み
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人生の全てを捧げた、多くの人々が居たから、時代状況が、茶の間にまで、届いた事を忘れない。感謝。
2013年4月24日に日本でレビュー済み
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ベトナム戦争当時の戦場記者・カメラマンはある意味もっとも彼らが輝いていた時代だったと思います。
当時のことに興味のある人にとってはかなり興味深い内容です。
当時のことに興味のある人にとってはかなり興味深い内容です。
2008年10月3日に日本でレビュー済み
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ベトナム戦争終結と同時期に生まれたので、タイムリーに知らなかった私ですが、
当戦争の背景だったり、裏方として世界にニュースを届けた人たちの
気持ちや苦労が大変わかりやすく、またヒューマンタッチで描かれています。
時にリアルに、またはユーモラスにかかれていて読みやすかった。
戦争モノは、比較的政治的思想が、文章の随所に見られるものが多いですが
この本は、そういうことはなく、
読者側としてもリベラルに読むことが出来るのも、読みやすさの一因かな?
カメラマンというのは、通常、なかなか名前が知られないものだと思いますが
レンズを通して、無言で歴史を見つめてきた、歴史の証人かもしれませんね。
当戦争の背景だったり、裏方として世界にニュースを届けた人たちの
気持ちや苦労が大変わかりやすく、またヒューマンタッチで描かれています。
時にリアルに、またはユーモラスにかかれていて読みやすかった。
戦争モノは、比較的政治的思想が、文章の随所に見られるものが多いですが
この本は、そういうことはなく、
読者側としてもリベラルに読むことが出来るのも、読みやすさの一因かな?
カメラマンというのは、通常、なかなか名前が知られないものだと思いますが
レンズを通して、無言で歴史を見つめてきた、歴史の証人かもしれませんね。
2012年4月6日に日本でレビュー済み
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小説はリアルに敵わない、そんな言葉がぴったりなエピソードの数々。相当なボリュームにもかかわらず、あっという間に読了してしまった。サイゴンに集う、野心を持った若いカメラマン、ジャーナリストたちの姿は、頼もしく、明るい。多くの悲劇に直面しながらも、なぜかからっとしている。著者の性格によるものかもしれないが、ふと「戦争中でも、それほどみんな深刻じゃなかった」という祖母の言葉を思い出した。ただ、単なるエピソード集になってしまっていて、出し切ってしまった感がある。それはそれでいいのだが、別の著書を読んでみる気にはならないかな。。。
2010年3月8日に日本でレビュー済み
30年以上経過した現在でもベトナム戦争の生々しい記憶を呼び起こすことが出来るのは、本書に登場する人物達の生死をかけた生き様や作品に負うところが少なくない。著者は1965年から終戦までという例外的に長い期間を現地に滞在した生き証人の一人。本書は、カメラマンの観察眼を通して、他の時代の証人達の生きた姿を時代を超えて生々しく情感豊かに再現してくれる。
ベトナム戦争の全貌を理解することは容易ではない。最後のサイゴン陥落への急襲を除いて「前線」が存在しなかったことがひとつ、隣国を含む広域で戦闘が繰り返されたことがひとつ、米軍の本格介入以後に絞っても10年という長きに渡ったことがひとつ。本書のおかげで、ばらばらにちらばった記憶の点と点が時間・空間でつながり、血を通うようになる。その意味で、本書はベトナム戦争を理解する上で非常に役に立つ一冊になるかと思う。
一人一人の物語で章立てが出来ているために厳密に期間を区切ることは難しいが、大体において、上巻は著者がベトナムに渡った1965年から1970年ごろまで、下巻は1970年から終戦の1975年をカバーしていると考えてよい。どの章も物語として読者をぐいぐい引き込む力があるが、上巻のハイライトのひとつは沢田教一との出会いと最期を描いた第11章ではないだろうか。日本人として沢田教一の写真なくしてベトナム戦争を語れない。下巻では、間違いなく 80ページ以上を割いた第21章「悲劇 テリーとサムの話」であろう。この章の一文一文は胸に迫る。
登場人物達が撮った写真も数多く掲載されているが、多くの登場人物たちの作品を集めた「レクイエム−ヴェトナム・カンボジア・ラオスの戦場に散った報道カメラマン遺作集」を参照しながら本書を読むと、印象はさらに強烈なものとなる。高価な本ではあるが「レクイエム」と対で読むことをお勧めする。
それにしても本書に登場する当時の日本人の意志力に満ちた表情は人を動かすものがある。
ベトナム戦争の全貌を理解することは容易ではない。最後のサイゴン陥落への急襲を除いて「前線」が存在しなかったことがひとつ、隣国を含む広域で戦闘が繰り返されたことがひとつ、米軍の本格介入以後に絞っても10年という長きに渡ったことがひとつ。本書のおかげで、ばらばらにちらばった記憶の点と点が時間・空間でつながり、血を通うようになる。その意味で、本書はベトナム戦争を理解する上で非常に役に立つ一冊になるかと思う。
一人一人の物語で章立てが出来ているために厳密に期間を区切ることは難しいが、大体において、上巻は著者がベトナムに渡った1965年から1970年ごろまで、下巻は1970年から終戦の1975年をカバーしていると考えてよい。どの章も物語として読者をぐいぐい引き込む力があるが、上巻のハイライトのひとつは沢田教一との出会いと最期を描いた第11章ではないだろうか。日本人として沢田教一の写真なくしてベトナム戦争を語れない。下巻では、間違いなく 80ページ以上を割いた第21章「悲劇 テリーとサムの話」であろう。この章の一文一文は胸に迫る。
登場人物達が撮った写真も数多く掲載されているが、多くの登場人物たちの作品を集めた「レクイエム−ヴェトナム・カンボジア・ラオスの戦場に散った報道カメラマン遺作集」を参照しながら本書を読むと、印象はさらに強烈なものとなる。高価な本ではあるが「レクイエム」と対で読むことをお勧めする。
それにしても本書に登場する当時の日本人の意志力に満ちた表情は人を動かすものがある。
2008年10月26日に日本でレビュー済み
ヴェトナム戦争に終止符が打たれたのは今から僅か30年余り以前のことである。けれどもこの歴史的事実がその後の世界史的パラダイムの転換点となったことは間違いのない事実である。本国から遠く離れての戦争がそれまでの自らの立場を大きく揺るがせたことに、ショックを受けたのは他ならぬアメリカ自身だった。少なくとも2つの超大国の1つが小国であるヴェトナムに完全な敗北を喫し、それも自らが戦争報道をメディアに公開することから事のほころびが生じた。偉大な戦果を期待した筈の報道が、逆に戦争の実態を暴露し、この戦争の意味をアメリカ国民に問い、更に帰還兵の証言が追い風となることで国内外の広範な世論がわき起こり、そして戦争は終結を向かえた。本書には戦争報道の祖と呼ばれるピーター・ジェニングスを筆頭に沢田教一、一ノ瀬泰造の名が登場する。新しい国際秩序がどうあるべきかを考える手だてとしては格好の書物である。また同時に太平洋戦争当時の日本との『戦争報道』のあり方を比較する上でも上下巻の一読をお奨めする。
2015年8月14日に日本でレビュー済み
時系列がこちゃごちゃで、話の重複が多く、読んでいてうんざりする。ベトナム戦争の惨状がどの程度であったか、分かりにくい。ジャーナリストの世界をたんたんと語っているだけで、ベトナム戦争を知ろうとするには物足りなさがある。
小説のような構成が整い、楽しく読める本を求めている人には、向いていない作品だ。
小説のような構成が整い、楽しく読める本を求めている人には、向いていない作品だ。