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骸骨ビルの庭(上) 単行本 – 2009/6/23
宮本 輝
(著)
読むものの心を激震させる待望の長編小説
平成六年、大阪・十三。八木沢は住人を立ち退かせるためビルの管理人として
着任。ここは、戦後復員した二人の男が人生をかけて戦争孤児たちを育てた場
所である。
平成六年、大阪・十三。八木沢は住人を立ち退かせるためビルの管理人として
着任。ここは、戦後復員した二人の男が人生をかけて戦争孤児たちを育てた場
所である。
- 本の長さ288ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2009/6/23
- ISBN-104062155311
- ISBN-13978-4062155311
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商品の説明
著者について
宮本 輝(みやもと・てる)
1947年兵庫県神戸市生まれ。追手門学院大学文学部卒業。‘77年『泥の河』で太宰治賞、’78年『螢川』で芥川賞、‘87年『優駿』で吉川英治文学賞を受賞。2004年には『約束の冬』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。著書に『道頓堀川』『錦繍』『青が散る』『避暑地の猫』『ドナウの旅人』『ひとたびはポプラに臥す』『月光の東』『草原の椅子』『睡蓮の長いまどろみ』『森の中の海』『星宿海への道』『にぎやかな天地』『宮本輝全短編』(全2巻)など。ライフワークとして「流転の海」シリーズがある。
1947年兵庫県神戸市生まれ。追手門学院大学文学部卒業。‘77年『泥の河』で太宰治賞、’78年『螢川』で芥川賞、‘87年『優駿』で吉川英治文学賞を受賞。2004年には『約束の冬』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。著書に『道頓堀川』『錦繍』『青が散る』『避暑地の猫』『ドナウの旅人』『ひとたびはポプラに臥す』『月光の東』『草原の椅子』『睡蓮の長いまどろみ』『森の中の海』『星宿海への道』『にぎやかな天地』『宮本輝全短編』(全2巻)など。ライフワークとして「流転の海」シリーズがある。
登録情報
- 出版社 : 講談社 (2009/6/23)
- 発売日 : 2009/6/23
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 288ページ
- ISBN-10 : 4062155311
- ISBN-13 : 978-4062155311
- Amazon 売れ筋ランキング: - 658,647位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 55,755位文芸作品
- カスタマーレビュー:
著者について
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1947(昭和22)年、兵庫県神戸市生れ。追手門学院大学文学部卒業。
広告代理店勤務等を経て、1977年「泥の河」で太宰治賞を、翌年「螢川」で芥川賞を受賞。その後、結核のため二年ほどの療養生活を送るが、回復後、旺盛な執筆活動をすすめる。『道頓堀川』『錦繍』『青が散る』『流転の海』『優駿』(吉川英治文学賞)『約束の冬』『にぎやかな天地』『骸骨ビルの庭』等著書多数。
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2021年11月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
自分の生き方の指針になるストーリー
2022年6月29日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
定期的に著者の小説が見読みたくなる。限定キャンペーンで安くなっているのもあり購入。登場人物たちのそれぞれの人生を聞きながら話は進んでいくが最後がどうなるかがわからない。後編が気になります。。。
2013年6月17日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
中古で購入しましたが、まるで新品のような状態でした。
内容は宮本 先生著なので言うまでもありませんがとてもおもしろく先が読みたい・・衝動に駆られる長編です。
宮本 先生のものはそういうのがほとんどですが・・
戦争を生き抜いた人々のリアルな状況が赤裸々に書かれているが決して読みづらいものではなく、素直に心に入ってくると同時に当時の状況が想像できる。 とても読み応えのある作品でした
内容は宮本 先生著なので言うまでもありませんがとてもおもしろく先が読みたい・・衝動に駆られる長編です。
宮本 先生のものはそういうのがほとんどですが・・
戦争を生き抜いた人々のリアルな状況が赤裸々に書かれているが決して読みづらいものではなく、素直に心に入ってくると同時に当時の状況が想像できる。 とても読み応えのある作品でした
2013年6月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
単行本と思ったので(ハードカバーで)少し残念でした。でもお安く手に入ったのはよかったです。
2014年8月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
一番大好きな本なので上下巻を友人にプレゼントしました。子育てしている人は読むべき一冊です。
2009年9月2日に日本でレビュー済み
宮本輝は人気作家なので、あまのじゃくの私は読んだことがなかった。新聞などの書評に度々取り上げられ、男性であることを知って、興味を持ち、読んでみた。
期待以上に「うまい」と思った。
これといったドラマがある訳ではない。3ヶ月ほどの毎日を淡々とつづっただけとも言えよう。でも、ぐいぐい引き込まれた。
まず、骸骨ビルに居座る住人を退去させるために送りこまれた八木沢(ヤギショウ)に手渡された脅迫状に驚いた。家族の氏名と家族の無事を祈る文面で、脅迫めいたことは書いてないのに、本当に恐ろしいと思った。不謹慎な言い方だが、脅迫状として完璧だと思う。
ただ、弟夫婦の氏名まで…と書いてあるけど、そこが本文には登場していないのが引っかかる。妻の両親は書いてあるのだから、本文にそう書くのなら、不必要でも弟夫婦の氏名も書いて欲しいものだ。
戦後、なりゆき上仕方なく子ども達を育てることになった阿部轍正と、茂木泰造。二人は結婚することもなく50人ほどの子ども達を育てたようだ。
仕方なくではあっても、それが自分の生かされてきた理由(使命)だと信じ、ただひたすらに覚悟を決めて「親」を勤めてきた二人。
子どもを産んだからといって「親」になれる訳でなく、子どもを産んでなくても「親」にはなれる。子どもを持つ親の一人として、私はこのような覚悟を持って子育てしてきた訳ではない。恥ずかしく思う。子育てに愛情は必要だけど、愛情だけでもダメなのだ。
同じように育てても、同じように育つ訳でもない。愛情をかけても、まだ足りない、足りないと思う子もいる。
ヤギショウは、相手を無防備なくらい受け入れている。これほど素直にバカ正直なくらいに教えられた通りに実行する40男がいるだろうか!?
しかし、だからこそ彼は住民達に信頼され、受け入れられるのかもしれない。
この小説の根底に流れるのは、「待つこと」「演じること」だと思う。
待つことは、ヤギショウの上司がヤギショウが無事仕事を遂行し、住民たちが退去して行くことであり、ヤギショウが骸骨ビルの庭を畑にして野菜を育てることであり、茂木が阿部を告訴した夏美に骸骨ビルに帰って自分たち側に戻ってきて欲しいと思うことであり…いろんな人達がそれぞれの立場で「待っている」。
ただひたすらに待つことは、相手を信じることでもある。
「演じること」は、それぞれが自分の役割を演じることである。阿部は父親、茂木は母親を演じ、ヤギショウは気弱で無力な人間を装うと決めていた。比呂子も、子どもの頃からもっと幼い子ども達のために比呂子ねえちゃんを演じてきたはずだ。ヤギショウの妻もヤギショウの妻を演じて来た。
人間はみんな、自分という役割を演じるものなのかもしれない。
中国の古典文学がらみと恩師についても、作者が何か意図するものが感じられるのだが、それが何かは今はわからない。いづれ又読んでみたいと思う。
1Q84と関連したレビューもあるが、私はハリーポッターや20世紀少年と似ていると思った。それぞれの記憶が語られ、過去と現在が入り混じる。時系列にそっていない。
最後まで読んで、上巻の最初を読み返したら、茂木の訃報通知でありながらナナちゃんが「享年85歳」とVサインを書いていた、という文が目に留まった。本筋に入るまで流し読みをしていたが、こんなところに続いていたのか〜と少し心が癒された。「ナナちゃん、良かったね」と一言言ってあげたいくらいだ。
阿部と茂木が子ども達を育てるために骸骨ビルの庭で野菜を育てたように、ヤギショウも庭を畑にし、作物を育てる。畑をつくるための土つくり、草引き、害虫の天敵まで駆除しないように、みずやり云々…。そういう文章の中にも「待つこと」そして「育てること」を感じた。
毎日毎日畑を見て、世話をして、どうすればよりよく育つか。これって本当に教育そのものだ。
そこまで深読みしなくても、ガーデニングの参考になる部分は多いと思う。
又、ヤギショウも料理自慢だが、比呂子の料理が又絶品らしい。文中登場するいくつかの料理は、本当にこの店があるのなら行って食べてみたい!と思わせられる。
ただ、自分が「生かされている」とか「何のために生きているのか」ということを考えたことがない人には、阿部の気持ちは本当には理解出来ないかもしれない。
私も理解できている、とは言わないが、彼の気持ちはキリスト教だの仏教だのといった宗教ではなく、使命感に近いかもしれない、と思う。うまく言えないけど。
彼は、立派すぎて多くの人の嫉妬をかい、理解されず迫害を受けて失意の内に亡くなったのかもしれないが、自分が成すべきことを見つけ、それを遂行出来た彼は、幸せだったのではないか。彼の人生には、確かに意味があったのだ。
ヤギショウも、彼が出会った人達もみな、ひたむきに生きている。それぞれに重い人生なのに、魅力的な登場人物の人生を読んで、読後感は少しさわやかだ。茂木が亡くなった時のナナちゃんも、こんな感じだったのかも…。
結局、なぜ茂木が骸骨ビルを出て行ったのか、それは語られていない。回答が示されていないようで正直ちょっとガッカリ。でも、それは各人が読み取らないといけないんでしょう。
いづれ又読み返してみたい本。子ども達にも薦めたいと思う。
期待以上に「うまい」と思った。
これといったドラマがある訳ではない。3ヶ月ほどの毎日を淡々とつづっただけとも言えよう。でも、ぐいぐい引き込まれた。
まず、骸骨ビルに居座る住人を退去させるために送りこまれた八木沢(ヤギショウ)に手渡された脅迫状に驚いた。家族の氏名と家族の無事を祈る文面で、脅迫めいたことは書いてないのに、本当に恐ろしいと思った。不謹慎な言い方だが、脅迫状として完璧だと思う。
ただ、弟夫婦の氏名まで…と書いてあるけど、そこが本文には登場していないのが引っかかる。妻の両親は書いてあるのだから、本文にそう書くのなら、不必要でも弟夫婦の氏名も書いて欲しいものだ。
戦後、なりゆき上仕方なく子ども達を育てることになった阿部轍正と、茂木泰造。二人は結婚することもなく50人ほどの子ども達を育てたようだ。
仕方なくではあっても、それが自分の生かされてきた理由(使命)だと信じ、ただひたすらに覚悟を決めて「親」を勤めてきた二人。
子どもを産んだからといって「親」になれる訳でなく、子どもを産んでなくても「親」にはなれる。子どもを持つ親の一人として、私はこのような覚悟を持って子育てしてきた訳ではない。恥ずかしく思う。子育てに愛情は必要だけど、愛情だけでもダメなのだ。
同じように育てても、同じように育つ訳でもない。愛情をかけても、まだ足りない、足りないと思う子もいる。
ヤギショウは、相手を無防備なくらい受け入れている。これほど素直にバカ正直なくらいに教えられた通りに実行する40男がいるだろうか!?
しかし、だからこそ彼は住民達に信頼され、受け入れられるのかもしれない。
この小説の根底に流れるのは、「待つこと」「演じること」だと思う。
待つことは、ヤギショウの上司がヤギショウが無事仕事を遂行し、住民たちが退去して行くことであり、ヤギショウが骸骨ビルの庭を畑にして野菜を育てることであり、茂木が阿部を告訴した夏美に骸骨ビルに帰って自分たち側に戻ってきて欲しいと思うことであり…いろんな人達がそれぞれの立場で「待っている」。
ただひたすらに待つことは、相手を信じることでもある。
「演じること」は、それぞれが自分の役割を演じることである。阿部は父親、茂木は母親を演じ、ヤギショウは気弱で無力な人間を装うと決めていた。比呂子も、子どもの頃からもっと幼い子ども達のために比呂子ねえちゃんを演じてきたはずだ。ヤギショウの妻もヤギショウの妻を演じて来た。
人間はみんな、自分という役割を演じるものなのかもしれない。
中国の古典文学がらみと恩師についても、作者が何か意図するものが感じられるのだが、それが何かは今はわからない。いづれ又読んでみたいと思う。
1Q84と関連したレビューもあるが、私はハリーポッターや20世紀少年と似ていると思った。それぞれの記憶が語られ、過去と現在が入り混じる。時系列にそっていない。
最後まで読んで、上巻の最初を読み返したら、茂木の訃報通知でありながらナナちゃんが「享年85歳」とVサインを書いていた、という文が目に留まった。本筋に入るまで流し読みをしていたが、こんなところに続いていたのか〜と少し心が癒された。「ナナちゃん、良かったね」と一言言ってあげたいくらいだ。
阿部と茂木が子ども達を育てるために骸骨ビルの庭で野菜を育てたように、ヤギショウも庭を畑にし、作物を育てる。畑をつくるための土つくり、草引き、害虫の天敵まで駆除しないように、みずやり云々…。そういう文章の中にも「待つこと」そして「育てること」を感じた。
毎日毎日畑を見て、世話をして、どうすればよりよく育つか。これって本当に教育そのものだ。
そこまで深読みしなくても、ガーデニングの参考になる部分は多いと思う。
又、ヤギショウも料理自慢だが、比呂子の料理が又絶品らしい。文中登場するいくつかの料理は、本当にこの店があるのなら行って食べてみたい!と思わせられる。
ただ、自分が「生かされている」とか「何のために生きているのか」ということを考えたことがない人には、阿部の気持ちは本当には理解出来ないかもしれない。
私も理解できている、とは言わないが、彼の気持ちはキリスト教だの仏教だのといった宗教ではなく、使命感に近いかもしれない、と思う。うまく言えないけど。
彼は、立派すぎて多くの人の嫉妬をかい、理解されず迫害を受けて失意の内に亡くなったのかもしれないが、自分が成すべきことを見つけ、それを遂行出来た彼は、幸せだったのではないか。彼の人生には、確かに意味があったのだ。
ヤギショウも、彼が出会った人達もみな、ひたむきに生きている。それぞれに重い人生なのに、魅力的な登場人物の人生を読んで、読後感は少しさわやかだ。茂木が亡くなった時のナナちゃんも、こんな感じだったのかも…。
結局、なぜ茂木が骸骨ビルを出て行ったのか、それは語られていない。回答が示されていないようで正直ちょっとガッカリ。でも、それは各人が読み取らないといけないんでしょう。
いづれ又読み返してみたい本。子ども達にも薦めたいと思う。
2014年1月19日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
中古の本がこんなにきれいだなんて驚きです。配送も早いし、本屋さんで探しても見つからなくてイライラすることもなくなりました。
2011年5月27日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
好むと好まざるにかかわらず、心に何かが残る作品です。その何かが感じない
人は感じるまで、わかんない人はわかるまで、物語を噛み砕いて読んで欲しい。
人間の絆とは?人間らしさとは?時を経て変わり行く新たな人生の生き方とは!?
子供たちの成長と幸福を祈りつづけること、魂の底でそれを感じとる子供たち。
言葉でなく安部轍正と茂木泰造という現存在そのものこそが、人生の糧となった
子供たち。僕の心にゆっくり沁み込む作品でした。
人は感じるまで、わかんない人はわかるまで、物語を噛み砕いて読んで欲しい。
人間の絆とは?人間らしさとは?時を経て変わり行く新たな人生の生き方とは!?
子供たちの成長と幸福を祈りつづけること、魂の底でそれを感じとる子供たち。
言葉でなく安部轍正と茂木泰造という現存在そのものこそが、人生の糧となった
子供たち。僕の心にゆっくり沁み込む作品でした。