いやあ,実に面白かった。初めこのシリーズはやや軽めの連作というか,それほどシリアスな雰囲気ではなかったはずだ。それが途中から舞台を長崎に移したあたりで重蔵と薩摩藩との闘いがメインとなり始め,この蝦夷編に入ってからは完全に「チーム重蔵VS薩摩藩(+敵役りよ)」という図式の長編となったことで,物語の空気感が一気にその密度を増している。
キャラの造形面では相変わらず巧みな個性の描き分けと,時にニヤリとさせるセリフ回しが見事で心地よい。作者の得意とするところに,従来の公安ものや岡坂もので発揮されたいわゆるワイズクラックの妙技があるが,このシリーズが開幕した当初は作者も時代劇という枠に不慣れだったためか,それを模索している不満が読者として少なくなかった。ところがさすが名人芸と言うべきか,次第に各キャラの個性が確立するに従って,今では無口な重蔵のみならず配下の段平や与一郎,出番少ながらコメディリリーフ的な為吉やおえんなど,実に多彩な会話の妙が楽しめる(どんな役回りかは,本編でご確認を)。さらにお堅い武家言葉のしげ,長崎訛りのたねなど,それぞれのやり取りだけ繰り返し読んでも飽きないほどだ。現在のエンタメ作家で,肝心のプロットのみならず会話と地の文だけで読者を楽しませることができるのは,この逢坂剛と船戸与一が双璧だろう。(ちなみにキャラの中で重蔵のみはほとんど感情を排した描写で,これは同じ作者の「禿鷹」に通じるものがある。また敵役のりよが,凶器の使い方に例の「百舌」を彷彿させるところがファンには嬉しいところだ)
そして何と言っても本作の白眉は,クライマックスでの「チーム重蔵」とその仇敵りよとの死闘につきる。練達の筆致で綴られる活劇場面はその映像がまざまざと脳裏に立ち現れ,活字を読む醍醐味を満喫させる。ことに前作から,乱歩による往年の少年探偵団に似た活劇要素が加わったことで,それがある種の紙芝居的な昔懐かしいテイストのスリルとサスペンスを生むことになった。本作の登場人物がほぼ全員一堂に会し,スピード感あふれるカットバックで描き出される最終章はまさに圧巻,「目で読む映像(ヘンな例えでスミマセン)」と言うにふさわしい。またここで西部劇に造詣の深い作者のこと,それとなくネタを感じさせるような演出も思わず読者をニヤリとさせる。
しかしこの展開,当然ながら連作時代の一話完結でないために,またしても決着(しかも複数のエピソードあり)が持ち越しとなるところが何とも歯がゆいところ。プラス思考をすればお楽しみが延びるということながら,かつて自分が映画小僧だった時代に「スター・ウォーズ帝国の逆襲」を観た後で2年間のおあずけをくった渇望感に近い。だって掲載雑誌の連載はまどろっこしくて読まないから,結局数年待つんだよね…ああ,つらい。
さて,ついでながら個人的にはかつての「百舌シリーズ」や「さまよえる脳髄」のように痺れるような緊張感のサスペンス,あるいは壮大な仕掛けのスペインものも待望している。現在の作者はこの「重蔵シリーズ」と「イベリアシリーズ」が両輪となっているが,後者は史実の終幕に近づいて最近ややパワーダウンが否めない。そうすると重蔵におのずと期待が高まるが(あ,これも実在の人物か。でも実際はどんな人だったの?),果たしてシリーズはどこまで続くのか?まさかこの「蝦夷編」で完結?うーん,それも困るんですけど…ああ,早く続きを読みたい。でも終わっちゃったらつまらないし…。やっぱり,こう思わせるのがプロの作家というものです,はい(←長いので無理にまとめます)。
追伸:作中で重蔵を「鬼神のような」とか「隆々とした体躯の」と描写する場面があるが,自分では現役時代のニヒルな貴乃花(二代目)をちょっとイメージして読んでます。ほら,あの有名な「鬼神の形相」ってスポーツ紙の写真もあるし。まあ顔立ちは全然違うみたいだけど,とにかく活発な映像が立ち上がるシリーズです。逢坂ファン以外のエンタメ好き諸氏も,ぜひご一読あれ!知らずにスルーしてると後悔しますよ。
(「そんなことすると,あとで後悔するぞ」「ふん,後悔ってのはたいていあとでするものさ(by大杉)」(←こんなセリフが「百舌」にあったっけ)
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逆浪果つるところ 重蔵始末(七)蝦夷篇 単行本 – 2012/9/20
逢坂 剛
(著)
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重蔵に再び蝦夷地巡見の命が下る。
重蔵不在の江戸で暗躍する怪しい影。
最果ての地、エトロフでは、恐るべき罠が待ち受けていた。
本格時代小説 いよいよ佳境へ!
重蔵不在の江戸で暗躍する怪しい影。
最果ての地、エトロフでは、恐るべき罠が待ち受けていた。
本格時代小説 いよいよ佳境へ!
- 本の長さ370ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2012/9/20
- ISBN-104062179083
- ISBN-13978-4062179089
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商品の説明
著者について
逢坂 剛
1943年、東京都生まれ。’80年「暗殺者グラナダに死す」でオール讀物推理小説新人賞受賞。’86~’87年、『カディスの赤い星』で第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。2001年6月から2005年5月まで、日本推理作家協会理事長。現在は、ハードボイルド、警察小説、時代小説など幅広い分野で健筆を振るっている。近著は『平蔵の首』『小説家・逢坂 剛』『暗殺者の森』『剛爺コーナー』など。
1943年、東京都生まれ。’80年「暗殺者グラナダに死す」でオール讀物推理小説新人賞受賞。’86~’87年、『カディスの赤い星』で第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。2001年6月から2005年5月まで、日本推理作家協会理事長。現在は、ハードボイルド、警察小説、時代小説など幅広い分野で健筆を振るっている。近著は『平蔵の首』『小説家・逢坂 剛』『暗殺者の森』『剛爺コーナー』など。
登録情報
- 出版社 : 講談社 (2012/9/20)
- 発売日 : 2012/9/20
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 370ページ
- ISBN-10 : 4062179083
- ISBN-13 : 978-4062179089
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,519,754位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
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1943年東京都生まれ。中学時代から探偵小説、ハードボイルド小説を書きはじめ、’80年「暗殺者グラナダに死す」でオール讀物推理小説新人賞を受賞。’86~’87年、ギターとスペイン内戦を扱った『カディスの赤い星』で第96回直木賞、第40回日本推理作家協会賞、第5回日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。2001年6月から2005年5月まで、日本推理作家協会理事長を務めた。(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『 剛爺コーナー (ISBN-13: 978-4062161060 )』が刊行された当時に掲載されていたものです)