無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
スヌーピーたちの聖書のはなし (KODANSHA SOPHIA BOOKS 魂 16-1) 単行本 – 1999/11/1
- 本の長さ200ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日1999/11/1
- ISBN-10406269090X
- ISBN-13978-4062690904
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
どんな時も聖書をひもときながらスヌーピーたちの活躍を読めば、勇気と力がわいてくる。聖書のたとえ話、罪と罰、愛と信仰などを語る現代版聖書入門。66年刊「ピーナッツ福音書」を新たな訳で。
登録情報
- 出版社 : 講談社 (1999/11/1)
- 発売日 : 1999/11/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 200ページ
- ISBN-10 : 406269090X
- ISBN-13 : 978-4062690904
- Amazon 売れ筋ランキング: - 321,418位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 318位聖書 (本)
- - 450位キリスト教入門
- - 635位キリスト教一般関連書籍
- カスタマーレビュー:
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2016年7月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ゆかいなスヌーピーの漫画の中に、聖書に出てくる話しが沢山盛り込まれていて、楽しく味わうことが出来ました。
2022年2月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
第一章 ありのままの自分に気づく
ここでは原罪にとらわれている人間について、子どもも無垢ではなく罪にとらわれていることについて、46ページにわたって語られる。
第二章 不安なのは誰だって同じ
この章では虚無性にたいする不安と恐れに苦しめられる人間の悲惨について、またその不安と恐れから逃れようとして偶像にすがり、さらに苦しむ人間について36ページにわたって説明される。
第三章 心の成長剤はほろ苦い
苦しみと悲しみが、人間的成長、というより信仰に目覚めるために、そして神さまと出会い、交わり、従うために、いかに不可欠か語られる。神を恐れることの必要性も説かれるが、作者はここで愛のこもった聖なる畏敬と恐怖=恐れとを的確に区別できていない。ライナスがルーシーのげんこつを恐れることを、神への必要な恐れと結びつけて説明してしまっている。本章には34ページ費やされている。
第四章 小さなキリスト スヌーピー
小さなキリストすなわちキリスト者について、それは神の犬のような存在でもあるとして、キリスト者のモデルとしてのスヌーピーについて27ページほど使って説明されている。ここで小さいというのは、作者によれば、社会のマイノリティーであったり、見下されたり、馬鹿にされたりする存在であること、それを甘んじて受け入れつつ、主にあって喜んで生きられる人のことだ。
第五章 愛すること、信じること
タイトルどおり、信じ、愛することについて、12ページほどでさらりと語られている。
全体を通して、人間の罪深さについて、虚無性と不安や恐怖について、そして偶像にすがりつきがちな人間が神さまに出会い、従うことができるようになるためには、ひどい苦しみや悲しみを通じて打ち砕かれること、そして神さまへの「恐れ」を知ることなど、多くのページを費やして説かれている。
たとえばリジュ―の聖テレーズが説いたような、幼子がかぎりなく慈しみ深くやさしい神さまに信頼しきって、そのふところに安心して抱かれるような道とはずいぶん違う道である。
筋金入りのプロテスタントの信者が、あらためて自分の信仰に活を入れる一助にはなるのかもしれない。しかし、キリスト教徒でない人間が大多数を占める日本で、信者でない人に本書を勧められるかと言えば、わたしなら勧めない。
ロヨラの聖イグナチオの霊操でも、罪を黙想する前に、神に無制約の愛で愛されている事実を黙想する。罪を知ることのない信仰は傲慢にいたり、信仰のない罪の認識は絶望にいたると、むかしから言われているとおりだろう。
人間はみな、無制約の愛で愛されることを望み、また無制約に愛したいとも望むものだ。ピーナッツの漫画からはまずそのことにあらためて気づくことができる。それから、人間の身勝手さや愚かさや無力さを、きびしく批判的に見るのではなく、愛のこもった眼差しで、肯定的に観想する、といったいわばまなざしとしてのユーモアを学ぶこともできるだろう。「罪人」どうし、それでもなんとかかんとか、受け入れ合って、付き合っていく態度も。
著者の説くところは、たいがい正しいのかもしれない。しかし正しさは心の暖かさに包まれていなければならない。著者の心が暖かくないというつもりはない。しかし、本書の内容や構成からは、それが伝わりにくい。少なくとも私にとって、イエスさまはマリアさまと、その気配において区別がつかないくらいやさしい(やさしさとは聖ベルナルドが言うには「砕かれた愛」である)かたである。そのようなイエスさまを受肉の神秘において派遣し、全人類を受肉の神秘に与るよう招いてくださった天のお父さまも、人知を超えて、人の思いを越えて、やさしい方だと思う。まずはそのことを伝えてほしかった。
ここでは原罪にとらわれている人間について、子どもも無垢ではなく罪にとらわれていることについて、46ページにわたって語られる。
第二章 不安なのは誰だって同じ
この章では虚無性にたいする不安と恐れに苦しめられる人間の悲惨について、またその不安と恐れから逃れようとして偶像にすがり、さらに苦しむ人間について36ページにわたって説明される。
第三章 心の成長剤はほろ苦い
苦しみと悲しみが、人間的成長、というより信仰に目覚めるために、そして神さまと出会い、交わり、従うために、いかに不可欠か語られる。神を恐れることの必要性も説かれるが、作者はここで愛のこもった聖なる畏敬と恐怖=恐れとを的確に区別できていない。ライナスがルーシーのげんこつを恐れることを、神への必要な恐れと結びつけて説明してしまっている。本章には34ページ費やされている。
第四章 小さなキリスト スヌーピー
小さなキリストすなわちキリスト者について、それは神の犬のような存在でもあるとして、キリスト者のモデルとしてのスヌーピーについて27ページほど使って説明されている。ここで小さいというのは、作者によれば、社会のマイノリティーであったり、見下されたり、馬鹿にされたりする存在であること、それを甘んじて受け入れつつ、主にあって喜んで生きられる人のことだ。
第五章 愛すること、信じること
タイトルどおり、信じ、愛することについて、12ページほどでさらりと語られている。
全体を通して、人間の罪深さについて、虚無性と不安や恐怖について、そして偶像にすがりつきがちな人間が神さまに出会い、従うことができるようになるためには、ひどい苦しみや悲しみを通じて打ち砕かれること、そして神さまへの「恐れ」を知ることなど、多くのページを費やして説かれている。
たとえばリジュ―の聖テレーズが説いたような、幼子がかぎりなく慈しみ深くやさしい神さまに信頼しきって、そのふところに安心して抱かれるような道とはずいぶん違う道である。
筋金入りのプロテスタントの信者が、あらためて自分の信仰に活を入れる一助にはなるのかもしれない。しかし、キリスト教徒でない人間が大多数を占める日本で、信者でない人に本書を勧められるかと言えば、わたしなら勧めない。
ロヨラの聖イグナチオの霊操でも、罪を黙想する前に、神に無制約の愛で愛されている事実を黙想する。罪を知ることのない信仰は傲慢にいたり、信仰のない罪の認識は絶望にいたると、むかしから言われているとおりだろう。
人間はみな、無制約の愛で愛されることを望み、また無制約に愛したいとも望むものだ。ピーナッツの漫画からはまずそのことにあらためて気づくことができる。それから、人間の身勝手さや愚かさや無力さを、きびしく批判的に見るのではなく、愛のこもった眼差しで、肯定的に観想する、といったいわばまなざしとしてのユーモアを学ぶこともできるだろう。「罪人」どうし、それでもなんとかかんとか、受け入れ合って、付き合っていく態度も。
著者の説くところは、たいがい正しいのかもしれない。しかし正しさは心の暖かさに包まれていなければならない。著者の心が暖かくないというつもりはない。しかし、本書の内容や構成からは、それが伝わりにくい。少なくとも私にとって、イエスさまはマリアさまと、その気配において区別がつかないくらいやさしい(やさしさとは聖ベルナルドが言うには「砕かれた愛」である)かたである。そのようなイエスさまを受肉の神秘において派遣し、全人類を受肉の神秘に与るよう招いてくださった天のお父さまも、人知を超えて、人の思いを越えて、やさしい方だと思う。まずはそのことを伝えてほしかった。
2014年9月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
マンガだと思っていましたが、聖書の内容を反映させて描かれたものだったということがよくわかりました。
2017年4月23日に日本でレビュー済み
チャーリー.ブラウンやスヌーピー達がバイブルの奥義をさりげなく伝えていたとは。。。驚きでした。
キリスト教に興味のない人でも、人生の薬になるお話しがいっぱいだと思います。
キリスト教に興味のない人でも、人生の薬になるお話しがいっぱいだと思います。
2012年11月27日に日本でレビュー済み
スヌーピーは「迷路をたどって」やってきた“天の猟犬”(p.165)であり、ピーナッツの物語は、
イギリスの作家、ウィリアム・ゴールディングの「蝿の王」に登場する子供たちのコミック版だ(p.70)
と著者のショートは言っています。
漫画で表される人間の「原罪」。
こんな大きなテーマが底流にあったとは。
子供の時に、ただ単にかわいい絵柄に惹かれてスヌーピーやピーナッツの漫画を見ていた私ですが、
吹き出しを読むと意味不明で、頭の中が疑問符で埋め尽くされていました。
シュルツ氏の「漫画の中に何も意味をこめないのなら、むしろ何も描かないほうがましだ」という言葉を読んで、
何故私はピーナッツの面々が話している内容を、当時あまり理解できなかったのかが今になって分かる気がしました。
イギリスの作家、ウィリアム・ゴールディングの「蝿の王」に登場する子供たちのコミック版だ(p.70)
と著者のショートは言っています。
漫画で表される人間の「原罪」。
こんな大きなテーマが底流にあったとは。
子供の時に、ただ単にかわいい絵柄に惹かれてスヌーピーやピーナッツの漫画を見ていた私ですが、
吹き出しを読むと意味不明で、頭の中が疑問符で埋め尽くされていました。
シュルツ氏の「漫画の中に何も意味をこめないのなら、むしろ何も描かないほうがましだ」という言葉を読んで、
何故私はピーナッツの面々が話している内容を、当時あまり理解できなかったのかが今になって分かる気がしました。
2013年3月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
面白く読んでいます。内容が少々深く、考えながら読むので、自分としてはサクサクは読めないので、
長く手元に置いて、少しずつ読みたい本です。
ちょっと情けないスヌーピー達を見て、「そう、自分もあるある」と思えて心が軽くなりました。
長く手元に置いて、少しずつ読みたい本です。
ちょっと情けないスヌーピー達を見て、「そう、自分もあるある」と思えて心が軽くなりました。
2006年7月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「聖書って、つまり何が言いたいの?」を、ピーナッツの漫画で解説してます。堅苦しくなく、宗教くさくないのですんなり読めます。
ピーナッツは子供の世界だけど、人間社会の縮図なんだなって思いました。聖書の解説というよりかは、人間分析の書としておすすめ。
ピーナッツは子供の世界だけど、人間社会の縮図なんだなって思いました。聖書の解説というよりかは、人間分析の書としておすすめ。