ナチスの「狂気」については、ヒットラーと取り巻きの行動だけでは現実化しえない。 どうしてそれをドイツ国民一般が許容してしまったのか、常に考えさせられる。 武力による他国の征服は帝国主義時代ある程度どの国にも存在した「狂気」であるが、ユダヤ人絶滅という「狂気」は、歴史上繰り返し行われたユダヤ人への迫害行為の延長線上としては理解できない。 本書は、何故、ドイツ国民がこの「狂気」を許容してしまったのかについて、歴史的な視点から答えを与えるものである。 論旨明快で、さりとておしつけがましくなく、大変参考になった。
ゲットーに隔離されて非人道的な扱いに甘んじていたユダヤ人であるが、1798年のフランス革命以降、人権思想が定着していくにつれ、次第に経済的、精神的、あらゆる面で自由を獲得していく。
フランス革命から遅れること100年、ドイツでもユダヤ人は自由と解放を獲得していく。 こうした中、ユダヤ人は、漸く自分たちはドイツ人の同胞となったと思い(込み)、希望に満ちて活動を行う。 律法の学習を基とする教育熱心な家族の姿勢、隔離されたが故に都市に集中し、結果的に最高度の文化の中で生活したことという事情もあり、ワイマール時代に、ユダヤ人は一気に実力を発揮する。
興味深いのは、ユダヤ人の活躍が、アインシュタインをはじめとする科学者だけでなく、バイエルン王国崩壊後のクルト・アイスナー首相、ワイマール憲法を起草した法学者フーゴー・プロイス、大実業家で大戦中戦争遂行に尽力し大戦後は請われて外相に就任したワルター・ラーテナウなど、政治家のレベルでも顕著だったことである。
こうしてワイマール時代、ユダヤ人はあらゆる分野で活躍するが、一方、ドイツ国民の多くはヴェルサイユ条約体制下貧困にあえぎ、極右と極左が勢力を伸ばす、不安定な政治状況となっていく。 その中で、「大戦に負けたのは(ユダヤ人の)背後からの一突き」「ロシアから革命を持ちこむユダヤ人(革命はユダヤ人の仕業)」「ワイマールはユダヤ人のお膳立てなのでうまくいかない」等のデマがドイツ国民に受け入れられていき、最後は、良心の砦である、キリスト協会勢力もナチスのデマに迎合していく。 その先は、軍事侵略とユダヤ人絶滅思想だった。
人間が、時に「狂気」に流れるという事実を、歴史的分析から明らかにしてくれる。
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ユダヤ人 最後の楽園――ワイマール共和国の光と影 (講談社現代新書 1937) 新書 – 2008/4/18
大澤 武男
(著)
二つの大戦のはざまに開花したユダヤ人の夢 第一次大戦で焦土と化したドイツに誕生したワイマール共和国。敗戦の混乱からヒトラー台頭までの15年、ユダヤ人たちは何を思い、何を成し、何を目指したのか。
- 本の長さ216ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2008/4/18
- ISBN-104062879379
- ISBN-13978-4062879378
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登録情報
- 出版社 : 講談社 (2008/4/18)
- 発売日 : 2008/4/18
- 言語 : 日本語
- 新書 : 216ページ
- ISBN-10 : 4062879379
- ISBN-13 : 978-4062879378
- Amazon 売れ筋ランキング: - 597,808位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 180位ドイツ・オーストリア史
- - 1,555位ヨーロッパ史一般の本
- - 2,116位講談社現代新書
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2014年1月5日に日本でレビュー済み
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2019年8月13日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
あくまでユダヤ人の立場に立つワイマール共和制の本です。「最後の楽園」という書名にもそれが現れています。文章は平易で最後まで一気に読ませます。それだけ「知」ではなく「情」に訴えてきます。
バランスを取るために『あるユダヤ人の懺悔 日本人に謝りたい』の併読を勧めます。
エピローグの「ドイツ国民の姿勢に真摯に学ぶべきではないか。そうしないと、いつまでたっても日本とアジア諸国の緊張関係は根本的に改善されないであろう」の一文に、著者の姿勢を知ることができます。そういう本です。
バランスを取るために『あるユダヤ人の懺悔 日本人に謝りたい』の併読を勧めます。
エピローグの「ドイツ国民の姿勢に真摯に学ぶべきではないか。そうしないと、いつまでたっても日本とアジア諸国の緊張関係は根本的に改善されないであろう」の一文に、著者の姿勢を知ることができます。そういう本です。
2008年7月23日に日本でレビュー済み
当時のユダヤ人への視線と、その後ナチスドイツが行ったことを想起すれば「楽園」は逆説的な表現でしかないが、法律上の差別がないことで、ワイマール期のユダヤ人は、かえって「社会進出するほど差別が加速する」という板ばさみ状況を生む。
ユダヤ人が政界、学会、財界の中心に進出したからこそ、保守派はあらゆる不満の責任をユダヤ人に負わせる議論を容易に展開できる。
第一次大戦の敗戦は、後方で政府を攻撃したローザ・ルクセンブルグらの左派ユダヤ人の責任だ。屈辱的なベルサイユ条約を結んだのもユダヤ人。国内のインフレも、ユダヤ人資本家による陰謀である、と。
かつて差別の対象であったユダヤ人が、ドイツ人の1%しかいないのに驚くほど各方面で活躍する。
敗戦後の不況にあえぐユダヤ人以外の国民感情はそのことをやりすごすことができない。
そのやりきれなさを右派が掬い取ってユダヤ人批判の論陣を張り、生活上の不満を簡単に「ユダヤ人憎悪」に変換する。そして露骨なユダヤ人差別やユダヤ人有力者の暗殺事件を生む。
現代でもよく耳にするユダヤ人陰謀論(世界的なユダヤ資本のネットワークが世界を牛耳ろうとしている)は、特に不況下の庶民の精神的スケープゴートとして機能していた(後にナチスドイツの経済政策がいくつか成功することも、ユダヤ人のその後の悲劇への布石となる)。
ワイマール期からナチスドイツに到る歴史は、国民感情に差別が根強い中で制度だけの平等主義がいかに危険な結果を生むか、そして群集が正義に名を借りた「憎悪」を手にしたときの救い難さを見事に示している。「ナチスドイツが国民を騙した」という議論がいかに浅薄か、前史を紐解けば容易に明らかになるということを知るために、読みやすく意義のある一冊。
ユダヤ人が政界、学会、財界の中心に進出したからこそ、保守派はあらゆる不満の責任をユダヤ人に負わせる議論を容易に展開できる。
第一次大戦の敗戦は、後方で政府を攻撃したローザ・ルクセンブルグらの左派ユダヤ人の責任だ。屈辱的なベルサイユ条約を結んだのもユダヤ人。国内のインフレも、ユダヤ人資本家による陰謀である、と。
かつて差別の対象であったユダヤ人が、ドイツ人の1%しかいないのに驚くほど各方面で活躍する。
敗戦後の不況にあえぐユダヤ人以外の国民感情はそのことをやりすごすことができない。
そのやりきれなさを右派が掬い取ってユダヤ人批判の論陣を張り、生活上の不満を簡単に「ユダヤ人憎悪」に変換する。そして露骨なユダヤ人差別やユダヤ人有力者の暗殺事件を生む。
現代でもよく耳にするユダヤ人陰謀論(世界的なユダヤ資本のネットワークが世界を牛耳ろうとしている)は、特に不況下の庶民の精神的スケープゴートとして機能していた(後にナチスドイツの経済政策がいくつか成功することも、ユダヤ人のその後の悲劇への布石となる)。
ワイマール期からナチスドイツに到る歴史は、国民感情に差別が根強い中で制度だけの平等主義がいかに危険な結果を生むか、そして群集が正義に名を借りた「憎悪」を手にしたときの救い難さを見事に示している。「ナチスドイツが国民を騙した」という議論がいかに浅薄か、前史を紐解けば容易に明らかになるということを知るために、読みやすく意義のある一冊。
2011年8月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
本書はワイマール共和国におけるユダヤ人について述べたものである。
ドイツ史上最も顕著となったユダヤ人の活躍と、やがて迎える破滅を扱っている。
記述の特徴は、著名なユダヤ人個人の思想と行動を、ユダヤ人全体の傾向の中に位置付けている点である。
第一次大戦への協力姿勢に始まる、ドイツ国家への政治的・文化的貢献を、
ユダヤ人団体によって全体を、またラーテナウなど著名人の活躍で個人を描いている。
入れ替わり立ち替わり登場するユダヤ人には確かに、ドイツ国家に多大な貢献をした者もいた。
一人一人の態度は真摯という他なく、そのエピソードには心をうたれる。
しかし一部のユダヤ人への非難が、ユダヤ人全体への非難へと容易に結びついた時代である。
その議論の妥当性はともかく、少数の有名なユダヤ人の行動や影響が
あたかもユダヤ人という集団の台頭と捉えられ反感を買い、利用されたという主張には一貫性がある。
やがてナチスはこの社会的反ユダヤ主義を政治的に利用し、反ユダヤ的政策を打ち出していくのである。
ワイマール時代のユダヤ人を詳細に紹介し、分かりやすく説明している好著であるが、
しかし、所々著者の主張にはそれを裏付ける根拠が示されていないことがあった。
この傾向は終盤になるほど顕著であり、それにともない感情的にもなっている。
それまで多彩な引用をもって議論を展開してきたにもかかわらず、終盤の議論は生彩に欠ける印象は否めない。
ワイマール時代におけるユダヤ人の全体像の把握はドイツにおいてもまだこれかららしい。
著者自身もワイマール期ドイツの専門家というわけではなく、また粗削りな個所もあったが、
これから行われるであろうユダヤ人再評価の、先駆的研究と位置付けることは出来よう。
ドイツ史上最も顕著となったユダヤ人の活躍と、やがて迎える破滅を扱っている。
記述の特徴は、著名なユダヤ人個人の思想と行動を、ユダヤ人全体の傾向の中に位置付けている点である。
第一次大戦への協力姿勢に始まる、ドイツ国家への政治的・文化的貢献を、
ユダヤ人団体によって全体を、またラーテナウなど著名人の活躍で個人を描いている。
入れ替わり立ち替わり登場するユダヤ人には確かに、ドイツ国家に多大な貢献をした者もいた。
一人一人の態度は真摯という他なく、そのエピソードには心をうたれる。
しかし一部のユダヤ人への非難が、ユダヤ人全体への非難へと容易に結びついた時代である。
その議論の妥当性はともかく、少数の有名なユダヤ人の行動や影響が
あたかもユダヤ人という集団の台頭と捉えられ反感を買い、利用されたという主張には一貫性がある。
やがてナチスはこの社会的反ユダヤ主義を政治的に利用し、反ユダヤ的政策を打ち出していくのである。
ワイマール時代のユダヤ人を詳細に紹介し、分かりやすく説明している好著であるが、
しかし、所々著者の主張にはそれを裏付ける根拠が示されていないことがあった。
この傾向は終盤になるほど顕著であり、それにともない感情的にもなっている。
それまで多彩な引用をもって議論を展開してきたにもかかわらず、終盤の議論は生彩に欠ける印象は否めない。
ワイマール時代におけるユダヤ人の全体像の把握はドイツにおいてもまだこれかららしい。
著者自身もワイマール期ドイツの専門家というわけではなく、また粗削りな個所もあったが、
これから行われるであろうユダヤ人再評価の、先駆的研究と位置付けることは出来よう。
2016年11月7日に日本でレビュー済み
著者はドイツ・ユダヤ人史を専攻する在独の歴史家であり、ワイマール共和国時代(第1次世界大戦後からナチスが政権をとるまで)のユダヤ人の活躍を綴る。評者はこの時代のドイツ史に疎いが、本書の記述は平易で分かり易く、当時全人口の1%に過ぎないユダヤ人から指導者層が続々と輩出するという興味深い話を楽しめた。
本書の構成は、第1章「前史 ユダヤ人の解放と諸問題」 第2章「ワイマール初期とユダヤ人の政治活動」 第3章「ユダヤ人のワイマール文化」 第4章「夢から現実、孤立から破滅へ」となっている。第2章の政治家群像では、バイエルン王国を倒したアイスナー、革命家ローザ・ルクセンブルグ、ワイマール憲法の起草者プロイス、外務大臣ラーテナウ等が挙げられる。(このうちプロイスを除く3人は軍部や右翼のテロで倒れており、動乱の時代であったことが伺える。)中でも悲劇的なのは実業界の大物ラーテナウの場合で、外務大臣要請に母親や友人は身が危ないと猛反対するが、「他に誰もいないから引き受けざるをえない」として受諾し、就任5ケ月目の活躍中に暗殺される。第3章では、アインシュタイン、ハーバー、フロイト、カフカ、シャガール等が登場する。興味深かったのは2人のノーベル賞受賞者、相対性理論のアインシュタインとアンモニア合成法のハーバーの対照的な生き方である。アインシュタインは国家に距離を置くシオニスト活動家で平和運動にも熱心であったのに対し、ハーバーは同化ドイツ人として大戦中は毒ガス兵器の開発、戦後は国家財政救済のため海水中の金の抽出を研究するなど、愛国の学者であった。
ワイマール時代は、初期の巨額の賠償金負担と末期の世界大恐慌の襲来に挟まれ経済は不況で、国民の不満はユダヤ人に向かいナチスの「ユダヤ人絶滅構想」を生み出した。書名にあるとおりユダヤ人にとってワイマールは「最後の楽園」であり、その「光と影」が鮮明に浮かび上がる。
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ワイマール時代は、初期の巨額の賠償金負担と末期の世界大恐慌の襲来に挟まれ経済は不況で、国民の不満はユダヤ人に向かいナチスの「ユダヤ人絶滅構想」を生み出した。書名にあるとおりユダヤ人にとってワイマールは「最後の楽園」であり、その「光と影」が鮮明に浮かび上がる。