講談社現代新書らしく、読みやすい割に情報量が多く、はじめてハプスブルク家について学ぶには(歴史好きでも)重いと思います。
それなりにハプスブルク史の本を読んできた身としては、歴史小説的な与太話は排除しつつ面白いエピソードも随所に散りばめてあり、とてもよい本だと感じました。
他の通史や入門書で、通説的な「一般的なハプスブルク家のイメージ」を頭の中に作ってから、この本を読んで「最近の研究を踏まえて知識をアップデートする」形で読むのがお勧めかなと思います。
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ハプスブルク帝国 (講談社現代新書) 新書 – 2017/8/17
岩崎 周一
(著)
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弱小城主から元祖「日の沈まぬ帝国」の皇帝へ。広大な版図と多種多様な民族を支配下に置き、千年の命脈を保った世界史上ユニークな「帝国」。奇人皇帝ルードルフ二世から悲劇の皇妃エリーザベトまで。音楽の都、世紀末芸術の都としてのウィーンから、サラエヴォの銃声に始まり、敗戦と帝国瓦解で終わった第一次世界大戦まで。様々な人物とエピソードに彩られた歴史を一冊の新書ですべて描く。
1273年、ドイツ南西部の雄として知られたルードルフ四世が、ドイツ王に選出されます。各国の相反する利害関係からの、「より悪くない選択」としての選出でした。しかしこの偶然が、その後の「ハプスブルク帝国」大発展の基礎となりました。
ヨーロッパ列強との婚姻関係がもたらした偶然も幸いして、帝国の版図は拡大の一途をたどります。なかでもスペインを領有したことで、その領土は中南米そしてアジアにも及ぶ広大なものとなり、「日の沈むところなき帝国」とまで呼び習わされるに至りました。19世紀のイギリスではなく、この時期のハプスブルク帝国こそが、元祖「日の沈むところなき帝国」だったのです。
その後も二度にわたるオスマン帝国のウィーン包囲の脅威をはねのけ、オスマンからの失地回復にも成功するなど、ヨーロッパの大国としての地位は維持されます。しかし19世紀になると徐々にフランス、イギリスなどのより「近代的」な国々の後塵を拝するようになります。そして自国の皇位継承者暗殺を発端として勃発した第一次世界大戦での敗北により、ついに終焉の瞬間を迎えます。
本書は、現在のオーストリア、ハンガリー、チェコ、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナなどに相当する地域を中心とする広大な版図と、そこに住まう多種多様な民族を支配下に置き、曲がりながりにも1000年の命脈を保った世界史上にもユニークな「帝国」の歴史を一冊の新書で描ききった意欲作です。
1273年、ドイツ南西部の雄として知られたルードルフ四世が、ドイツ王に選出されます。各国の相反する利害関係からの、「より悪くない選択」としての選出でした。しかしこの偶然が、その後の「ハプスブルク帝国」大発展の基礎となりました。
ヨーロッパ列強との婚姻関係がもたらした偶然も幸いして、帝国の版図は拡大の一途をたどります。なかでもスペインを領有したことで、その領土は中南米そしてアジアにも及ぶ広大なものとなり、「日の沈むところなき帝国」とまで呼び習わされるに至りました。19世紀のイギリスではなく、この時期のハプスブルク帝国こそが、元祖「日の沈むところなき帝国」だったのです。
その後も二度にわたるオスマン帝国のウィーン包囲の脅威をはねのけ、オスマンからの失地回復にも成功するなど、ヨーロッパの大国としての地位は維持されます。しかし19世紀になると徐々にフランス、イギリスなどのより「近代的」な国々の後塵を拝するようになります。そして自国の皇位継承者暗殺を発端として勃発した第一次世界大戦での敗北により、ついに終焉の瞬間を迎えます。
本書は、現在のオーストリア、ハンガリー、チェコ、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナなどに相当する地域を中心とする広大な版図と、そこに住まう多種多様な民族を支配下に置き、曲がりながりにも1000年の命脈を保った世界史上にもユニークな「帝国」の歴史を一冊の新書で描ききった意欲作です。
- 本の長さ448ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2017/8/17
- 寸法10.8 x 2 x 17.5 cm
- ISBN-104062884429
- ISBN-13978-4062884426
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登録情報
- 出版社 : 講談社 (2017/8/17)
- 発売日 : 2017/8/17
- 言語 : 日本語
- 新書 : 448ページ
- ISBN-10 : 4062884429
- ISBN-13 : 978-4062884426
- 寸法 : 10.8 x 2 x 17.5 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 215,344位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 67位ドイツ・オーストリア史
- - 112位西洋史
- - 563位ヨーロッパ史一般の本
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2022年12月23日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ハプスブルク家に関する、新しめの研究・見解を追った本です。ハプスブルク家(神聖ローマ帝国)の歴史を学ぶのには良書ですし、本書だけでも十分楽しめます。
ただ、従来の見解へのカウンター的な記述が多いため、先立って本書同じくハプスブルク家通史である江村洋『ハプスブルク家』とかを読んでおくと、本書をより一層楽しめると思います。
ただ、従来の見解へのカウンター的な記述が多いため、先立って本書同じくハプスブルク家通史である江村洋『ハプスブルク家』とかを読んでおくと、本書をより一層楽しめると思います。
2022年12月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
講談社現代新書だけあって、エンタメ性を一切廃して淡々と記載が進みます。
ヨーロッパの歴史特にオーストリアを中心とする中世~近世現代をおさえるさいには、「ハプスブルク家」は避けて通れないものです。その歴史を適切なレベルでざっくり抑えるのに本当に適切です。
ヨーロッパの歴史特にオーストリアを中心とする中世~近世現代をおさえるさいには、「ハプスブルク家」は避けて通れないものです。その歴史を適切なレベルでざっくり抑えるのに本当に適切です。
2023年7月18日に日本でレビュー済み
本書は、ハプスブルク君主国の歩みを、10世紀ごろから現代にいたるまで描き切った労作である。
400ページ超と新書としては分厚いが、描く期間も1000年と長いので、むしろこれでも相当内容は絞られていると感じる。
特徴としては、マリア・テレジアが出てくるのが200ページ辺りとちょうど真ん中らへんであることからもわかるように、オーストリア継承戦争~第一次大戦前のころの記述が手集めになっている点であろうか。また、通常は第一次大戦で記述が終わるハプスブルク君主国だが、本書ではその後のオットーの一生やハプスブルクリバイバルの話などにも少なくない紙面を割いている点は印象的である。
著者自身一般向けに書くのは苦労したとあとがきに記しているが、その努力の甲斐もあり、本書はかなり分かりやすく書けていると思う。
個々の人物や事件の記述では、印象的・象徴的なエピソードを簡潔に添えることで、一般読者もイメージを持ちやすくしている。カール六世の誤射により死んだシュヴァルツェンベルグの「陛下に命をささげるのは臣下の義務」という発言(p202)や、マリア・テレジアによるフランツ・ヨーゼフの叱責(p236)はセリフごと引用されている。
また、一般の人でも知っているであろう人物(音楽家など)や観光名所で具体例を出すことも、読者に親近感を与える工夫としてよいものだと思う。例えば、マクスミリアンがマリにダイヤを送ったことが婚約指輪=ダイヤとなったという説(p72)、隠れプロテスタントに関する説明における「カノン」のパッヘルベルがシュテファン大聖堂でオルガニストを務めていたエピソード(p177)、自由主義ナショナリズムの話で「ラデツキー行進曲」が独立運動を打ち破ったことを賛美したものとして紹介する(p281)、ナショナリズムとの関連でカフカが調査では使用言語をチェコ語と答えていたが実際には家でドイツ語を用いていたエピソード(p334)、ウィーン美術史美術館のブリューゲル収蔵はルードルフの功績(p147)などなど。
印象的な記述、論評はそのまま引用しているものが多い。これは賛否あるかもしれないが、簡潔かつ印象的に状況を伝えることには成功していると思う。ケイメンの統一されないスペインの話(p111)、プラールの啓蒙主義の二重性の指摘(p248)など。
最近の研究成果も踏まえて、先行研究や通説の理解を訂正するような形の記述も多いが、通説を知らなかったとしても特に読むのには困らない書き方をしてくれているので、ハプスブルクを初めて学ぶ一般読者にも問題は生じないと思う(ウィーン会議は実際には割とスムーズに進んだ(p257)というのは知らなかった)。
人物評は、従来不評だった人物(フリードリヒ三世、ルードルフ二世など)の再評価を試みる一方、評判の良いエリザベート(シシィ)に対しては、奇行を繰り返し、ハプスブルクを過去の遺物とさげすむ一方で特権だけは享受して莫大な私財を作り、国民は彼女の横死に際しても悲しむより皇帝に同情した(p303-304)と手厳しい。
ハプスブルク君主国としての在り方(共通君主を諸身分が支持して担ぐ)などはやはり難解だが、これは他の国でも見られた「普通の国」の在り方だということは繰り返し語られている。
ハプスブルクは特殊ではない、というのは本書で何度も見る一つのメッセージである。
全体として見て、ハプスブルクの価値の高い一般向け通史だと思う。
記述も工夫されており、長さはあるが一冊目として取り組むに値する本であろう。
400ページ超と新書としては分厚いが、描く期間も1000年と長いので、むしろこれでも相当内容は絞られていると感じる。
特徴としては、マリア・テレジアが出てくるのが200ページ辺りとちょうど真ん中らへんであることからもわかるように、オーストリア継承戦争~第一次大戦前のころの記述が手集めになっている点であろうか。また、通常は第一次大戦で記述が終わるハプスブルク君主国だが、本書ではその後のオットーの一生やハプスブルクリバイバルの話などにも少なくない紙面を割いている点は印象的である。
著者自身一般向けに書くのは苦労したとあとがきに記しているが、その努力の甲斐もあり、本書はかなり分かりやすく書けていると思う。
個々の人物や事件の記述では、印象的・象徴的なエピソードを簡潔に添えることで、一般読者もイメージを持ちやすくしている。カール六世の誤射により死んだシュヴァルツェンベルグの「陛下に命をささげるのは臣下の義務」という発言(p202)や、マリア・テレジアによるフランツ・ヨーゼフの叱責(p236)はセリフごと引用されている。
また、一般の人でも知っているであろう人物(音楽家など)や観光名所で具体例を出すことも、読者に親近感を与える工夫としてよいものだと思う。例えば、マクスミリアンがマリにダイヤを送ったことが婚約指輪=ダイヤとなったという説(p72)、隠れプロテスタントに関する説明における「カノン」のパッヘルベルがシュテファン大聖堂でオルガニストを務めていたエピソード(p177)、自由主義ナショナリズムの話で「ラデツキー行進曲」が独立運動を打ち破ったことを賛美したものとして紹介する(p281)、ナショナリズムとの関連でカフカが調査では使用言語をチェコ語と答えていたが実際には家でドイツ語を用いていたエピソード(p334)、ウィーン美術史美術館のブリューゲル収蔵はルードルフの功績(p147)などなど。
印象的な記述、論評はそのまま引用しているものが多い。これは賛否あるかもしれないが、簡潔かつ印象的に状況を伝えることには成功していると思う。ケイメンの統一されないスペインの話(p111)、プラールの啓蒙主義の二重性の指摘(p248)など。
最近の研究成果も踏まえて、先行研究や通説の理解を訂正するような形の記述も多いが、通説を知らなかったとしても特に読むのには困らない書き方をしてくれているので、ハプスブルクを初めて学ぶ一般読者にも問題は生じないと思う(ウィーン会議は実際には割とスムーズに進んだ(p257)というのは知らなかった)。
人物評は、従来不評だった人物(フリードリヒ三世、ルードルフ二世など)の再評価を試みる一方、評判の良いエリザベート(シシィ)に対しては、奇行を繰り返し、ハプスブルクを過去の遺物とさげすむ一方で特権だけは享受して莫大な私財を作り、国民は彼女の横死に際しても悲しむより皇帝に同情した(p303-304)と手厳しい。
ハプスブルク君主国としての在り方(共通君主を諸身分が支持して担ぐ)などはやはり難解だが、これは他の国でも見られた「普通の国」の在り方だということは繰り返し語られている。
ハプスブルクは特殊ではない、というのは本書で何度も見る一つのメッセージである。
全体として見て、ハプスブルクの価値の高い一般向け通史だと思う。
記述も工夫されており、長さはあるが一冊目として取り組むに値する本であろう。
2019年8月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
約1000年の歴史を持ったハプスブルク家。
ヨーロッパ最大の一族で有り、必ず歴史には登場する名前なので少し勉強のために読んだ。
いやあ複雑で難しい。
モーツァルトやベートーヴェン辺りの記述は面白かったが全体的には初心者なのか消化不良。
かなり気合を入れた真剣な歴史書である。
為になるし機会があれば読み返してみよう。
ヨーロッパ最大の一族で有り、必ず歴史には登場する名前なので少し勉強のために読んだ。
いやあ複雑で難しい。
モーツァルトやベートーヴェン辺りの記述は面白かったが全体的には初心者なのか消化不良。
かなり気合を入れた真剣な歴史書である。
為になるし機会があれば読み返してみよう。
2021年3月22日に日本でレビュー済み
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私たちが慣れ親しんでいる国家とはまるで違うハプスブルク帝国。世界史でオーストリア、ハンガリー二重王国を知った頃から不思議な存在でした。二つの国の王様を一人でで兼ねてるなんて、意味不明でした。
でも実は似たようなことは過去から幾らでもあったこと。ハプスブルク史を専門にされている大学の先生が馴染みのない体制への理解を深めてくれる一冊です。
図録も豊富で楽しめます。
でも実は似たようなことは過去から幾らでもあったこと。ハプスブルク史を専門にされている大学の先生が馴染みのない体制への理解を深めてくれる一冊です。
図録も豊富で楽しめます。
2020年1月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
本書は、近年の研究動向を踏まえつつ、ハプスブルク君主国の勃興から消滅、そしてその受容史までを扱う通史ある。
第1章「勃興」は、ハプスブルク家の始祖とされるルードルフ4世を中心に。彼がルードルフ1世としてドイツ国王に選出された1273年がハプスブルク家の転換点となったという。
第2章「オーストリアの地で」は、ハプスブルク家によるオーストリア支配の始まりについて。14世紀を通じ、ハプスブルク家の支配はウィーンを事実上の首都としてオーストリア諸邦徐々に浸透し、ハプスブルク家の本領がオーストリアであるという認識が広まっていったという。そしてハプスブルク家は、アルブレヒト2世(1397〜1439)以降、1度の例外を除き、ドイツ国王=神聖ローマ皇帝を途切れることなく輩出するようになる。
第3章「さらに彼方へ」は、15世紀の後半から16世紀の前半にかけての近世への移り変わりの転換期について。ハプスブルク家は、オスマン帝国の台頭、大航海時代、ルネサンスの進展、宗教改革などの世界史的事象と深く関わり合いながら汎欧的な勢力へと変貌していったという。マクシミリアン1世(在位1508〜19)の時代に「日の沈むことなき世界帝国」成立の基盤が整い、その孫カール5世(在位1519〜56)は、「さらに彼方へ」をモットーに、中世的な帝国理念を固辞してキリスト教世界の普遍主義的統一を目指した。その後、ハプスブルク家は、カール5世の弟フェルディナンド1世(1556〜64)のオーストリア系と長男フェリーぺ2世(1556〜98)のスペイン系とに分かれる。
第4章『「ドナウ君主国」の生成』は、神聖ローマ皇帝の位を保持しつつ、チェコとハンガリーを加えて、中欧に広大な君主国—いわゆる「ドナウ君主国」−−を形成していったオーストラリア系について。主に、フェルディナント1世、マクシミリアン2世(1564〜76)、ルードルフ2世(1576〜1612)、フェルディナント2世(1619〜37)が取り上げられる。
第5章「主権国家体制の下で」は、30年戦争以降の複合君主制国家でありつつ主権国家へと変貌しいった時期について。第二次ウィーン包囲、九年戦争、スペイン継承戦争と相次ぐ戦争の中、財政軍事国家へと転換した。また文化面では、バロック文化が花開いた。
第6章「『何事も人民のために、何事も人民によらず』」は、主に、マリア・テレジアとヨーゼフ2世について。
第7章「秩序と自由」は、主にフランス革命以降、ウィーン体制期について。ウィーン十月革命の失敗の結果、立憲主義が挫折し、新絶対主義と評される強権的な統治が行われるようになったが、相次ぐ戦争に不況が重なったことで体制が瓦解し、普墺戦争の後、オーストリア=ハンガリー二重君主国が成立した。
第8章「みな一致して」は、第一次世界大戦によるハプスブルク君主国の終焉まで。
第9章「ハプスブルク神話」は、ハプスブルク君主国が、その滅亡後、どのように記憶されていったのかについて。
以下、簡単は批評。
1)評者は、ハプスブルクの専門家でもなんでもない。そのため、東欧という多様な民族が暮らす複雑かつ広大な領土を支配していた「帝国」というイメージから、旧態依然の強権的・抑圧的な支配を行っているのでは、という漠然とした理解しか持ち合わせていなかった。しかし、複合国家(礫岩国家)、財政軍事国家、公定ナショナリズムといった、他の国と共通する特徴を合わせもった<ふつう>の国であったというのが、本書を通じて理解でき、非常に勉強になる。
2)また、本書は新書にしては400ページ超とボリュームがあるが、ハプスブルク帝国の通史と考えれば非常にコンパクトだろう。しかも、記述は政治・社会史にのみに偏らず、文化・芸術にも紙幅を割いており、幅広い。第二次世界大戦後に限られるが、ハプスブルク帝国の記憶史についても触れられており、興味深く読めた。文章も平易で読みやすい。
第1章「勃興」は、ハプスブルク家の始祖とされるルードルフ4世を中心に。彼がルードルフ1世としてドイツ国王に選出された1273年がハプスブルク家の転換点となったという。
第2章「オーストリアの地で」は、ハプスブルク家によるオーストリア支配の始まりについて。14世紀を通じ、ハプスブルク家の支配はウィーンを事実上の首都としてオーストリア諸邦徐々に浸透し、ハプスブルク家の本領がオーストリアであるという認識が広まっていったという。そしてハプスブルク家は、アルブレヒト2世(1397〜1439)以降、1度の例外を除き、ドイツ国王=神聖ローマ皇帝を途切れることなく輩出するようになる。
第3章「さらに彼方へ」は、15世紀の後半から16世紀の前半にかけての近世への移り変わりの転換期について。ハプスブルク家は、オスマン帝国の台頭、大航海時代、ルネサンスの進展、宗教改革などの世界史的事象と深く関わり合いながら汎欧的な勢力へと変貌していったという。マクシミリアン1世(在位1508〜19)の時代に「日の沈むことなき世界帝国」成立の基盤が整い、その孫カール5世(在位1519〜56)は、「さらに彼方へ」をモットーに、中世的な帝国理念を固辞してキリスト教世界の普遍主義的統一を目指した。その後、ハプスブルク家は、カール5世の弟フェルディナンド1世(1556〜64)のオーストリア系と長男フェリーぺ2世(1556〜98)のスペイン系とに分かれる。
第4章『「ドナウ君主国」の生成』は、神聖ローマ皇帝の位を保持しつつ、チェコとハンガリーを加えて、中欧に広大な君主国—いわゆる「ドナウ君主国」−−を形成していったオーストラリア系について。主に、フェルディナント1世、マクシミリアン2世(1564〜76)、ルードルフ2世(1576〜1612)、フェルディナント2世(1619〜37)が取り上げられる。
第5章「主権国家体制の下で」は、30年戦争以降の複合君主制国家でありつつ主権国家へと変貌しいった時期について。第二次ウィーン包囲、九年戦争、スペイン継承戦争と相次ぐ戦争の中、財政軍事国家へと転換した。また文化面では、バロック文化が花開いた。
第6章「『何事も人民のために、何事も人民によらず』」は、主に、マリア・テレジアとヨーゼフ2世について。
第7章「秩序と自由」は、主にフランス革命以降、ウィーン体制期について。ウィーン十月革命の失敗の結果、立憲主義が挫折し、新絶対主義と評される強権的な統治が行われるようになったが、相次ぐ戦争に不況が重なったことで体制が瓦解し、普墺戦争の後、オーストリア=ハンガリー二重君主国が成立した。
第8章「みな一致して」は、第一次世界大戦によるハプスブルク君主国の終焉まで。
第9章「ハプスブルク神話」は、ハプスブルク君主国が、その滅亡後、どのように記憶されていったのかについて。
以下、簡単は批評。
1)評者は、ハプスブルクの専門家でもなんでもない。そのため、東欧という多様な民族が暮らす複雑かつ広大な領土を支配していた「帝国」というイメージから、旧態依然の強権的・抑圧的な支配を行っているのでは、という漠然とした理解しか持ち合わせていなかった。しかし、複合国家(礫岩国家)、財政軍事国家、公定ナショナリズムといった、他の国と共通する特徴を合わせもった<ふつう>の国であったというのが、本書を通じて理解でき、非常に勉強になる。
2)また、本書は新書にしては400ページ超とボリュームがあるが、ハプスブルク帝国の通史と考えれば非常にコンパクトだろう。しかも、記述は政治・社会史にのみに偏らず、文化・芸術にも紙幅を割いており、幅広い。第二次世界大戦後に限られるが、ハプスブルク帝国の記憶史についても触れられており、興味深く読めた。文章も平易で読みやすい。
2018年5月9日に日本でレビュー済み
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ぼくは世界史が苦手でした。なぜなら、フランスならフランス、ドイツならドイツという一国の歴史が同じ場所で続いてきたわけでもなく、また、「国」という概念も、かならずしも現在のそれと一致しないばかりか、ある時代において諸地域を横並びに見ても皆同じとは限らないからです。
ハプスブルク帝国は、本書の本文中では、ハプスブルク君主国と呼ばれるように、ハプスブルク家出身者が君主となった「国」のことです。
その版図は、現在のチェコ、スロヴァキア、ポーランド、ウクライナ、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、セルビア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、イタリアもしくはその一部に及びました。
当然、そこには、多くの民族が含まれ、ドイツ人、ハンガリー人、チェコ人、ポーランド人、ルテニア人、ウクライナ人、スロヴェニア人、クロアチア人、セルビア人、ムスリム、ルーマニア人、イタリア人などが住んでいました(1910年)。
つまり、ハプスブルク君主国は、「独自の法・制度・伝統を持つ何十もの諸国・諸邦が、同じ君主を戴くことによって成立する、同君連合国家」(p.94)だったのです。けれども、これは、めずらしいことではなく、「ヨーロッパ諸国と共有する多くの特徴」(p.408)のひとつに過ぎませんでした。
ところが、18世紀にドイツのヘルダーが「一つの民族、一つの言語、一つの国家」を唱えだします。
EUのように国境の敷居を下げようとする場合は、ハプスブルク君主国あるいは過去のヨーロッパ諸国は古き良き時代と見なされるかもしれませんが、EU離脱やトランプ・アメリカ合衆国のような独善国が出てくると、ハプスブルクは失敗例ということになるのでしょう。
朝鮮半島の統一、さらには、東アジア共同体などを目指す場合はどうでしょうか。いずれにしろ、ハプスブルク君主国は日本が経験したことのない事態だったのではないでしょうか・・・いや、江戸時代の藩制と徳川家などは少し似ているのかも知れません。
ハプスブルク帝国は、本書の本文中では、ハプスブルク君主国と呼ばれるように、ハプスブルク家出身者が君主となった「国」のことです。
その版図は、現在のチェコ、スロヴァキア、ポーランド、ウクライナ、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、セルビア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、イタリアもしくはその一部に及びました。
当然、そこには、多くの民族が含まれ、ドイツ人、ハンガリー人、チェコ人、ポーランド人、ルテニア人、ウクライナ人、スロヴェニア人、クロアチア人、セルビア人、ムスリム、ルーマニア人、イタリア人などが住んでいました(1910年)。
つまり、ハプスブルク君主国は、「独自の法・制度・伝統を持つ何十もの諸国・諸邦が、同じ君主を戴くことによって成立する、同君連合国家」(p.94)だったのです。けれども、これは、めずらしいことではなく、「ヨーロッパ諸国と共有する多くの特徴」(p.408)のひとつに過ぎませんでした。
ところが、18世紀にドイツのヘルダーが「一つの民族、一つの言語、一つの国家」を唱えだします。
EUのように国境の敷居を下げようとする場合は、ハプスブルク君主国あるいは過去のヨーロッパ諸国は古き良き時代と見なされるかもしれませんが、EU離脱やトランプ・アメリカ合衆国のような独善国が出てくると、ハプスブルクは失敗例ということになるのでしょう。
朝鮮半島の統一、さらには、東アジア共同体などを目指す場合はどうでしょうか。いずれにしろ、ハプスブルク君主国は日本が経験したことのない事態だったのではないでしょうか・・・いや、江戸時代の藩制と徳川家などは少し似ているのかも知れません。