最新刊まで読んで1巻を読み返すと、幼いトルフィンが無邪気で切ない。
人は環境によってあそこまで変わるのだなぁと実感する。
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ヴィンランド・サガ(1) (講談社コミックス) コミック – 2005/7/15
幸村 誠
(著)
千年期の終わり頃、あらゆる地に現れ暴虐の限りを尽くした最強の民族、ヴァイキング。その中にあってなお、最強と謳われた伝説の戦士が息子をひとり授かった。トルフィンと名づけられた彼は、幼くして戦場を生き場所とし、血煙の彼方に幻の大陸“ヴィンランド”を目指す!!
- 本の長さ196ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2005/7/15
- ISBN-104063635597
- ISBN-13978-4063635591
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商品の説明
著者について
幸村誠
1976年5月4日生まれ。神奈川県横浜市出身。血液型:B型。『プラネテス』(モーニング掲載)でデビュー。代表作は、『プラネテス』『ヴィランド・サガ』(アフタヌーン連載中)。2002年、第33回星雲賞コミック部門賞受賞。座右の銘:「あ、一瞬待ってください、じゃ半日でもいいです」
1976年5月4日生まれ。神奈川県横浜市出身。血液型:B型。『プラネテス』(モーニング掲載)でデビュー。代表作は、『プラネテス』『ヴィランド・サガ』(アフタヌーン連載中)。2002年、第33回星雲賞コミック部門賞受賞。座右の銘:「あ、一瞬待ってください、じゃ半日でもいいです」
登録情報
- 出版社 : 講談社 (2005/7/15)
- 発売日 : 2005/7/15
- 言語 : 日本語
- コミック : 196ページ
- ISBN-10 : 4063635597
- ISBN-13 : 978-4063635591
- Amazon 売れ筋ランキング: - 511,572位コミック
- カスタマーレビュー:
著者について
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1976年神奈川県横浜市生まれ。SF漫画『プラネテス』(構談社)でデビュー。2002年第33回星雲賞コミック部門賞受賞(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『家なき鳥、星をこえるプラネテス』(ISBN-10:4063647102)が刊行された当時に掲載されていたものです)
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2021年5月24日に日本でレビュー済み
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幼稚な異世界作品ではなく歴史漫画なので世界観にどっぷりはまれます、
派手な活躍ばかりではなく昔の人々の暮らしぶりが緻密に描かれている作品です。
現在も続く悲惨な戦争を見つめなおし、平和ボケしていると悲惨な目に合うという事を学ぶ
勉強にもなります、最後まで読みたいです。
派手な活躍ばかりではなく昔の人々の暮らしぶりが緻密に描かれている作品です。
現在も続く悲惨な戦争を見つめなおし、平和ボケしていると悲惨な目に合うという事を学ぶ
勉強にもなります、最後まで読みたいです。
2023年1月22日に日本でレビュー済み
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おもしろい、ついでに泣ける。色々考えさせられる、とにかく読んでみて。
2019年6月14日に日本でレビュー済み
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ローマ人とゲルマン人が大陸を奪い合っているなか、はじき出された形でノルマン人は海に活路を見出す。意外に豊饒な土地は急速に寒冷化し再び彼等は新天地を目指す。これがやがてアメリカ大陸を見出し、ブリテン島を侵略し、フランク王国の一角を占拠するに至る。そんなノルマン人の黎明期はどちらかと言えばローマの後継者として文明国だったフランクから見ればかなりの辺境。しかし操船にかけては突出した技量を誇る。そして進出した先で剽悍に戦うのが常だった。そしてかれらはバイキングをよばれた。
本作はそんなノルマン戦士の親子の歴史をテーマにした壮大な叙事詩だ。物語はフランク人同士の小さな戦争の上前をはねるエピソードから始まる。この時点ではもう、十分、今のバイキングのイメージだ。だが、その少し前は寒波に不安を募らせる弱小民族にすぎない。だが、王を頂かない彼等は共和制と戦闘を武器に勃興しようとする。
第一巻は主人公の父、トールズの過去が明らかになっていく。戦士の父はやはり戦士という昔ながらの物語性が魅力的だ。
本作はそんなノルマン戦士の親子の歴史をテーマにした壮大な叙事詩だ。物語はフランク人同士の小さな戦争の上前をはねるエピソードから始まる。この時点ではもう、十分、今のバイキングのイメージだ。だが、その少し前は寒波に不安を募らせる弱小民族にすぎない。だが、王を頂かない彼等は共和制と戦闘を武器に勃興しようとする。
第一巻は主人公の父、トールズの過去が明らかになっていく。戦士の父はやはり戦士という昔ながらの物語性が魅力的だ。
2020年10月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
昔読んでたヴィンサガが無料版だったので買ってみました。
読み返したのは初めてだったので懐かしかったです。
トルフィンの成長が楽しみです。
実家に戻った時に続きも読みかえしてみようかな。と思いました。
読み返したのは初めてだったので懐かしかったです。
トルフィンの成長が楽しみです。
実家に戻った時に続きも読みかえしてみようかな。と思いました。
2016年3月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
本作品、圧倒的なリアリズムで、痺れました。
やっと最近、大人買いした読者です。
たまたま、集英社新書の「消えたイングランド王国」を読んで、この頃興味が湧き、本作品を見つけました。
この2つ、読み比べると、「アルファ碁」のアルゴリズム、ディープ・ラーニングの気分が味わえました。
以下、友人にすすめた文章です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【深層学習したい「消えたイングランド王国」】
EUからの離脱で話題のイギリス。国民投票に向けて世界中が注目する事態になる。
そしてたぶん、離脱することになるだろう。
ところで、イギリスを理解するには、不可欠の本が2冊ある。「消えたイングランド王国」(桜井俊彰著、集英社新書)と、漫画の「ヴィンランド・サガ」(幸村誠著、講談社)
イングランド先住民のケルト族が、アングロ族、サクソン族によって征服されて成立したイングランド王国は132年の短命に終わった。ヴァイキングが猛威をふるい国を乗っ取ってしまったからだ。
この間の血で血を争う戦いから、イングランドのルーツと彼らの気性が見えてくる。
まずは、ヴァイキングの侵略からクヌート王が誕生する1013年から1016年までを凝縮した漫画、「ヴィンタンド・サガ」の第1巻から9巻までを読み、学習したい。
作品には、キャラの立った人物が多数出てくる。
主人公のトルフィンは、ヴァイキング一の傭兵団、ヨームの戦士団で”戦鬼”と呼ばれた男の息子。
同様の傭兵団、アシェラッド兵団を率いるのがアシェラッド。なんとケルト族の軍団長で、アーサー王伝説のモデルとなった人物の血を引くことが後に明かされる。
それに、ヴァイキングでありながら、金のためにイングランドに寝返った”のっぽ”のトルケル。
もちろん、王となるクヌート王子もいて、デンマーク王スヴェンの女々しい次男として描かれている。
非常に中身の濃い、おもしろい漫画であり、ノンフィクションかと疑う出来なのだ。
そこで、ディープ・ラーニング。「消えたイングランド王国」と読み比べてみた。
まずは、ヴァイキングって? 46ページ。
<ところで、これまでにヴァイキング、デーン、そして今、ノルマン人と、さまざまな言葉が出てきましたが、これらはみな同じ意味です。彼らはノルウエーやスウェーデン南部、デンマークからやって来たのであり、デンマーク系はデーンズ(Danes)、ノルウェーなど北方系は北の人たち」(North Men)を意味するノルマンズ(Normans)と呼ばれていました。またヴァイキングは古スカンジナビア語で「冒険者」を意味します。英国史は、これらヴァイキングを伝統的にデーンと総称しており、本書も基本的にそれにならつています>
つぎに、デーン(ヴァイキング)がイングランド占領を目指す動機となった事件。漫画では1002年11月13日、イングランドの「無策王」がデーン人の虐殺命令を出した。新書では57ページ。
<愚かな王の愚かな命令
「・・・そして同年、王は聖ブライスの日にイングランドに住んでいるすべてのデーン人を殺すように命じた。というのも王は、彼らが王に背いて王とその家臣団を亡き者にし、王国を乗っ取るつもりであると聞かされていたからだ」
『年代記』は、1002年にエゼルレッドが、後に「聖ブライスの日の虐殺」(St.Brices' Day Massacre)と呼ばれるようになる命令を下したことを記しています。エゼルレッドが本当に彼らの殺害を命じたのかどうかは、よくわかっていません。デーン人による放火計画があったとする説もあります。恐らく、小心な王が何か取るに足らないことに過剰反応を示してこのようなどうしようもない命令を下したのではないかと、私は想像するのですが。ともかくこの命令が実行されたことは、つい最近の2008年、オックスフォード大学のセント・ジョーンズ・カレッジでこのとき殺されたと推定されるデーン人の骨が多数発見されたことでもわかります>
殺された人のなかに、デンマーク王スヴェンの妹グンヒルドがいたため、すべてのデーン人が怒り狂いイングランド侵攻となった。
デーン人の傭兵でありながら、イングランドに寝返った”のっぽ”のトルケル。このきわめてユニークなキャラクターも、実在していた。新書68ページ。
<ソーケル長身者
話を戻しますと、このソーケル長身者とヘミングの兄弟はあっという間にサンドウイツチを占拠し、ロンドンに向かい包囲します。が、城塞都市として強固な防御を誇るロンドンは容易には落ちず、その結果デーンは力押しをいったん止めてロンドンからケントに転進し、イングランド南東部に腰を据えて各地を荒らしに荒らし続けます。
やがて1012年、イングランド側から休戦の申し出がなされますが、この1009年から足かけ4年にわたるデーン襲来の間に、総額4万8000ポンドに及ぶデーンゲルドが支払われたのでした。現代に換算すると15.8トンという、いやもう呆れるぐらいの途方もない量の銀です。しかもデーン側は、デーンゲルドとはまた別口の金銭をも要求していました。彼らが人質としたカンタベリー大司教エルフヘアフの身代金です。ところが信仰心篤い人物だったエルフヘアフは、身代金の支払いによる解放を毅然と拒否し、殺されてしまうのです。
(中略)
どうやらこのとき、ソーケル長身者は部下を統制できない状況にあったようです。死をも恐れないエルフヘアフの信仰心に心を打たれ、仲間から浮いてしまったのかもしれません。彼は思うところがあったのでしょう。この年の終わり、弟のヘミングを始めデーンの艦隊がイングランドから引き上げるとき、ソーケルは自らの艦45隻を率いてイングランド側に投降します。エゼルレツドにとっては頼もしいことでした。最強の敵が味方についたのですから>
◎イングランドはどんな国か?
「ヴィンランド・サガ」のデーン人たちはキリスト教を信じない野蛮人として描かれている。だが、1066年にイングランドを征服したノルマンも、もとはデーン人だったのだが、フランスに同化し、文明化されたクリスチャンに変貌していた。それがイングランドのルーツ。新書20ページ。
<イギリス外相だったジャック・ストロー氏がアメリカを助けるべく意見を表明しました。
「私は、1066年にフランス人によって創立された『古い国』を代表し、意見を述べる」(I speak on behalf of a very old country, founded in 1066 by the French.)と前置きして語り始めました。そして、古い国ながらも同盟国である新しいアメリカのイラク侵攻を支持すると訴えたのです。
(中略)
しかし、その日安保理にいた各国外交官への受けの悪さはともかく、このストロー英外相の発言、実はとても大きな意味を持っていました。ストロー氏は私の国、すなわちイギリスは1066年にフランス人によって創立された(founded)、つまりつくられたといいました。1066年。
いったい、何があったのでしょう。
「ノルマンの征服」の衝撃
それは英国史にとって大変な出来事があった年でした。あの世界史において有名な「ノルマンの征服」がなされたのです。ノルマンディ公ウイリアム(ギョーム)、後の征服王ウイリアム一世に率いられたノルマン人によってこの年、イングランド王国は征服されてしまいました。そしてこれ以降、イングランドの国王、貴族、上級聖職者はことごとくフランス語を母語とするノルマン人という「フランス人」に取って代わられたのです。この国のこれまでの主だったイングランド人はすべて国の上級地位から追放されました。イングランドの公用語は英語からフランス語になり、国の上級者の名前も、建築や文化も全部フランス風になりました。
とりわけ征服王ウィリアム1世の孫にあたるヘンリー2世より始まるアンジュー朝からは、さらにイングランドのフランス化が進みました。まさに1066年のノルマンの征服以降、イングランドはフランスの一部になってしまった感がありました。事実そうでした。ノルマンの征服は、フランスの拡張であると今日の歴史学では捉えられています>
この2冊を「深層学習」すれば、イギリスを深く理解できるだろう。
やっと最近、大人買いした読者です。
たまたま、集英社新書の「消えたイングランド王国」を読んで、この頃興味が湧き、本作品を見つけました。
この2つ、読み比べると、「アルファ碁」のアルゴリズム、ディープ・ラーニングの気分が味わえました。
以下、友人にすすめた文章です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【深層学習したい「消えたイングランド王国」】
EUからの離脱で話題のイギリス。国民投票に向けて世界中が注目する事態になる。
そしてたぶん、離脱することになるだろう。
ところで、イギリスを理解するには、不可欠の本が2冊ある。「消えたイングランド王国」(桜井俊彰著、集英社新書)と、漫画の「ヴィンランド・サガ」(幸村誠著、講談社)
イングランド先住民のケルト族が、アングロ族、サクソン族によって征服されて成立したイングランド王国は132年の短命に終わった。ヴァイキングが猛威をふるい国を乗っ取ってしまったからだ。
この間の血で血を争う戦いから、イングランドのルーツと彼らの気性が見えてくる。
まずは、ヴァイキングの侵略からクヌート王が誕生する1013年から1016年までを凝縮した漫画、「ヴィンタンド・サガ」の第1巻から9巻までを読み、学習したい。
作品には、キャラの立った人物が多数出てくる。
主人公のトルフィンは、ヴァイキング一の傭兵団、ヨームの戦士団で”戦鬼”と呼ばれた男の息子。
同様の傭兵団、アシェラッド兵団を率いるのがアシェラッド。なんとケルト族の軍団長で、アーサー王伝説のモデルとなった人物の血を引くことが後に明かされる。
それに、ヴァイキングでありながら、金のためにイングランドに寝返った”のっぽ”のトルケル。
もちろん、王となるクヌート王子もいて、デンマーク王スヴェンの女々しい次男として描かれている。
非常に中身の濃い、おもしろい漫画であり、ノンフィクションかと疑う出来なのだ。
そこで、ディープ・ラーニング。「消えたイングランド王国」と読み比べてみた。
まずは、ヴァイキングって? 46ページ。
<ところで、これまでにヴァイキング、デーン、そして今、ノルマン人と、さまざまな言葉が出てきましたが、これらはみな同じ意味です。彼らはノルウエーやスウェーデン南部、デンマークからやって来たのであり、デンマーク系はデーンズ(Danes)、ノルウェーなど北方系は北の人たち」(North Men)を意味するノルマンズ(Normans)と呼ばれていました。またヴァイキングは古スカンジナビア語で「冒険者」を意味します。英国史は、これらヴァイキングを伝統的にデーンと総称しており、本書も基本的にそれにならつています>
つぎに、デーン(ヴァイキング)がイングランド占領を目指す動機となった事件。漫画では1002年11月13日、イングランドの「無策王」がデーン人の虐殺命令を出した。新書では57ページ。
<愚かな王の愚かな命令
「・・・そして同年、王は聖ブライスの日にイングランドに住んでいるすべてのデーン人を殺すように命じた。というのも王は、彼らが王に背いて王とその家臣団を亡き者にし、王国を乗っ取るつもりであると聞かされていたからだ」
『年代記』は、1002年にエゼルレッドが、後に「聖ブライスの日の虐殺」(St.Brices' Day Massacre)と呼ばれるようになる命令を下したことを記しています。エゼルレッドが本当に彼らの殺害を命じたのかどうかは、よくわかっていません。デーン人による放火計画があったとする説もあります。恐らく、小心な王が何か取るに足らないことに過剰反応を示してこのようなどうしようもない命令を下したのではないかと、私は想像するのですが。ともかくこの命令が実行されたことは、つい最近の2008年、オックスフォード大学のセント・ジョーンズ・カレッジでこのとき殺されたと推定されるデーン人の骨が多数発見されたことでもわかります>
殺された人のなかに、デンマーク王スヴェンの妹グンヒルドがいたため、すべてのデーン人が怒り狂いイングランド侵攻となった。
デーン人の傭兵でありながら、イングランドに寝返った”のっぽ”のトルケル。このきわめてユニークなキャラクターも、実在していた。新書68ページ。
<ソーケル長身者
話を戻しますと、このソーケル長身者とヘミングの兄弟はあっという間にサンドウイツチを占拠し、ロンドンに向かい包囲します。が、城塞都市として強固な防御を誇るロンドンは容易には落ちず、その結果デーンは力押しをいったん止めてロンドンからケントに転進し、イングランド南東部に腰を据えて各地を荒らしに荒らし続けます。
やがて1012年、イングランド側から休戦の申し出がなされますが、この1009年から足かけ4年にわたるデーン襲来の間に、総額4万8000ポンドに及ぶデーンゲルドが支払われたのでした。現代に換算すると15.8トンという、いやもう呆れるぐらいの途方もない量の銀です。しかもデーン側は、デーンゲルドとはまた別口の金銭をも要求していました。彼らが人質としたカンタベリー大司教エルフヘアフの身代金です。ところが信仰心篤い人物だったエルフヘアフは、身代金の支払いによる解放を毅然と拒否し、殺されてしまうのです。
(中略)
どうやらこのとき、ソーケル長身者は部下を統制できない状況にあったようです。死をも恐れないエルフヘアフの信仰心に心を打たれ、仲間から浮いてしまったのかもしれません。彼は思うところがあったのでしょう。この年の終わり、弟のヘミングを始めデーンの艦隊がイングランドから引き上げるとき、ソーケルは自らの艦45隻を率いてイングランド側に投降します。エゼルレツドにとっては頼もしいことでした。最強の敵が味方についたのですから>
◎イングランドはどんな国か?
「ヴィンランド・サガ」のデーン人たちはキリスト教を信じない野蛮人として描かれている。だが、1066年にイングランドを征服したノルマンも、もとはデーン人だったのだが、フランスに同化し、文明化されたクリスチャンに変貌していた。それがイングランドのルーツ。新書20ページ。
<イギリス外相だったジャック・ストロー氏がアメリカを助けるべく意見を表明しました。
「私は、1066年にフランス人によって創立された『古い国』を代表し、意見を述べる」(I speak on behalf of a very old country, founded in 1066 by the French.)と前置きして語り始めました。そして、古い国ながらも同盟国である新しいアメリカのイラク侵攻を支持すると訴えたのです。
(中略)
しかし、その日安保理にいた各国外交官への受けの悪さはともかく、このストロー英外相の発言、実はとても大きな意味を持っていました。ストロー氏は私の国、すなわちイギリスは1066年にフランス人によって創立された(founded)、つまりつくられたといいました。1066年。
いったい、何があったのでしょう。
「ノルマンの征服」の衝撃
それは英国史にとって大変な出来事があった年でした。あの世界史において有名な「ノルマンの征服」がなされたのです。ノルマンディ公ウイリアム(ギョーム)、後の征服王ウイリアム一世に率いられたノルマン人によってこの年、イングランド王国は征服されてしまいました。そしてこれ以降、イングランドの国王、貴族、上級聖職者はことごとくフランス語を母語とするノルマン人という「フランス人」に取って代わられたのです。この国のこれまでの主だったイングランド人はすべて国の上級地位から追放されました。イングランドの公用語は英語からフランス語になり、国の上級者の名前も、建築や文化も全部フランス風になりました。
とりわけ征服王ウィリアム1世の孫にあたるヘンリー2世より始まるアンジュー朝からは、さらにイングランドのフランス化が進みました。まさに1066年のノルマンの征服以降、イングランドはフランスの一部になってしまった感がありました。事実そうでした。ノルマンの征服は、フランスの拡張であると今日の歴史学では捉えられています>
この2冊を「深層学習」すれば、イギリスを深く理解できるだろう。
2021年1月23日に日本でレビュー済み
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読み始めはよくわからなかったが、読んでいくうちにぐいぐい引き込まれる。そして、巻数が進んでいくうちに、深く考えさせられる。
2019年7月16日に日本でレビュー済み
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丁寧な時代考証された描画がまずうれしい。ストーリーもしっかりして楽しめた。