本書(かわぐちかいじ『ジパング第36巻』講談社、2008年7月23日発行)は講談社発行の週刊マンガ雑誌「モーニング」で連載していた架空戦記物の単行本である。太平洋戦争の時代にタイムスリップした海上自衛隊のイージス艦「みらい」の戦いを描く。
最新鋭の武装と未来世界の知識を有する「みらい」の介入により、本作品では実際の太平洋戦争とは異なった経過をたどる。しかし、原則として「みらい」は専守防衛や人命尊重をモットーとし、戦争への介入は謙抑的である。この点で自衛隊の一団が戦国時代にタイムスリップして天下統一を進める『戦国自衛隊』や、パラレルワールドで日本軍が米軍を撃破する『紺碧の艦隊』とは一線を画する。
実際の太平洋戦争のような破滅的な日本軍の敗退は回避できているものの、本作品でも米国との圧倒的な国力差から日本軍は守勢に立たされつつある。山本五十六・連合艦隊司令長官も史実に近い形で戦死した。そして日本の政府や軍部首脳が戦争終結の展望を描けないでいる点も史実と同じである。「みらい」と接触した何人かは早期講和の意欲を持つが、積極的な動きにはなっていない。
一方、「みらい」から日本の未来を知った帝国海軍参謀・草加拓海は歴史を改変し、新たな日本「ジパング」創生を目指す。その具体的行動は反乱という形をとったことは興味深い。草加の計画を実現するためには日本軍という組織には柔軟性が欠けていた。
草加は「みらい」で得た情報を元に原子爆弾を極秘に開発し、戦艦大和に搭載した上で、大和を乗っ取る。原爆の使用を阻止すべく、「みらい」乗員が大和に乗り込み交戦する点が本巻のメインストーリーである。
一方、米国も草加が核兵器を開発した可能性に気付き、ルーズベルト大統領が決断を下す。この決断が良くも悪くも世界を導く大国アメリカらしい内容であった。斬新な計画を反乱という形でしか実現できない日本と、トップが謎の解明を積極的に命じるアメリカは非常に対照的である。
同じ著者の『沈黙の艦隊』では日本初の原子力潜水艦の乗員になった自衛隊員らが反乱を起こし、独立国家「やまと」を名乗る。「やまと」という国名が象徴するとおり、当初は対米従属のままでいる日本政府に変革を求める要素が強かった。
しかし物語の進展によって明らかになった作品の主題は核戦争の廃絶という普遍的なテーマであった。ここには原潜の国名が「やまと」である必然性は存在しない。実際、物語の終盤では米国や国連が舞台となり、重要な決断を下したのも米国大統領であった。
たとえ日本人による日本人向けのマンガであっても、大きなテーマでリアリティを持った作品を描く上で日本という社会は卑小である。本作品のタイトルは『ジパング』であり、日本という国がテーマである。その本作品においてもアメリカの動きが興味深く映ることに日本とアメリカの越え難い差を感じてしまう。
タイムスリップ物は歴史のifを追求するものだが、歴史を根本的に変えてしまうと作品のリアリティが失われてしまうという二律背反の世界である。『ドラえもん』のようにタイムマシンで過去に戻ったことが織り込み済みで現在があり、それが伏線になっていたという話がタイムスリップ物では上手なまとめ方になる。
これまで『ジパング』では個々の戦闘は歴史と異なる結果となっているが、大局的には太平洋戦争の経過通り、日本が追い込まれつつある。しかし、原爆開発だけでなく、中国では満州国皇帝暗殺や毛沢東との会談など歴史を大きく変えかねない動きが展開している。
最新鋭の装備の大半が損壊した「みらい」は、この先、長期に渡って戦いを続けることは難しくなった。物語が佳境に入ったことは確かである。今の戦いを解決しただけでは物語としてはまとまらない。風呂敷は大きく広がっている。どのような形で本作品がまとまるのか注目していきたい。
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ジパング(36) (モーニング KC) コミック – 2008/7/23
かわぐち かいじ
(著)
想定不能事態、勃発! 海上自衛隊所属の最新鋭護衛艦「みらい」原因不明の暴風雨に遭遇。通信・衛星、ともに感無し。そして目の前に現れたのは……。
「あと数時間が、この大戦のヤマだな」ーー 「大和」艦内で、目覚めの時を待つ原子爆弾。草加の計画を阻止するため、角松率いる強襲部隊「大和」へ強襲着艦した頃、核の存在を知ったホワイトハウスもまた動き出す。
「あと数時間が、この大戦のヤマだな」ーー 「大和」艦内で、目覚めの時を待つ原子爆弾。草加の計画を阻止するため、角松率いる強襲部隊「大和」へ強襲着艦した頃、核の存在を知ったホワイトハウスもまた動き出す。
- 本の長さ196ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2008/7/23
- ISBN-104063727149
- ISBN-13978-4063727142
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商品の説明
著者について
かわぐち かいじ
1948年、広島県尾道市生まれ。68年「ヤングコミック」誌にて『夜が明けたら』でデビュー。『はっぽうやぶれ』『プロ』『ハード&ルーズ』などヒット作多数。
87年『アクター』、90年『沈黙の艦隊』、そして02年に『ジパング』で講談社漫画賞受賞。
現在、小学館「ビッグコミック」誌上にて『兵馬の旗』(協力/惠谷治)も連載中。
1948年、広島県尾道市生まれ。68年「ヤングコミック」誌にて『夜が明けたら』でデビュー。『はっぽうやぶれ』『プロ』『ハード&ルーズ』などヒット作多数。
87年『アクター』、90年『沈黙の艦隊』、そして02年に『ジパング』で講談社漫画賞受賞。
現在、小学館「ビッグコミック」誌上にて『兵馬の旗』(協力/惠谷治)も連載中。
登録情報
- 出版社 : 講談社 (2008/7/23)
- 発売日 : 2008/7/23
- 言語 : 日本語
- コミック : 196ページ
- ISBN-10 : 4063727149
- ISBN-13 : 978-4063727142
- Amazon 売れ筋ランキング: - 154,841位コミック
- カスタマーレビュー:
著者について
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2019年9月18日に日本でレビュー済み
角松らは米軍攻撃機が去った後の大和の甲板にヘリを使って着陸し船内に侵入
2008年10月1日に日本でレビュー済み
ものすごく緊迫しているはずの場面なのですが、まるでピクニックで菓子を食いながら世間話をしている程度の緊張感しか伝わってきません。
作者がこの先どうしようか決めかねて単にいらない場面を引っ張ってるようにも感じられます(みらい内、大和内でのどことなく締りのない人物の動きなど)。場面構成、不必要な人物の行動、せりふなどが、新人作家や連載小説のページ稼ぎに似た印象を受けるのです。
ここまで引っ張ってきて、まさか大和の核がみらいの隊員に奪われたり破棄されたりしないですよね!?
そうなったら今までの前フリはいったいなんだったんでしょう。まるでお約束、王道そのもので、全ての伏線が無に帰します。
もし大和がただ沈むだけになったら、この作品を読み続ける気はもう起きないでしょう。
作者がこの先どうしようか決めかねて単にいらない場面を引っ張ってるようにも感じられます(みらい内、大和内でのどことなく締りのない人物の動きなど)。場面構成、不必要な人物の行動、せりふなどが、新人作家や連載小説のページ稼ぎに似た印象を受けるのです。
ここまで引っ張ってきて、まさか大和の核がみらいの隊員に奪われたり破棄されたりしないですよね!?
そうなったら今までの前フリはいったいなんだったんでしょう。まるでお約束、王道そのもので、全ての伏線が無に帰します。
もし大和がただ沈むだけになったら、この作品を読み続ける気はもう起きないでしょう。
2010年1月1日に日本でレビュー済み
単なる日本側の仲間割れにしか見えないのはなぜだろう? アメリカは目の前の敵を叩き潰せばいいだけではないのか。もったいぶった描写が多すぎる。