相変わらず、井上雄彦の画力は素晴らしい。
絵の一コマ一コマが、絵画展に出しても良いくらいの
レベルだと思う。
心理描写の巧みさも、巻を増すごとに深みを増し、
読んでいる者の心をグイグイと引っ張ってくれる。
キャラクター一人一人が、とにかく個性があり魅力がある。
僕はどのキャラも大好きです。
長く巻が続いて、本編から離れてしまったり、
グダグダになってしまったり、
マンネリ描写になってしまう漫画が多い中、
この作品は群を抜いて素晴らしい。
レベルが違う。
特に、殺気に関する描写が秀逸。
人間の精神世界をここまで表現できる人は、
なかなかいないと思う。
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バガボンド(32) (モーニング KC) コミック – 2010/1/15
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「強い」とはどういうことか……。
六十余戦無敗だった男「宮本武蔵」を、井上雄彦が圧倒的画力で描く超話題作!
武蔵は知っていた。眼前の“武”の塊が、かつて自分が憧れた理想の剣士であると。 武蔵はまだ知らない。宿命の縁で結ばれたあの天才がかつて一刀斎によって見出されたことを。
六十余戦無敗だった男「宮本武蔵」を、井上雄彦が圧倒的画力で描く超話題作!
武蔵は知っていた。眼前の“武”の塊が、かつて自分が憧れた理想の剣士であると。 武蔵はまだ知らない。宿命の縁で結ばれたあの天才がかつて一刀斎によって見出されたことを。
- 本の長さ214ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日2010/1/15
- 寸法13 x 1.3 x 18.3 cm
- ISBN-104063728668
- ISBN-13978-4063728668
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商品の説明
著者について
井上 雄彦
1967年生まれ、鹿児島県出身。北条司氏のアシスタントを経て、1988年『楓パープル』でデビュー。 90年から連載を開始した『SLAM DUNK』は累計1億部を超える大ヒットとなった。98年より「モーニング」にて宮本武蔵を描いた『バガボンド』を大人気連載中!! 車椅子バスケを描いた『リアル』は「ヤングジャンプ」にて不定期連載中。
吉川 英治
明治25年8月11日、神奈川県生まれ。少年文学の傑作となった『神州天馬侠』をはじめ、生涯に『親鸞』『宮本武蔵』『三国志』『新・平家物語』『私本太平記』『新・水滸伝』等多くの作品を発表し続けた。昭和37年9月7日死去。
1967年生まれ、鹿児島県出身。北条司氏のアシスタントを経て、1988年『楓パープル』でデビュー。 90年から連載を開始した『SLAM DUNK』は累計1億部を超える大ヒットとなった。98年より「モーニング」にて宮本武蔵を描いた『バガボンド』を大人気連載中!! 車椅子バスケを描いた『リアル』は「ヤングジャンプ」にて不定期連載中。
吉川 英治
明治25年8月11日、神奈川県生まれ。少年文学の傑作となった『神州天馬侠』をはじめ、生涯に『親鸞』『宮本武蔵』『三国志』『新・平家物語』『私本太平記』『新・水滸伝』等多くの作品を発表し続けた。昭和37年9月7日死去。
登録情報
- 出版社 : 講談社 (2010/1/15)
- 発売日 : 2010/1/15
- 言語 : 日本語
- コミック : 214ページ
- ISBN-10 : 4063728668
- ISBN-13 : 978-4063728668
- 寸法 : 13 x 1.3 x 18.3 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 60,524位コミック
- カスタマーレビュー:
著者について
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2010年2月6日に日本でレビュー済み
深いなぁ〜と思いながら読んできましたが、32巻を読んで、
井上さんは悟りを開いたのかと思いました。
私が最近感じていることに通じる内容であったため、自己流の解釈ですが、
バガポンドの内容に沿って武蔵が何を言っているのか補足してみようと思います。
なぜこのかたち?
少年時代の武蔵が自分の身体に対してこう感じます。
そして、自分はこの身体と刀をもらって生まれてきたのだと知る。
そう。このからだで経験するために。。。
何を?
この世に生まれてくる前の自分を。
であるなら、この身体を通して経験するあらゆること、そして経験するために必要な全てのもの
は、自分が経験するために存在しているのか?
ものがあるから経験しているのではなく、経験するためにあらゆるものが用意されているのか?
親・兄弟・友はもちろん、自分に害をなす敵でさえも。
敵がいなければ敵と対する自分を知ることができない。経験できない。
だから、敵もまた自分のために存在しているということか。
それならば、誰かを恨む必要はないということか。
すべては自分のために存在しているということなのだから。。。
であるなら、今まで捕らわれてきた、我(殺し合いの螺旋、天下無双)は言葉でしかない
幻想であり、そもそもそんなものは存在していないことになる。
存在していると思っている自分の心の中以外には。
自分の中。それは過去に縛られた思考が渦巻いているところ。
これがそうだと思い言葉にしたり考えたりするところ。
でも、言葉は今(現在)ではなく、常に遅れている(過去である)。
言葉の前にはもっと純粋で複雑な思い・感情があり、それを言葉にすることで
簡単に表すことができる反面、とても小さなものに、または間違ったものに定義してしまう。
そして言葉で定義されたものは、既に今ではない。過去である。
なぜなら、言葉は思いの後にあるのだから。
つまり、言葉や定義にこだわるということは、過去にこだわっているということであり、
今ここ(自分)にいないということ。
言葉にしなくていい。
そうあればいい。存在すればいい。
私たちは本来そういう存在なんだ。
言葉の定義や根拠・理由は、全て後付けなんだ。
俺は俺のままでいいんだ。言葉で定義することは不要なんだ。
誰かに許しを請う必要もなければ、誰かを許す必要もない。
だから、過去の知識や経験によって今この瞬間の経験を定義して台無しにするのではなく
石がこの瞬間全力で石であるように、私たちもこの瞬間全力で私(今)であればいい。
私たちは過去と結びつけなければ、今しかない時に存在することができる。
そういうことなんだ。
自分は天に繋がっている限り、完全に自由なんだ。(沢庵和尚)
そして、本当は天と繋がっていない時など存在していない。
だって天は自分なのだから。
すべては自分の中にあり、それを経験する旅(人生)なのだから。
どのように見えてもこの旅は祝福であって、喜び・楽しいものなのだ。
それを理解したら分かるだろう?
だから「もっと笑え」。
長文失礼しました。
よけい混乱させたらごめんなさい。
現代社会にある「憎しみの螺旋」。
それを笑い飛ばしている武蔵(井上先生)を感じました。
井上さんは悟りを開いたのかと思いました。
私が最近感じていることに通じる内容であったため、自己流の解釈ですが、
バガポンドの内容に沿って武蔵が何を言っているのか補足してみようと思います。
なぜこのかたち?
少年時代の武蔵が自分の身体に対してこう感じます。
そして、自分はこの身体と刀をもらって生まれてきたのだと知る。
そう。このからだで経験するために。。。
何を?
この世に生まれてくる前の自分を。
であるなら、この身体を通して経験するあらゆること、そして経験するために必要な全てのもの
は、自分が経験するために存在しているのか?
ものがあるから経験しているのではなく、経験するためにあらゆるものが用意されているのか?
親・兄弟・友はもちろん、自分に害をなす敵でさえも。
敵がいなければ敵と対する自分を知ることができない。経験できない。
だから、敵もまた自分のために存在しているということか。
それならば、誰かを恨む必要はないということか。
すべては自分のために存在しているということなのだから。。。
であるなら、今まで捕らわれてきた、我(殺し合いの螺旋、天下無双)は言葉でしかない
幻想であり、そもそもそんなものは存在していないことになる。
存在していると思っている自分の心の中以外には。
自分の中。それは過去に縛られた思考が渦巻いているところ。
これがそうだと思い言葉にしたり考えたりするところ。
でも、言葉は今(現在)ではなく、常に遅れている(過去である)。
言葉の前にはもっと純粋で複雑な思い・感情があり、それを言葉にすることで
簡単に表すことができる反面、とても小さなものに、または間違ったものに定義してしまう。
そして言葉で定義されたものは、既に今ではない。過去である。
なぜなら、言葉は思いの後にあるのだから。
つまり、言葉や定義にこだわるということは、過去にこだわっているということであり、
今ここ(自分)にいないということ。
言葉にしなくていい。
そうあればいい。存在すればいい。
私たちは本来そういう存在なんだ。
言葉の定義や根拠・理由は、全て後付けなんだ。
俺は俺のままでいいんだ。言葉で定義することは不要なんだ。
誰かに許しを請う必要もなければ、誰かを許す必要もない。
だから、過去の知識や経験によって今この瞬間の経験を定義して台無しにするのではなく
石がこの瞬間全力で石であるように、私たちもこの瞬間全力で私(今)であればいい。
私たちは過去と結びつけなければ、今しかない時に存在することができる。
そういうことなんだ。
自分は天に繋がっている限り、完全に自由なんだ。(沢庵和尚)
そして、本当は天と繋がっていない時など存在していない。
だって天は自分なのだから。
すべては自分の中にあり、それを経験する旅(人生)なのだから。
どのように見えてもこの旅は祝福であって、喜び・楽しいものなのだ。
それを理解したら分かるだろう?
だから「もっと笑え」。
長文失礼しました。
よけい混乱させたらごめんなさい。
現代社会にある「憎しみの螺旋」。
それを笑い飛ばしている武蔵(井上先生)を感じました。
2010年5月11日に日本でレビュー済み
「円陣の内側」をテリトライズして
テリトリー侵犯者は容赦無く斬る!
・・右足を負傷した「邀撃的なる武蔵」。
しかし、一刀斎は、武蔵の円陣を更に
大きく囲い込む「同心円状の円陣」を描いて
その「内部」を一刀斎自身の「刃圏・・テリトリー」
とする。位相幾何学的なロジックに
追い詰められた武蔵だが、何の事は無い。
「柳生の爺さん」の様に「ひょこひょこ」と
出て行ってしまえば良いのだ。
そんなの「地面に描かれた線」に過ぎない。
「言葉」も同様。そして、「ロジック」も、だ。
テリトリー侵犯者は容赦無く斬る!
・・右足を負傷した「邀撃的なる武蔵」。
しかし、一刀斎は、武蔵の円陣を更に
大きく囲い込む「同心円状の円陣」を描いて
その「内部」を一刀斎自身の「刃圏・・テリトリー」
とする。位相幾何学的なロジックに
追い詰められた武蔵だが、何の事は無い。
「柳生の爺さん」の様に「ひょこひょこ」と
出て行ってしまえば良いのだ。
そんなの「地面に描かれた線」に過ぎない。
「言葉」も同様。そして、「ロジック」も、だ。
2010年5月14日に日本でレビュー済み
武蔵が人として完成しつつある気がして、なんだかつまらない。
武蔵から完全に毒気や覇気のようなものが抜けてしまった。
また、この巻では、柳生石舟斎と宝蔵院胤栄が死去してしまうのだが、石舟斎に対して胤栄の亡くなるまでの扱いが軽すぎる。
武蔵は石舟斎のことばかり思い出しているが、具体的に彼を育てたのは胤栄ではなかったか?
今回の目玉である伊藤一刀斎の扱いもイマイチ。ただの性格悪い馬鹿にしか見えない。
散々引っ張っておいて、こんなもん!?と思うぐらい、三剣豪の扱いが適当。
武蔵の引き立て役に成り下がってしまったような気がする。
最後、小次郎に会いに行くことを決意する武蔵で終わるのだが、そこに辿り着くまでの展開も強引だなぁ…。
作品全体は素晴らしいので、大好きであることに変わりないが、この巻に関しては無条件で高評価はつけられない。
もうすぐ発売になる33巻が楽しみだ。
武蔵から完全に毒気や覇気のようなものが抜けてしまった。
また、この巻では、柳生石舟斎と宝蔵院胤栄が死去してしまうのだが、石舟斎に対して胤栄の亡くなるまでの扱いが軽すぎる。
武蔵は石舟斎のことばかり思い出しているが、具体的に彼を育てたのは胤栄ではなかったか?
今回の目玉である伊藤一刀斎の扱いもイマイチ。ただの性格悪い馬鹿にしか見えない。
散々引っ張っておいて、こんなもん!?と思うぐらい、三剣豪の扱いが適当。
武蔵の引き立て役に成り下がってしまったような気がする。
最後、小次郎に会いに行くことを決意する武蔵で終わるのだが、そこに辿り着くまでの展開も強引だなぁ…。
作品全体は素晴らしいので、大好きであることに変わりないが、この巻に関しては無条件で高評価はつけられない。
もうすぐ発売になる33巻が楽しみだ。
2010年1月17日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
一刀斎との戦いから己を見つめ直す武蔵。
幼い頃からなぜ天下無双を追い求めるのか。その理由は己の中に既にある!?
物語は小次郎と武蔵の宿命の対決に向けて大きく動き出す。
幼い頃からなぜ天下無双を追い求めるのか。その理由は己の中に既にある!?
物語は小次郎と武蔵の宿命の対決に向けて大きく動き出す。
2010年1月16日に日本でレビュー済み
正直、バガボンドは理解できない作品になっていた。
又八やおつうの心情理解はまだしも、武蔵が悩む場面は
「また哲学話かよ」とうんざりしていた。
井上さん自身が何を書いているかわかってないのではとさえ思っていた。
しかし、一刀斉の「感じるべきは楽しいかどうかだ」という言葉と、
石舟斉の「もっと笑え」という言葉に、これまでの哲学の答えが詰まっていたのではと思う。
刀と一体化したかのように、
感じるままに斬る動作を行うことが楽しくて仕方がなかった幼少期の武蔵。
その時の武蔵は、素直な心のまま万物万人を受け入れることができるのならば、
「本当は誰も恨まなくていい」とおぼろげに感じていた。
しかし年を重ねるにつれ「我」に捉われ、
全他者より優れていることの証明「天下無双」にこだわってしまった。
その結果生じた他者への恨み、怒り、恐れから、
動きのこわばりと無用な殺気、戦い、そして死を生み続けた。
我を他者と比較し、負の連鎖を生む。
それは密かに武蔵と「自分」を比較し、
嘘や逆恨みを生み続けた経験を持つ又八も同じだったのではと思う。
武蔵が剣の二大巨星の言葉から過去を振り返り流した涙は、
単純に無用な殺生を積み重ねてきた事を後悔したのではなく、
「我」に捉われる前の、本来の自分を思い出せた喜びや、
今まで悩み苦しんできた答えが見つかった解放感がいりまじった、
とても複雑な涙なのではないかと感じた。
そして最後の武蔵が小次郎を思うヒトコマに、
又八がかつて「小次郎といると、俺は俺でいいと思えてくる」
と言ったセリフを思い返した。
武蔵もまた、言葉をもたず感覚のまま生きる小次郎に、
自身を含めた人間の素直な姿を見出し、彼を「友」と呼んだのではないかと思う。
武蔵に感情移入するのは難しい(というか無理?)
当然上記に書いた私の推測は、別の読者のとらえ方とは全く違うかもしれない。
しかし、「我」にとらわれるという共通点をもって
武蔵の心情を懸命に同調させようとしたことで、一つ自分が納得いく推測をやっとたてられた。
これまで哲学に感じていた武蔵の自問自答達が結集し、
大きな一つの答えとして表されたと感激した。
私の中では文句なしの星5つです。
長文失礼しました。
追記:改めて読み直し、少年時代の武蔵が本当の自分は〜と言っている内容は、
中村天風さんがおっしゃっている内容と似ていると感じました。
井上雄彦先生のすごさを改めて感じました。
又八やおつうの心情理解はまだしも、武蔵が悩む場面は
「また哲学話かよ」とうんざりしていた。
井上さん自身が何を書いているかわかってないのではとさえ思っていた。
しかし、一刀斉の「感じるべきは楽しいかどうかだ」という言葉と、
石舟斉の「もっと笑え」という言葉に、これまでの哲学の答えが詰まっていたのではと思う。
刀と一体化したかのように、
感じるままに斬る動作を行うことが楽しくて仕方がなかった幼少期の武蔵。
その時の武蔵は、素直な心のまま万物万人を受け入れることができるのならば、
「本当は誰も恨まなくていい」とおぼろげに感じていた。
しかし年を重ねるにつれ「我」に捉われ、
全他者より優れていることの証明「天下無双」にこだわってしまった。
その結果生じた他者への恨み、怒り、恐れから、
動きのこわばりと無用な殺気、戦い、そして死を生み続けた。
我を他者と比較し、負の連鎖を生む。
それは密かに武蔵と「自分」を比較し、
嘘や逆恨みを生み続けた経験を持つ又八も同じだったのではと思う。
武蔵が剣の二大巨星の言葉から過去を振り返り流した涙は、
単純に無用な殺生を積み重ねてきた事を後悔したのではなく、
「我」に捉われる前の、本来の自分を思い出せた喜びや、
今まで悩み苦しんできた答えが見つかった解放感がいりまじった、
とても複雑な涙なのではないかと感じた。
そして最後の武蔵が小次郎を思うヒトコマに、
又八がかつて「小次郎といると、俺は俺でいいと思えてくる」
と言ったセリフを思い返した。
武蔵もまた、言葉をもたず感覚のまま生きる小次郎に、
自身を含めた人間の素直な姿を見出し、彼を「友」と呼んだのではないかと思う。
武蔵に感情移入するのは難しい(というか無理?)
当然上記に書いた私の推測は、別の読者のとらえ方とは全く違うかもしれない。
しかし、「我」にとらわれるという共通点をもって
武蔵の心情を懸命に同調させようとしたことで、一つ自分が納得いく推測をやっとたてられた。
これまで哲学に感じていた武蔵の自問自答達が結集し、
大きな一つの答えとして表されたと感激した。
私の中では文句なしの星5つです。
長文失礼しました。
追記:改めて読み直し、少年時代の武蔵が本当の自分は〜と言っている内容は、
中村天風さんがおっしゃっている内容と似ていると感じました。
井上雄彦先生のすごさを改めて感じました。
2010年1月16日に日本でレビュー済み
今読み終えてのレビューです。
今回も何とまあ、自分自身の心の底にある何かを読まれてしまったなあと思いながら読み終えました。
または、これは井上雄彦という一人の人間の中にある何かなのか。それとも宮本武蔵というキャラクターとしての何かなのか。
そんな、人間そのものの中にある普遍的な何かを感じることのできる貴重なマンガであります。
内容の多くには敢えて触れません。が、今巻もコマ割りを大胆に使って描かれたひとコマひとコマの絵画をただ流して読むだけでも、読んでよかったと思えました。
一刀斎が緊張感を与え、石舟斎が(いい意味で)緊張感をほぐしてくれます。
ちょっと笑いました。
チャンバラ、あります。
物語は明らかに終局へ、そして闇ではなく光の方向へと近付いているのだと感じました。
レビューしてるくせにこのマンガを言葉で表せなくて申し訳ないのですが、言葉で表せないものをマンガにしているのがバガボンド。
確実に言えるのは、読んでよかったということ。
楽しくて自分で望んで始めたことが苦に感じてしまった時、“もっと笑え”という言葉が道を作って支えてくれる気がします。
そんな道に誘われ、武蔵は何処を行くのでしょうか。
行き着く先の“あの男”はもう近いです。
今回も何とまあ、自分自身の心の底にある何かを読まれてしまったなあと思いながら読み終えました。
または、これは井上雄彦という一人の人間の中にある何かなのか。それとも宮本武蔵というキャラクターとしての何かなのか。
そんな、人間そのものの中にある普遍的な何かを感じることのできる貴重なマンガであります。
内容の多くには敢えて触れません。が、今巻もコマ割りを大胆に使って描かれたひとコマひとコマの絵画をただ流して読むだけでも、読んでよかったと思えました。
一刀斎が緊張感を与え、石舟斎が(いい意味で)緊張感をほぐしてくれます。
ちょっと笑いました。
チャンバラ、あります。
物語は明らかに終局へ、そして闇ではなく光の方向へと近付いているのだと感じました。
レビューしてるくせにこのマンガを言葉で表せなくて申し訳ないのですが、言葉で表せないものをマンガにしているのがバガボンド。
確実に言えるのは、読んでよかったということ。
楽しくて自分で望んで始めたことが苦に感じてしまった時、“もっと笑え”という言葉が道を作って支えてくれる気がします。
そんな道に誘われ、武蔵は何処を行くのでしょうか。
行き着く先の“あの男”はもう近いです。
2010年1月21日に日本でレビュー済み
一刀斎と邂逅し、剣を交えることで、また一歩武蔵が成長します。
昔は濁流のようだった武蔵がだんだん澄んでいくような。
これからまた小次郎との再会があり、物語は終盤へ向かうのでしょうか。
それにしても、武蔵が一人の人間として苦悩し、
成長していく様の描き方は、マンガというより芸術ですね。
昔昔のお話なのに、ぐっと身近に感じます。その手腕のみごとさよ。
昔は濁流のようだった武蔵がだんだん澄んでいくような。
これからまた小次郎との再会があり、物語は終盤へ向かうのでしょうか。
それにしても、武蔵が一人の人間として苦悩し、
成長していく様の描き方は、マンガというより芸術ですね。
昔昔のお話なのに、ぐっと身近に感じます。その手腕のみごとさよ。