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<ヴィジュアル版> 澁澤龍彦 ドラコニア・ワールド (集英社新書) 新書 – 2010/3/17

4.1 5つ星のうち4.1 12個の評価

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遺されたオブジェと文章から澁澤龍彦の真髄が見えてくる!
フランス文学者、作家、エッセイストとして、文化のさまざまな局面に力強いくさびを打ち込み、圧倒的な支持を受けた澁澤龍彦は、没後もなお光彩を放ち、人びとを惹きつけてやまない。そして自ら「ドラコニア」と名付けた「龍彦の領土」には、澁澤龍彦の少年のような無垢な心を感じさせるオブジェが、今も息づいている。本書は、それらのオブジェを、写真家・沢渡朔があるがままにとらえた写真と、澁澤龍彦自身の文章で構成した、ドラコニア・ワールドのオブジェ編であり、サド、エロチシズムと並ぶ澁澤龍彦の主要なテーマ「オブジェ」を具体的に浮かび上がらせたものである。

[著者情報]
編・澁澤 龍子(しぶさわ りゅうこ)
一九四〇年、鎌倉生まれ。エッセイスト。六九年、澁澤龍彦と結婚。以来、澁澤龍彦の執筆活動に大きな刺激を与えてきた。著書に『澁澤龍彦との日々』(白水社)などがある。

撮影・沢渡 朔(さわたり はじめ)
一九四〇年、東京生まれ。写真家。七〇年代に入ってから、『ナディア』『少女アリス』などの写真集で独自のエロチシズムを表現し注目され、今も旺盛な創作活動を続けている。

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 集英社 (2010/3/17)
  • 発売日 ‏ : ‎ 2010/3/17
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 新書 ‏ : ‎ 240ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4087205355
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4087205350
  • カスタマーレビュー:
    4.1 5つ星のうち4.1 12個の評価

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澁澤 龍彦
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上位レビュー、対象国: 日本

2013年10月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
楽しい本なっていますね。
写真も多く、ファンにはたまらない一冊です。
5人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2020年11月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
澁澤龍彦ファンにとっては、澁澤邸のあの書斎と応接間は、憧れの世界です。
これまで、いくつかの写真で深紅のカーテンがかかった書斎を楽しんできましたが、ピンポイントで一つずつ書斎のオブジェを眺めたいものだとつくづく思っていました。
その熱い思いをかなえてくれるのが、この本です。
舐めるように、オブジェを眺めつくし、愉しめました。
1人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2021年3月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
内容は素敵です。ただヴィジュアル版ならもう少し大きいものがいいですね。本として美しい姿見をしてるといいなと思います🎵
2011年11月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
夢のような本である。

澁澤龍彦という、幻想文学や耽美主義に傾倒した人物について、私は多くのことを存じ上げない。しかしこの『澁澤龍彦 ドラコニア・ワールド』というヴィジュアル教養新書を閲することにより、人間がいかに「うつくしさ」に取り憑かれた動物であるかということがよくわかる。

本書を介して「ドラコニア」すなわち「龍彦の領土」に引き(惹き)こまれた私たちは、美の虜となり、美の世界の住民となり、自然、独自のダンディズム(あるいはスノビズム)を取り戻すことになるであろう。

澁澤のつむいだ珠玉の随筆(文章)と生前の澁澤が蒐集したオブジェ(フォト)とが、私たちの精神の古層にある美意識を賦活させ、蘇らせる。

オブジェ・コレクション、と言っても、澁澤は故人であり、それらのオブジェ・コレクションは澁澤の「遺品」である。「もの」というのは、いくらに朽ちていようとも、主(あるじ)がいればそれなりに生命感を帯びているものである。しかし主の喪失と共に、「もの」というものは生気がなくなり、その個性も失せてしまうものである。

澁澤の残したオブジェ・コレクションは確かに澁澤という主を失って久しいが、どういうわけかいまだにその精彩を失ってはいない。恐らくは澁澤の未亡人が存命であり、また、そのこと以上に、澁澤がそのオブジェ・コレクションたちに美しい言葉を添えてから逝ったからであろう。澁澤死すとも、澁澤がことばを吹き込み、そうすることでオブジェ・コレクションは生きつづけているのである。

オブジェ・コレクションといっても、必ずしも古く、高価な、いわれのある、舶来のものばかりではない。もちろんそういう貴重で高級なものも多々含まれているが、そういったものに限らない。

例えば、小学生の頃から使っていた三角定規なども。

基本的に本書では、「髑髏の巻」「アストロラーブの巻」「人形の巻」「声へ」に分類され、澁澤の愛したものたちとそれにまつわるエッセーが紹介されている。

「髑髏の巻」。そのまんま「髑髏=どくろ」のみではなく、石(化石)や貝や標本などにまで話は及ぶ。

「アストロラーブの巻」。アストロラーブというのは天文測量機器あるいは座早見版のことらしいが、そこから時計の話になり、凸面鏡の話になり、話題は次から次へと広がってがっていく。その中にパイプの話がある。私も一時期(二十代の頃)喫煙者であったのだが、基本的に凝り性で背伸びをする性癖のあった私は、パイプにも手を出した。その時結構な数のパイプを買い集めたのだが、その中にダンヒルのパイプ(そんなに高価なものではない)があった。それと同じものが本書の161-163ページにあった。また当時私が欲しいと思っていた海泡石(かいほうせき)のパイプ(160ページ)も渋澤氏は所有していたようだ。このように、私のような野暮天の好みと、渋澤氏のような稀代の粋人の趣味が一致した時などは、得も言われぬ感動に襲われるものである。

「人形の巻」では予想通り、四谷シモンの作品が紹介されていた。

私も一応蔵書家で蒐集癖のある人間で、立派なスノッブ、好事家の一人ではあるが、渋澤氏のような筋金入りの才人の足元にも及ぶ者ではなく、何より澁澤氏のようにオブジェ・コレクションに意味や生命の息吹を付与するだけの能力や語法を持ち合わせてはいない。
8人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2010年5月20日に日本でレビュー済み
古寺巡礼や西洋美術、書評など、澁澤龍彦のテーマ別アンソロジーは最近よく出版されている印象を受けるが、それだけ若い読者からの支持も多いということに違いない。
古今東西の芸術を渉猟し、それを意外なほど親しみある文章で書ける澁澤のような作家はなかなかあらわれるものではなく、今後も様々な角度から澁澤の文業が再評価されてゆくことだろう。
本書は澁澤が愛し身近に置いていた様々なオブジェの写真とそれにまつわる文章のアンソロジー。
澁澤は小学校から同じ三角定規を使っていたと冒頭で龍子夫人が書いている。
「集める」ことよりも「捨てない」ことに澁澤の世界構築の力点があったと考えるのは深読みしすぎなのかもしれないが、本書の各オブジェにまつわる文章は、そう思わせる独特の静けさが漂っている。
三角定規に限らず、本書で取り上げる貝殻も花札も琥珀も地球儀も、澁澤は捨てずにただ身近に置いておくことで、モノが自然に語り始めるのを待っていたのかもしれない。
そしてモノの自分語りを静かに耳をそばだてて聞き取り、自分の文章にしていく。
もちろん空想だけれど、澁澤の静かな文章はオブジェへの「溺愛」「偏愛」とは少し異なるし、例えばパイプ(のような形)への幼い頃からの愛着は、「自分でも説明がつかない」と書いているとおり、私たちにもその愛着の由来はよくわからない。
それでも、そのオブジェが写真とともに語りかけているのは間違いなく、澁澤の文章とともに、私たちもそのオブジェの来し方を静かに受け入れることができる。
10人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2010年6月12日に日本でレビュー済み
 澁澤龍彦関連のビジュアルブックで、写真が沢渡朔、編纂が夫人の澁澤龍子と来たら、澁澤龍彦本人の新作でなくても買わないわけにはいかない。新書版で値段も手頃である。
 澁澤龍彦の書斎や宅内の様子は巡回展の展示で見たことがある。展示されていた本物の仕事机の周りは、書棚の写真で囲まれて在りし日の書斎を再現していた。そこには、本書に紹介されるオブジェもいくつか展示されていた。
 「澁澤龍彦をもとめて」季刊みづゑ編集部編(美術出版社)や「澁澤龍彦事典」コロナブックス(平凡社)は、澁澤龍彦へのオマージュとして、彼がモチーフとしたテーマで別の人がエッセイを寄せる形式であった。本書は本人のお気に入りの事物について、本人の著作からの抜粋で構成されているので、作りは逆である。主のいなくなったパイプやコレクションの鉱物、昆虫標本、貝殻、球体オブジェは何も語らないが、前述の二冊では彼を知る人が同じテーマで澁澤龍彦との関係を語ってくれている。四谷シモン、金子國義、加山又造については、既刊に澁澤追悼文が存在する。これで両者の想いが読めるわけだ。それらを交互に参照しつつ、澁澤龍彦の不在を新たにする。
 一番の読みどころは巻頭の龍子夫人のエッセイだと思う。そこで披露される「自分はオブジェだから」という澁澤龍彦の言葉に、物やそれにまつわる情緒よりも物のイメージを愛でた彼の精神が伺える。その言葉をスタートに「澁澤龍彦」というオブジェを求めてドラコニア・ワールドの楽しい周遊が始まる。
12人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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2010年11月20日に日本でレビュー済み
 澁澤龍彦的なるもの、というものは、確かにこの世に存在する。澁澤龍彦が愛したようなものが好きだという趣味、現象だ。
 手が込んで複雑であったり、歴史的文学的背景があったり、不気味で衒学的であったり。
 それをわたしは、ある種「通俗的なるもの」と考えている。
 澁澤龍彦的なものを好む人の趣味は、おそろしく個人差が小さい。何人集めても標準からの隔たりを発見することは困難だ。
 ゴスロリの少女服がどれも同じに見えるように。

 やはりこれは、ある種の通俗だと思う。

 正直に言えば、わたしはちょっと苦手である。
 四谷シモンの人形や、ウニの殻、骨格標本などを見ると、ほこりがたまりそうだと思うのだ。
 金子國義や加山又造の絵を見ると、線が細すぎやしないかとイライラするのだ。(いや、だからって、キース・ヘリングみたいな太い線で書かれても苛つきますけど。)

 その、なにかややこしそう、手入れが大変じゃないかと思う面倒くささが、実物ではなく本になったとたんに、意外と面倒でなくなくなるのだ。
 物理的な事情にすぎないが(紙の表面はつるつるして、ほこりなんかたまらない)、わたしの澁澤苦手感の大部分がその面倒くささであったことに気づけたのは、ちょっとした発見である。

 本で見る分には、そう嫌な物ではない。いや、むしろ好ましいかもしれないと思ったのだ。
 とにもかくにも、とても手の込んだものだから。
24人のお客様がこれが役に立ったと考えています
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