幼少時に無人島で2人だけで生き抜いたトウタとヒツジコ。
ティーンエイジャーになった彼らが上陸したのは、
ヒートアンランド化が止まらない熱帯都市東京。
神楽坂、西荻窪を中心に、彼ら2人は行動を起こす。本能的に。
非文学的で、かつ文学的。
無駄なようで、それでいて無駄ではない描写。
多用される倒置法。トウタとヒツジコの独特な台詞。
これらがどれも新鮮だった。
壊れたトロッコに乗って暗闇を疾走するかのようにスリリング。
その溢れるスピード感がたまらない。
ポップな表紙を裏切る、非ポップな傑作。
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サウンドトラック 上 (集英社文庫) 文庫 – 2006/9/20
古川 日出男
(著)
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2009年、東京崩壊。
2009年の東京はヒートアイランド現象が加速し、熱帯と化していた。伝染病、異常気象、外国人弾圧運動…。末期的な状況をサバイブする青年と女子高生たちの姿を描く新世代の青春小説。
2009年の東京はヒートアイランド現象が加速し、熱帯と化していた。伝染病、異常気象、外国人弾圧運動…。末期的な状況をサバイブする青年と女子高生たちの姿を描く新世代の青春小説。
- 本の長さ312ページ
- 言語日本語
- 出版社集英社
- 発売日2006/9/20
- ISBN-104087460770
- ISBN-13978-4087460773
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登録情報
- 出版社 : 集英社 (2006/9/20)
- 発売日 : 2006/9/20
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 312ページ
- ISBN-10 : 4087460770
- ISBN-13 : 978-4087460773
- Amazon 売れ筋ランキング: - 984,669位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
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上位レビュー、対象国: 日本
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2018年7月22日に日本でレビュー済み
「アラビアの夜の種族」に続いて読んだ。独特の饒舌な文体と混沌とした世界観は健在。東京破滅小説だそうだが、今巻では幼い頃捨てられたり事故で無人島のサバイバル生活を強いられたトウタとヒツジコが、東京に帰還してから別れ、それぞれ独自の人生を歩み始めるまでの様子が描かれ、さほど「東京」を意識させられる事もないのだけど、地方に住む人間としては外国の話を読んでいるのと変わりなかった。「混沌とした」と書いたが、細部の書き込みは執拗なのに、なかなか全体像が浮かび上がって来ない。トウタとヒツジコ、それぞれの数奇な人生がどのように交わって来るのかもこの時点では想像も付かず、物語が収斂するどころか、どんどん拡散していく感を覚えてしまった。
だが、このカオスな世界観が古川日出男のくせのある文体と相まって不思議な陶酔を生み出す中毒性がある。恐らく受け付けない人には全くダメで読み手を選ぶのは間違いない。
だが、このカオスな世界観が古川日出男のくせのある文体と相まって不思議な陶酔を生み出す中毒性がある。恐らく受け付けない人には全くダメで読み手を選ぶのは間違いない。
2008年3月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
一見上手そうに見えて実はリズム感皆無のゴツゴツした読みにくい文体については、好みもあるだろうから百歩譲って良しとしても、話があまりにも面白くない。モチーフは「コインロッカーベイビーズ」と類似しているが、面白さは比べるべくもない。こんなに面白そうな話をどうすればこれほどつまらなく書けるのか、とにかく不思議だ。おそらく、話と関係のない記述には力が入っているのに、心理描写など本来物語に必要な部分が全く描かれていないからなのだろう。買ってしまったので流し読みながら最後まで読んだが、読むのに苦痛を感じる本に久々に出会ってびっくりした。
2010年6月22日に日本でレビュー済み
ダメだ合わない。
初古川日出男だったが、どうにも読みづらいし、内容も盛り上がってこない。
下巻になると急に面白くなったりするのだろうか。
おとなしく村上春樹でも読んでたほうがいいのだろうか。
下巻も一緒に買ったので最後まで読むつもりだが。 期待したい。
初古川日出男だったが、どうにも読みづらいし、内容も盛り上がってこない。
下巻になると急に面白くなったりするのだろうか。
おとなしく村上春樹でも読んでたほうがいいのだろうか。
下巻も一緒に買ったので最後まで読むつもりだが。 期待したい。
2018年2月17日に日本でレビュー済み
小笠原諸島の無人島に一人漂着した六歳の少年トウタ。時を同じくして四歳の少女ヒツジコが流れ着く。発見された二人は兄弟として育ち、やがて離ればなれに・・・。
あらすじを書くとなんてことはない物語だが、豊穣とも言えるコトバの奔流に飲み込まれてしまう作品だ。
極度にヒートアイランド化し、移民が溢れ、排斥運動が激化する東京が舞台となってからストーリーは動きだす。著者いわく”近過去小説”ということで、時代設定は現代なれども、全く異なる歴史を紡ぎ出している。
作品がどこに向かっていくのかわからないまま下巻に続く。
あらすじを書くとなんてことはない物語だが、豊穣とも言えるコトバの奔流に飲み込まれてしまう作品だ。
極度にヒートアイランド化し、移民が溢れ、排斥運動が激化する東京が舞台となってからストーリーは動きだす。著者いわく”近過去小説”ということで、時代設定は現代なれども、全く異なる歴史を紡ぎ出している。
作品がどこに向かっていくのかわからないまま下巻に続く。
2008年1月30日に日本でレビュー済み
下巻のあとがき(解説)にも触れられている様に私も読中・読後、村上龍氏の「コインロッカー・ベイビーズ」を彷彿としましたが、自分こそが先行者であるかのように感じさせる強い後発者たり得る作者の意志を感じながら読了しました。
特に「踊り」を以って周囲を汚染させ破滅・破壊・世紀末へと疾走していくヒツジコの章はページをめくる手が止まりませんでした。
星-1での評価理由は、ヒツジコと同立たるトウタの章の疾走感が若干トーンダウンした様に感じた為です。
中途参加のレニ、クロイ(カラス)のパートの方がドライブ感が増していた様に思います。
然しながら、年齢を感じさせない著者のエネルギーには脱帽。
特に「踊り」を以って周囲を汚染させ破滅・破壊・世紀末へと疾走していくヒツジコの章はページをめくる手が止まりませんでした。
星-1での評価理由は、ヒツジコと同立たるトウタの章の疾走感が若干トーンダウンした様に感じた為です。
中途参加のレニ、クロイ(カラス)のパートの方がドライブ感が増していた様に思います。
然しながら、年齢を感じさせない著者のエネルギーには脱帽。
2010年4月23日に日本でレビュー済み
ヒートアイランド現象による熱帯化、そしてそれによるスコールと異常な街に変貌していく東京。そんな街に戻ってきた2人が対峙するものとは…。混沌とした世界の中で、生き抜いていく様子が描かれています。
「人間はいつでも消えるからね。全員」
「人間はいつでも消えるからね。全員」
2023年5月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
商品レビューは『一方的に見ろ』とは言ってないつもり。
小説を読むことを勧められても拒否してもいいと思うし。
僕はなるたけ人のレビューを読まずに物を買おうとしている。一方的に表現を公表する側の宿命だと思うけれど、「じゃあ書くなよ」とは言われたくない。
感想文ぐらいはいくらか緊張感をもって書きたいものだ。
本に出合うきっかけは書店でもアマゾンでも変わらないだろう、と思う。でも書店や図書館でレビューを書くことはやらないほうがいい行いに分類されていると思う。
「サウンドトラックレス」という言葉が僕の中ではこの本ではお気に入り。
文章による表現では音を精緻に伝える手法があまりにないから。
イントネーションもやっぱり伝わらない。
なぜだか知らないけど、地方に生まれておきながら結構地方の方言に染まらなかった僕が示すのもなんだけども、地方方言と標準語なるものの対立の構図はなぜだか起きていてその語でないと伝わらんことはないだろう、と口頭で思うことも多い。
小説を書きたいと思ったわけではないけれど、文章をそれなりに書いた経験がある僕は文語の表現と口語の表現を違うものと思わないと結構困る。(冊子とか作ることもあるし。)
アンビエントなる音楽のジャンルがあるけれども、聞いてみるとエンバイロンメントとは違うらしい、ということがわかる。
環境音、例えばコンデンサマイクに入りがちな風の音とか、ダイナミックマイクに入るブレスなのかリップなのかわかりにくい音とか、録音環境で発生しがちな音をいかに消し去ろうとしても消すことは空気のない空間の録音みたいになる。でも文から音を示したいという考えはとても好きだ。
サウンドトラックは文にはない。
僕はかけたいとも思わない。(集中して読めなくなるし)
著者の作品は様々読んだつもりだが、一番のお気に入りがターンテーブルが出てくるものだったりする。
知ったきっかけは、高校生ぐらいのころか『ベルカ、吠えないのか』をテレビ番組で紹介されていたからだけど、著者の表現を思い出して、『南無ロックンロール二十一部経』を読む前に『ベルカ、吠えないのか』と『ロックンロール七部作』を読み直した。
どちらもエンタテイメントに思えた。
エンタテイメントこそ大真面目にやりたいものだと思うけれども。
ちなみに、『南無ロックンロール二十一部経』は表紙のインパクトにやられて、勝手にオリジナル表紙を作ったけれど、著者名が僕の実名になっているからあまりネットワークには晒したくない。
偏屈な研究者タイプと勝手に思われるが、結構硬い言葉遣いが好きというだけだ。
親しみを持たれやすい時期があったから。僕にも若輩者であった時期があった。
とても私事だけれども、自分の目線での評価しか書きたくない。
自身の読書の経験をもとにレビューを書くのだから、自身の経験が入ることは当然だと思う。
作者の経験が作品に反映されるように。(だからといって、こういったレビューを大作だといいたいわけではない。)
音楽もそうだけど、音も表現で、イラストレーションも表現だ。
ハードカバーのほうのこの作品も持っているが、ペーパーバック版も持っている。
このイラストレーターはこの作品のイマジネーションを深めるためには、とても良いものだと思う。
なぜこのイラストレーターが有名になったのかの遍歴を知っていると、とてもこの本がエンタテイメントになりやすいからだ。説明は割愛する。調べて知ったほうがおもしろいと思う。
象徴的な言いたいことはもうとっくに書いてしまった。音は文で再現しにくい。
サウンドトラックレス。サウンドレスでもある。
何を感じさせたいのか、と思ったらいまいちわからないけども。
コロポックルが出てくることだけでもなんか、かなり長いこと語れそうな気がする。
物語全体を話そうとすれば、いくらでも思い出せる限りはしてしまいそうだ。
でも象徴するべきなのは本書(ペーパーバック)の一番最初に出てくる白抜きの文字だろう。
『ベルカ、吠えないのか』でもそれには触れていたけれども。
その文字たちはぜひ開いて読んでもらいたいから、割愛するけども。
それを意識せずに文を読もうとするのか?と思う。
それはよくわかんない価値観だ。
これを映像表現になんかしようものなら、何時間かかるだろう。
それか、これが現実で起きるなら・・・どんな現象を取り扱えばいいか。
著作の内容は「ご想像にお任せします。」みたいなことが書いてあるだろう。
著者のスタンスはそれでもいいんじゃないかと思う。
僕は「想像した。」と答えたい。
それでも著者が好きになれるのは、この本に限らずだけれども、たくさんの世界を表現できるけれども、それに様々順応しやすいように(僕には)感じられているからだ。
あんまり読書好きではないのだけれども、この作品の著者は特別。
「サウンドトラックレス」
どことなく暴力のにおいを感じさせているかもしれないしリフジンかもしれないけれども、
コロポックルの逃げ方とかは、なんかかわいいやつらだな、と思った。
でもやっぱ全体的にエンターテイメントだと思っている。
勢いと情報量を加えればこういうのこそ、さまざま読みたい小説の種類でしばらくいろいろ浸ることができる。
東京都内各所で起きる出来事を想像していると、そんな女子高生見てみたい、とても格好よく見えると思えたりする。
これが映画のような作品を文章にしたためた形だと思ったら、ビジョンが浮かんでくるようだ。
結構説明が多いからそうなのかなあ、と考えている。
映画的であるが、目的やらなんやらが登場人物の言っている通りにやっていくことが理解できないなんてことはないだろう。映画が妙に主張したいことが多すぎるのが純粋な物語を構成しにくい理由なんじゃないかと思えるほどだ。(映画嫌いじゃないけど、長すぎると見たくない。)
これらをペーパーバック版の表紙のみでイメージしていくのは到底無理だけれども。
ただ、こういう作品を作ることは著者はとてもとても気合がいる時間が長いんじゃないかと想像する。
ただ人に勧めるなら「面白いよ」とだけ言いたい。
このレビューもしゃべれば案外短いけれど、文として読むと長く感じる人もいるだろうから。
昨日「文語的表現」と人に言われたので、このレビューを書くことにした。
口頭で文語的表現はできるかどうか・・・あまり考えたくない言葉だなと思った。
なぜそのように捉えられたのかはわからない。
小説を読むことを勧められても拒否してもいいと思うし。
僕はなるたけ人のレビューを読まずに物を買おうとしている。一方的に表現を公表する側の宿命だと思うけれど、「じゃあ書くなよ」とは言われたくない。
感想文ぐらいはいくらか緊張感をもって書きたいものだ。
本に出合うきっかけは書店でもアマゾンでも変わらないだろう、と思う。でも書店や図書館でレビューを書くことはやらないほうがいい行いに分類されていると思う。
「サウンドトラックレス」という言葉が僕の中ではこの本ではお気に入り。
文章による表現では音を精緻に伝える手法があまりにないから。
イントネーションもやっぱり伝わらない。
なぜだか知らないけど、地方に生まれておきながら結構地方の方言に染まらなかった僕が示すのもなんだけども、地方方言と標準語なるものの対立の構図はなぜだか起きていてその語でないと伝わらんことはないだろう、と口頭で思うことも多い。
小説を書きたいと思ったわけではないけれど、文章をそれなりに書いた経験がある僕は文語の表現と口語の表現を違うものと思わないと結構困る。(冊子とか作ることもあるし。)
アンビエントなる音楽のジャンルがあるけれども、聞いてみるとエンバイロンメントとは違うらしい、ということがわかる。
環境音、例えばコンデンサマイクに入りがちな風の音とか、ダイナミックマイクに入るブレスなのかリップなのかわかりにくい音とか、録音環境で発生しがちな音をいかに消し去ろうとしても消すことは空気のない空間の録音みたいになる。でも文から音を示したいという考えはとても好きだ。
サウンドトラックは文にはない。
僕はかけたいとも思わない。(集中して読めなくなるし)
著者の作品は様々読んだつもりだが、一番のお気に入りがターンテーブルが出てくるものだったりする。
知ったきっかけは、高校生ぐらいのころか『ベルカ、吠えないのか』をテレビ番組で紹介されていたからだけど、著者の表現を思い出して、『南無ロックンロール二十一部経』を読む前に『ベルカ、吠えないのか』と『ロックンロール七部作』を読み直した。
どちらもエンタテイメントに思えた。
エンタテイメントこそ大真面目にやりたいものだと思うけれども。
ちなみに、『南無ロックンロール二十一部経』は表紙のインパクトにやられて、勝手にオリジナル表紙を作ったけれど、著者名が僕の実名になっているからあまりネットワークには晒したくない。
偏屈な研究者タイプと勝手に思われるが、結構硬い言葉遣いが好きというだけだ。
親しみを持たれやすい時期があったから。僕にも若輩者であった時期があった。
とても私事だけれども、自分の目線での評価しか書きたくない。
自身の読書の経験をもとにレビューを書くのだから、自身の経験が入ることは当然だと思う。
作者の経験が作品に反映されるように。(だからといって、こういったレビューを大作だといいたいわけではない。)
音楽もそうだけど、音も表現で、イラストレーションも表現だ。
ハードカバーのほうのこの作品も持っているが、ペーパーバック版も持っている。
このイラストレーターはこの作品のイマジネーションを深めるためには、とても良いものだと思う。
なぜこのイラストレーターが有名になったのかの遍歴を知っていると、とてもこの本がエンタテイメントになりやすいからだ。説明は割愛する。調べて知ったほうがおもしろいと思う。
象徴的な言いたいことはもうとっくに書いてしまった。音は文で再現しにくい。
サウンドトラックレス。サウンドレスでもある。
何を感じさせたいのか、と思ったらいまいちわからないけども。
コロポックルが出てくることだけでもなんか、かなり長いこと語れそうな気がする。
物語全体を話そうとすれば、いくらでも思い出せる限りはしてしまいそうだ。
でも象徴するべきなのは本書(ペーパーバック)の一番最初に出てくる白抜きの文字だろう。
『ベルカ、吠えないのか』でもそれには触れていたけれども。
その文字たちはぜひ開いて読んでもらいたいから、割愛するけども。
それを意識せずに文を読もうとするのか?と思う。
それはよくわかんない価値観だ。
これを映像表現になんかしようものなら、何時間かかるだろう。
それか、これが現実で起きるなら・・・どんな現象を取り扱えばいいか。
著作の内容は「ご想像にお任せします。」みたいなことが書いてあるだろう。
著者のスタンスはそれでもいいんじゃないかと思う。
僕は「想像した。」と答えたい。
それでも著者が好きになれるのは、この本に限らずだけれども、たくさんの世界を表現できるけれども、それに様々順応しやすいように(僕には)感じられているからだ。
あんまり読書好きではないのだけれども、この作品の著者は特別。
「サウンドトラックレス」
どことなく暴力のにおいを感じさせているかもしれないしリフジンかもしれないけれども、
コロポックルの逃げ方とかは、なんかかわいいやつらだな、と思った。
でもやっぱ全体的にエンターテイメントだと思っている。
勢いと情報量を加えればこういうのこそ、さまざま読みたい小説の種類でしばらくいろいろ浸ることができる。
東京都内各所で起きる出来事を想像していると、そんな女子高生見てみたい、とても格好よく見えると思えたりする。
これが映画のような作品を文章にしたためた形だと思ったら、ビジョンが浮かんでくるようだ。
結構説明が多いからそうなのかなあ、と考えている。
映画的であるが、目的やらなんやらが登場人物の言っている通りにやっていくことが理解できないなんてことはないだろう。映画が妙に主張したいことが多すぎるのが純粋な物語を構成しにくい理由なんじゃないかと思えるほどだ。(映画嫌いじゃないけど、長すぎると見たくない。)
これらをペーパーバック版の表紙のみでイメージしていくのは到底無理だけれども。
ただ、こういう作品を作ることは著者はとてもとても気合がいる時間が長いんじゃないかと想像する。
ただ人に勧めるなら「面白いよ」とだけ言いたい。
このレビューもしゃべれば案外短いけれど、文として読むと長く感じる人もいるだろうから。
昨日「文語的表現」と人に言われたので、このレビューを書くことにした。
口頭で文語的表現はできるかどうか・・・あまり考えたくない言葉だなと思った。
なぜそのように捉えられたのかはわからない。