田辺聖子さんの作品は、老若男女、あらゆる年齢層に、非常によく読まれているとおもいますが、気軽に読める感があって、その実、奥は深い。何度か読み直しても鑑賞に堪え飽きが来ない・・・こういう小品は少ない気がします。
筋書きは、芦屋の六麓荘の豪邸と並ぶ金持ちが住む東灘のプール付き邸宅の一人息子に嫁入りした31歳、フツウの家庭の、フツウの女性。
生まれながらに疑いようもない大金持ちの生活。一人息子。プールサイドのガーデンパーテイーで芦屋、山の手の社交界をリードする、若くて妖艶、色気ムンムンで美人の後妻である母親(姑)と、会社経営の舅。温泉付き別荘を油布院に持つ家族にご指名されて、「玉の輿」と揶揄されながら、ひょうひょうと、アパレルのデザイナーとして結婚しながらも仕事を続ける嫁 風里が主人公。
マザコン男と、妖艶な色気マダムである母親の、異様に密接な関係。
風里が、玉の輿であるがゆえに、なんでも、強引に段取りを進める義母。すべてを取り仕切るさま。
関係が、隠されつつも、長年続いている夫の愛人と、その隠し子。
愛人と妻のどちらにも、テキトウに対応する夫と、その三角関係を裏で完璧にコントロールする義母。
筋書きを、このようにたどると、ありえない設定、おとぎ話に見えるが
小説を読むと、いかにも、ありえるニンゲン関係に心底、納得させられる。
それほど、妖艶な義母と、近親相姦的に、密着するマザコン夫。
嫁さえも将棋の駒のように、愛人との勝手な関係のうちに、采配して当然と思わせる、ニンゲン描写。
息子に愛人をあてがい、嫁をあてがい、実際は自分が息子のすべてを支配しようとしているかのような身勝手な姑。
風里は、そういう一切のややこしい人間関係に、目をつぶって、ただ、与えられる経済力、温泉、プール、大豪邸、あてがわれた瀟洒なマンションの裕福な生活を、ありがたく、あたりまえに、享受すればいいのだろうが・・・
一見、押しが強そうに見えない風里という主人公、決断はあとまわしにして、いまの幸福を逃さない・・そういう姿勢に見えてしまうが、本音で
こだわるもの。
心に感じる違和感、不協和音。そういうものが、次第に、積み重なって
収集がつかなくなっていく。夫にそこそこの愛を感じつつも、ほかの生き方をどこかで、模索してしまう。
眼をつむっていさえすれば、いずれは、自分のものになるのであろうか・・豪華な富豪生活と財産。ほんとうに、そういうものが尊いのか?
そういう一切を断ち切って、突然、離婚を選ぶ。離婚を決意した瞬間は、湯布院の別荘で、ふと舅と立ち話を交わしたその瞬間であるかのように、唐突である。
そして、その決心に、迷いもなく、後悔もない。最後の一行の潔さは、全体に流れるどろどろした、不透明な人間関係に
一陣のつむじ風のように、颯爽と、読者の心に刺さる。
やはり、彼女は離婚を選んだ。そして、まだまだ、夫婦の関係を修復できると考える甘ちゃんの夫を、一言で、見事に捨て去る。
最終章は、それまでの流れを一掃する勢いで痛快でした。
31歳という微妙な年齢の女性の心理をうまく描いています。
バリバリに仕事に燃えているように見えないのに、本当は仕事好きであること。
どこかに、夫とは違う男性と付き合う気楽さ楽しさに飢えている気持ちが潜んでいること。結婚している以上、深入りする気はないし、けじめがある。一方で、
気安い男との楽しみを捨てるのも、寂しいと感じている。
微妙な女性心理をうまくすくい上げています。
ただ・・最後に、離婚を選んだ理由が、夫婦、恋人、互いの関係のなかで、各自が孤独をたのしめる自由度が含まれている、その時間が容認される大人の関係。本音で求めたものが、孤独が楽しめる男女のあいだがら・・そういう結論であったのが、印象的でした。
離婚の動機は、別の男に乗り換えたわけでもなく
ほかの男との愛でもない・・・そこにいたるまでの人物配置、性格描写が、練れていました。
嫁、姑、愛人、舅、男友達、そして夫・・これらの関係が、最終章の離婚の決心まで、どっちにもころべる、どっちの関係も簡単に修復できそうな、いつでも修正可能な、曖昧な心情として描かれていますが、この風里のように、「贅沢な離婚」という現実は、あんがい多いのではないか?と考えさせられました。
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お気に入りの孤独 (集英社文庫) 文庫 – 1994/1/20
田辺 聖子
(著)
御曹司との結婚、好きな仕事―。何不足なく暮らしていた31歳の風里だが、夫の浮気の噂を知り、心にすきま風を感じ始める。幸福な日々に忍び寄る、愛と背中合わせの孤独を映す。(解説・内館牧子)
- 本の長さ280ページ
- 言語日本語
- 出版社集英社
- 発売日1994/1/20
- ISBN-104087481182
- ISBN-13978-4087481181
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登録情報
- 出版社 : 集英社 (1994/1/20)
- 発売日 : 1994/1/20
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 280ページ
- ISBN-10 : 4087481182
- ISBN-13 : 978-4087481181
- カスタマーレビュー:
著者について
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1928年3月27日大阪生まれ。樟蔭女専国文科卒。56年「虹」で大阪市民文芸賞。64年「感傷旅行」で第50回芥川賞、『花衣ぬぐやまつわる…』で女流文学賞、『ひねくれ一茶』で吉川英治文学賞をそれぞれ受賞する。2008年文化勲章受章(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『 愛してよろしいですか? (ISBN-13: 978-4087465785 )』が刊行された当時に掲載されていたものです)
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2020年4月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
田辺聖子さんの小説は、関西の人間である私も辟易してしまうぐらい大阪弁ばかり、
そして、作者自身の好みや考え方を作中に反映させすぎ. . . と思いながらも
最近は、ときどき買って読んでいる。
本の説明を読んだら、主人公風里はもう少し、しっとりした女性で、小説自体ももう少し陰湿なものかと
思っていたら、そうでもなく、風里は田辺作品にときどき出てくる、快活で元気なタイプの女の子。
夫との会話では、自分のことを「ぼく」と言ったりする。でもそんなかんじだから
この物語は生きているような感じもする。
いい小説だと思いつつ、半ば過ぎまで読んだが、
ちょっと冗長な感じもするし、終わりのほうになると、この話から一体なにを
感じ取ればいいのかわからなくなってしまった 。
重い話ではあるが、思ったより若向けの話。
そして、作者自身の好みや考え方を作中に反映させすぎ. . . と思いながらも
最近は、ときどき買って読んでいる。
本の説明を読んだら、主人公風里はもう少し、しっとりした女性で、小説自体ももう少し陰湿なものかと
思っていたら、そうでもなく、風里は田辺作品にときどき出てくる、快活で元気なタイプの女の子。
夫との会話では、自分のことを「ぼく」と言ったりする。でもそんなかんじだから
この物語は生きているような感じもする。
いい小説だと思いつつ、半ば過ぎまで読んだが、
ちょっと冗長な感じもするし、終わりのほうになると、この話から一体なにを
感じ取ればいいのかわからなくなってしまった 。
重い話ではあるが、思ったより若向けの話。
2019年1月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
特に気に入ったのは、文字が小さめの編集であること。新しく出版されたものですと、文字がへんに大きくて逆に読みづらいのです。
2013年3月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
田辺聖子は何冊か読んだことがあるが、このような作品があるとは思っていなかった。
2018年6月8日に日本でレビュー済み
田辺聖子さんの本は乃里子シリーズ以来です。いやぁ、風里さんカッコいい❗️最後はきっぱりと別れたのは。友達に何を言われても孤独を選んだ彼女の未来に乾杯したいです。私が同じ立場でもそう考えますので。
2009年5月30日に日本でレビュー済み
可愛げがあって無邪気、といえば聞こえがいいけれど、別の言い方をすればマザコンで甘えん坊で無神経な、でもにくめない御曹司、涼。そんな涼を夫に持つ、どこか飄々とした自立した女、風里。風里がひそかに『マダ〜ム』と呼ぶ、おしゃれで美人で若々しい義母。バブルな香りいっぱいのお金持ちの生活、おいしそうな朝食、由布院、温泉つきの別荘・・・何も考えなければ幸せいっぱいでノンビリ暮らせるのに、風里は能天気なふうでいて、何かを考えてしまう。
御曹司が一般家庭の娘を嫁にもらった理由、涼の過去、マダムたちの私生活。ドロドロとしがちなドラマも、田辺氏にかかると「それもありかも」と愛しく思えるから不思議である。小説のあちこちで出てくる小物(万華鏡など)も、見てみたくなるほど魅力的に描かれている。この小説を読んで、湯布院にも行きたくなる。何度も読みたい一冊である。
御曹司が一般家庭の娘を嫁にもらった理由、涼の過去、マダムたちの私生活。ドロドロとしがちなドラマも、田辺氏にかかると「それもありかも」と愛しく思えるから不思議である。小説のあちこちで出てくる小物(万華鏡など)も、見てみたくなるほど魅力的に描かれている。この小説を読んで、湯布院にも行きたくなる。何度も読みたい一冊である。