吉田秀和(1913~2012)の「永遠の故郷~夜~」は、吉田の最後のエッセー集の第1巻であり、このあと「薄明」、「真昼」、そして「夕映」と続編が出版されたのだった。
「~薄明~」ではFrancis Poulenc(1899~1962)、「~真昼~」ではGustav Mahler(1860~1911)、そして最終巻の「~夕映~」ではFranz Peter Schubert(1797~1928)が中心に取り上げられた。読み進める順番が逆になってしまったのだが、この第1巻の「~夜~」では2人、Richard Strauss(1864~1949)、Hugo Wolf (1860~1903)、が中心的に取り上げられている。この4冊では、いずれもロマン派に属する、或いはそれに近い、作曲家の歌曲を中心にエッセーは展開されているのである。吉田があれだけ称揚したBachでも、Mozartでも、Beethovenでもなく、もちろん吉田にとってこの4分冊のエッセーが最後になろうとは思っていなかったのかもしれないが、これら歌曲の分野に長けた作曲家が選ばれているのである。そう、90歳を越えて計画されたエッセーの連作が、ひょっとすると最後の著作になるかもしれないということは、吉田ほどの聡明な人物ではなくとも、想像できたに違いない。たぶん、上記の作曲家たちについては、書き残しておきたい、という気持ちが、それも強く、あったのだろう。吉田は、Schubert、Schumann、Debussy、Ravelらについて書いてみたい、とこの「~夜~」の“あとがき”で記しているのだが、選択は上記の様な作曲家になった。
Straussでも、Wolfでもなくて恐縮だが、この「永遠の故郷~夜~」の第一のエッセーは、“夜”と言うこともあってか、≪Clair de lune 月の光≫が選ばれている。それもDebussyではなくて、Faureの歌曲である。手元にあったGerald Souzayのバリトン、Dalton Baldwinのピアノで聴いてみると、Faureらしい、細やかな歌、それも微妙な転調を伴って、Verlaineの詩に相応しい音楽となっているのだった。
次いで取り上げられているのは、Straussの≪Traum durch die Dammerung 夕暮をゆく夢≫である。ここで吉田は、詩中に“今こそ 私は行く一番美しい女(der shonsten Frau)のところに”と言う行を取り上げるのだが、恐らく故意に、この歌曲を作曲した前年にソプラノのPauline de Ahnaと結婚していることには触れていないのである。幸いにも、この≪Traum durch die Dammerung≫についても、手元のNormanのソプラノで聴くことができた。
それから、Straussの≪四つの最後の歌≫を1954年にミュンヘンで聴いたことが描かれている。Straussは4つの詩について、Joseph von Eichendorff(1788~1857)による≪春≫、Hermann Hesse(1877~1962)による≪九月≫、≪眠りにつくに当たって≫、≪夕映えの中で≫を選択したのだが、Straussの13歳年下のHesseはStraussを好きではなかったとしている。ところでBeethovenの「英雄交響曲」、Straussの「英雄の生涯」、そしてこの4つの歌の最後の「夕映えの中で」が、すべて変ホ長調であるとは知らなかった。
さてほぼ歌曲しか作曲しなかったWolfが登場するのだが、この起伏の激しい性格の持ち主について、余り愛着を持つ期間は長くなかった、と述べながら、この「~夜~」では数編のエッセーを割いているのである。1888年の≪メーリケ歌曲集≫53曲、Eichendorfの詩による歌曲集20曲、88年から89年にかけて作曲された「ゲーテ歌曲集」51曲、90年から91年の≪スペイン歌曲集≫44曲、同じ頃には≪イタリア歌曲集≫46曲が、集中的に書かれている。その後、創作力の枯渇に襲われ、自殺も試みたWolfだが、1897年に≪ミケランジェロ歌曲集≫3曲を書き上げて、筆を折ってしまう。Wolfは上記のほかにも、Ruckert、Reinick、Keller、Byron、Heine、そしてSchumannも取り上げたKernerらの詩にも作曲している。そして結局この天才が歌曲以外の分野で作曲したのは、両手の指で十分なほどの数であったらしい。
1860年生まれのWolf、1864年生まれのStrauss、ほぼ同時期に生まれながらも、2人は対照的な人生を歩んでゆく。生きた期間も、StraussはWolfのほぼ倍である。けれども共通しているのは、すばらしい歌曲を残してくれたことだろうか。
Henri Rousseauの表紙の絵が、またすてきである。
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永遠の故郷――夜 単行本 – 2008/2/5
吉田 秀和
(著)
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不死鳥の如く甦った不世出の批評家の新境地
音楽の源泉としての詩の分析が手書きの楽譜入りで柔かく精緻に展開され、中原中也や愛する人との回想が語られる。心の歌=リートを読み解く言葉に導かれながら読者は最も美しい心=魂に触れる。
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- 本の長さ160ページ
- 言語日本語
- 出版社集英社
- 発売日2008/2/5
- ISBN-10408774874X
- ISBN-13978-4087748741
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商品の説明
著者について
1913年、東京日本橋生まれ。東京大学仏文科卒。現在、水戸芸術館館長。戦後、評論活動を始め『主題と変奏』(1953年)で指導的地位を確立。48年、井口基成、斎藤秀雄らと「子供のための音楽教室」を創設し、後の桐朋学園音楽科設立に参加。57年、「二十世紀音楽研究所」を設立。75年『吉田秀和全集』で大佛次郎賞、「わが国における音楽批評の確立」で90年度朝日賞、『マネの肖像』で92年読売文学賞受賞。2006年、文化勲章受賞。著書多数。
登録情報
- 出版社 : 集英社 (2008/2/5)
- 発売日 : 2008/2/5
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 160ページ
- ISBN-10 : 408774874X
- ISBN-13 : 978-4087748741
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2022年5月13日に日本でレビュー済み
2012年8月1日に日本でレビュー済み
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2012年5月29日付読売新聞「編集手帳」に、98歳で亡くなられた著者吉田秀和氏のことが書かれていました。
氏は、「確かな批評眼と親しみやすい言葉で、鋭く、それでいて詩情ゆたかに音楽を論じ、音楽評論を文学の域にまで高めた」という紹介文に惹かれ、手に取ったものの、音楽的素養に乏しい私には難解すぎました。
でも、氏の音楽に対する情熱は十分に伝わってきました。
クラシック音楽を再び聴くようになったのは、この本が引き金になったのかもしれません。
氏は、「確かな批評眼と親しみやすい言葉で、鋭く、それでいて詩情ゆたかに音楽を論じ、音楽評論を文学の域にまで高めた」という紹介文に惹かれ、手に取ったものの、音楽的素養に乏しい私には難解すぎました。
でも、氏の音楽に対する情熱は十分に伝わってきました。
クラシック音楽を再び聴くようになったのは、この本が引き金になったのかもしれません。
2014年4月21日に日本でレビュー済み
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吉田秀和さんの美しい文書が読めます。繊細で柔軟性溢れる文書です。読後感がとても爽やかです。おすすめ本です。
2008年2月10日に日本でレビュー済み
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よかった。吉田秀和さんが戻ってきてくれてよかった。吉田ファンの一人として心からそう思った。夫人を亡くされてから、何度か筆を置かれていた。もう吉田さんの新しい文章に触れることはできないかも知れないと思っていた。
終戦の年の8月15日に「汚れきった満員電車の窓から見廻すかぎり廃墟を明るく照らしている美しい夕暮れの光をみながら、私はさあこれから「本当の生活」が始まるのだと、そればかり思っていた。・・・『吉田秀和全集10』(白水社)」と書かれてから、今日に至るまで、変わることのなく、音楽について、文学について、美術について、人生について語ってこられた。私が一番好きなところは、観念的にならず、自分の感覚を大事にして、自然に何ものにもとらわれず、自分の頭で考えて、核心に迫っていく姿勢。だからこそ、時を経ても、輝きを失わない文章となっているのだろう。
この本の中には、随所に吉田さんの独特の言い回し、表現が出てくる。それが、昔読んだ文章を思い起こさせてくれて懐かしい。ひととうり目を通して、目をつぶってみたら、辻邦生さんの『手紙、栞を添えて』(朝日新聞社)の中の一文「エピローグ 風のトンネル」が浮かんできた。「人間が文字を書き、文字で生きているのは、精神があるからですし、精神があるのは私たちが永遠の中に生きているからです。」と。吉田さんがみているものは、辻さんがみているものと同じもの?
吉田さんのお仕事の最終楽章が、始まった。最後の一音は、どんな音だろうか?私にできることは、神様に吉田さんが夢をかなえられますようにと祈ることと、この本を「私の大切な人」に贈ること。
終戦の年の8月15日に「汚れきった満員電車の窓から見廻すかぎり廃墟を明るく照らしている美しい夕暮れの光をみながら、私はさあこれから「本当の生活」が始まるのだと、そればかり思っていた。・・・『吉田秀和全集10』(白水社)」と書かれてから、今日に至るまで、変わることのなく、音楽について、文学について、美術について、人生について語ってこられた。私が一番好きなところは、観念的にならず、自分の感覚を大事にして、自然に何ものにもとらわれず、自分の頭で考えて、核心に迫っていく姿勢。だからこそ、時を経ても、輝きを失わない文章となっているのだろう。
この本の中には、随所に吉田さんの独特の言い回し、表現が出てくる。それが、昔読んだ文章を思い起こさせてくれて懐かしい。ひととうり目を通して、目をつぶってみたら、辻邦生さんの『手紙、栞を添えて』(朝日新聞社)の中の一文「エピローグ 風のトンネル」が浮かんできた。「人間が文字を書き、文字で生きているのは、精神があるからですし、精神があるのは私たちが永遠の中に生きているからです。」と。吉田さんがみているものは、辻さんがみているものと同じもの?
吉田さんのお仕事の最終楽章が、始まった。最後の一音は、どんな音だろうか?私にできることは、神様に吉田さんが夢をかなえられますようにと祈ることと、この本を「私の大切な人」に贈ること。
2008年5月21日に日本でレビュー済み
外国で暮らしていたころよく友人の家で朗読会があった。朗読よりも、その日の楽しみは、鶏をトマトソースで煮込んだものやグラーシュのような肉の煮込みを食べながら、週末のプランを聴くことや音楽界の裏話を堪能することのほうがわたしは好きだった。だけれども、たしかに、そこには詩があった。ダンテの神曲をすべて暗記しているイタリー人の神父が解説付きで詩を唱えてくれたり、俳優みたいな声音を使ってシェイクスピアのソネットを朗読する人もいた。
吉田さんの最新本を読んでまずうれしかったのはこの本には詩を通した暖かい声があることだ。何度も聴いてきたシューベルトの歌曲、「辻音楽師」だとか「菩提樹」のような曲を聴くたびに音楽もさることながら、その言葉に魅了される。言葉を通して味わった感興を音楽にするのだろう。わたしの知人もそうだった。彼はオーデンやヴァレリーに魅せられて彼らの詩に音楽をつけるのが好きだった。
アイルランドに住んでいたとき、コーク湾の風景を見るのが好きだった。冬の雨ばかりの日々と違って、夏のコークはとても美しく、ヨーロッパの小さな都市の緑と石と煉瓦の風景が懐かしい。吉田さんの本を読んでいて、アーノルドの、
The Sea is calm tonight.
The tide is full,the moon lies fair
というドーヴァー湾と題された詩が懐かしく思いだされる。わたしにも音楽を書く才能があったらヨーロッパのあの風景を描いてみたいものだ。
吉田さんの最新本を読んでまずうれしかったのはこの本には詩を通した暖かい声があることだ。何度も聴いてきたシューベルトの歌曲、「辻音楽師」だとか「菩提樹」のような曲を聴くたびに音楽もさることながら、その言葉に魅了される。言葉を通して味わった感興を音楽にするのだろう。わたしの知人もそうだった。彼はオーデンやヴァレリーに魅せられて彼らの詩に音楽をつけるのが好きだった。
アイルランドに住んでいたとき、コーク湾の風景を見るのが好きだった。冬の雨ばかりの日々と違って、夏のコークはとても美しく、ヨーロッパの小さな都市の緑と石と煉瓦の風景が懐かしい。吉田さんの本を読んでいて、アーノルドの、
The Sea is calm tonight.
The tide is full,the moon lies fair
というドーヴァー湾と題された詩が懐かしく思いだされる。わたしにも音楽を書く才能があったらヨーロッパのあの風景を描いてみたいものだ。