この巻で、物語は大きな変化を見せる。ヒューが現実の街を歩いていると、夢のなかの少女に呼ばれる。ヒューはただならぬものを感じ、彼女を助けに行く。しかし、それは彼の精神が夢のなかに入ったまま、現実に戻れなくなる危険をはらんでいた。ウラジーミルがヒューの元に駆けつけて…。あらすじの一部を記してはみたが、これだけではこの作品の魅力をほとんど伝えられないだろう。“夢… 少女… 幽霊… 幽霊屋敷… キー・ワードが多すぎる どれもが真実を語り、どれもが真実にいきつかない”――以上はこの巻に登場する台詞だが、『星の時計のLiddell』という類稀な作品をあらわす言葉のようにも思える。
この作品で扱われる問題は驚くほど多い。この巻だけでも、夢と現とは、魂とは、愛とは、死とは、美とは、哀しみとは、故郷とは、自然とは、人類の業とは、などの問題が扱われる。古代中国の思想家である荘子の「胡蝶の夢」、ポーの詩、スペースシャトルの打ち上げ、環境保護運動…作中に登場する幅広い話題が数々の問題を広げ、深める。一方で、登場人物たちの演じるユーモラスな描写も豊富にあるので、物語の印象が硬くなりすぎることはない。ページの余白に時々見られる、作者の手書きコメントにも愛嬌がある。
この巻でも、美麗で濃密な作画がすさまじい。時々はさまれる大ゴマや見開きの絵には、戦慄を覚えるほど美しいものも少なくない。ちなみに、この巻の冒頭には著者によるカラーイラストと詩が4ページにわたって載せられている。巻末には、この作品の登場人物が描かれた扉絵コレクションもあり。
これほどすばらしい作品が入手困難なのは非常に残念だ。だが、作者の内田善美さんの消息が長らく不明とのことなので、仕方がないのかもしれない。浮世離れした印象の強く感じられるこの作品を読むと、内田さんが若くして引退したことも何となく納得できる気がする。
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星の時計のLiddell 2 単行本 – 1985/10/1
内田 善美
(著)
- 本の長さ180ページ
- 言語日本語
- 出版社集英社
- 発売日1985/10/1
- ISBN-10408782103X
- ISBN-13978-4087821031
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登録情報
- 出版社 : 集英社 (1985/10/1)
- 発売日 : 1985/10/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 180ページ
- ISBN-10 : 408782103X
- ISBN-13 : 978-4087821031
- Amazon 売れ筋ランキング: - 184,681位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 123,239位コミック
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2004年4月25日に日本でレビュー済み
人生の中で人はみな自己の探究のために別を決断しそして未来に向けて歩み出すわけだが、この間は一巻で前置きのプロットから一転、登場人物たちの旅立ちの動機が高まる(人生から、そして場所から)。作画とあいまってネームも研ぎ澄まされて上等な文学の域にまで達している。
一言、一コマがわたしの現在の生き方に響いている事を最近善く実感するのだ。例えば葉月とウラジーミルがシカゴ大学らしきキャンパスですてきな会話をしながらお散歩?するあたりなどは、、、(わたしの現在いる大学を選んだ動機はイグナチオ・デ・ロヨラやフランシスコ・ザビエルが創始したせいか恐らく日本ではかなりソフィティスケートされている空間であることからであると思われるが、普段の生活でこんな二人のような会話をやりとりできたらどんなにか素敵だろうか…といつも思わされていたからであるような気がする。)こういう作品を15才くらいで読んで洗練された大人とはなんぞやと考えられると善いですね。問題解決型ヒーローのようなゲームのような漫画や映画が散乱している現状ですから。。。
一言、一コマがわたしの現在の生き方に響いている事を最近善く実感するのだ。例えば葉月とウラジーミルがシカゴ大学らしきキャンパスですてきな会話をしながらお散歩?するあたりなどは、、、(わたしの現在いる大学を選んだ動機はイグナチオ・デ・ロヨラやフランシスコ・ザビエルが創始したせいか恐らく日本ではかなりソフィティスケートされている空間であることからであると思われるが、普段の生活でこんな二人のような会話をやりとりできたらどんなにか素敵だろうか…といつも思わされていたからであるような気がする。)こういう作品を15才くらいで読んで洗練された大人とはなんぞやと考えられると善いですね。問題解決型ヒーローのようなゲームのような漫画や映画が散乱している現状ですから。。。