作者の作品を読むのは「共同墓地(澁澤龍彦氏訳・編集)」に次いで二度目。その時にも、各掌編の語り口が巧みな上に、その作風が多彩な事に驚かされたが、作者の"正体"といったものは掴めず、不可思議な印象を受けた記憶がある。本作も斬新な構成で、人間の記憶の曖昧さや意図的な改竄、あるいはある人物の"正体"とは何かをミステリ的手法を借りながら追求した意欲的作品と言えよう。本作の意匠も最初は掴めなかったが、作者が小説家であると同時に伝記作家である事を末尾の解説で知って、私もある程度得心がいったという所。
全体は三部構成となっている。第一部は無名の青年作家(志望)の視点で、家族、職場及び当時(1930年代後半)の文学・出版界の人間模様がバルザック風に描かれる(作者はバルザックの伝記も書いている由)。第二部が工夫で、死後ベストセラー作家となった上述の作家の甥がその伝記を執筆する事を思い立ち、第一部で登場した人物達に生前の叔父の有様を尋ね回るという趣向。読者は関係者が話す内容が第一部と異なる事に自然と気付くという仕掛けである。
思うに、小説家と伝記作家を兼ねている作者は、ある人物の一生を正確に描く事の困難性(不可能性?)を本作に託したのではあるまいか。第一部は小説家としての作者であり、第二部は伝記作家としての作者であり、全体が作者自身という凝った趣向。非常に短い第三部を読むと、伝記作家としての作者の"自嘲"気味の様子が伝わって来た。いずれにしても興味深い作品。フランス文学に興味をお持ちの方にはお薦めの作品だと思う。

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仮面の商人 (小学館文庫 ト 2-1) 文庫 – 2014/11/6
フランスの巨匠が出版界を描く驚くべき傑作
この長篇小説は三部構成になっている。
まず第一部は、作家志望の若いヴァランタン・サラゴスの視点で描かれる。まるでバルザックを思わせる、社交界とマスコミ(出版社・新聞社)、そして有名無名の作家、批評家たちがうごめくパリの人間模様が活写される。もちろん上流夫人との恋愛もたっぷり。
驚くべきことに、読者の予想を裏切って、第一部は主人公の自殺で幕を下ろす。
そして第二部。無名の作家サラゴスは、皮肉なことに死後有名なベストセラー作家になっている。語り手は、サラゴスの甥のアドリアンである。彼はサラゴスの評伝の執筆にとりかかっている。生前の叔父を知る人々を訪ね歩く(読者は第一部の登場人物たちが語る「嘘」あるいは「記憶の改変」に愕然とする)。この第二部は、20世紀の新しい文学(モダニズムとミステリ)の手法で描かれる。そして、短いが鮮烈な第三部がくる。
純文学というよりはエンタテインメントというべき長篇小説である。
見事なストーリーを小笠原豊樹の名訳で楽しめる最高の贈り物。
この長篇小説は三部構成になっている。
まず第一部は、作家志望の若いヴァランタン・サラゴスの視点で描かれる。まるでバルザックを思わせる、社交界とマスコミ(出版社・新聞社)、そして有名無名の作家、批評家たちがうごめくパリの人間模様が活写される。もちろん上流夫人との恋愛もたっぷり。
驚くべきことに、読者の予想を裏切って、第一部は主人公の自殺で幕を下ろす。
そして第二部。無名の作家サラゴスは、皮肉なことに死後有名なベストセラー作家になっている。語り手は、サラゴスの甥のアドリアンである。彼はサラゴスの評伝の執筆にとりかかっている。生前の叔父を知る人々を訪ね歩く(読者は第一部の登場人物たちが語る「嘘」あるいは「記憶の改変」に愕然とする)。この第二部は、20世紀の新しい文学(モダニズムとミステリ)の手法で描かれる。そして、短いが鮮烈な第三部がくる。
純文学というよりはエンタテインメントというべき長篇小説である。
見事なストーリーを小笠原豊樹の名訳で楽しめる最高の贈り物。
- 本の長さ253ページ
- 言語日本語
- 出版社小学館
- 発売日2014/11/6
- 寸法14.8 x 10.5 x 2 cm
- ISBN-104094060340
- ISBN-13978-4094060348
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登録情報
- 出版社 : 小学館 (2014/11/6)
- 発売日 : 2014/11/6
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 253ページ
- ISBN-10 : 4094060340
- ISBN-13 : 978-4094060348
- 寸法 : 14.8 x 10.5 x 2 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 927,656位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 4,477位小学館文庫
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2014年11月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2015年1月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この作家の本を初めて読んだ。
とても良い翻訳だと思う。読みやすい訳文だと感じながら、物語に浸透していった。表紙を開いてから最後まで、ほぼ一気に。
読者は、時の経過をも俯瞰する視点から、一人の男の人生を二度辿ることになるこの本は、ある種のエンターテイメント小説のように、主人公との安易な同化を許さないという意味で、読者を選ぶと思う。そしてまさにその客観性を読者は求められるがゆえに、折に触れて、冷静に考えることになる本だと感じた。
不遇な主人公を、突き放したように描くこの物語は、「もし自分がこの主人公の境遇だったら」というパラレルワールドを、面白がって書いたのかしらなどと読後に考えた。
時代を飛び越える鮮やかな発想と、それを可能にした筆力と、的を、おそらくはそのど真ん中を、射た翻訳が作り上げたとても素敵な失恋の物語だ。
とても良い翻訳だと思う。読みやすい訳文だと感じながら、物語に浸透していった。表紙を開いてから最後まで、ほぼ一気に。
読者は、時の経過をも俯瞰する視点から、一人の男の人生を二度辿ることになるこの本は、ある種のエンターテイメント小説のように、主人公との安易な同化を許さないという意味で、読者を選ぶと思う。そしてまさにその客観性を読者は求められるがゆえに、折に触れて、冷静に考えることになる本だと感じた。
不遇な主人公を、突き放したように描くこの物語は、「もし自分がこの主人公の境遇だったら」というパラレルワールドを、面白がって書いたのかしらなどと読後に考えた。
時代を飛び越える鮮やかな発想と、それを可能にした筆力と、的を、おそらくはそのど真ん中を、射た翻訳が作り上げたとても素敵な失恋の物語だ。
2019年12月30日に日本でレビュー済み
230ページと短く、物語のテンポがよくさらっと読める。
ジャンルは何になるのか、ミステリといえばミステリだが、バカミスといえばトロワイアに失礼か。
あまりにも単純な物語である。だが、色んなことを考えさせられる。
3部構成になっており、第1部は売れない青年作家ヴァランタンの視点で、彼の苦悩が描かれている。何とも言えない終わり方の後、第2部は死後売れっ子作家となったヴァランタンの甥のアドリアンの視点。そしてラストの第3部は・・・もう人間の業がすべて詰まっている、一言でいえば人間の「アホ」らしさである。
しかし、この落ちは決して笑えない。なぜなら、私たちが真実だと思い込んでいた歴史上の史実や出来事が、実は虚偽であるかもしれないという恐ろしさを見事に体感させられるからである。
世にある伝記やノンフィクションの類を信頼の目で読めなくなってしまうという副作用がこの作品にはある。取材を受ける側は自分をよく見せるために、話を盛ったり創作したりするのである。
ちょっと変わったミステリ作品を読みたい方におススメです。
ジャンルは何になるのか、ミステリといえばミステリだが、バカミスといえばトロワイアに失礼か。
あまりにも単純な物語である。だが、色んなことを考えさせられる。
3部構成になっており、第1部は売れない青年作家ヴァランタンの視点で、彼の苦悩が描かれている。何とも言えない終わり方の後、第2部は死後売れっ子作家となったヴァランタンの甥のアドリアンの視点。そしてラストの第3部は・・・もう人間の業がすべて詰まっている、一言でいえば人間の「アホ」らしさである。
しかし、この落ちは決して笑えない。なぜなら、私たちが真実だと思い込んでいた歴史上の史実や出来事が、実は虚偽であるかもしれないという恐ろしさを見事に体感させられるからである。
世にある伝記やノンフィクションの類を信頼の目で読めなくなってしまうという副作用がこの作品にはある。取材を受ける側は自分をよく見せるために、話を盛ったり創作したりするのである。
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