コミックスを読んで是非原作を読みたくなり購入しました。
30すぎのカメラマンが成り行きで入った僧侶専門学校?で第二の青春。
身近にありながら本当はよく解っていない「仏教」をストーリーに上手く絡めています。
ドキドキしながら最後まで楽しめました。
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月をさすゆび (小学館文庫 え 7-5) 文庫 – 2015/3/6
永福 一成
(著)
ヤンキー、お坊さんになる!?
藤井善行32歳。独身。売れないカメラマン。高校時代は、かなり悪かった。跡継ぎのいない叔父の寺を存続させるため、というのは建前。叔母の「儲かる副業」の言葉に釣られ、仏教学院に入学する。
試験は、面接のみ。ひとつだけのクラスは、下は十代から上は定年を迎えた方まで、老若男女バラエティに富んだ構成。中には、東大のインド哲学科卒のインテリまでいる。善行は、慣れない仏教の作法に戸惑いつつ、一年限定とはいえ、久しぶりの学生生活がはじまった。そんなある日、善行が入学以来気になっていた、隣の席の女子大生から写真を教えてほしいと頼まれる。
今まで接することもなかったお嬢様属性女子との撮影会や、クラスメイト達と被災地にボランティアに行くことで、次第に善行は仏教に対してポジティブになっていくのだった。
【編集担当からのおすすめ情報】
「ビッグコミックオリジナル」の人気連載の原作が、いきなり文庫で登場!
藤井善行32歳。独身。売れないカメラマン。高校時代は、かなり悪かった。跡継ぎのいない叔父の寺を存続させるため、というのは建前。叔母の「儲かる副業」の言葉に釣られ、仏教学院に入学する。
試験は、面接のみ。ひとつだけのクラスは、下は十代から上は定年を迎えた方まで、老若男女バラエティに富んだ構成。中には、東大のインド哲学科卒のインテリまでいる。善行は、慣れない仏教の作法に戸惑いつつ、一年限定とはいえ、久しぶりの学生生活がはじまった。そんなある日、善行が入学以来気になっていた、隣の席の女子大生から写真を教えてほしいと頼まれる。
今まで接することもなかったお嬢様属性女子との撮影会や、クラスメイト達と被災地にボランティアに行くことで、次第に善行は仏教に対してポジティブになっていくのだった。
【編集担当からのおすすめ情報】
「ビッグコミックオリジナル」の人気連載の原作が、いきなり文庫で登場!
- 本の長さ349ページ
- 言語日本語
- 出版社小学館
- 発売日2015/3/6
- ISBN-10409406138X
- ISBN-13978-4094061383
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登録情報
- 出版社 : 小学館 (2015/3/6)
- 発売日 : 2015/3/6
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 349ページ
- ISBN-10 : 409406138X
- ISBN-13 : 978-4094061383
- Amazon 売れ筋ランキング: - 792,192位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 4,127位小学館文庫
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2015年5月7日に日本でレビュー済み
能條氏のマンガの連載を楽しみにしつつも、きっと『哭きの竜』なみに長くなるんだろうなと思って戦々恐々としていたところ、全1冊の小説が出たのでよろこんで購入。これでマンガを落ち着いて楽しめるようになった。
「物[ブツ]撮り」専門のフリーカメラマンである主人公が、写真の仕事を続けつつ、叔母のすすめで東京は築地にある浄土真宗本願寺派の専門学校(夜学)に通い出す。入学試験の時に見かけた若い女性が気になったことや、「坊さんって儲かるんじゃないか?」という邪な気持ちをいだいたことが入学動機の半分以上であったのは本人も認めているが、それでも、1年だけと思って通ったその専門学校が主人公の人生に与えた影響は多大なものであった。
さまざまな動機を持って学ぶ、さまざまな世代・さまざまな方面から集った同級生たち。寺院の後継者もいれば「在家」で篤信家の定年退職組もいる。東大の印度哲学科出身のインテリなんかもいる。彼らは午後五時から開始される授業を真面目に受けたり、土曜の「放課後」に居酒屋で飲みながら半ば「自主ゼミ」のように仏教談義に花を咲かせたりもする。東京の専門学校を離れ、本願寺派の僧侶になるために必須の、京都で開催される合宿研修(得度習礼[とくどしゅらい])などもストーリィの自然な流れから紹介される。打ち解けたり対立したり、個人的に親しくなったり、いろいろな「お寺の事情」も絡んだりしながら、それぞれが現在・来し方・行く末を真剣に考えて生きていく様が描かれる。
物語の舞台は「築地本願寺」に実在する本願寺派の専門学校だが、授業の中で説かれているであろうコアな真宗の教義・教学の内容には、用語は十分に真宗的でありつつも、それほど立ち入らない。随所に効果的に引用される仏語も、浄土真宗のそれではなく、原始仏典からの中村元訳ばかりである。これは仏教や真宗をあまり知らずに入る読者への「あえて」の配慮なのだろうか。それとも、ひょっとすると著者が真宗の僧侶でありつつそのような態度であることの現れなのだろうか。ちょっと物足りない気もするが、でも、これはこれで良いようにも思える。
いずれにせよ、仏教を知るには、本1冊では到底無理で、実地に体験しなければならない。主人公が期せずして飛び込んだ東京の専門学校は、表面は軽いように感じられて、その実、主人公をしっかりと導いてくれたのである。
なんまんだぶ。
「物[ブツ]撮り」専門のフリーカメラマンである主人公が、写真の仕事を続けつつ、叔母のすすめで東京は築地にある浄土真宗本願寺派の専門学校(夜学)に通い出す。入学試験の時に見かけた若い女性が気になったことや、「坊さんって儲かるんじゃないか?」という邪な気持ちをいだいたことが入学動機の半分以上であったのは本人も認めているが、それでも、1年だけと思って通ったその専門学校が主人公の人生に与えた影響は多大なものであった。
さまざまな動機を持って学ぶ、さまざまな世代・さまざまな方面から集った同級生たち。寺院の後継者もいれば「在家」で篤信家の定年退職組もいる。東大の印度哲学科出身のインテリなんかもいる。彼らは午後五時から開始される授業を真面目に受けたり、土曜の「放課後」に居酒屋で飲みながら半ば「自主ゼミ」のように仏教談義に花を咲かせたりもする。東京の専門学校を離れ、本願寺派の僧侶になるために必須の、京都で開催される合宿研修(得度習礼[とくどしゅらい])などもストーリィの自然な流れから紹介される。打ち解けたり対立したり、個人的に親しくなったり、いろいろな「お寺の事情」も絡んだりしながら、それぞれが現在・来し方・行く末を真剣に考えて生きていく様が描かれる。
物語の舞台は「築地本願寺」に実在する本願寺派の専門学校だが、授業の中で説かれているであろうコアな真宗の教義・教学の内容には、用語は十分に真宗的でありつつも、それほど立ち入らない。随所に効果的に引用される仏語も、浄土真宗のそれではなく、原始仏典からの中村元訳ばかりである。これは仏教や真宗をあまり知らずに入る読者への「あえて」の配慮なのだろうか。それとも、ひょっとすると著者が真宗の僧侶でありつつそのような態度であることの現れなのだろうか。ちょっと物足りない気もするが、でも、これはこれで良いようにも思える。
いずれにせよ、仏教を知るには、本1冊では到底無理で、実地に体験しなければならない。主人公が期せずして飛び込んだ東京の専門学校は、表面は軽いように感じられて、その実、主人公をしっかりと導いてくれたのである。
なんまんだぶ。