まずは私の個人的な事情から説明する。
島崎藤村を私はこれまでの読書人生において実は敬遠していた。一度も読むことなくはなから藤村など大したことがないと決めつけていたのである。だが、食わず嫌いはやはり愚かなことである。私がそうなったのには、日本の自然主義文学の限界性を指摘していた小林秀雄の評論「私小説論」あたりの影響が大きかったかもしれない。またいわゆる「新生」事件の表面的な事実のみを聞きかじって藤村の人間性をよく知りもせずに軽蔑していたという点も大きい。だが作家の価値はやはり作品を読んでみなければ評価できるものではない。
ここ最近自分の読書生活にも行き詰まりのような閉塞感を強く覚え、次に何を読むのか時々困るようなことが起きていた。明治大正文学も大体主なところは読んできたつもりになっていたが、そろそろ藤村や花袋もちょっとは読んでみるべきだと思い、まず「破戒」を読んでみることにした。感想を一言で言えば私はたいそう心惹かれた。作品の持つ緊張感といい、主人公の実直さや登場人物の描き方など、大いに好感を持てた。「破戒」を読んで私の島崎藤村に対する食わず嫌いの愚かさは、決定的に認めざるを得なくなった。こうなると私は俄然藤村の他の作品も読みたくなってきたのである。
次に読んだのが本作「春」である。読み通すのに時間がかかったが、ひととおり読んでみて私はまた大いに好感を抱いた。「春」は藤村の青春期に取材した自伝的作品だと言われている。自伝的小説にありがちな、個人的な題材であるがために陥りやすい退屈さ、迫力不足の欠点を、「春」においてはうまいこと免れていると私は感じた。
失恋、友人の死、経済的困窮、文学的同志たちや家族との交わり、失意と絶望、旅立ちなど、様々な場面が展開し、私は最後まで興味深く読んだ。根底には、青春の挫折の連続に打ちひしがれる主人公の魂の呻吟が鳴り響いている。
「春」というタイトルにはいろいろな意味が込められているようだ。青春の春でもあり、作者自らの本名「春樹」にも掛けているに違いない。
主人公の青春は挫折と苦悩の連続だが、家族や友人たちとの暖かい関係は美しくもあり、希望の灯が消えているわけではない。苦悩の果てに救いを感じさせるのがよい。
本作「春」は人生の真実の味わいがたっぷりと詠われている島崎藤村渾身の作品であるといってよい。
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春 (新潮文庫) 文庫 – 1950/11/30
島崎 藤村
(著)
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教え子との禁断の愛。敬愛するあの人の自死。
藤村20代の苦悩を描いた青春小説の古典的傑作。
岸本捨吉の教え子勝子に対する愛は実を結ぶことなく、彼の友人であり先輩である青木は理想と現実の矛盾のために自ら命を絶つ。
――青春の季節に身を置く岸本たちは、人生のさまざまな問題に直面し、悩み、思索する。新しい時代によって解放された若い魂が、破壊に破壊をかさねながら自己を新たにし、生きるべき道を求めようとする姿を描く、藤村の最初の自伝小説。用語、時代背景などについての詳細な注解を付す。
著者の言葉
明治三十九年の秋、わたしは西大久保から浅草新片町の方へ住居を移した。そこで新居に移ってからこの『春』に取りかかった。浅草新片町の住居は隅田川に近く、家の前を右に取れば浅草橋の畔(たもと)へ出られ、左に取れば柳橋の畔に出られて横丁一つ隔てて、神田川の水に添うような位置にあった。あの旧両国附近から大川端へかけては、わたしが少年時代より青年時代への種々な記憶のあるところで、日本橋浜町の不動新道には恩人吉村氏の故家もあった。
こんな縁故も深かった上に、手狭ではあったが、住心地の好い二階がわたしの心を新たにさせた。(「奥書」)
本書「解説」より
『春』の構造と執筆は、すでに述べたとおり三十五歳から七歳までである。自分の青春期を、かなり冷静に客観視しうる年配に達した時だ。藤村はすでに家庭の人である。家庭の悲劇を味(あじわ)いつつある人である。家の重荷にうちひしがれそうになって堪えている人である。北村透谷をモデルとした青木の惨憺たる実生活を、冷静に描きえたのもそのためであろう。同時に、そういう人が過ぎし青春をかえりみ、その意味をさぐろうとしたことは、生命の泉を汲んで再び己れを新たにしようとする悲願であったろう。藤村は生涯にこれをくりかえした人だ。くりかえしながら、父祖の悲しみを自己の悲しみとして生涯を終った人だ。
――亀井勝一郎(評論家)
島崎藤村(1872-1943)
筑摩県馬籠村(現在の岐阜県中津川市)に生れる。明治学院卒。1893(明治26)年、北村透谷らと「文学界」を創刊し、教職に就く傍ら詩を発表。1897年、処女詩集『若菜集』を刊行。1906年、7年の歳月をかけて完成させた最初の長編『破戒』を自費出版するや、漱石らの激賞を受け自然主義文学の旗手として注目された。以降、自然主義文学の到達点『家』、告白文学の最高峰『新生』、歴史小説の白眉『夜明け前』等、次々と発表した。1943(昭和18)年、脳溢血で逝去。享年72。
藤村20代の苦悩を描いた青春小説の古典的傑作。
岸本捨吉の教え子勝子に対する愛は実を結ぶことなく、彼の友人であり先輩である青木は理想と現実の矛盾のために自ら命を絶つ。
――青春の季節に身を置く岸本たちは、人生のさまざまな問題に直面し、悩み、思索する。新しい時代によって解放された若い魂が、破壊に破壊をかさねながら自己を新たにし、生きるべき道を求めようとする姿を描く、藤村の最初の自伝小説。用語、時代背景などについての詳細な注解を付す。
著者の言葉
明治三十九年の秋、わたしは西大久保から浅草新片町の方へ住居を移した。そこで新居に移ってからこの『春』に取りかかった。浅草新片町の住居は隅田川に近く、家の前を右に取れば浅草橋の畔(たもと)へ出られ、左に取れば柳橋の畔に出られて横丁一つ隔てて、神田川の水に添うような位置にあった。あの旧両国附近から大川端へかけては、わたしが少年時代より青年時代への種々な記憶のあるところで、日本橋浜町の不動新道には恩人吉村氏の故家もあった。
こんな縁故も深かった上に、手狭ではあったが、住心地の好い二階がわたしの心を新たにさせた。(「奥書」)
本書「解説」より
『春』の構造と執筆は、すでに述べたとおり三十五歳から七歳までである。自分の青春期を、かなり冷静に客観視しうる年配に達した時だ。藤村はすでに家庭の人である。家庭の悲劇を味(あじわ)いつつある人である。家の重荷にうちひしがれそうになって堪えている人である。北村透谷をモデルとした青木の惨憺たる実生活を、冷静に描きえたのもそのためであろう。同時に、そういう人が過ぎし青春をかえりみ、その意味をさぐろうとしたことは、生命の泉を汲んで再び己れを新たにしようとする悲願であったろう。藤村は生涯にこれをくりかえした人だ。くりかえしながら、父祖の悲しみを自己の悲しみとして生涯を終った人だ。
――亀井勝一郎(評論家)
島崎藤村(1872-1943)
筑摩県馬籠村(現在の岐阜県中津川市)に生れる。明治学院卒。1893(明治26)年、北村透谷らと「文学界」を創刊し、教職に就く傍ら詩を発表。1897年、処女詩集『若菜集』を刊行。1906年、7年の歳月をかけて完成させた最初の長編『破戒』を自費出版するや、漱石らの激賞を受け自然主義文学の旗手として注目された。以降、自然主義文学の到達点『家』、告白文学の最高峰『新生』、歴史小説の白眉『夜明け前』等、次々と発表した。1943(昭和18)年、脳溢血で逝去。享年72。
- ISBN-104101055033
- ISBN-13978-4101055039
- 版改
- 出版社新潮社
- 発売日1950/11/30
- 言語日本語
- 寸法14.8 x 10.5 x 2 cm
- 本の長さ400ページ
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登録情報
- 出版社 : 新潮社; 改版 (1950/11/30)
- 発売日 : 1950/11/30
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 400ページ
- ISBN-10 : 4101055033
- ISBN-13 : 978-4101055039
- 寸法 : 14.8 x 10.5 x 2 cm
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2022年9月14日に日本でレビュー済み
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ストーリーより文章の美しさが際立つ作品だと思います。退屈と言ってもいい内容にもかかわらず、最後まで飽きる事なく心地よく読めるのは、藤村の作品に共通の魅力ですね。
2018年7月13日に日本でレビュー済み
何度読んでも大好きな作品。登場人物のモデルを把握することや、背景を理解することも大事だとは思いますが、欲望を叶えようとして叶えきれない青年の悲しさに寄り添って読むことの方が大事だと思います。大学時代に出会い、それ以降私の心を支え続ける作品であり、作家です。彼より素晴らしい作家や作品が沢山あると思うけれど、やはり私にとって特別であると実感させてくれる作品です。島崎藤村の人生の「春」は一生来なかったことを、考えると「春」というタイトルの重みを感じます、、、。
2019年1月25日に日本でレビュー済み
明治学院の先輩に当たるのな、手に取った。まず、岩波書店が再版をアピールするにしては活字が小さく読みにくい。文庫版は電車の中や枕元でも読まれるのだから暗さを考えてもポイントが小さいと敬遠されんだろう。さて内容は明治期の書生の悩みが主で、しかも間接的な恋愛めいた主題ではあまり面白くはない。ただ、現代の感覚とどこが違うのかと見てみると、噂や逡巡、放浪などけして他人事とも思えない。現代人の孤独と言ったテーマがあるとすれば、すでにここには現代がある。