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山本勘助は駿遠参(駿河、遠江、三河の総称)の今川家に仕官を申し出るも長年取り立てられることがなく、鬱々とした日々を送っていた。ある日、一計を案じ、武田家の族臣・板垣信方を賊から助けるという一芝居を打ち、甲州での仕官を果たす。天文12年(1543年)のことだった。以来、勘助は武田晴信――後の武田信玄――の軍師としての道を歩み始める……。
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1953年(昭和28年)から翌年にかけて『小説新潮』に連載された井上靖の歴史小説です。風林火山といえば、「疾(はや)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、動かざること山の如し」で知られる武田信玄の旗指物(軍旗)に刻まれた四文字ですから、おのずとこの小説も武田信玄の軍記を中心とした物語かと思いきや、主人公は異相の軍師・山本菅助です。
勘助は仕官までに時間を要したこともあり、親子ほども年の開きがある領主に使える爺や的存在です。信玄に対して、悠然たる態度で具申をすることも一再ならずあり、長年領主に仕えてきた他の若い臣下にまじって異彩を放ちます。
信玄の際限のない女色を諌めるために自らとともに出家を決意させる展開には、上に仕える管理職の悲哀を見ました。思わず微苦笑が漏れるくだりです。
合戦における知略・助言の数々はもちろんですが、勘助のおこないで心に最も残ったのは、側室・由布姫との渡り合いです。由布姫は勘助が謀殺した諏訪頼重の娘。勘助も信玄も由布姫にとっては親の仇敵です。激しい気性の姫に対して、あくまでも家臣として腰を低くして側室となることを説得にかかる勘助。互いに容れることのないはずのふたりですが、時を経るにつれ、二人の間に不可思議な心の交流と信頼が生まれていきます。
「由布姫のわがままほど、勘助の気持を一種陶然たる酔心地にするものはなかった」(244頁)
明日をも知れぬ戦国の世で、人の命が羽根のように軽い日々を送る人間たち。ですが、縁あって、限られた時と土地を同じくして相まみえていることの妙味をそれぞれが自覚していきます。勘助と姫の別れが悲劇的であるからこそ、この二人の縁(えにし)の機微が、私の心に添いました。
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風林火山 (新潮文庫) 文庫 – 2005/11/16
井上 靖
(著)
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ノーベル賞候補作家・井上靖が描く、戦国時代。
天才軍師・山本勘助の知謀が川中島に冴え渡る――。
疾(はや)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、動かざること山の如し――。
自ら謀殺した諏訪頼重の娘・由布姫を武田信玄の側室とし、子供を生ませることによって諏訪一族との宥和を計る独眼の軍師・山本勘助。信玄の子を生みながらも、なお一族の敵として信玄の命をねらう由布姫。輝くばかりに気高い姫への思慕の念を胸にして川中島の激戦に散りゆく勘助の眼前に、風林火山の旗はなびき、上杉謙信との決戦の時が迫る……。
ロマンあふれる華麗な戦国絵巻。
【テレビドラマ化】
2007年NHK大河ドラマ原作
出演:内野聖陽、池脇千鶴、市川亀治郎、Gackt、伊武雅刀、仲代達矢 ほか
【本文より】
「私の勝ちでございました」
勘助は言った。そして痛む左肩を右手で押えながら、
「いまの私の相手を致しました者は、実戦では役に立ちません。一撃のもとに相手に倒されましょう」
「なぜだ」
「眼が死んでおります。死魚の眼に似ております。あれでは名もなき雑兵(ぞうひょう)にさえ打ち果されましょう」
勘助は言った。信用しているのか、信用していないのか、晴信は屈託ない顔で大きく頷いた。……(本書37ページ)
井上靖(1907-1991)
旭川市生れ。京都大学文学部哲学科卒業後、毎日新聞社に入社。戦後になって多くの小説を手掛け、1949(昭和24)年「闘牛」で芥川賞を受賞。1951年に退社して以降は、次々と名作を産み出す。「天平の甍」での芸術選奨(1957年)、「おろしや国酔夢譚」での日本文学大賞(1969年)、「孔子」での野間文芸賞(1989年)など受賞作多数。1976年文化勲章を受章した。
天才軍師・山本勘助の知謀が川中島に冴え渡る――。
疾(はや)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、動かざること山の如し――。
自ら謀殺した諏訪頼重の娘・由布姫を武田信玄の側室とし、子供を生ませることによって諏訪一族との宥和を計る独眼の軍師・山本勘助。信玄の子を生みながらも、なお一族の敵として信玄の命をねらう由布姫。輝くばかりに気高い姫への思慕の念を胸にして川中島の激戦に散りゆく勘助の眼前に、風林火山の旗はなびき、上杉謙信との決戦の時が迫る……。
ロマンあふれる華麗な戦国絵巻。
【テレビドラマ化】
2007年NHK大河ドラマ原作
出演:内野聖陽、池脇千鶴、市川亀治郎、Gackt、伊武雅刀、仲代達矢 ほか
【本文より】
「私の勝ちでございました」
勘助は言った。そして痛む左肩を右手で押えながら、
「いまの私の相手を致しました者は、実戦では役に立ちません。一撃のもとに相手に倒されましょう」
「なぜだ」
「眼が死んでおります。死魚の眼に似ております。あれでは名もなき雑兵(ぞうひょう)にさえ打ち果されましょう」
勘助は言った。信用しているのか、信用していないのか、晴信は屈託ない顔で大きく頷いた。……(本書37ページ)
井上靖(1907-1991)
旭川市生れ。京都大学文学部哲学科卒業後、毎日新聞社に入社。戦後になって多くの小説を手掛け、1949(昭和24)年「闘牛」で芥川賞を受賞。1951年に退社して以降は、次々と名作を産み出す。「天平の甍」での芸術選奨(1957年)、「おろしや国酔夢譚」での日本文学大賞(1969年)、「孔子」での野間文芸賞(1989年)など受賞作多数。1976年文化勲章を受章した。
- 本の長さ352ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日2005/11/16
- 寸法14.8 x 10.5 x 2 cm
- ISBN-104101063079
- ISBN-13978-4101063072
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【新潮文庫】井上靖 作品 | ひとりの男の十三年間にわたる不倫の恋を、妻・愛人・愛人の娘の三通の手紙によって浮彫りにした「猟銃」、芥川賞の「闘牛」等、3編。〈芥川賞受賞〉 | 無数の宝典をその砂中に秘した辺境の要衝の町敦煌──西域に惹かれた一人の若者のあとを追いながら、中国の秘史を綴る歴史大作。〈毎日芸術賞受賞〉 | あすは檜になろうと念願しながら、永遠に檜にはなれない”あすなろ”の木に託し、幼年期から壮年までの感受性の劇を謳った長編。 | 知略縦横の軍師として信玄に仕える山本勘助が、秘かに慕う信玄の側室由布姫。風林火山の旗のもと、川中島の合戦は目前に迫る……。 | 前穂高に挑んだ小坂乙彦は、切れるはずのないザイルが切れて墜死した──恋愛と男同士の友情がドラマチックにくり広げられる長編。 | 天平の昔、荒れ狂う大海を越えて唐に留学した五人の若い僧──鑒真来朝を中心に歴史の大きなうねりに巻きこまれる人間を描く名作。〈芸術選奨受賞〉 |
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孔子 | しろばんば | 夏草冬濤〔上〕 | 夏草冬濤〔下〕 | 北の海〔上〕 | 北の海〔下〕 | |
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登録情報
- 出版社 : 新潮社; 改版 (2005/11/16)
- 発売日 : 2005/11/16
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 352ページ
- ISBN-10 : 4101063079
- ISBN-13 : 978-4101063072
- 寸法 : 14.8 x 10.5 x 2 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 12,199位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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著者について
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(1907-1991)旭川市生れ。
京都大学文学部哲学科卒業後、毎日新聞社に入社。戦後になって多くの小説を手掛け、1949(昭和24)年「闘牛」で芥川賞を受賞。1951年に退社して以降は、次々と名作を産み出す。
「天平の甍」での芸術選奨(1957年)、「おろしや国酔夢譚」での日本文学大賞(1969年)、「孔子」での野間文芸賞(1989年)など受賞作多数。1976年文化勲章を受章した。
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2024年5月10日に日本でレビュー済み
2020年5月25日に日本でレビュー済み
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武田信玄の物語を家臣の山本勘助の視点で捉えており、他の風林火山名の書と違い面白い。
2023年1月2日に日本でレビュー済み
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1日で読み終わりました。
2019年9月13日に日本でレビュー済み
2007年の大河ドラマ『風林火山』の原作になった同名小説……といっても、本書のボリュームは文庫本で正味330ページ弱。大河ドラマは一年間の放送に引き延ばすためにほとんどオリジナルストーリーになっていましたが。
また、大河ドラマ以前にもTV時代劇スペシャルとしてたびたび映像化されており、武田信玄&山本勘助を描いた歴史小説の代表作ともいってよろしいでしょう。
さて、名ばかりは高くて実際に読んだことはずっとなかったので、たまたま入手できた機会にいざ読んでみたところ、これがびっくりするほどに薄味でして拍子抜け。どうしてこの小説が武田信玄物の代表作扱いなの?
井上靖先生の筆致はまことに流暢でして、あまりに淀みなく読み進めることができるせいで、かえって内容が頭に残らなくなるくらい(苦笑)。基本的にこの小説、武田信玄と山本勘助と諏訪御寮人(この小説は主に湯布院で執筆したものだったから由布姫!)の三人に、前半は勘助の仕官を周旋した板垣信方、後半は勘助とコンビで海津城を築いた高坂昌信を加えたメンバーだけでお話がまわっていくのですよ。序盤では旧来の家臣が新参者の勘助に反感を抱いたり、中盤では信玄が新しく側室に迎えた於琴姫をめぐったひと悶着起こったりとあるものの、その後の展開には繋がらないでそれっきりという扱いが多いような。同じ家中ですらこの始末なのですから、敵対する勢力となると名前が出てくる程度でどんな人たちなのかはまるで描かれず、村上義清といい、上杉謙信といい、ほとんどシーズンになると襲ってくる台風のような災害扱いなんだから。
おまけに桶狭間の合戦で今川義元が討たれたことについてはまったく言及なし! 山本勘助にとっては最初に仕官を望んだ相手なんだし、武田・今川・北条の三国同盟のために武田義信の正室を今川から迎えたはずなのですが。どうやらこの物語の山本勘助(ひょっとすると作者も?)、直接関与している出来事以外はまったく関心が動かないようなのであります。
それにしてもこの小説の武田信玄と山本勘助、通説のイメージとは違い、決して突出した傑物としては描かれていないのですね。特に山本勘助、へそ曲がりの性分なのか他の武将たちの意見が一致しているところで逆張りの主張を持ち出したり、信玄の顔色をうかがって期待に沿うように発言したりといったことを繰り返していて、行動方針もその場その場でころころ変えてしまうし、有能な軍師というより、とりあえず結論を決めておいてから理由を正当らしくこじつけることに長けているハッタリ屋としか思えないのですよ。それでも立身出世のためならなりふり構わないで行動してしまう人物として描かれているならまだしも、作中の山本勘助自身は武田家の安泰のため、よかれと考えて奔走しているつもりでいるんだから何とも困った話。
もしかすると作者の狙いは、武田信玄と山本勘助を英雄ではない、等身大の人間として描くことだったのかもしれないですが、あまり成功しているとはいえないのであります。武田信玄にしろ山本勘助にしろ、世間知らずで気位が高いばかりと思いきや意外に計算高い小娘(由布姫)にすっかり振りまわさてしまうんだからだらしがない。どうもこの小説の男女関係、現代的な感覚がそのまま持ち込まれてしまっているようで、奥向きの確執があったり、大名が妻妾の顔色をうかがったりと戦国時代の人間のようにはとても思えないのです。
もう一つ、全体に違和感があった理由を考えると後世の人間である作者が後々の歴史の流れを知った上で物語を作っているせいで、作中の登場人物まで後々の歴史の流れを当然の前提として行動してしまっているのですね。物語は川中島の戦いで山本勘助が討死するところで終わっており、武田義信が廃嫡されるのも勝頼が家督を継ぐのも勘助の死後の出来事なのですが、作中の勘助は武田家は勝頼が継ぐべきだと嫡子の義信の排除と企んだり、新しい側室の於琴姫は由布姫の障害になるからと殺そうとしたり、挙げ句に信玄から女色を遠ざけるために出家させてしまいます。結末近く、川中島の戦いの場面になって山本勘助は「自分が長く、この若い武将を、さして理由なく、彼が正室の血であるというだけで憎んで来たと思った」と述懐するのですが、読者にしてみれば最初から勘助が一方的に正室の三条氏と義信を敵視していたとしか思えなかったことで、主人公のはずの勘助の行動や判断に説得力が感じられなくて物語に入り込めず。
もっとも、考えてみれば本作の執筆は1950年代でして、戦国大名の名声や活躍が現代よりも大衆にずっと馴染みがあった時代。ひと通りの流れをあらかじめ知っている読者には、勘助の判断も違和感を覚えず、案外にすんなり受け入れられたのかもしれませんね。その意味では予備知識のない読者にとっては不親切な物語といえるかも。
また、大河ドラマ以前にもTV時代劇スペシャルとしてたびたび映像化されており、武田信玄&山本勘助を描いた歴史小説の代表作ともいってよろしいでしょう。
さて、名ばかりは高くて実際に読んだことはずっとなかったので、たまたま入手できた機会にいざ読んでみたところ、これがびっくりするほどに薄味でして拍子抜け。どうしてこの小説が武田信玄物の代表作扱いなの?
井上靖先生の筆致はまことに流暢でして、あまりに淀みなく読み進めることができるせいで、かえって内容が頭に残らなくなるくらい(苦笑)。基本的にこの小説、武田信玄と山本勘助と諏訪御寮人(この小説は主に湯布院で執筆したものだったから由布姫!)の三人に、前半は勘助の仕官を周旋した板垣信方、後半は勘助とコンビで海津城を築いた高坂昌信を加えたメンバーだけでお話がまわっていくのですよ。序盤では旧来の家臣が新参者の勘助に反感を抱いたり、中盤では信玄が新しく側室に迎えた於琴姫をめぐったひと悶着起こったりとあるものの、その後の展開には繋がらないでそれっきりという扱いが多いような。同じ家中ですらこの始末なのですから、敵対する勢力となると名前が出てくる程度でどんな人たちなのかはまるで描かれず、村上義清といい、上杉謙信といい、ほとんどシーズンになると襲ってくる台風のような災害扱いなんだから。
おまけに桶狭間の合戦で今川義元が討たれたことについてはまったく言及なし! 山本勘助にとっては最初に仕官を望んだ相手なんだし、武田・今川・北条の三国同盟のために武田義信の正室を今川から迎えたはずなのですが。どうやらこの物語の山本勘助(ひょっとすると作者も?)、直接関与している出来事以外はまったく関心が動かないようなのであります。
それにしてもこの小説の武田信玄と山本勘助、通説のイメージとは違い、決して突出した傑物としては描かれていないのですね。特に山本勘助、へそ曲がりの性分なのか他の武将たちの意見が一致しているところで逆張りの主張を持ち出したり、信玄の顔色をうかがって期待に沿うように発言したりといったことを繰り返していて、行動方針もその場その場でころころ変えてしまうし、有能な軍師というより、とりあえず結論を決めておいてから理由を正当らしくこじつけることに長けているハッタリ屋としか思えないのですよ。それでも立身出世のためならなりふり構わないで行動してしまう人物として描かれているならまだしも、作中の山本勘助自身は武田家の安泰のため、よかれと考えて奔走しているつもりでいるんだから何とも困った話。
もしかすると作者の狙いは、武田信玄と山本勘助を英雄ではない、等身大の人間として描くことだったのかもしれないですが、あまり成功しているとはいえないのであります。武田信玄にしろ山本勘助にしろ、世間知らずで気位が高いばかりと思いきや意外に計算高い小娘(由布姫)にすっかり振りまわさてしまうんだからだらしがない。どうもこの小説の男女関係、現代的な感覚がそのまま持ち込まれてしまっているようで、奥向きの確執があったり、大名が妻妾の顔色をうかがったりと戦国時代の人間のようにはとても思えないのです。
もう一つ、全体に違和感があった理由を考えると後世の人間である作者が後々の歴史の流れを知った上で物語を作っているせいで、作中の登場人物まで後々の歴史の流れを当然の前提として行動してしまっているのですね。物語は川中島の戦いで山本勘助が討死するところで終わっており、武田義信が廃嫡されるのも勝頼が家督を継ぐのも勘助の死後の出来事なのですが、作中の勘助は武田家は勝頼が継ぐべきだと嫡子の義信の排除と企んだり、新しい側室の於琴姫は由布姫の障害になるからと殺そうとしたり、挙げ句に信玄から女色を遠ざけるために出家させてしまいます。結末近く、川中島の戦いの場面になって山本勘助は「自分が長く、この若い武将を、さして理由なく、彼が正室の血であるというだけで憎んで来たと思った」と述懐するのですが、読者にしてみれば最初から勘助が一方的に正室の三条氏と義信を敵視していたとしか思えなかったことで、主人公のはずの勘助の行動や判断に説得力が感じられなくて物語に入り込めず。
もっとも、考えてみれば本作の執筆は1950年代でして、戦国大名の名声や活躍が現代よりも大衆にずっと馴染みがあった時代。ひと通りの流れをあらかじめ知っている読者には、勘助の判断も違和感を覚えず、案外にすんなり受け入れられたのかもしれませんね。その意味では予備知識のない読者にとっては不親切な物語といえるかも。
2021年5月15日に日本でレビュー済み
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名門の姫のところを読んで興奮しようと思って購入しました。
2016年12月19日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
武田信玄が好きなので楽しく読めました。
内容とは関係ないですが、郵送が雑で注文した2冊が
袋の中でシェイクされて折れ曲がってた。Amazonでは意外です。
内容とは関係ないですが、郵送が雑で注文した2冊が
袋の中でシェイクされて折れ曲がってた。Amazonでは意外です。
2019年7月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
人物の姿が感じられる鋭い筆著。
あっと言う間に読み上げました。
これも一つの風林火山。
あっと言う間に読み上げました。
これも一つの風林火山。
2023年9月1日に日本でレビュー済み
信玄の軍師・山本勘助の行動と思いを淡々と綴る名篇。
個人的なことを少々。小学生の頃。学校からの帰り道にあった映画館。ポスターが沢山貼られていた。昭和44年か。その中にこの映画のポスターがあった。映画も観たいと思った。しかし当時親が観ることを許してくれた映画(つまり金をくれた映画)はゴジラ、ガメラ、大魔神だけ。「風林火山」というタイトルとポスターだけで妄想に耽ったものだ…
この映画。三船プロ制作、東宝配給らしいが、いまだに未見。そして、上杉謙信役で石原裕次郎が出ているが、何とセリフはないのだとか。不思議に思ったが、この原作を読んで納得。原作も同様なのだ。つまり、これは勘助の心の裡と行動の物語。
閑話休題。井上靖作品です。淡々と進み、淡々と終わります。「川中島の決戦」は描かれません。でも薦めます。
個人的なことを少々。小学生の頃。学校からの帰り道にあった映画館。ポスターが沢山貼られていた。昭和44年か。その中にこの映画のポスターがあった。映画も観たいと思った。しかし当時親が観ることを許してくれた映画(つまり金をくれた映画)はゴジラ、ガメラ、大魔神だけ。「風林火山」というタイトルとポスターだけで妄想に耽ったものだ…
この映画。三船プロ制作、東宝配給らしいが、いまだに未見。そして、上杉謙信役で石原裕次郎が出ているが、何とセリフはないのだとか。不思議に思ったが、この原作を読んで納得。原作も同様なのだ。つまり、これは勘助の心の裡と行動の物語。
閑話休題。井上靖作品です。淡々と進み、淡々と終わります。「川中島の決戦」は描かれません。でも薦めます。