武田泰淳(敬称略 以下同じ)最高傑作、「ひかりごけ」を含む
四編の短編集。いずれもリアルでありながら極めて思弁的とも
言える作品ばかりだった。学生時代に読んでおり、読み直そう
と思ったが、どこにもなく再度購入した。期待に違わぬ素晴ら
しい作品ばかり。
「流人島にて」は見事なストーリー展開で息を呑むほどのスピ
ーディーさがある。主人公のモノローグで、過去の忌まわしい
事実が次第に明らかになる。とは言っても、ミステリーではな
い。島の住人がかつては権力側の人間であったことが、淡々と
綴られ、現在と過去、その二つが重層的に重なり合う。そして、
主人公が少しずつ、島の人間を追い詰めてゆく。これが単なる
スパイ物語=復讐譚になるはことない。その島の人間は「罪」の
象徴であろうか。ただ、意味の通じにくい箇所があり、これが
分かりにくいとされるその原因か。どこかつっかえてしまうよ
うな文章の流れがあった。「異形の者」にも同じような妙に分
にくい箇所があるが、これは好みの問題かとも思う。
「異形の者」は、著者の生まれが強く関係しているのだろう。
自分自身(主人公+著者)を「最上層の宗団貴族の子弟」と、どこ
となく投げやりに描いている。その悩みは深かったのかと余計
なことまで関心がいった。修行僧の中の些細な対立構図や、宗
教と俗との緊張関係から始まる物語。信仰を集める像の不気味
さに、微かな恐怖すら感じる短編。
「海肌の匂い」は珍しく(?)平明な文章で、これはあまり好
みには合わなかった。少しだけだが政治的に「生臭い」表現があ
り、時代を考えさせられる。ここでの「精神的に障害を負った
女性」は何なのだろうか?私には、最後まで分からなかった。
「ひかりごけ」はすばらしい。これほど「原罪」や「倫理」を問う
た小説は、数少ない。「喰うなあ恥ずかしこった」。日本特有の
「恥」が次第に「罪」になってゆく様はおそろしい。「おめえの首
のうしろに、光の輪が見えるだ」「緑色なうッすい、うッすい光
の輪が出るだよ」。かくして小説は人間の根源的なものの罪深
さを示す。人が救いを求めても、無駄であるという象徴か。
まさしくキリスト教的な「罪意識」。
ただ、このような小説集には相応しくないような解説だった。
「ひかりごけ」という傑作を解剖するのに、なぜルポルタージュ
流の意味合いを求めるのか。私には全く意味不明。事実に即し
ているかいないかで、その価値が左右される作品ではない。嬉
しそうに自分が調べた「事実」とこの小説の内容を比べるのは、
著しく興を削ぐ。なぜこのような読み解き方がされるのか?小
説としての完成度の高い作品だけに、解説が不必要だったと強
く思う。
テクストはそれ自身で評価されるべきであり、「研究」のため
に存在する小説など読みたくはない。そう思い、解説を苦い思
いで読んだ。
解説はおくとして、やはり読み継がれる小説であろう。
☆ は もちろん ☆☆☆☆☆ です。
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ひかりごけ (新潮文庫) 文庫 – 1964/1/28
武田 泰淳
(著)
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「おめえ、おらが死んでも喰わねえな」
「喰わねえてば、喰わねえでねえか。同じ村の同じ船に乗ってるもんをよ。誰が喰うだ……」
昭和19年、厳冬の北海道羅臼で起きた「難破船長人喰事件」。
実在の事件をもとにした、戦後文学の極北。
雪と氷に閉ざされた北海の洞窟の中で、生死の境に追いつめられた人間同士が相食むにいたる惨劇を通して、極限状況における人間心理を真正面から直視した問題作「ひかりごけ」。仏門に生れ、人間でありながら人間以外の何ものかとして生きることを余儀なくされた若き僧侶の苦悩を描いて、武田文学の原点をうかがわせる「異形の者」。ほかに「海肌の匂い」「流人島にて」を収録する。
【目次】
流人島にて
異形の者
海肌の匂い
ひかりごけ
武田泰淳の人と作品…川西政明
「ひかりごけ」について…佐々木基一
本書収録「ひかりごけ」より
一月に入ると、それ(アザラシ)も尽きた。一面の流氷のため、海藻も採取できない。死んだかもめもとっかり(アザラシのこと)も、見出せない。「流氷が沖に出るまでの我慢だ」と励ましあい、味噌と湯で十数日、露命をつないだ。西川(船員、十九歳)はしかし、飢えと疲れと寒さのため、一月十六日の朝、死亡した。彼(船長)は、西川の死体にすがりつき、複雑な感情に支配され、大声をあげて泣き叫んだ。
「しかし私とても食物は一切ありません。結局は西川君と同様、死を以て終らなければならぬのだと考えた時、むらむらと野獣の様な気持が燃え上り、狂人の様に、そしてトッカリの皮を剥ぐ時と同じ気持で、西川君の死体の肉を切り取ってしまいました」……(本書203ページ)
武田泰淳(1912-1976)
東京駒込生れ。東大支那文学科に入学後まもなく、左翼活動で逮捕される。出署後、活動をやめ、東大も退学。1933(昭和8)年竹内好らと「中国文学研究会」を創設。1937年応召、1939年除隊。1943年『司馬遷』を刊行。1944年上海に渡り、1946年帰国後、旺盛な創作活動をはじめ、「蝮のすゑ」『風媒花』などを発表。その他『森と湖のまつり』や『富士』など多くの著書があり、1972年『快楽』で日本文学大賞、1976年『目まいのする散歩』で野間文芸賞を受賞。
「喰わねえてば、喰わねえでねえか。同じ村の同じ船に乗ってるもんをよ。誰が喰うだ……」
昭和19年、厳冬の北海道羅臼で起きた「難破船長人喰事件」。
実在の事件をもとにした、戦後文学の極北。
雪と氷に閉ざされた北海の洞窟の中で、生死の境に追いつめられた人間同士が相食むにいたる惨劇を通して、極限状況における人間心理を真正面から直視した問題作「ひかりごけ」。仏門に生れ、人間でありながら人間以外の何ものかとして生きることを余儀なくされた若き僧侶の苦悩を描いて、武田文学の原点をうかがわせる「異形の者」。ほかに「海肌の匂い」「流人島にて」を収録する。
【目次】
流人島にて
異形の者
海肌の匂い
ひかりごけ
武田泰淳の人と作品…川西政明
「ひかりごけ」について…佐々木基一
本書収録「ひかりごけ」より
一月に入ると、それ(アザラシ)も尽きた。一面の流氷のため、海藻も採取できない。死んだかもめもとっかり(アザラシのこと)も、見出せない。「流氷が沖に出るまでの我慢だ」と励ましあい、味噌と湯で十数日、露命をつないだ。西川(船員、十九歳)はしかし、飢えと疲れと寒さのため、一月十六日の朝、死亡した。彼(船長)は、西川の死体にすがりつき、複雑な感情に支配され、大声をあげて泣き叫んだ。
「しかし私とても食物は一切ありません。結局は西川君と同様、死を以て終らなければならぬのだと考えた時、むらむらと野獣の様な気持が燃え上り、狂人の様に、そしてトッカリの皮を剥ぐ時と同じ気持で、西川君の死体の肉を切り取ってしまいました」……(本書203ページ)
武田泰淳(1912-1976)
東京駒込生れ。東大支那文学科に入学後まもなく、左翼活動で逮捕される。出署後、活動をやめ、東大も退学。1933(昭和8)年竹内好らと「中国文学研究会」を創設。1937年応召、1939年除隊。1943年『司馬遷』を刊行。1944年上海に渡り、1946年帰国後、旺盛な創作活動をはじめ、「蝮のすゑ」『風媒花』などを発表。その他『森と湖のまつり』や『富士』など多くの著書があり、1972年『快楽』で日本文学大賞、1976年『目まいのする散歩』で野間文芸賞を受賞。
- ISBN-10410109103X
- ISBN-13978-4101091037
- 版改
- 出版社新潮社
- 発売日1964/1/28
- 言語日本語
- 寸法14.8 x 10.5 x 2 cm
- 本の長さ288ページ
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- 出版社 : 新潮社; 改版 (1964/1/28)
- 発売日 : 1964/1/28
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 288ページ
- ISBN-10 : 410109103X
- ISBN-13 : 978-4101091037
- 寸法 : 14.8 x 10.5 x 2 cm
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2023年8月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
熊井啓監督、三國連太郎主演で映画化もされたレーゼドラマ。
北海道を訪れた時の紀行文的なパートとレーゼドラマ的なパートから成る。
レーゼドラマにせよ、レーゼシナリオにせよ、実験的なスタイルだから、いきなり本文から入るより、こういう構成の方が読者にとって受け入れやすいのだろう。大江健三郎の『革命女性』も序文が付いていたし、ハクスレーの『猿とエッセンス』もレーゼシナリオ部分の前に普通の小説っぽい章があって、そこで追悼されるハリウッド脚本家が書いたシナリオ草稿として、レーゼシナリオが始まる、という構成になっている。
終盤の、登場人物たちの背後にオーラのような光が発せられるあたりがレーゼドラマたるゆえんか。映画には向いてるけどね。
映画の方はまだ観てないけど、仲間を食っちゃう船長はやっぱり三國さんにしか演じられまい(笑)。いかがわしさといい、人間の業の深さを感じさせるタタズマイといい、ピッタリだ。裁判のシーンでは方言丸出しの遭難シーンとはうって変わって紳士的になるところも、彼以外には無理か。柄本明とか西田敏行とかじゃ、片方を上手く演じても、もう片方に支障をきたすだろう。
北海道を訪れた時の紀行文的なパートとレーゼドラマ的なパートから成る。
レーゼドラマにせよ、レーゼシナリオにせよ、実験的なスタイルだから、いきなり本文から入るより、こういう構成の方が読者にとって受け入れやすいのだろう。大江健三郎の『革命女性』も序文が付いていたし、ハクスレーの『猿とエッセンス』もレーゼシナリオ部分の前に普通の小説っぽい章があって、そこで追悼されるハリウッド脚本家が書いたシナリオ草稿として、レーゼシナリオが始まる、という構成になっている。
終盤の、登場人物たちの背後にオーラのような光が発せられるあたりがレーゼドラマたるゆえんか。映画には向いてるけどね。
映画の方はまだ観てないけど、仲間を食っちゃう船長はやっぱり三國さんにしか演じられまい(笑)。いかがわしさといい、人間の業の深さを感じさせるタタズマイといい、ピッタリだ。裁判のシーンでは方言丸出しの遭難シーンとはうって変わって紳士的になるところも、彼以外には無理か。柄本明とか西田敏行とかじゃ、片方を上手く演じても、もう片方に支障をきたすだろう。
2017年8月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ひかりごけの他に色々なお話があり、読んでみて面白かったです。
人肉は食べたくない…
人肉は食べたくない…
2015年5月1日に日本でレビュー済み
teiyatottori
一晩かけてこれを読んだ、ら自分が脳だと思ってた外側にも脳があったことに気づかされるような心地がして朝になった、らいま夜もあると考えなくても考えられるような生前のような死後のような感覚を催した。
一晩かけてこれを読んだ、ら自分が脳だと思ってた外側にも脳があったことに気づかされるような心地がして朝になった、らいま夜もあると考えなくても考えられるような生前のような死後のような感覚を催した。
2007年8月20日に日本でレビュー済み
私は、人間は「自己都合をつけたがる」本能を持っていると思う。
つまり、例えば欲求(ここでは食欲)を満たしたいと思えば、
普段だと食べ物に手を伸ばせばよいのだが
それが困難な状況では、人間は脳内で自分に合理的な理屈をこねくり回そうとするのである。
その理屈が合法的な範囲内ならば、それでもいい。
しかし合法的には不可能な場合はどうか。脳はどういう理屈を見つけ出すか。
「ひかりごけ」には、食料備蓄の全く無い、冬の隔離された小屋に閉じ込められた4人が登場する。
そのままいけば4人は共倒れとなってしまう。全員飢え死となるのか。
登場人物の1人の船長の脳内に、ある理屈が浮かんだ。
いや、全員生存は無理だが、生き残れる可能性がある。
その理屈=自己都合は、果たして正当か。
作者はそれを極限状態下と、救出された後の平常時と、2種類の状態から照らし出そうとする。
我々は法治国家で生活する以上、極限であろうと平常であろうと同じルールの支配を受ける。
その一般論と、船長が極限下で捻出した自己都合とのせめぎあいが、この作品の核となっている。
この問題はラスコーリニコフによっても提示されているが、どちらが正しいかは今の私にはわからない。
私も状況によれば、船長にも、ラスコーリニコフにもなる恐れをもっている。
ある角度から、ある瞬間にだけ光って見えるというひかりごけ。
見た者でないと、その光について語ることはできない。
我々は生きる以上、この命題から逃れられないかもしれない。
つまり、例えば欲求(ここでは食欲)を満たしたいと思えば、
普段だと食べ物に手を伸ばせばよいのだが
それが困難な状況では、人間は脳内で自分に合理的な理屈をこねくり回そうとするのである。
その理屈が合法的な範囲内ならば、それでもいい。
しかし合法的には不可能な場合はどうか。脳はどういう理屈を見つけ出すか。
「ひかりごけ」には、食料備蓄の全く無い、冬の隔離された小屋に閉じ込められた4人が登場する。
そのままいけば4人は共倒れとなってしまう。全員飢え死となるのか。
登場人物の1人の船長の脳内に、ある理屈が浮かんだ。
いや、全員生存は無理だが、生き残れる可能性がある。
その理屈=自己都合は、果たして正当か。
作者はそれを極限状態下と、救出された後の平常時と、2種類の状態から照らし出そうとする。
我々は法治国家で生活する以上、極限であろうと平常であろうと同じルールの支配を受ける。
その一般論と、船長が極限下で捻出した自己都合とのせめぎあいが、この作品の核となっている。
この問題はラスコーリニコフによっても提示されているが、どちらが正しいかは今の私にはわからない。
私も状況によれば、船長にも、ラスコーリニコフにもなる恐れをもっている。
ある角度から、ある瞬間にだけ光って見えるというひかりごけ。
見た者でないと、その光について語ることはできない。
我々は生きる以上、この命題から逃れられないかもしれない。