僕は今この作品の主人公と同じ大学に通っているが、今の僕たち学生にとって、主人公の精神構造はある意味で非常に理解しがたい。というのも彼の強烈な上昇志向、そしてそれと相反する反体制への思い(そのどちらも作品上は飼いならされた羊のように萎縮してしまうのだが)はやはり六十年代の青年特有のものだから。現在の東京大学のキャンパスを歩いてみればそれは一目瞭然だ。チャラチャラとしたどこにでもいる若者がそこにはうずめいている。大江氏が学生時代に見出した情景はもうそこにはないのだ。戦後世代の抱える喪失感と地方出身者特有のぎらぎらした出世欲を併せ持つ青年像は今やリアリティーを持ち得ない。
しかしそれはこの作品が歴史の中で忘却されていいということだろうか?当時の青年たちの抱えていた(もしかした今もなお抱えているかもしれない)喪失感をもっともグロテスクな、しかしそれ故に切実な形で表現しているこの作品が忘れ去られてもいいということだろうか?それは僕にもわからない。もしかしたらそうなのかもしれない。だがもしそうであったなら、こんなに痛ましいことはない。そこには流れ行く時代特有の痛ましさがあるのだから。
ただ一縷の望みもある。それは大江氏の作家(story tellerというよりはauthor)としての優れた資質に他ならない。僕には彼の才能が政治的な問題のために過小評価されている気がしてならない。もし百年後、真っ当な評論家がそうした時代のしがらみに囚われず彼の作品群を評価してくれれば、と僕は夢想する。
当時青年であった人も、今青年である人もこの作品を一度手に取って読んでください。主人公の抱える喪失感は確かに時代特有のものに違いない。しかし現代という時代が、或いは人類の歴史そのものが、何らかの意味で喪失という痛みを抱え続けるのならば(僕はそうであってほしいと願う)、大江氏のこの作品は輝きを放ち続けるはずなのだから。
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遅れてきた青年 (新潮文庫) 文庫 – 1968/11/27
大江 健三郎
(著)
地方の山村に生れ育ち、陛下の勇敢な兵士として死ぬはずの戦争に、遅れてしまった青年。戦後世代共通の体験を描いた半自伝的小説。
- 本の長さ560ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日1968/11/27
- ISBN-104101126054
- ISBN-13978-4101126050
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登録情報
- 出版社 : 新潮社 (1968/11/27)
- 発売日 : 1968/11/27
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 560ページ
- ISBN-10 : 4101126054
- ISBN-13 : 978-4101126050
- Amazon 売れ筋ランキング: - 318,838位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
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1935年愛媛県生まれ。東京大学仏文科卒。大学在学中の58年、「飼育」で芥川賞受賞。以降、現在まで常に現代文学をリードし続け、『万延元年のフット ボール』(谷崎潤一郎賞)、『洪水はわが魂に及び』(野間文芸賞)、『「雨の木」を聴く女たち』(読売文学賞)、『新しい人よ眼ざめよ』(大佛次郎賞)な ど数多くの賞を受賞、94年にノーベル文学賞を受賞(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『 「伝える言葉」プラス (ISBN-13: 978-4022616708 )』が刊行された当時に掲載されていたものです)
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2007年5月20日に日本でレビュー済み
戦争参加に"遅れてしまった"地方の青年がその悔悟を胸に上京し、貪欲なまでの上昇志向で社会的には成功するが、心は満たされない様を描いた作品。
戦後の青年の喪失感を、「戦争に遅れてしまった」と捉える作者の感覚はオカシイのではないか。明らかに右傾の発想であり、読んでいて拒否感を覚えた。単なる青年の社会的成功と心の挫折の物語とせず、敢えて戦争と絡めた点に違和感を覚えるのである。主人公の渇望感を満たすためには、再度戦争をせよとでも言うのであろうか。時には左傾の作品も書くので、作者の思想背景が不明なのである。日和見主義と言っても良い。
思想的に種々の問題を抱える大江氏の醜悪な面が如実に出た作品。
戦後の青年の喪失感を、「戦争に遅れてしまった」と捉える作者の感覚はオカシイのではないか。明らかに右傾の発想であり、読んでいて拒否感を覚えた。単なる青年の社会的成功と心の挫折の物語とせず、敢えて戦争と絡めた点に違和感を覚えるのである。主人公の渇望感を満たすためには、再度戦争をせよとでも言うのであろうか。時には左傾の作品も書くので、作者の思想背景が不明なのである。日和見主義と言っても良い。
思想的に種々の問題を抱える大江氏の醜悪な面が如実に出た作品。