〇 あの有名作家の人気の短篇4篇で、どれも面白くてついつい惹き込まれ、ひと息に読んでしまった、となれば議論の余地なく5星だ。
〇 収録4篇の発表時期は、著者が27歳になった昭和32年の8月、10月、12月、それから昭和34年1月。読者はここに若い才能のさかんな噴出を目撃することができる。
〇 美点をあげると、テンポのよい文章、よく計算された物語構成、過度に文学的すぎないが十分に魅力的な比喩と形容、作者の主張を真っ向から提示してみせる正直さ潔さ、などである。とりわけ「パニック」におけるネズミの増殖、「巨人と玩具」におけるキャラメルの販売不調、「裸の王様」における少年の抑圧など、物語前半でエネルギーがしずかに少しずつ蓄積されていくのだが、その抗いようのない推進力と不穏な緊迫感が見事ですっかり魅了された。
〇 不満があるとすれば、貯めこまれたエネルギーの圧力が頂点に達して起きる爆発がわたしが期待したほどの大爆発ではなかったということである。わずかではあるが、うん?これくらいで終わりにしてしまうの?という感じが残った。もうひとつ告白すると、「裸の王様」の最後のだいじな場面で、それまで太郎の絵に不満と批判を繰り返していた児童画審査員たちが太郎の父親が誰かを知ったとたんに恐れ入ってしまうのだが、なぜ彼らが恐れ入ったのかその理由が何度読んでもわからなかった。何かを読み落としているのかもしれない。
〇 もうひとつ。これは不満ということではないのだが、この4篇にある種の既視感を覚えたことも言っておきたい。つまり、だれも見たことのないモノを創り出した作品ではなくて、取り上げられたことのある素材を巧みに使って著者なりの表現を創ったというタイプの作品だ、ということである。もっと簡単に言えば、大傑作ではないけれど十分に傑作だ、ということである。
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パニック・裸の王様 (新潮文庫) 文庫 – 1960/6/28
開高 健
(著)
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購入オプションとあわせ買い
2019年は開高健、没後30年。
偽善と虚無に満ちた社会を哄笑する、凄まじいまでのパワーに溢れた名作4篇。
とつじょ大繁殖して野に街にあふれでたネズミの大群がまき起す大恐慌を描く「パニック」。打算と偽善と虚栄に満ちた社会でほとんど圧殺されかかっている幼い生命の救出を描く芥川賞受賞作「裸の王様」。ほかに「巨人と玩具」「流亡記」。
工業社会において人間の自律性をすべて咬み砕きつつ進む巨大なメカニズムが内蔵する物理的エネルギーのものすごさを、恐れと驚嘆と感動とで語る。
目次
パニック
巨人と玩具
裸の王様
流亡記
解説 佐々木基一
本書収録「パニック」より
ある日の夕方、俊介は役所からの帰り道で小さな異常を発見した。町のまんなかを流れる川にかかった橋のうえを歩いていて、なにげなく下をのぞきこんだ彼は思わず足をとめてしまった。川岸の泥のうえにおびただしい数のネズミが集まっていたのである。そこには川岸の食堂や料亭の捨てる残飯がうず高く積みかさなり、ネズミが真っ黒になってたかっていた。彼らは大小さまざまで、いずれも我勝ちにおしあいへしあい餌をあさっていた。
本書「解説」より
眸(ひとみ)を輝かせ、頬をほてらせ、体に似合わぬ大きな声で、小説のプランを語って飽きることを知らない開高健の饒舌は、わたしをちょっと驚かした。久しく鳴りを鎮めていた火山が、再び爆発を前触れする鳴動をはじめたのにちがいなかった。やはり火は消えていなかったのだ。それはそうにちがいないのだが、ひょっとしたら躁鬱症患者かも知れない、という疑いがわたしの頭を掠めたのも事実である。それほど熱に浮かされたような喋りぶりだった。
そうして書き上げられた作品が『パニック』である。
――佐々木基一(文芸評論家)
開高健(1930-1989)
大阪市生れ。大阪市立大卒。1958(昭和33)年、「裸の王様」で芥川賞を受賞して以来、「日本三文オペラ」「流亡記」など、次々に話題作を発表。1960年代になってからは、しばしばヴェトナムの戦場に赴く。その経験は「輝ける闇」「夏の闇」などに色濃く影を落としている。1978年、「玉、砕ける」で川端康成賞、1981年、一連のルポルタージュ文学により菊池寛賞、1986年、自伝的長編「耳の物語」で日本文学大賞を受けるなど、受賞多数。『開高健全集』全22巻(新潮社刊)。
偽善と虚無に満ちた社会を哄笑する、凄まじいまでのパワーに溢れた名作4篇。
とつじょ大繁殖して野に街にあふれでたネズミの大群がまき起す大恐慌を描く「パニック」。打算と偽善と虚栄に満ちた社会でほとんど圧殺されかかっている幼い生命の救出を描く芥川賞受賞作「裸の王様」。ほかに「巨人と玩具」「流亡記」。
工業社会において人間の自律性をすべて咬み砕きつつ進む巨大なメカニズムが内蔵する物理的エネルギーのものすごさを、恐れと驚嘆と感動とで語る。
目次
パニック
巨人と玩具
裸の王様
流亡記
解説 佐々木基一
本書収録「パニック」より
ある日の夕方、俊介は役所からの帰り道で小さな異常を発見した。町のまんなかを流れる川にかかった橋のうえを歩いていて、なにげなく下をのぞきこんだ彼は思わず足をとめてしまった。川岸の泥のうえにおびただしい数のネズミが集まっていたのである。そこには川岸の食堂や料亭の捨てる残飯がうず高く積みかさなり、ネズミが真っ黒になってたかっていた。彼らは大小さまざまで、いずれも我勝ちにおしあいへしあい餌をあさっていた。
本書「解説」より
眸(ひとみ)を輝かせ、頬をほてらせ、体に似合わぬ大きな声で、小説のプランを語って飽きることを知らない開高健の饒舌は、わたしをちょっと驚かした。久しく鳴りを鎮めていた火山が、再び爆発を前触れする鳴動をはじめたのにちがいなかった。やはり火は消えていなかったのだ。それはそうにちがいないのだが、ひょっとしたら躁鬱症患者かも知れない、という疑いがわたしの頭を掠めたのも事実である。それほど熱に浮かされたような喋りぶりだった。
そうして書き上げられた作品が『パニック』である。
――佐々木基一(文芸評論家)
開高健(1930-1989)
大阪市生れ。大阪市立大卒。1958(昭和33)年、「裸の王様」で芥川賞を受賞して以来、「日本三文オペラ」「流亡記」など、次々に話題作を発表。1960年代になってからは、しばしばヴェトナムの戦場に赴く。その経験は「輝ける闇」「夏の闇」などに色濃く影を落としている。1978年、「玉、砕ける」で川端康成賞、1981年、一連のルポルタージュ文学により菊池寛賞、1986年、自伝的長編「耳の物語」で日本文学大賞を受けるなど、受賞多数。『開高健全集』全22巻(新潮社刊)。
- ISBN-104101128014
- ISBN-13978-4101128016
- 版改
- 出版社新潮社
- 発売日1960/6/28
- 言語日本語
- 寸法14.8 x 10.5 x 2 cm
- 本の長さ336ページ
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パニック・裸の王様 | 日本三文オペラ | 開口閉口 | 地球はグラスのふちを回る | 輝ける闇 | |
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【新潮文庫】開高健 作品 | 大発生したネズミの大群に翻弄される人間社会の恐慌「パニック」、現代社会で圧殺されかかっている生命の救出を描く「裸の王様」等。〈芥川賞受賞〉 | 大阪旧陸軍工廠跡に放置された莫大な鉄材に目をつけた泥棒集団「アパッチ族」の勇猛果敢な大攻撃!雄大なスケールで描く快作。 | 食物、政治、文学、釣り、酒、人生、読書……豊かな想像力を駆使し、時には辛辣な諷刺をまじえ、名文で読者を魅了する64のエッセイ。 | 酒・食・釣・旅。──無類に豊饒で、限りなく奥深い”快楽”の世界。長年にわたる飽くなき探求から生まれた極上のエッセイ 29 編。 | ヴェトナムの戦いを肌で感じた著者が、戦争の絶望と醜さ、孤独・不安・焦燥・徒労・死といった生の異相を果敢に凝視した問題作。〈毎日出版文化賞受賞〉 |
夏の闇 | 対談 美酒について―人はなぜ酒を語るか― | フィッシュ・オン | |
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信ずべき自己を見失い、ひたすら快楽と絶望の淵にあえぐ現代人の出口なき日々──人間の《魂の地獄と救済》を描きだす純文学大作。 | 酒を論ずればバッカスも顔色なしという二人が酒の入り口から出口までを縦横に語りつくした長編対談。芳醇な香り溢れる極上の一巻。 | アラスカでのキング・サーモンとの壮烈な闘いをふりだしに、世界各地の海と川と湖に糸を垂れる世界釣り歩き。カラー写真多数収録。 |
登録情報
- 出版社 : 新潮社; 改版 (1960/6/28)
- 発売日 : 1960/6/28
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 336ページ
- ISBN-10 : 4101128014
- ISBN-13 : 978-4101128016
- 寸法 : 14.8 x 10.5 x 2 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 193,908位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
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1930年大阪に生まれる。大阪市立大を卒業後、洋酒会社宣伝部で時代の動向を的確にとらえた数々のコピーをつくる。かたわら創作を始め、「パニック」で注目を浴び、「裸の王様」で芥川賞受賞。ベトナムの戦場や、中国、東欧を精力的にルポ、行動する作家として知られた。1989年逝去。(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『 饒舌の思想 (ISBN-13: 978-4480426635 )』が刊行された当時に掲載されていたものです)
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上位レビュー、対象国: 日本
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2024年4月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2024年3月30日に日本でレビュー済み
過去にも読みましたが、実に20-30年ぶりくらいの再読。
いやあ、なかなかしびれました。
本作、4編の短編から構成された作品群ですが、強烈に感じたのが、通底するシニシズムでありました。お金、権力、偽善への痛烈な批判のようなものを感じました。
・・・
「パニック」では、若手公務員の視点で描かれます。
自らの属する官僚組織に巣食う汚職や腐敗、権力を毛嫌いしまた見切りつつ、120年に一度起こる恐慌(ネズミの巨大繁殖とその後の農作物大被害)について声高に対策を上程します。新人の戯言として無視されるも、これを「想定の範囲内のもの」としてあえて看過。のちにネズミ恐慌が起こった時の「それ見たことか」感。
この斜に構えた感が個人的には大分共感しました。まあ私は50歳手前で「それ見たことか」感出しながら仕事しているダメなおじさんですが笑。
・・・
「裸の王様」もまた、シニシズムを湛えた、こども絵画教室主宰の「ぼく」の視点からの作品。
やや理想主義ながら、こどもの絵をかく能力を「自由に」「制約なく」描かせることに腐心する主人公と、それを無意識に阻んでいる親や家庭環境、あるいは教育の現場。こどもに真正面から向き合わない親や教育現場を痛烈に批判します。
表面的な美徳に潜む腐臭、善意の顔をした商業主義のようなものを全力で揶揄しようとするかのような作品です。
・・・
「巨人と玩具」で感じたのはむしろ徒労感、でしょうか。
レッドオーシャンにあえぐ菓子メーカーのキャラメル部門をめぐる話。競合三社があの手この手でシェアを増やそうと努力しつつという中で、「私」が見た宣伝部でのイメージキャラクタの選定や景品の選定などをめぐる話。社会派の作品でありながら、すさんだ競争社会を揶揄しているような作品でもありました。
ある意味この昭和の営業現場の熱気は、今でいうベトナムやインドなどの熱気などに似ているかなあと感じました。徒労感という意味では、私が勤めていた証券会社での終わりのない営業ノルマを想起しました。
・・・
「流亡記」は中国は秦の始皇帝が始めた万里の長城構築をモチーフにした、用役人夫の視点からの作品。
人夫が用役に駆り出される前から物語は始まりますが、最終的にはこの人夫の達観がこれまた徒労感を呼び起こします。駆り出されたことは不幸といえば不幸。でもこれを駆り出す役人も、規定の人員を規定の日付まで送り届けなれば死刑。つまり管理する側される側は同じ土俵で死と向かい合う。人夫は将来の反乱も予想するも、長城の建設・辺境での戦い、王位に就くものの横暴等は続いていくものとの達観を得ます。
単調さの中に物語は終えますが、シニシズムが光る一作。
・・・
その他、全編にわたりとても密度の濃い書きぶりも気になりました。流麗な比喩や美辞とでもいおう表現が多数使用されています。
とてもライトな書きぶりとは言えないのですが、密度の濃い文章は味わい深い読み口であったと思います。
・・・
ということで開高氏の初期作品の再読でした。
本棚整理のための再読ですが、これは取っておくかどうか迷うところです。斜に構えた感じがとても私のツボでありました。他の作品も読みたくなりました。
いやあ、なかなかしびれました。
本作、4編の短編から構成された作品群ですが、強烈に感じたのが、通底するシニシズムでありました。お金、権力、偽善への痛烈な批判のようなものを感じました。
・・・
「パニック」では、若手公務員の視点で描かれます。
自らの属する官僚組織に巣食う汚職や腐敗、権力を毛嫌いしまた見切りつつ、120年に一度起こる恐慌(ネズミの巨大繁殖とその後の農作物大被害)について声高に対策を上程します。新人の戯言として無視されるも、これを「想定の範囲内のもの」としてあえて看過。のちにネズミ恐慌が起こった時の「それ見たことか」感。
この斜に構えた感が個人的には大分共感しました。まあ私は50歳手前で「それ見たことか」感出しながら仕事しているダメなおじさんですが笑。
・・・
「裸の王様」もまた、シニシズムを湛えた、こども絵画教室主宰の「ぼく」の視点からの作品。
やや理想主義ながら、こどもの絵をかく能力を「自由に」「制約なく」描かせることに腐心する主人公と、それを無意識に阻んでいる親や家庭環境、あるいは教育の現場。こどもに真正面から向き合わない親や教育現場を痛烈に批判します。
表面的な美徳に潜む腐臭、善意の顔をした商業主義のようなものを全力で揶揄しようとするかのような作品です。
・・・
「巨人と玩具」で感じたのはむしろ徒労感、でしょうか。
レッドオーシャンにあえぐ菓子メーカーのキャラメル部門をめぐる話。競合三社があの手この手でシェアを増やそうと努力しつつという中で、「私」が見た宣伝部でのイメージキャラクタの選定や景品の選定などをめぐる話。社会派の作品でありながら、すさんだ競争社会を揶揄しているような作品でもありました。
ある意味この昭和の営業現場の熱気は、今でいうベトナムやインドなどの熱気などに似ているかなあと感じました。徒労感という意味では、私が勤めていた証券会社での終わりのない営業ノルマを想起しました。
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「流亡記」は中国は秦の始皇帝が始めた万里の長城構築をモチーフにした、用役人夫の視点からの作品。
人夫が用役に駆り出される前から物語は始まりますが、最終的にはこの人夫の達観がこれまた徒労感を呼び起こします。駆り出されたことは不幸といえば不幸。でもこれを駆り出す役人も、規定の人員を規定の日付まで送り届けなれば死刑。つまり管理する側される側は同じ土俵で死と向かい合う。人夫は将来の反乱も予想するも、長城の建設・辺境での戦い、王位に就くものの横暴等は続いていくものとの達観を得ます。
単調さの中に物語は終えますが、シニシズムが光る一作。
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その他、全編にわたりとても密度の濃い書きぶりも気になりました。流麗な比喩や美辞とでもいおう表現が多数使用されています。
とてもライトな書きぶりとは言えないのですが、密度の濃い文章は味わい深い読み口であったと思います。
・・・
ということで開高氏の初期作品の再読でした。
本棚整理のための再読ですが、これは取っておくかどうか迷うところです。斜に構えた感じがとても私のツボでありました。他の作品も読みたくなりました。
2023年9月10日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
著者はよく、「頭の地獄に堕ちたら、とにかく手足を動かせ」と言っていた由。
肌感覚を取り戻せ。
自縄自縛に陥ってるぞ。
走れ、歩け、食え、飲め、寝ろ。
不確実性に胸を貸してやれ。我々には生命力がある。
肌感覚を取り戻せ。
自縄自縛に陥ってるぞ。
走れ、歩け、食え、飲め、寝ろ。
不確実性に胸を貸してやれ。我々には生命力がある。
2015年10月14日に日本でレビュー済み
どうにも旧漢字が苦手。旧漢字が全部読めない訳ではないし、知らない漢字でも前後で推測できるから意味不明になる事はない。
が、どうにもそこでいちいち引っ掛かってしまい、折角の文体のリズムに乗れない。気持ち良く文章の流れに乗ろうとする度につまずく感じ。
↑これは単に私の能力不足の問題です。波に乗れない自分が悔しい感じです。
が、どうにもそこでいちいち引っ掛かってしまい、折角の文体のリズムに乗れない。気持ち良く文章の流れに乗ろうとする度につまずく感じ。
↑これは単に私の能力不足の問題です。波に乗れない自分が悔しい感じです。
2022年1月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この短編集の中では「流亡記」が抜群に素晴らしい作品です。
開高健の文体は後年に向かうにつれて大きく変化していくのですが、
この時期に大きな賞を取った裸の王様ももちろん良いですが
パニックは少々堅苦しさがあり力が入りすぎているようにも感じます。
裸の王様は最後に向かうにつれてすかっとするものがありますが
話を作り込みすぎているようにも感じます。
圧巻なのは「流亡記」です。この作品こそ開高健の真骨頂のような気がします。
開高健の文体は後年に向かうにつれて大きく変化していくのですが、
この時期に大きな賞を取った裸の王様ももちろん良いですが
パニックは少々堅苦しさがあり力が入りすぎているようにも感じます。
裸の王様は最後に向かうにつれてすかっとするものがありますが
話を作り込みすぎているようにも感じます。
圧巻なのは「流亡記」です。この作品こそ開高健の真骨頂のような気がします。
2020年5月7日に日本でレビュー済み
開高健という作家は体内に独特のセンサーを具備していて、嗅ぐ匂いの正体やら水中生物たちの煽る波動の重さなど、並の作家では察知不能な感覚を文章に表現してくれる。「裸の王様」の中からは次の二カ所を見つけることができた。
『子供には子供特有の体臭がある。(中略)日向でむれる藁のような、乾草のような、甘いが鼻へむんとくる匂いである。子供はそんな生臭い異臭を髪や首や手足から発散させてひたおしに迫ってくる。』
『水のなかには牧場や狩林や城館があり、森は気配に満ちていた。池は開花をはじめたところだった。水の上層にはどこからともなくハヤの稚魚の編隊があらわれ、森のなかでは小魚の腹がナイフのようにひらめいた。ガラス細工のような川エビがとび、砂の上ではハゼが楔形文字を描いた。ぼくは背に日光を感じ、やわらかい風の縞を額におぼえた。
池の生命がほぼ頂点に達したかと思われた瞬間、ふいに水音が起こって、ぼくは森に走り込む影をみた。ハヤは散り、エビは消え、砂地にはいくつものけむりがたった。影の主の体重を示して森の動揺はしばらくやまなかった。』
こういうのを月並みな言葉だが、異能というのだろう。だが表現のことだけでなく、彼が見つけてくる小説の題材も、この「裸の」も「パニック」も、なにかこういう独特のセンサーで掴み取ってきているのではないかと思わせられる。
「流亡記」は、作者の自信作らしいが、一人称「私」によって全編が綴られているものの、寒村の百姓家の若者に中国全体を見渡す目があったはずもなく、二章以降の印象は教科書の記述のようであり、パールバックの「大地」のようにバリバリと読み進めることはできなかった。
『子供には子供特有の体臭がある。(中略)日向でむれる藁のような、乾草のような、甘いが鼻へむんとくる匂いである。子供はそんな生臭い異臭を髪や首や手足から発散させてひたおしに迫ってくる。』
『水のなかには牧場や狩林や城館があり、森は気配に満ちていた。池は開花をはじめたところだった。水の上層にはどこからともなくハヤの稚魚の編隊があらわれ、森のなかでは小魚の腹がナイフのようにひらめいた。ガラス細工のような川エビがとび、砂の上ではハゼが楔形文字を描いた。ぼくは背に日光を感じ、やわらかい風の縞を額におぼえた。
池の生命がほぼ頂点に達したかと思われた瞬間、ふいに水音が起こって、ぼくは森に走り込む影をみた。ハヤは散り、エビは消え、砂地にはいくつものけむりがたった。影の主の体重を示して森の動揺はしばらくやまなかった。』
こういうのを月並みな言葉だが、異能というのだろう。だが表現のことだけでなく、彼が見つけてくる小説の題材も、この「裸の」も「パニック」も、なにかこういう独特のセンサーで掴み取ってきているのではないかと思わせられる。
「流亡記」は、作者の自信作らしいが、一人称「私」によって全編が綴られているものの、寒村の百姓家の若者に中国全体を見渡す目があったはずもなく、二章以降の印象は教科書の記述のようであり、パールバックの「大地」のようにバリバリと読み進めることはできなかった。
2022年7月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
"想像していたより太郎はひどい歪形をうけていた。彼は無口で内気で神経質そうな少年で、夫人とぼくが話しているあいだじゅう身じろぎもせず背を正して椅子にかけていた。"1960年発刊の本書は芥川賞受賞作を含む"組織の中で生きる人間"をテーマにした4篇を収録した傑作短編集。
個人的には著者作は『日本三文オペラ』についで手にとりました。
さて、そんな本書はアンデルセンの"裸の王様"を下敷きに画塾へ来た少年、太郎と『僕』の交流、魂の救出を描く芥川賞受賞作『裸の王様』カミュのペストを彷彿とさせるネズミの大量発生に対処する役人の悲哀『パニック』著者の会社員経験がうまく活かされている製菓会社同士の競争話『巨人と玩具』そして、入れ替わり立ち替わり様々な兵士たちに蹂躙される町の人々を描く『流亡記』と、当時の【急速に組織化されつつあった戦後社会】を背景に【抑圧されながら生きる人間】をテーマにした4篇が収録されているわけですが。
ビジネスパーソン的寓話『パニック』や『巨人と玩具』もそれぞれ社会や組織に対する皮肉さが感じられて面白かったが、20代の作品らしく【初々しさと実験的な野心を感じる】『裸の王様』が、私自身が絵画好きということもあって面白かった。
また、架空の町の話かと思って読んでいた『流亡記』が、始皇帝による万里の長城工事へと繋がっていくのに驚き、2022年現在。丁度、人気マンガの実写映画として公開されている『キングダム』が浮かび、マンガや映画では華やかに描かれる戦場の将軍や兵士たちの一方で【当時もこうして犠牲になる人たちがいたのだろうな】と、そんな事を考えたり。
昭和の空気感が保存された社会派小説が好きな方へ。また優れた短編作品を探す人にもオススメ。
個人的には著者作は『日本三文オペラ』についで手にとりました。
さて、そんな本書はアンデルセンの"裸の王様"を下敷きに画塾へ来た少年、太郎と『僕』の交流、魂の救出を描く芥川賞受賞作『裸の王様』カミュのペストを彷彿とさせるネズミの大量発生に対処する役人の悲哀『パニック』著者の会社員経験がうまく活かされている製菓会社同士の競争話『巨人と玩具』そして、入れ替わり立ち替わり様々な兵士たちに蹂躙される町の人々を描く『流亡記』と、当時の【急速に組織化されつつあった戦後社会】を背景に【抑圧されながら生きる人間】をテーマにした4篇が収録されているわけですが。
ビジネスパーソン的寓話『パニック』や『巨人と玩具』もそれぞれ社会や組織に対する皮肉さが感じられて面白かったが、20代の作品らしく【初々しさと実験的な野心を感じる】『裸の王様』が、私自身が絵画好きということもあって面白かった。
また、架空の町の話かと思って読んでいた『流亡記』が、始皇帝による万里の長城工事へと繋がっていくのに驚き、2022年現在。丁度、人気マンガの実写映画として公開されている『キングダム』が浮かび、マンガや映画では華やかに描かれる戦場の将軍や兵士たちの一方で【当時もこうして犠牲になる人たちがいたのだろうな】と、そんな事を考えたり。
昭和の空気感が保存された社会派小説が好きな方へ。また優れた短編作品を探す人にもオススメ。