筆者が断筆宣言した直後から23年ぶりに再読。短編集のため作品ごとにレビュー。
『夢の検閲官』
いじめられていた息子の母親の夢に誰を送り込み、そして却下するのかを判定する検閲官の話。
支離滅裂だが見たことがある風景で構成される夢がこのように形成されているのではという
ファンタジー感が良い。
『カチカチ山事件』
爺が捕まえた悪戯者の狸が婆を騙して撲殺し、爺を騙して婆の肉を食べさせて逃げる。
兎は狸を懲らしめて仇討ちをするといういわゆるカチカチ山のストーリーを小学生たちが俯瞰し、
あれこれ感想を述べるというおはなし。これは読書する子どもを暗喩するものなのか。
『魚』
川岸へやって来た若い三人の親子連れ。興味半分に中州へ渡ったり、魚を捕まえたりするが、
段々と川の流れが急になり、水かさも増えてきたため子どもだけがホテルに戻って助けを
求めることに……というストーリー。こういう事故が起きるのは本当に些細なことであることが
よく分かる。
『レトリック騒動』
慣用句や諺、比喩表現が文字通りに起きた世界が描かれており、そのすべてが句点込みで
25文字で統一されていることに驚きを覚える。
『借金の清算』
借金を回収せんとする兄貴と、彼に痛めつけられている弟分。コミカルな文章である一方、
争いは同じレベルどうしでしか起きないというもの悲しさを感じずにはいられない。
『上へ行きたい』
住む階によって社会的階級が決まる世界。121階に住む男が姉の結婚式に出席するべく
123階に上がる許可を求めて区役所を訪れる話。途上国から先進国にやってくる人の
入国審査を彷彿とさせる。
『箪笥』
時代はおそらく1930年代。東京では別々のところに住むも、軽井沢の別荘が隣どうしの
主人公と毬子は主人公の別荘の蔵で鍵のかかったフランス製の箪笥を見つけるが……と
いうおはなし。羊皮紙や事に及んでる最中の写真そしてナポレオン金貨といったものに
思いを馳せるシーンそしてエンディングに、新海誠監督作品的な匂いを覚えることができる。
『巨人たち』
同じ作者の『虚人たち』ではない。冷遇されていた天才5人の身体が日に日に成長し、
最初は面白がっていた人々はやがて扱いに困り始めてしまう……という
ナンセンス・ホラーとでも言うべきおはなしだろう。
『鳶八丈の権』
本作唯一の時代小説。半年間鬱(現代で言う鬱とは違うようである)になり意識が飛んでいた
神具職人の彌三郎は収入が絶たれた半年の間に妻・おきよが自分と倅の平吉とともに
店賃の安い笠町の裏長屋に移り住んでいたが、おきよが必要以上のことを話そうとしない。
同業者の源三によれば月に二度ほど権次のもとに通っていたらしいという。
自分を起因とした、しかも自分ではコントロールのしようのない理由による家計の危機を
解決するためとはいえ自分の妻が……という、どうしようもないことかつ誰にもぶつける
ことができない痛みを抱える切なさそして子どもなりにそれを和らげようとする平吉の
健気さが印象的。
『火星探検』
火星探検のロケットに乗るべく発射基地のほうに向かう電車に乗った男。最初人々は
彼を祝福していたが、火星探検に莫大な国家予算が使われていることに気付いた人々は
徐々に考えが変わり始めていく……というおはなし。環境、人間関係、才能そして金銭的に
恵まれていた人が落ちぶれる話が大好きな国民性に対する皮肉と言えよう。
『のたくり大臣』
簡単に言えば疲れ果てた挙句布団に乗って空を飛ぶ大臣と秘書官の話である。果たして
これは夢なのか現なのか。
『「聖ジェームス病院」を歌う猫』
翌日に数学の試験を控えた中学3年生のおれは支離滅裂かつエキセントリックな夢を
見るが……というストーリー。夢ならではの支離滅裂さもさることながら、『夢の検閲官』
同様夢に出てくるものはすべて自分が過去に見聞きしたものがマッシュアップされたもので
あるという前提のもと後半で解答が提示され、それが思わぬ形で数学の試験に結びつくと
いう見事なオチをつけている。
『冬のコント』
料理長の方針によりボーイによる料理の説明がくどすぎるために傾きかけている
レストランに離婚調停中の夫婦がやってきた。ボーイの説明そっちのけで嫉妬深い夫は
妻を追求し、追求された妻は開き直り……というおはなし。
『夜のコント』
ホテルのバンケットルームで行われている悪役専門の役者の芸能生活30周年パーティ。
彼の想定通り客はたったの4人。一方隣の部屋で行われている大学教授の出版パーティは
文化勲章を受賞したこともあり人が集まりすぎたため、ディスカウントを条件に徐々に
仕切りが移動して部屋が狭くなっていくが、彼にはある考えが思い浮かび……という
おはなし。本作の中では『レトリック騒動』と並ぶ言葉を巧みに使った遊びの強い作品と
言えよう。
『最後の喫煙者』
世の中の禁煙化が進み、喫煙者が隅に追いやられつつある世の中で頑なに喫煙し
続ける主人公だったが、マスコミによるネガティヴキャンペーンや市民による私刑が
横行する中、それでも彼は煙草を吸い続け……という、愛煙家であることを公言し、
嫌煙権運動に苦言を呈している作者ならではの作品。刊行当時はスラップスティック
・コメディだったが時代が進むにつれ強ち間違ってはいない状態になっていることに
驚きを禁じ得ない。
『CINEMAレベル9』
神戸・新開地の映画館へ向かう道すがら、偶然通りかかった地元の地下鉄駅近くの名画座で
幻の作品が上演されているのを知った主人公は興奮気味にチケットを買い求めるが、
その映画館は専用エレベーターを備えた地下9階にあった……というおはなし。
作中に「兵庫県は日本でもいちばん地震の少ない県だ」とあるように、本作は
阪神淡路大震災発生前の話であり、東海地震に備え静岡県が津波対策として
海岸沿いに高い壁を築き上げるも大地震が発生していない一方、ノーマークであった
神戸に地震が起き、数年のスパンで十勝や東北、熊本で地震が発生した状況を
考えるとどうにも不思議な感覚を覚える。
『傾いた世界』
メガフロート上に建設された都市が、法律の施行により日本から姿を消したパチンコ玉で
作られた基礎のバラストの移動により徐々に傾いていく姿とそれに翻弄される人々を
通じて、物事を都合良く解し、男性に対する逆差別と化した歪んだフェミニズムに対する
アイロニーを描ききっている。
『都市盗掘団』
戦後から僅か十年。表向きは建設会社だが、戦争の焼け跡がまだ残る街で、
崩壊しかけた建物の中に埋まっている金品を得ている都市盗掘団がいた。
工科大学を中退し盗掘団に加わった最年少の斉藤はある沈みかけた邸宅に住む
時さんという女性と親しくなる。斉藤は加入時にはインドにいた椿という先輩たちと
ともに訪れた香港での仕事を始めるが……というストーリー。
本作は時さんたちと邂逅する斉藤。香港にて興味半分で購入し、仲間とともに飲んだ
不死酒と占い師の「近いうちに死ぬけど死なない」という言葉そして仕事で捨て駒
として自分を葬り去ろうとした椿に一矢報いて全員を爆発に巻き込ませた斉藤。
さらに時が流れ、合法的な建設会社として再出発していた社長の兼松と斉藤の
一年先輩の国木田が、かつての仲間が行方不明となった香港を再訪するという
3つの異なる話で構成されているが、香港で彼等が現在どうなっているかは
読み手によって判断が分かれるところだろう。

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夜のコント・冬のコント (新潮文庫 つ 4-32) 文庫 – 1994/10/1
筒井 康隆
(著)
- 本の長さ293ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日1994/10/1
- ISBN-104101171327
- ISBN-13978-4101171326
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登録情報
- 出版社 : 新潮社 (1994/10/1)
- 発売日 : 1994/10/1
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 293ページ
- ISBN-10 : 4101171327
- ISBN-13 : 978-4101171326
- Amazon 売れ筋ランキング: - 763,276位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
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1934(昭和9)年、大阪市生れ。同志社大学卒。
1960年、弟3人とSF同人誌〈NULL〉を創刊。この雑誌が江戸川乱歩に認められ「お助け」が〈宝石〉に転載される。1965年、処女作品集『東海道戦争』を刊行。1981年、『虚人たち』で泉鏡花文学賞、1987年、『夢の木坂分岐点』で谷崎潤一郎賞、1989(平成元)年、「ヨッパ谷への降下」で川端康成文学賞、1992年、『朝のガスパール』で日本SF大賞をそれぞれ受賞。1997年、パゾリーニ賞受賞。他に『家族八景』『邪眼鳥』『敵』『銀齢の果て』『ダンシング・ヴァニティ』など著書多数。1996年12月、3年3カ月に及んだ断筆を解除。2000年、『わたしのグランパ』で読売文学賞を受賞。
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2017年6月28日に日本でレビュー済み
2003年6月14日に日本でレビュー済み
平成2年刊行、文庫本は平成6年発行。初出は雑誌や新聞。短篇集。目次は「夢の検閲官」「カチカチ山事件」「魚」「レトリック騒動」「借金の清算」「上へ行きたい」「箪笥」「巨人たち」「鳶八丈の権」「火星探検」「のたくり大臣」「「聖ジェームス病院」を歌う猫」「冬のコント」「夜のコント」「最後の喫煙者」「CINEMAレベル9」「傾いた世界」「都市盗掘団」。著者は下書きをして原稿を清書することをエッセイなどに書いている。「「聖ジェームス病院」を歌う猫」は落ちが決まってから書いたと思われる作品。母子の思いを夢の側から語った「夢の検閲官」。喫煙者差別のパロディ「最後の喫煙者」。禁煙をうたいながら葉たばこの収穫を季節のニュースとして取り上げるメディアはダブルスタンダードではないのか。体に悪く他人に迷惑なら、よっぱらい、自動車飛行機などガス排出機械運転手同乗者利用者を差別しないのだろうか?と、この作品を読んでいるとこちらの怒りも増幅する。「嫌煙権運動、ばかじゃねえの?」と思っている方は必読。ちなみにぼくはたばこは一度も喫ったことはない。解説は小林恭二、断筆について書いている。
2013年7月13日に日本でレビュー済み
音楽や絵画の世界も同様だが、「代表作」「話題作」としては言及されないが、いわば「スキマ」に何気にあって目立たないが確たる品質をキープしている思いのほか優秀なプロダクトというのがあるものだ。あるいは富士山の美しさに関連して言及される「富士の裾野」とも言えるような作品。本書は筒井康隆ライブラリーにおいてそのような位置にある「隠れた傑作短編集」だ。単行本でリアルタイムで読んだのがついこの間のことのように思えていたがもう20年近くも前なのですね。今回、何故かこれがレビューしたくて久しぶりに手に取り目次を見て、2013年の今改めて見てみれば思いのほか珠玉作揃いの充実したメニューであることに軽く驚いた。音楽レコードで言えば「シングル」ヒット作の「最後の喫煙者」(カップリングは「傾いた世界」であろうか)収録の本書には、そのようなエンタメ作品の他、この頃油がのり始めていた「夢」を題材にした作品の代表作でタイトルも文字通りの「夢の検閲官」(本当に「夢」のような逸品だ)、及び「『聖ジェームス病院』を歌う猫」(夢の摩訶不思議さを見事に文字化!)をはじめ、他に初期のショート・ショートのテイストがある数編をはさんで、鬼のような「ザ・筒井文学」作品からホラー、ギャグまで、バランスよくヴァラエティーにも富んでいる。その意味では「筒井文学入門書」にはもってこいとは言えるのだが、読者を選ぶ「黒くて高い」玄人向けの要素も思いのほか強いので、逆にこれが最初に手に取る筒井作品であった場合玉砕の可能性も高く、試金石となるかも知れない。リアルタイムで当時最もお気に入りだったのは「都市盗掘団」。前記の二作がいわば夢の「理論」を小説化したといえるのに対し、これは「夢の世界での体験」そのもののイメージと感触を持つ怪奇潭。さて、実はここまでは長い前振りであった。実は殊の外「ハードルが高い」故に作者のレベルにない未熟な読者には作者の意図がもう一つ不明であった作品が、今回約二十年振りに再読して、不思議なくらい「ど真ん中」で堪能したことを特筆したい。「魚」は当初ありふれた作品だと思って読んだのだが、再読したら侮れない秀逸なホラーとして殊の外楽しめた。そして、タイトル作の「冬のコント」。「夜のコント」の方は、当初からそのギャグをいわば「ゲット」し得ていたが、「冬のコント」の方は言うなれば「難解」で、簡単に言うと、ギャグなのか?と思うと不快でホラーっぽい要素が混在(実際、自選ホラー傑作集にセレクトされてもいる)していて、つまり「ジャンル読み」の角度からの攻略が不可能な一編なのである。それでもなんとなく可笑しさは分って「微笑する」程度の理解だったのだが、今回再読して、何故この作品が「タイトル作」なのかを納得するほど堪能した。ネットでよく「声出してワロタ(笑った)」とか「腹筋イテェw」とかの表現を見るが、実際にはどんなに可笑しくても本を読んで「腹筋が痛くなるほど」「声を出して笑う」事態というのは、実体験からもそうあるものではないし誇張だと思っていた。ところが今回「冬のコント」再読で自分が本当にその事態になった。これは「他人には推薦不可能」な「ギャグの極北」で、ひょっとしたら大変な「実験作」であったのでは?
2007年8月22日に日本でレビュー済み
なんともいえない短編が勢ぞろいしてます。
どれも深読みするべきかそのまま流すべきか迷うような
話ばかりで、暗ーい笑いがこみ上げてくる感じです。
なんとなくやけに印象に残ってしばらく忘れられません。
『レトリック騒動』これはごく単純に面白いので多分フツーに笑えると思われます。
『火星探査』中途半端なリアル感が素敵なありそうでありえない話……平和な人たちです。
『冬のコント』読み終わった後しばらく何も食べたくなくなる強烈な後味の悪さです。
どれも深読みするべきかそのまま流すべきか迷うような
話ばかりで、暗ーい笑いがこみ上げてくる感じです。
なんとなくやけに印象に残ってしばらく忘れられません。
『レトリック騒動』これはごく単純に面白いので多分フツーに笑えると思われます。
『火星探査』中途半端なリアル感が素敵なありそうでありえない話……平和な人たちです。
『冬のコント』読み終わった後しばらく何も食べたくなくなる強烈な後味の悪さです。