大学時代に世界史をとっていて、本当によかった。
ざっくり流れを把握していないと読みにくいと思います。
若い時に読むのではなく、30代で仕事していてリーダーシップのとり方とかを意識するようになってくる頃に読むと、とっても役立つ。
大昔も今も、いっしょやん!おなじ人間やん!(命の価値は違うけど)
この塩野さんのあっけらかんとした口調とローマ愛が絡み合っていて本当に読みやすい。
歴史もので笑ってしまうなんて、この本でしかないです。
かわいい息子たちを描いていらっしゃるような。
塩野さん解説で、NHKで海外版大河ドラマしてほしいなあ。
本当におもしろいです。
BBCのドキュメンタリーにも興味が出てくるようになります。
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ローマ人の物語 (35) 最後の努力(上) (新潮文庫) 文庫 – 2009/8/28
塩野 七生
(著)
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ローマ再建に立ち上がったディオクレティアヌス帝は紀元293年、帝国を東西に分け、それぞれに正帝と副帝を置いて統治するシステム「四頭政」(テトラルキア)を導入した。これによって北方蛮族と東の大国ペルシアの侵入を退けることに成功。しかし、膨れ上がった軍事費をまかなうための新税制は、官僚機構を肥大化させただけだった。帝国改造の努力もむなしく、ローマはもはや、かつての「ローマ」ではなくなっていく――。
- 本の長さ224ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日2009/8/28
- 寸法14.8 x 10.5 x 2 cm
- ISBN-104101181853
- ISBN-13978-4101181851
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登録情報
- 出版社 : 新潮社; 文庫版 (2009/8/28)
- 発売日 : 2009/8/28
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 224ページ
- ISBN-10 : 4101181853
- ISBN-13 : 978-4101181851
- 寸法 : 14.8 x 10.5 x 2 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 51,565位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
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1937年7月7日、東京生れ。
学習院大学文学部哲学科卒業後、イタリアに遊学。1968年に執筆活動を開始し、「ルネサンスの女たち」を「中央公論」誌に発表。初めての書下ろし長編『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』により1970年度毎日出版文化賞を受賞。この年からイタリアに住む。
1982年、『海の都の物語』によりサントリー学芸賞。1983年、菊池寛賞。1992年より、ローマ帝国興亡の歴史を描く「ローマ人の物語」にとりくむ(2006年に完結)。1993年、『ローマ人の物語I』により新潮学芸賞。1999年、司馬遼太郎賞。2002年、イタリア政府より国家功労勲章を授与される。2007年、文化功労者に選ばれる。2008-2009年、『ローマ亡き後の地中海世界』(上・下)を刊行。
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上位レビュー、対象国: 日本
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2012年1月3日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「小さな政府」であったローマ帝国も、後期になるや「大きな政府」に変貌する。その主たる原因が、軍と行政の二機構の肥大化、にあったのではないか。(著書の帯より)
「ローマ軍も騎兵を主戦力にするようになって蛮族化し、ローマ帝国もミリタリーとシビリアンのキャリアが分離するようになって蛮族化した、のは事実である。だが、真の問題は、蛮族のほうにローマ化する気がなくなったことであり、ローマ帝国自体もまた、ローマ的でなくなったことのほうにあったのだ。敗者同化路線を着実に歩んだことで、ローマは興隆した。だが、その同じ路線でも三百年を経た三世紀末、衰退の一要因になりつつある。以前は敗者も同化を喜んでいたのだが、今では喜ばなくなったからであった。諸行無常とは、このようなことかと思ってしまう。」(90頁)
「ローマの皇帝が属州民から徴収していた収入の十分の一の属州税とて、キケロが言ったように「安全保障費」であったことは、当時は属州民も納得していた。なにしろローマ軍が国境を守ってくれているので、農民たちも安心して耕作に専念できていたからである。しかもその「安全保障費」が収入の10パーセントで留まっていた理由は、ローマ帝国が広域にわたっており、しかもその中で必要に応じて軍団を移動させたりする形での軍事力の融通システムが、経費節約につながっていたからである。(中略)そしてこれが、防衛面のみにしても帝国を分割し、各自に責任を分担させた「四頭政」下での防衛費の激増に、つながっていったにちがいない。くり返すが、分担とは、現にあるものを分割して担当させただけでは済まないのである。この現象を、広い視野をもつ冷徹な現実主義者であったディオクレティアヌスが、認識できなかったはずはない。認識はしたが、今のローマ帝国にはこれしかない、いかに大きな犠牲を払っても、帝国の国境は守らねばならない、とでも考えていたのであろうか。なぜならディオクレティアヌスは、四皇帝のうちでは彼一人に権利のあった政治で、人員の増加を避けられない分離分割政策を、法制化することによって定着させることさえも行うからである。それは、ほとんど初代皇帝アウグストゥス以来としてもよい、ローマ帝国全体の大改造であった。」(94〜95頁)
「こうしてローマ帝国は、「元首政」から「絶対君主制」への第一歩を踏み出す。皇帝像も、「市民中の第一人者」から「市民とはかけ離れたところにあって支配する者」に変わったのである。だがそれは、ディオクレティアヌスが、自分が殺されることを怖れたがゆえの対策ではなかった。三世紀後半を生きたこの人は、帝国の維持には何よりも、統治の安定が不可欠であることを理解したのである。そして、ローマ帝国での統治の安定とは、皇帝の地位の安定であったのだ。ディオクレティアヌスはそれを、市民の中の皇帝ではなく、市民から離れた皇帝にすることで実現しようと考える。兵士でも、皇帝も自分も同じ市民と思うのではなく、自分とまったくちがう高みにある人、と考えるようにするためだ。距離を置くことが、この路線の基本方針になった理由はここにあった。」(103頁)
「ローマ軍も騎兵を主戦力にするようになって蛮族化し、ローマ帝国もミリタリーとシビリアンのキャリアが分離するようになって蛮族化した、のは事実である。だが、真の問題は、蛮族のほうにローマ化する気がなくなったことであり、ローマ帝国自体もまた、ローマ的でなくなったことのほうにあったのだ。敗者同化路線を着実に歩んだことで、ローマは興隆した。だが、その同じ路線でも三百年を経た三世紀末、衰退の一要因になりつつある。以前は敗者も同化を喜んでいたのだが、今では喜ばなくなったからであった。諸行無常とは、このようなことかと思ってしまう。」(90頁)
「ローマの皇帝が属州民から徴収していた収入の十分の一の属州税とて、キケロが言ったように「安全保障費」であったことは、当時は属州民も納得していた。なにしろローマ軍が国境を守ってくれているので、農民たちも安心して耕作に専念できていたからである。しかもその「安全保障費」が収入の10パーセントで留まっていた理由は、ローマ帝国が広域にわたっており、しかもその中で必要に応じて軍団を移動させたりする形での軍事力の融通システムが、経費節約につながっていたからである。(中略)そしてこれが、防衛面のみにしても帝国を分割し、各自に責任を分担させた「四頭政」下での防衛費の激増に、つながっていったにちがいない。くり返すが、分担とは、現にあるものを分割して担当させただけでは済まないのである。この現象を、広い視野をもつ冷徹な現実主義者であったディオクレティアヌスが、認識できなかったはずはない。認識はしたが、今のローマ帝国にはこれしかない、いかに大きな犠牲を払っても、帝国の国境は守らねばならない、とでも考えていたのであろうか。なぜならディオクレティアヌスは、四皇帝のうちでは彼一人に権利のあった政治で、人員の増加を避けられない分離分割政策を、法制化することによって定着させることさえも行うからである。それは、ほとんど初代皇帝アウグストゥス以来としてもよい、ローマ帝国全体の大改造であった。」(94〜95頁)
「こうしてローマ帝国は、「元首政」から「絶対君主制」への第一歩を踏み出す。皇帝像も、「市民中の第一人者」から「市民とはかけ離れたところにあって支配する者」に変わったのである。だがそれは、ディオクレティアヌスが、自分が殺されることを怖れたがゆえの対策ではなかった。三世紀後半を生きたこの人は、帝国の維持には何よりも、統治の安定が不可欠であることを理解したのである。そして、ローマ帝国での統治の安定とは、皇帝の地位の安定であったのだ。ディオクレティアヌスはそれを、市民の中の皇帝ではなく、市民から離れた皇帝にすることで実現しようと考える。兵士でも、皇帝も自分も同じ市民と思うのではなく、自分とまったくちがう高みにある人、と考えるようにするためだ。距離を置くことが、この路線の基本方針になった理由はここにあった。」(103頁)
2012年4月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
長い長いローマ人の物語文庫版シリーズ第35弾である本書は、ディオクレティアヌス帝の治世を描いている。
まえがきで著者は、書いていてこの皇帝の笑顔など表情を想像できなかったと述べている。実際、ディオクレティアヌスの治世の様子が淡々と描かれ、
皇帝が実務的にシステマティックにローマ帝国再建に向けて頑張っていた様子はとてもよく伝わってくるものの、その統治の印象は冷徹なものだった。
大変な困難に見舞われながらもそれを痛快なまでに乗り越えていく様子を塩野氏が格好良く描いた昔のローマの男たちはどこへやら、
ローマをローマたらしめていたものはどんどん失われていく一方である。
「蛮族」襲来など防衛面での必要に対処すべく、西方東方それぞれにアウグストゥスとカエサルを配置する四頭政によって、
確かにディオクレティアヌスはかなり成果を残したようである。けれども、4人の代表者がそれぞれに軍を率いることもあって、兵士の数も激増。
当然国防費も増大し、かつてのローマ市民権の大盤振る舞いで税収も昔とは異なっていたため、結局は臨時税の増発という事態を招く。しかも経済はインフレ。
その昔帝政ローマが築かれた頃の仕組みはすでに崩れており、時代自体も大きく変わっているので、ローマが崩壊するコースはもう止められなかったのかもしれない。
しかしそんな状況の中でディオクレティアヌスが何にどのように対処しようとして、その結果どうなったかという事は、現在でも学べる部分があると思う。
兵士倍増などの弊害もあったにせよ、もしディオクレティアヌスが完全に一人で防衛に奔走していたら対処しきれずもっと早く帝国が滅んでいたかもしれない。
自分として出来る限りのことを断行した、まさにディオクレティアヌスらの「最後の努力」が語られていく。
王政、共和政および帝政初期のころの物語の方がワクワクして楽しく読めるものになっていたことは否定できない。その理由の少なくとも一部は、
ローマ自体に面白みがなくなり、(本シリーズに描かれる限りでは)傑出した人材も激減し、ローマ人のプラクティカルで開明的な考え方も薄れてきたことにあるように思われた。
まえがきで著者は、書いていてこの皇帝の笑顔など表情を想像できなかったと述べている。実際、ディオクレティアヌスの治世の様子が淡々と描かれ、
皇帝が実務的にシステマティックにローマ帝国再建に向けて頑張っていた様子はとてもよく伝わってくるものの、その統治の印象は冷徹なものだった。
大変な困難に見舞われながらもそれを痛快なまでに乗り越えていく様子を塩野氏が格好良く描いた昔のローマの男たちはどこへやら、
ローマをローマたらしめていたものはどんどん失われていく一方である。
「蛮族」襲来など防衛面での必要に対処すべく、西方東方それぞれにアウグストゥスとカエサルを配置する四頭政によって、
確かにディオクレティアヌスはかなり成果を残したようである。けれども、4人の代表者がそれぞれに軍を率いることもあって、兵士の数も激増。
当然国防費も増大し、かつてのローマ市民権の大盤振る舞いで税収も昔とは異なっていたため、結局は臨時税の増発という事態を招く。しかも経済はインフレ。
その昔帝政ローマが築かれた頃の仕組みはすでに崩れており、時代自体も大きく変わっているので、ローマが崩壊するコースはもう止められなかったのかもしれない。
しかしそんな状況の中でディオクレティアヌスが何にどのように対処しようとして、その結果どうなったかという事は、現在でも学べる部分があると思う。
兵士倍増などの弊害もあったにせよ、もしディオクレティアヌスが完全に一人で防衛に奔走していたら対処しきれずもっと早く帝国が滅んでいたかもしれない。
自分として出来る限りのことを断行した、まさにディオクレティアヌスらの「最後の努力」が語られていく。
王政、共和政および帝政初期のころの物語の方がワクワクして楽しく読めるものになっていたことは否定できない。その理由の少なくとも一部は、
ローマ自体に面白みがなくなり、(本シリーズに描かれる限りでは)傑出した人材も激減し、ローマ人のプラクティカルで開明的な考え方も薄れてきたことにあるように思われた。
2011年4月8日に日本でレビュー済み
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異民族の侵入に備え帝国を守るためディオクレティアヌス帝は帝国を4分割する。しかし、これにより軍事費は膨れ上がり新税制はめちゃくちゃで官僚制度を疲弊させるだけに…。ローマが老化していく(ダジャレではない)のは見るに忍びない。もう、私が好きだったローマ帝国はどこにもないのだ。悲しい。
2009年12月20日に日本でレビュー済み
組織論とかリーダー論的な洞察力は衰えていないが
人物の性格に関する描写力は明らかに衰えている
「品格を重んじたティベリウスにはユリアの品格の低さが我慢できなかったのだろう」とか
「アウグストゥス自身が誰にでも心を開く人ではなかった」とか
そのくらい颯爽と想像力を働かせて鮮やかに人物を書き綴って欲しい
治世を見ればディオクレティアヌスの冷徹さ、明晰さが伝わってくる
ディオクレティアヌスは塩野氏が本気で書けばかなり面白く書く余地のある
一級の素材ではなかったかと思う
しかしディオクレティアヌスの人柄的な面にはあまり触れられていなく
彼の政策に関する論評中心なのが物足りない
政策そのものは研究所でも分かる事でもある
スッラやカエサルやティベリウスを書いた塩野さんはどこへ行った
人物の性格に関する描写力は明らかに衰えている
「品格を重んじたティベリウスにはユリアの品格の低さが我慢できなかったのだろう」とか
「アウグストゥス自身が誰にでも心を開く人ではなかった」とか
そのくらい颯爽と想像力を働かせて鮮やかに人物を書き綴って欲しい
治世を見ればディオクレティアヌスの冷徹さ、明晰さが伝わってくる
ディオクレティアヌスは塩野氏が本気で書けばかなり面白く書く余地のある
一級の素材ではなかったかと思う
しかしディオクレティアヌスの人柄的な面にはあまり触れられていなく
彼の政策に関する論評中心なのが物足りない
政策そのものは研究所でも分かる事でもある
スッラやカエサルやティベリウスを書いた塩野さんはどこへ行った
2011年11月6日に日本でレビュー済み
この「最後の努力」は古代から中世へと移行し始める時代について、塩野氏が描くローマの歴史物語である。
この物語での主人公は明確に言えば2人「ディオクレティアヌス」と「コンスタンティヌス」である。
どちらも世界史に名を残しているが、この二人のコントラストが、この物語の最大の魅力ではなかろうか。
国家の今後を考えて精緻に支配構造を築き、後任者に任せて引退してしまうディオクレティアヌス。
しかし、後任者達はディオクレティアヌスのことなど忘れたかのように、その構造を無視して進んでいき、最後はコンスタンティヌスが殆ど正反対の構造を築くことになる。
生きたまま、その結果を見ていたディオクレティアヌスについて、塩野氏はその心情を描かない。
自分の考えた体制が破壊されていくのを見ても、最後は動かなかったディオクレティアヌス自身の姿に語らせたいのかもしれない。
塩野氏は歴史学者ではなく小説家であるので、そういう、機微を感じながら読めるのがこのシリーズの良さと言える。
塩野氏はコンスタンティヌスを中世の初めと置く。中世に影響を大きく及ぼすキリスト教の公会議制度も元は二ケア公会議を召集したコンスタンティヌスの発案なのである。
その影響で、東方正教会は現在でもローマ皇帝が召集した公会議のみが正統だと考えている。
つまり、東方正教会の考えでは、現代において公会議を召集する術はもうないのである。
そんな背景を知っていると、コンスタンティヌスの判断が後のキリスト教中世にどれほどの影響を及ぼしたがかが分かる。
この物語での主人公は明確に言えば2人「ディオクレティアヌス」と「コンスタンティヌス」である。
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国家の今後を考えて精緻に支配構造を築き、後任者に任せて引退してしまうディオクレティアヌス。
しかし、後任者達はディオクレティアヌスのことなど忘れたかのように、その構造を無視して進んでいき、最後はコンスタンティヌスが殆ど正反対の構造を築くことになる。
生きたまま、その結果を見ていたディオクレティアヌスについて、塩野氏はその心情を描かない。
自分の考えた体制が破壊されていくのを見ても、最後は動かなかったディオクレティアヌス自身の姿に語らせたいのかもしれない。
塩野氏は歴史学者ではなく小説家であるので、そういう、機微を感じながら読めるのがこのシリーズの良さと言える。
塩野氏はコンスタンティヌスを中世の初めと置く。中世に影響を大きく及ぼすキリスト教の公会議制度も元は二ケア公会議を召集したコンスタンティヌスの発案なのである。
その影響で、東方正教会は現在でもローマ皇帝が召集した公会議のみが正統だと考えている。
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そんな背景を知っていると、コンスタンティヌスの判断が後のキリスト教中世にどれほどの影響を及ぼしたがかが分かる。