シベリアのオムスク要塞監獄。
囚人たちの労働は、どれほど過酷だったのだろうか?
それは次のように書かれている。
「当時のロシア農民と比べて、労働時間も短く、楽であった」
では、なぜ「それほど過酷でない労働」が重罪人たちにとって「罰」となり得たのか?
「それは足枷を嵌められ、ムチの下で強制された労働だったからである」
ドストエフスキーの文学は、今も生きている。
作品中の囚人たちは、名を変え姿を変え、現代の日本にも生きている。
自分の仕事を「強制されたもの」として嫌々こなせば、
わざわざシベリアの監獄に入らなくても、
囚人たちと「精神的に」同じ罰を受けている。
自ら囚人となっているのが、現代の私たちだ。
労働の辛さや内容ではなく、姿勢によって、心によって、
人間は「囚人」にも「奴隷」にもなるのではないか。
運命は自分の思い通りにはなってくれない。
来た運命を嫌えば、運命にムチ打たれながら耐える囚人だ。
どんな過酷な運命でも、それを愛せば、人間は自由になれる。
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死の家の記録 (新潮文庫) 文庫 – 1973/8/1
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1850年1月、聖書一冊を懐中にしてドストエフスキーはオムスク要塞監獄に着いた。
そして4年間の服役に――。
思想犯として逮捕され、死刑を宣告されながら、刑の執行直前に恩赦によりシベリア流刑に処せられた著者の、四年間にわたる貴重な獄中の体験と見聞の記録。地獄さながらの獄内の生活、悽惨目を覆う笞刑、野獣的な状態に陥った犯罪者の心理などを、深く鋭い観察と正確な描写によって芸術的に再現、苦悩をテーマとする芸術家の成熟を示し、ドストエフスキーの名を世界的にした作品。
本書「解説」より
『死の家の記録』は、主題、人物、方法など、さまざまな意味において、後年の大作を生み出す母胎となったという点において、ドストエフスキーの作品系列の中で重要な位置を占めている。ドストエフスキーは兄宛の手紙の中で「ぼくは監獄生活から民衆のタイプや性格をどれほどたくさん得たかわかりません。浮浪人や強盗の身の上話をどれほど聞いたかわかりません!何巻もの書物にするに足るでしょう!」と述べている。
――工藤精一郎(訳者)
ドストエフスキー Фёдор М.Достоевский(1821-1881)
19世紀ロシア文学を代表する世界的巨匠。父はモスクワの慈善病院の医師。1846年の処女作『貧しき人びと』が絶賛を受けるが、1849年、空想的社会主義に関係して逮捕され、シベリアに流刑。この時持病の癲癇が悪化した。出獄すると『死の家の記録』等で復帰。1861年の農奴解放前後の過渡的矛盾の只中にあって、鋭い直観で時代状況の本質を捉え、『地下室の手記』を皮切りに『罪と罰』『白痴』『悪霊』『未成年』『カラマーゾフの兄弟』等、「現代の予言書」とまでよばれた文学を創造した。
工藤精一郎 (1922-2008)
福島生れ。ハルビン学院卒。日ソ文化交流機関講師、関西大学教授等を歴任。著書に『ソ連の素顔』等、翻訳にトルストイ、ドストエフスキー、ツルゲーネフ等のロシア文学、また『ゴルバチョフ回想録』等がある。
そして4年間の服役に――。
思想犯として逮捕され、死刑を宣告されながら、刑の執行直前に恩赦によりシベリア流刑に処せられた著者の、四年間にわたる貴重な獄中の体験と見聞の記録。地獄さながらの獄内の生活、悽惨目を覆う笞刑、野獣的な状態に陥った犯罪者の心理などを、深く鋭い観察と正確な描写によって芸術的に再現、苦悩をテーマとする芸術家の成熟を示し、ドストエフスキーの名を世界的にした作品。
本書「解説」より
『死の家の記録』は、主題、人物、方法など、さまざまな意味において、後年の大作を生み出す母胎となったという点において、ドストエフスキーの作品系列の中で重要な位置を占めている。ドストエフスキーは兄宛の手紙の中で「ぼくは監獄生活から民衆のタイプや性格をどれほどたくさん得たかわかりません。浮浪人や強盗の身の上話をどれほど聞いたかわかりません!何巻もの書物にするに足るでしょう!」と述べている。
――工藤精一郎(訳者)
ドストエフスキー Фёдор М.Достоевский(1821-1881)
19世紀ロシア文学を代表する世界的巨匠。父はモスクワの慈善病院の医師。1846年の処女作『貧しき人びと』が絶賛を受けるが、1849年、空想的社会主義に関係して逮捕され、シベリアに流刑。この時持病の癲癇が悪化した。出獄すると『死の家の記録』等で復帰。1861年の農奴解放前後の過渡的矛盾の只中にあって、鋭い直観で時代状況の本質を捉え、『地下室の手記』を皮切りに『罪と罰』『白痴』『悪霊』『未成年』『カラマーゾフの兄弟』等、「現代の予言書」とまでよばれた文学を創造した。
工藤精一郎 (1922-2008)
福島生れ。ハルビン学院卒。日ソ文化交流機関講師、関西大学教授等を歴任。著書に『ソ連の素顔』等、翻訳にトルストイ、ドストエフスキー、ツルゲーネフ等のロシア文学、また『ゴルバチョフ回想録』等がある。
- 本の長さ567ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日1973/8/1
- 寸法14.8 x 10.5 x 2 cm
- ISBN-10410201019X
- ISBN-13978-4102010198
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カラマーゾフの三人兄弟を中心に、十九世紀のロシア社会に生きる人間の愛憎うずまく地獄絵を描き、人間と神の問題を追究した大作。 | 無神論的革命思想を悪霊に見立て、それに憑かれた人々の破滅を実在の事件をもとに描く。文豪の、文学的思想的探究の頂点に立つ大作。 | 地獄さながらの獄内の生活、悽惨目を覆う笞刑、野獣のような状態に陥った犯罪者の心理──著者のシベリア流刑の体験と見聞の記録。 |
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青年貴族アリョーシャと清純な娘ナターシャの悲恋を中心に、農奴解放、ブルジョア社会へ移り変わる混乱の時代に生きた人々を描く。 | 独自の犯罪哲学によって、高利貸の老婆を殺し財産を奪った貧しい学生ラスコーリニコフ。良心の呵責に苦しむ彼の魂の遍歴を辿る名作。 | ロシア社会の混乱を背景に、「父と子」の葛藤、未成年の魂の遍歴を描きながら人間の救済を追求するドストエフスキー円熟期の名作。 |
登録情報
- 出版社 : 新潮社; 改版 (1973/8/1)
- 発売日 : 1973/8/1
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 567ページ
- ISBN-10 : 410201019X
- ISBN-13 : 978-4102010198
- 寸法 : 14.8 x 10.5 x 2 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 120,873位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 111位ロシア・ソビエト文学 (本)
- - 2,677位新潮文庫
- - 27,068位ノンフィクション (本)
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2022年12月22日に日本でレビュー済み
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2022年2月19日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
本書の考察が可能とされる背景は、
あとがきに述べられている。
・鏡に映るがの如く現実を再現するロシアリアリズム
・「亡び去った民衆に関する覚書」
・オムスク要塞監獄中で体験、見聞きしたことの記録が『死の家の記録』
監獄内の風俗、生活描写はロシアの漸次的な歴史の出口である。
・繰り返して言うが、これは一朝一夕で起こったことではなく、
きわめて長い時日を経て漸次に行われたことである(566)
(集団化(農業、工業)に至る<ロシヤの歴史と監獄性>とは)
別書『これが人間か(プリーモ・レーヴィ)』
『夜と霧(VEフランクル)』のように、
人間の本性は、監獄の外では表面上は分からないものである。
・目的と希望を失えば、
人間は寂しさのあまりけだもの化してしまうことが珍しくない(472)
・勤務上、あるいは単に友誼上、
40年の間毎日交際していたとしても、彼らの本質はぜったいにわかるものではない。 全てが単なる錯覚であって、それ以上の何者でもない(476)
・ニコライの暗黒の治世の出口を飾ることであろう(564)
剥き出しの自己保存本能は、社会という監獄内に見え隠れする。
・自由というものが、監獄では本当の自由よりも、
つまり、実際にある現実の自由よりも、
何かもっともっと自由なものに思われていった(555)
・ここに住む人々は、まれに見る人間ばかりだった(557)
本性、精神は
・本のない生活をおくりながら、
わたしはやむを得ず自分の内部に思索を向け、
自分に問題を課し、その解決につとめたときには苦悶したものだった(554)
・だがわたしは、これで終わってもよいと考えている(529)
・体験したことを一枚の明瞭な絵
------------------------------------------------------------------------------------
【劇】
・軽蔑、嘲笑、恥辱から逃れるため、練り上げた行動プラン
・そうか、どうやらこれは、自分で体験すべきことで、
他人に聞く事じゃないらしいな(157)
・匕首を借りて、ふところにのんでいた。いざというとき(207)
・自棄を装う、自棄のポーズ
・囚人たちに許された芝居の自由
・言葉で全ての苦しみを忘れかねない(356)
・世の中から見捨てられた人間
・どこか遠くの川のせせらぎのように、遠く静かな抑揚のないささやきが聞こえるばかり
・アキームイチへの憎悪からの自己憎悪、1年(502)
・黙りこくって、気味悪いほどしずかに、事の終わるのを待っていた(490)
・正直さ、率直さ、希望は軽蔑
------------------------------------------------------------------------------------
【恐怖】
・肉体的恐怖—笞打ち
・足枷—恥辱
・耐え難い熱気、苦しさ、煉瓦工場
・死の恐怖への自己反転
------------------------------------------------------------------------------------
【反作用、反動】
・人目を避け、陰気な烙印、逍遥、もの思いにふけ
・苦役—共同生活
・自然の要求∋自己保存本能
・わざと自分の傷をつついて、そのうずきにぞくぞくするような快感をおぼえ
・不幸の限りない大きさの自覚の中にこそ真の悦び
・完全に孤立した家族(〜、排他的な態度の代償、毛嫌いされる)
・彼らはいつも貧しい下積み
・だいたい自分が何の役にも立たず、自分だけが除け者(173)
------------------------------------------------------------------------------------
【反作用(人物)】
・変わり身の男を演じる反動
・相手を見つけては無性に自分の運命を嘆きたくなる癖があった(263)
・40過ぎたものもいるというのに、まったくの子供だった(279)
・ことさらに、いんぎん、無愛想に振る舞って、自分の優越感を見せつける
・自分の方が遥かに上と自負していることを、はっきりみてとれた(370)
・外套、装飾—自分が卑しい人間であると卑屈なまでに意識している、きわめて信心深い貴婦人
・一神教—自己憎悪—所有、特権—人間支配(亭主)
・老人、祈りと作り上げた殉教に出口
・救いと偶像崇拝への願望—反退屈、
・憎悪の対象—生贄?恥辱の清算は?脱獄犯への憎悪
------------------------------------------------------------------------------------
【簒奪サイクル∋依存化∋敗者】
・やはり、みんなの仲間ではなく、永久に苦しい思いで、
自分が白い目で見られる孤独な存在であることを
意識しなければならないのである(476)
・どんなに正直、聡明であっても憎悪、
軽蔑されなければならないのである(475)
・わたしの生涯のもっとも苦しい一年であった。
監獄における自分の境遇に慣れることができた(468)
・監獄内におけるわたしの位置の疎外と特殊性
・反動のシニスムと獣性の同居(474)
・人間は、けだもののような境遇にさえ、
慣れることかできるものだということを予感していた
(∋特権∋文明への従属∋自由への渇望∋囚人∋金、酒、服、反失墜、自己憎悪)
「これがおれのさすらいの果てだ、監獄へきてしまった」(126)
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あとがきに述べられている。
・鏡に映るがの如く現実を再現するロシアリアリズム
・「亡び去った民衆に関する覚書」
・オムスク要塞監獄中で体験、見聞きしたことの記録が『死の家の記録』
監獄内の風俗、生活描写はロシアの漸次的な歴史の出口である。
・繰り返して言うが、これは一朝一夕で起こったことではなく、
きわめて長い時日を経て漸次に行われたことである(566)
(集団化(農業、工業)に至る<ロシヤの歴史と監獄性>とは)
別書『これが人間か(プリーモ・レーヴィ)』
『夜と霧(VEフランクル)』のように、
人間の本性は、監獄の外では表面上は分からないものである。
・目的と希望を失えば、
人間は寂しさのあまりけだもの化してしまうことが珍しくない(472)
・勤務上、あるいは単に友誼上、
40年の間毎日交際していたとしても、彼らの本質はぜったいにわかるものではない。 全てが単なる錯覚であって、それ以上の何者でもない(476)
・ニコライの暗黒の治世の出口を飾ることであろう(564)
剥き出しの自己保存本能は、社会という監獄内に見え隠れする。
・自由というものが、監獄では本当の自由よりも、
つまり、実際にある現実の自由よりも、
何かもっともっと自由なものに思われていった(555)
・ここに住む人々は、まれに見る人間ばかりだった(557)
本性、精神は
・本のない生活をおくりながら、
わたしはやむを得ず自分の内部に思索を向け、
自分に問題を課し、その解決につとめたときには苦悶したものだった(554)
・だがわたしは、これで終わってもよいと考えている(529)
・体験したことを一枚の明瞭な絵
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【劇】
・軽蔑、嘲笑、恥辱から逃れるため、練り上げた行動プラン
・そうか、どうやらこれは、自分で体験すべきことで、
他人に聞く事じゃないらしいな(157)
・匕首を借りて、ふところにのんでいた。いざというとき(207)
・自棄を装う、自棄のポーズ
・囚人たちに許された芝居の自由
・言葉で全ての苦しみを忘れかねない(356)
・世の中から見捨てられた人間
・どこか遠くの川のせせらぎのように、遠く静かな抑揚のないささやきが聞こえるばかり
・アキームイチへの憎悪からの自己憎悪、1年(502)
・黙りこくって、気味悪いほどしずかに、事の終わるのを待っていた(490)
・正直さ、率直さ、希望は軽蔑
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【恐怖】
・肉体的恐怖—笞打ち
・足枷—恥辱
・耐え難い熱気、苦しさ、煉瓦工場
・死の恐怖への自己反転
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【反作用、反動】
・人目を避け、陰気な烙印、逍遥、もの思いにふけ
・苦役—共同生活
・自然の要求∋自己保存本能
・わざと自分の傷をつついて、そのうずきにぞくぞくするような快感をおぼえ
・不幸の限りない大きさの自覚の中にこそ真の悦び
・完全に孤立した家族(〜、排他的な態度の代償、毛嫌いされる)
・彼らはいつも貧しい下積み
・だいたい自分が何の役にも立たず、自分だけが除け者(173)
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【反作用(人物)】
・変わり身の男を演じる反動
・相手を見つけては無性に自分の運命を嘆きたくなる癖があった(263)
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・ことさらに、いんぎん、無愛想に振る舞って、自分の優越感を見せつける
・自分の方が遥かに上と自負していることを、はっきりみてとれた(370)
・外套、装飾—自分が卑しい人間であると卑屈なまでに意識している、きわめて信心深い貴婦人
・一神教—自己憎悪—所有、特権—人間支配(亭主)
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・憎悪の対象—生贄?恥辱の清算は?脱獄犯への憎悪
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【簒奪サイクル∋依存化∋敗者】
・やはり、みんなの仲間ではなく、永久に苦しい思いで、
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意識しなければならないのである(476)
・どんなに正直、聡明であっても憎悪、
軽蔑されなければならないのである(475)
・わたしの生涯のもっとも苦しい一年であった。
監獄における自分の境遇に慣れることができた(468)
・監獄内におけるわたしの位置の疎外と特殊性
・反動のシニスムと獣性の同居(474)
・人間は、けだもののような境遇にさえ、
慣れることかできるものだということを予感していた
(∋特権∋文明への従属∋自由への渇望∋囚人∋金、酒、服、反失墜、自己憎悪)
「これがおれのさすらいの果てだ、監獄へきてしまった」(126)
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2019年12月25日に日本でレビュー済み
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導入の小説仕立てから何が起こるんだろうかと物語に引き込まれます。
すじらしいすじもないので途中疲れる部分もありましたが、とにかく描写がすごかったです。
獄舎の暗い雰囲気やアブラムシの浮いたスープ、
浴槽内でごった返す汚い囚人たちのどろどろ具合や祭事の浮かれ模様など、
人々の熱気と興奮が目に見えるように細かく描かれています。
鋭い観察力による囚人たちの行動についてやエピソード、ペットの話などおもしろい。
正直哲学的考察や当時のロシア帝国の背景に対する知識が全くなく
理解できずに眠くなるような章も多々ありましたが、全体的に興味深く読めました。
すじらしいすじもないので途中疲れる部分もありましたが、とにかく描写がすごかったです。
獄舎の暗い雰囲気やアブラムシの浮いたスープ、
浴槽内でごった返す汚い囚人たちのどろどろ具合や祭事の浮かれ模様など、
人々の熱気と興奮が目に見えるように細かく描かれています。
鋭い観察力による囚人たちの行動についてやエピソード、ペットの話などおもしろい。
正直哲学的考察や当時のロシア帝国の背景に対する知識が全くなく
理解できずに眠くなるような章も多々ありましたが、全体的に興味深く読めました。
2017年4月6日に日本でレビュー済み
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シベリア監獄(収容所)を題材に取った作品を読むのはこれで三回目になる。
もちろん、以前に読んだ作品の作者はドストエフスキーではない。
これまで読んできたシベリア監獄物は、
読んでいるこちらが身に沁みそうな寒さや、
粗末でまずい食事でも一匙残らず胃の腑に収めねば生きていけないという
たまらない切迫感に満ちていた。
しかし、この本はどういうことなのだろうか?
監獄物でなくても、シベリアが舞台なら必ずと言っていいほど恐れられる冬の厳寒など
まるで関係ないという風情で、あろうことか
「雪かきを楽しんだ」
などという描写まである。
食事のシーンについても非現実的だ。
監獄で出されるアブラムシの浮いた野菜スープなどが我慢できないから、
「お茶だけ飲んで暮らしていた」と、驚愕するようなことがサラっと書いてある。
つまり主人公は(期間はどれほどかは謎だが)水分摂取だけして強制労働をこなし飢えることもなく普通に過ごしていたことになる。
本当にドストエフスキーはシベリア体験をしていたのだろうか? …と、疑ってしまうレベルである。
とはいえ、人物描写などは面白く、ドストエフスキーにしてはサクサク読めるお手軽感はいい。
しかし、これがシベリア監獄です、これが死の家です、と言われても首を傾げざるを得ないのは確かだ。
シベリア監獄物に興味を持った方には「イワン・デニーソヴィチの一日」という本をぜひオススメしたい。
厳寒の辛さ、貧しい食事の辛さ、強制される労働のトラブルなどを描きながらも、
最後にはしみじみと味わい深い読後感を味わえる名作だと思う。
もちろん、以前に読んだ作品の作者はドストエフスキーではない。
これまで読んできたシベリア監獄物は、
読んでいるこちらが身に沁みそうな寒さや、
粗末でまずい食事でも一匙残らず胃の腑に収めねば生きていけないという
たまらない切迫感に満ちていた。
しかし、この本はどういうことなのだろうか?
監獄物でなくても、シベリアが舞台なら必ずと言っていいほど恐れられる冬の厳寒など
まるで関係ないという風情で、あろうことか
「雪かきを楽しんだ」
などという描写まである。
食事のシーンについても非現実的だ。
監獄で出されるアブラムシの浮いた野菜スープなどが我慢できないから、
「お茶だけ飲んで暮らしていた」と、驚愕するようなことがサラっと書いてある。
つまり主人公は(期間はどれほどかは謎だが)水分摂取だけして強制労働をこなし飢えることもなく普通に過ごしていたことになる。
本当にドストエフスキーはシベリア体験をしていたのだろうか? …と、疑ってしまうレベルである。
とはいえ、人物描写などは面白く、ドストエフスキーにしてはサクサク読めるお手軽感はいい。
しかし、これがシベリア監獄です、これが死の家です、と言われても首を傾げざるを得ないのは確かだ。
シベリア監獄物に興味を持った方には「イワン・デニーソヴィチの一日」という本をぜひオススメしたい。
厳寒の辛さ、貧しい食事の辛さ、強制される労働のトラブルなどを描きながらも、
最後にはしみじみと味わい深い読後感を味わえる名作だと思う。
2019年12月23日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
絶望感に苛まれ、これより先の人生が見通しが立たない、そうした状況に陥ったときこそ、この名著を繰り返し読みたい。本書の次の言葉は座右の銘にしたい。
それにしても、人間は生きられるものだ!人間はどんなことにでも慣れられる存在だ。わたしはこれが人間のもっとも適切な定義だと思う。
もし絶望的な環境下に置かれたならば、自棄にならず、希望を失わず、自分を売り渡さず、じっくりと周囲を観察する主人公、ゴリャンチコフのような人物の処し方に思いを馳せたい。
それにしても、人間は生きられるものだ!人間はどんなことにでも慣れられる存在だ。わたしはこれが人間のもっとも適切な定義だと思う。
もし絶望的な環境下に置かれたならば、自棄にならず、希望を失わず、自分を売り渡さず、じっくりと周囲を観察する主人公、ゴリャンチコフのような人物の処し方に思いを馳せたい。
2022年12月8日に日本でレビュー済み
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小説というより様々なエピソードが羅列されるドキュメントという感じ。
2018年6月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
まだ読んでいる最中ですが、最後のところに、元の書名がロシア語で書いてあったのが良かったです。ロシア人に見せましたが、ロシアでも ”罪と罰” ほどは知られていなくて、ロシア語の書名を写真に撮って、早速購入して、読んでみると言っていました。
吉野 勝三郎
吉野 勝三郎
2021年11月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
読書・哲学が好きな、海外在住のサラリーマンです。
ドストエフスキーの本は、20年ほど前、大学生のときに色々と読みましたが、それ以来、ほとんど読んでいませんでした。(数年前にサンクトペテルブルクのドストエフスキー博物館には行きました)
死の家の記録は、今回初めて読みました。
ドストエフスキーの鋭い洞察力で、淡々と他の囚人の様子等が記録されています。
そして、所々に見られる、囚人に対するドストエフスキーの優しさが溢れる記述。この優しさと慣れ、そして希望(この場合、自由への渇望、つまり作品を書き続けるということ)があったからこそ、「死の家」という大変な状況でも、力強さと冷静さを保つことができたのだと思います。また、敢えて苦労を受け入れるというか、その様な決意みたいなものが感じられました。
4年間の投獄の体験が、ドストエフスキーのその後の作品に影響を与えたことが、よく分かりました。この経験無くしては、その後のドストエフスキーの作品は生まれなかったと思います。
今後、ドストエフスキーの他の作品も再読していきたいです。
(2022年11月30日追記)
ドストエフスキーの優しさについての再考です。
ドストエフスキーは、獄中で聖書を読んだとのことです。隣人を愛するということは、相手の事情を理解してあげるということなのだろうと、私自身、この歳になって思います。
共に過ごした囚人ひとりひとりにも、止むに止まれぬ事情はあったはずですし、広く言えば、全世界の誰にだって、事情というものがあるはずです。そして、相手の事情を理解すると共に、自分の事情もあることを認める。これは、言い訳をするということでは決してなくて、自分の弱さを認めるということでもあると思います。そして、それによって、最終的には平和というものが生まれるのではないかと思います。
ドストエフスキーの本は、20年ほど前、大学生のときに色々と読みましたが、それ以来、ほとんど読んでいませんでした。(数年前にサンクトペテルブルクのドストエフスキー博物館には行きました)
死の家の記録は、今回初めて読みました。
ドストエフスキーの鋭い洞察力で、淡々と他の囚人の様子等が記録されています。
そして、所々に見られる、囚人に対するドストエフスキーの優しさが溢れる記述。この優しさと慣れ、そして希望(この場合、自由への渇望、つまり作品を書き続けるということ)があったからこそ、「死の家」という大変な状況でも、力強さと冷静さを保つことができたのだと思います。また、敢えて苦労を受け入れるというか、その様な決意みたいなものが感じられました。
4年間の投獄の体験が、ドストエフスキーのその後の作品に影響を与えたことが、よく分かりました。この経験無くしては、その後のドストエフスキーの作品は生まれなかったと思います。
今後、ドストエフスキーの他の作品も再読していきたいです。
(2022年11月30日追記)
ドストエフスキーの優しさについての再考です。
ドストエフスキーは、獄中で聖書を読んだとのことです。隣人を愛するということは、相手の事情を理解してあげるということなのだろうと、私自身、この歳になって思います。
共に過ごした囚人ひとりひとりにも、止むに止まれぬ事情はあったはずですし、広く言えば、全世界の誰にだって、事情というものがあるはずです。そして、相手の事情を理解すると共に、自分の事情もあることを認める。これは、言い訳をするということでは決してなくて、自分の弱さを認めるということでもあると思います。そして、それによって、最終的には平和というものが生まれるのではないかと思います。