2002年1月に出版されたばかりの本。著者は1976年から1997年まで米CIA(Central Intelligence Agency)のケース・オフィサーとして働き、そのうちの多くの年月を対テロリズム部門で過ごした人。本書の原稿はおそらく2001年9月11日以前にほとんど完成しており、9/11事件を正面から扱っているのは最後の4ページのエピローグのみ。それ以外の部分は、ケース・オフィサーとしての仕事を描いた回顧録と、CIAを初めとするアメリカの政府組織に失望した現場の人間による告発である。CIAのPublications Review Boardに削除を指示された部分を黒で塗りつぶしたまま印刷するというお遊びをしている。
1人の若者がCIAに入局してケース・オフィサーとしてのスキルを身に着けていく過程を描いた部分は、スパイ関連のノンフィクション/フィクションの愛好者にはたまらなく面白いだろう。その後も著者は、1980年代のベイルートやソ連崩壊後のタジキスタンなど、非常に興味深い地域に赴任する。著者はこれらの場所での経験をユーモア精神たっぷりに描いており、とても楽しく読むことができる。ここまでの部分で、著者は自らをCIA創設の精神を引き継いだタフで活動的な現場工作員として確立する。
そのタフな現場工作員は1980年代中頃から、また冷戦の終結以降はいっそう、CIAの保守化と官僚主義をうとましく感じるようになっていく。たとえば1980年代末にフランスに赴任した著者は、CIAのヨーロッパにおける情報収集能力が無に等しいものになっていることを発見する。ラングレーには友好国での情報収集活動は望ましくないという判断があり(いまではサウジアラビアやロシアも含まれる)、ヨーロッパの支局はその影響を受けてエージェントのリクルート活動に消極的になっていた。その他の地でも、局内に事なかれ主義が蔓延し、現場活動型の人間よりもアナリストなどのデスク・ワーカーが権力を握るようになる。つまり著者は「古いタイプのCIA局員」としてはみ出し者になった。
1995年のイラクの話はかなり衝撃的なものだ。著者によると、1995年にアメリカの国家安全保障会議は、フセイン政権の打倒を目的とする軍事クーデターを直前になって妨害した。ここの部分は、たぶん本書によって初めて公にされる事実であり、映画の脚本になりそうな読み応えのある悲劇である。だが、その背景にある事情も同じように興味深い。第1に、湾岸戦争後のCIAは、イラク国内にまったく情報源を持っていなかっただけでなく、隣国(イラン、ヨルダン、トルコ、サウジアラビア)にもイラクについての情報を提供するエージェントを持っていなかった。局員はCIAのポリシーの下で、サダム・フセインの支配下にある地域に足を踏み入れることを許されなかった。第2に、当時の(少なくとも著者が話をした)イラクの人々は、軍の中の謀反者もクルド人も含めて全員が、アメリカがフセイン政権を積極的に支持しているのではないかと疑っていた。クーデターの首謀者は著者に対して、アメリカがクーデターを支援するとまでは行かなくとも、せめて邪魔をしないという保証が欲しいといって近づいてきたのである。著者は、アメリカは決してフセイン政権を支持していないと述べてその首謀者を安心させるのだが、ラングレーからの反応は鈍い。そしてクーデターの決行一日前になって国家安全保障補佐官のトニー・レイクから、事実上決行を妨害するようなメッセージが届く。著者は明記はしていないが、たぶんこのことが直接の原因となってクーデターは失敗し、著者はすぐさま本国に呼び戻される。
ところが著者が本国に戻り、ワシントンでのデスク・ワークに追いやられてからの話はもっと凄いのである。慣れない場に放り出された著者は、ワシントンの政治力学を解明するために情報収集のプロとしてのスキルを使ってあちこちに鼻をつっこんでいるうちに、クリントン政権内でのオイル・マネー絡みの汚職(と思われるもの)に突き当たる。思い余った著者はこれを告発しようとするのだが、司法省と議会がクリントン大統領の選挙資金スキャンダルを追っているさなかでも、ワシントンには民主党・共和党問わず、オイル・マネーの問題を表立って取り上げようとする勢力がおらず、結局この告発はうやむやのままにされてしまう。
とまあ、覚え書きの積もりで、特に重要と思われる内容を要約した。以下、感想。
アメリカのスパイ活動は、特に1990年代に入って、人間による情報収集活動(HUMINT)から通信の傍受や衛星写真を使ったSIGINTへとシフトしてきたが、著者はSIGINTはHUMINTの代わりにならないというアメリカのインテリジェンス・コミュニティの声を代弁している。著者が出している印象的な例は、1995年にクルド人がイラク国軍に攻撃を仕掛けたときに、著者が前線近くにまで行って状況を観察して報告したのにもかかわらず、ラングレーの担当者が「そのような動きを衛星写真で確認できないので、本部の誰も信じていない」と答えて相手にしなかったというケースだ。これに限らず、CIAの全般的な情報収集能力が「昔と比べて」弱体化していることを示唆するエピソードがいくつも記されている。
9/11事件はクリントン政権の置き土産として理解されるようになるかもしれないが、著者によればCIAの弱体化はクリントン政権以前から、すでにレーガン大統領の時期から始まっていた。著者は1983年に起こったベイルートの米大使館に対する爆弾テロが未解決のまま放置されていることに苛立ち、独自の調査を行った末に、9/11事件とも関係のある重大な仮説を立てる。それは、ベイルートの米大使館だけでなく、オサマ・ビン・ラディンによる(と疑われている)在アフリカの米大使館に対する爆弾テロ、さらには9/11事件の背後にイランがいるという仮説である。イランはひそかにアメリカをターゲットとするテロリズム活動のオーガナイズを開始していたが、アメリカ政府にとって人質事件解決後のイランはアンタッチャブルな国になっていたため、積極的な調査が行えなかった。また上で述べたように、クリントン政権下の国家安全保障会議や(民主党を含む)主要議員たちは、石油関係の利権のために、イランに対して強硬な態度がとれなかった。
本書には、こんなものを出版して大丈夫なのかと思うほど、CIAの活動に関する詳しい、しかも手厳しい記述が含まれている。CIAのPublications Review Boardは本書の内容を裏づけしないとしているが、黒塗りになっていない部分がこれだけ残されていることだけでも驚くに値する。ただ、考えてみれば9/11事件はクリントン政権下で縮小を迫られたCIAにとっては予算獲得の好機であり、本書には、9/11事件の発生を許してしまった原因の1つがCIAの情報収集能力の低下だとしても、その背後にはホワイトハウスの意向があったというロジックがあるわけだ。本書の出版そのものがCIAの陰謀であるという説が、その道のマニアの間では生まれるかもしれない。
2002/3/4
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CIAは何をしていた? (新潮文庫 ヘ 20-1) 文庫 – 2005/12/1
- 本の長さ540ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日2005/12/1
- ISBN-104102158219
- ISBN-13978-4102158210
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登録情報
- 出版社 : 新潮社 (2005/12/1)
- 発売日 : 2005/12/1
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 540ページ
- ISBN-10 : 4102158219
- ISBN-13 : 978-4102158210
- Amazon 売れ筋ランキング: - 481,580位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2007年7月3日に日本でレビュー済み
CIAの現場から見た本部の官僚化。良くも悪くもCIAの冷酷な行動や闇の部分が消えていくということ。イラク政策の曖昧さ、911が起こるぞという警告の軽視または無視。超法規的行動部隊がこの”ていたらく”ということなのだろうが、ダレスの時代が懐かしい気もする。
2022年4月17日に日本でレビュー済み
♪ハァ,テレビもねえ ラジオもねえ 中東支局にゃ人手がねえ
工作の責任者 アナリストばかりで海外経験ねえ
上司は 会計報告を 早く出させようとするばかりで
役立ち そうな 非公然活動に及び腰
ベイルート 支局員は 1~2ヶ月で入れ替わり,
大使館の 周辺の 1~2ブロック以上離れて 出歩かない.
アメリカ人 誘拐の 情報キャッチしたけれど
情報の 提供者の 情報なくては却下される
カウンター テロリスム センターできてはみたものの
政治的 駆け引きに 足を取られて動けない
シリア人 情報を ボンに送ってみたものの
ボン支局は 動かずに 911まで情報放置
ヒズボラと アサドを 噛み合わせてみようとしたけれど
爆弾を 使うなと 言われちゃ成功するはずもなし!
人質 事件では 特殊部隊を出動させるにも,
人質を 24時間 居場所を監視してなきゃダメと来る!
大使館が 東 ベイルートに移転したおかげで,
CIAは 優秀な 現地エージェントを多数喪失だ.
諜報員 より衛星が 重宝されてて
次々と 優秀な エージェントから順に辞めていく
アフガンの 言語を 話せる諜報員派遣を要請すると
代わりに 送ると 言われたのはセクハラ問題指導チーム!
イラク人は アメリカ 陰謀論を本気で信じていて,
CIA側に スカウトを するのは殆ど不可能だ.
チャラビによる イラクの クーデター成功の可能性の芽を
非合法を 盾にして 潰してしまった国務省!
エイムズ 事件の 余波受けて,
休暇旅行で 友達を 作っただけでもウソ発見器
イスラームの 過激派が 欧米を目標としようとしてるそのときに
現場を知らない 副本部長が エージェント解雇のご命令
イランの パスダランに 関する報告一件もなし,
サウジで 彼らが 兵舎を吹き飛ばしていたそのときに.
イラクの 作戦班, 人数あったが見掛け倒し
アル中と 「お荷物」と 無関心者ばかりで働かない!
おら,こんなCIA 嫌だ.
おら,こんなCIA 嫌だ.CIAを出るだ.
CIAを辞めて,ベイルート行って,コンサル会社やるだー.
買え.
(関心率92.62%:全ページ中,手元に残したいページが当方にとってどれだけあるかの割合.当方にとっての必要性基準】
工作の責任者 アナリストばかりで海外経験ねえ
上司は 会計報告を 早く出させようとするばかりで
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アメリカ人 誘拐の 情報キャッチしたけれど
情報の 提供者の 情報なくては却下される
カウンター テロリスム センターできてはみたものの
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シリア人 情報を ボンに送ってみたものの
ボン支局は 動かずに 911まで情報放置
ヒズボラと アサドを 噛み合わせてみようとしたけれど
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人質 事件では 特殊部隊を出動させるにも,
人質を 24時間 居場所を監視してなきゃダメと来る!
大使館が 東 ベイルートに移転したおかげで,
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イラク人は アメリカ 陰謀論を本気で信じていて,
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おら,こんなCIA 嫌だ.
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(関心率92.62%:全ページ中,手元に残したいページが当方にとってどれだけあるかの割合.当方にとっての必要性基準】
2017年4月2日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
中身は読んでいないが、中古の割には品質が良く価格として手ごろなので、友人にプレゼントした。
2014年11月29日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
そもそも、フォーサイスとかスティーブン・ハンターとか大好きですので、似た本がもっと読みたいのです。
しかし、なかなか見つけられなくて、
wowowの映画をひと月分、まるまる録画して、少しずつ見ていたら、シリアナに遭遇し、
原作をすぐに買いました。
しかし、なかなか見つけられなくて、
wowowの映画をひと月分、まるまる録画して、少しずつ見ていたら、シリアナに遭遇し、
原作をすぐに買いました。
2006年9月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
映画「シリアナ」の元ネタとなった、元CIAロバート・ベアの著書。
本の方を先に読みましたが、映画を先に見た方が、この本が伝えようとしているCIAそして米国政府の姿についてのイメージがつかみ易いように思います(映画はあくまでフィクションですが)。
そうでなくとも本作は、特に中盤から人名や地名やらがわんさかと出て読み進むのがなかなかしんどくなってきますので、
ベイルート大使館爆破事件や湾岸戦争等、概略だけでも知ってからの方が本作の読み応えが増すことと思います。
とは言え、そんな背景知識はほとんどない私でもかなり分量のある本作をあっという間に読みきってしまったので心配は無用かも知れません。
現場主義を貫こうとする著者は官僚主義に傾倒していくCIAの中で浮いた存在になっていきますが、もし著者が望むような動きをCIAそして米国政府がしていたら・・・歴史は違うページを刻んでいた可能性くらいはあったのかもしれません。歴史に「もし」は無い、というのもまた事実だとは思いますが。
See No Evilという原題は、見ざる言わざる聞かざる、の「見ざる」の部分にあたるそうです。官僚主義に傾倒したCIAに対する筆者の批判と皮肉が滲み出たようなタイトルだと思います。
本の方を先に読みましたが、映画を先に見た方が、この本が伝えようとしているCIAそして米国政府の姿についてのイメージがつかみ易いように思います(映画はあくまでフィクションですが)。
そうでなくとも本作は、特に中盤から人名や地名やらがわんさかと出て読み進むのがなかなかしんどくなってきますので、
ベイルート大使館爆破事件や湾岸戦争等、概略だけでも知ってからの方が本作の読み応えが増すことと思います。
とは言え、そんな背景知識はほとんどない私でもかなり分量のある本作をあっという間に読みきってしまったので心配は無用かも知れません。
現場主義を貫こうとする著者は官僚主義に傾倒していくCIAの中で浮いた存在になっていきますが、もし著者が望むような動きをCIAそして米国政府がしていたら・・・歴史は違うページを刻んでいた可能性くらいはあったのかもしれません。歴史に「もし」は無い、というのもまた事実だとは思いますが。
See No Evilという原題は、見ざる言わざる聞かざる、の「見ざる」の部分にあたるそうです。官僚主義に傾倒したCIAに対する筆者の批判と皮肉が滲み出たようなタイトルだと思います。
2006年3月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
元CIA工作員が書いた手記です。
ドラマ「24」のジャック・バウアーを見た人は
是非おすすめです。
派手な銃撃戦は殆どないですが
情報収集活動や危険な任務は類似しています。
CTU(テロカウンターユニット)は
架空の政府組織ですが
CIAには
CTC(テロカウンターセンター)が
実際に存在していると書いてあります。
話半分としても、事件の裏側で
何が起きているのかが分かる気がします。
人物が多く、分かりにくい箇所がありますが
内容は、著者の経験と
現実に起きた事件を扱っており、
ある種のスリルがあり、刺激的だと思います。
ドラマ「24」のジャック・バウアーを見た人は
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派手な銃撃戦は殆どないですが
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CIAには
CTC(テロカウンターセンター)が
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話半分としても、事件の裏側で
何が起きているのかが分かる気がします。
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内容は、著者の経験と
現実に起きた事件を扱っており、
ある種のスリルがあり、刺激的だと思います。
2003年3月23日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
元エース級のCIA職員が明かす、CIAの官僚化、事なかれ主義による組織弱体化の内部告発書。
現実はスパイ映画よりも時に激しく、時に情けないものだった...。
内容の全てが事実か否か、読者には知る由もないことだが、当局の検閲によるスミ塗りが本文内にそのまま残る本書は、何故、アメリカが9.11を防ぐ事が出来なかったのか、その一端を垣間見る事が出来る衝撃的内容になっている。
(登場する人名からページを逆引き出来る人名索引が巻末に付いている。こういう気遣い、結構助かりますよね。)
現実はスパイ映画よりも時に激しく、時に情けないものだった...。
内容の全てが事実か否か、読者には知る由もないことだが、当局の検閲によるスミ塗りが本文内にそのまま残る本書は、何故、アメリカが9.11を防ぐ事が出来なかったのか、その一端を垣間見る事が出来る衝撃的内容になっている。
(登場する人名からページを逆引き出来る人名索引が巻末に付いている。こういう気遣い、結構助かりますよね。)