本書の原本は
1977年に英国の出版社
ジョナサン・ケイプ
(Jonathan Cape Ltd)から上梓された
"Charlie Muffin" です。
「チャーリー・マフィン」
と言えば、英国の推理作家
ブライアン・フリーマントル
(Brian Freemantle)(1936-)
による人気シリーズの主人公であり
現在14作まで出版されています。
(第9作のみ邦訳なし)
本書はその第1作であり
現在でも「金字塔」「白眉」です。
チャーリー・マフィンは当初
英国秘密情報部(SIS)の
窓際ベテラン部員という設定です。
本来ならば
パブリックスク―ル → オックスブリッジ
出身者しか採用しない(と言われる)SISに
戦後のどさくさにまぎれて採用され
グラマースクール出身で
平板なマンチェスターなまりをしゃべる
労働者階級出身のマフィン
(加えて母親は娼婦であったことが
示唆されています)が
上司からも部下からも疎外され
組織から「いけにえの羊」に
されようとしている
‥という地点から物語がスタートします。
推理小説(サスペンス)の中でも
スパイ小説(エスピオナージュ)と言えば
古くは英国の作家
サマセット・モーム(1874-1965)による
『アッシェンデン』
(『秘密情報部員』など複数の邦訳あり)
などがあります(というより
モーム自身が秘密情報部員でしたから
ある意味自伝です)。しかし多くは
「007シリーズ」に代表される
お子様ランチ味の冒険活劇でした。
ところが
冷戦のまっただ中の1977年
チャーリー・マフィンが
それまでになかった
斬新なキャラクターを与えられて
登場してきたので
世界規模で好評を博しました。
日本で新潮文庫の初版が出たのは
1979年4月26日です。
奇しくも1979年はソ連が
アフガニスタンに侵攻した年であり
これに抗議して米国と日本は
モスクワ五輪(1980)をボイコットします。
英国はじめ仏国・伊国は参加しました。
ソ連には「チェーカー」
(「反革命・サボタージュ取締全ロシア非常委員会」
を意味するロシア語の略称)の流れをくむ
KGB(「国家保安委員会」を意味するロシア語の頭文字)
があり、英国のSISや米国のCIAを相手に
諜報活動を繰り広げていました。
著者フリーマントルが好んで取り上げた
テーマは「亡命」です。現に
「チャーリー・マフィン」シリーズより以前に
優れた亡命ものを書いています。
本書においても
ソ連の大物「カレーニン将軍」が
亡命を希望している
‥という情報が英国に伝えられ
SISが動き出していきます。
その中でマフィンだけが
「あやしい」「うそじゃないか」と
懐疑的な言葉を吐くのですが‥。
私は新潮文庫で初版が出て間もなく
本書を読みました。以来
現在に至るまで何度読み返したことか。
おそらく百回は超えて二百か三百と
いうところではないかと思います。
チャーリー・マフィンのまねをして
「ハッシュ・パピー」の短ブーツを
買いに行ったのですが
学生には少々値が張ったので
買わずに戻ってきました。
あるいは
本書で小道具として使われている
フランス・ブルゴーニュ・ワイン
「アロース・コルトン」
(Aloxe-Corton)を
社会人になってから買いました。
1本数万円したと思います。
これにはエピソードがあります。
最初のころは本書においては
"Aloxe-Cortonを
「アロックス・コルトン」と
訳出してありました。
そこで私はワイン屋さんで
「アロックス・コルトンください」
とオウムのように言ったところ
「アロース・コルトンですね」
と店主のおじさんに念を押されました。
そこで初めて瓶のラベルを見て
"Aloxe-Corton"
とつづって
「アロース・コルトン」の如く
発音するのだと知りました。
「これが『チャーリー・マフィン』に
登場するアロース・コルトンか」
と一服の感動を覚えました。
実は私は
アルコール分解酵素も
アセトアルデヒド分解酵素も
酵素活性がマイナスなので
一滴も酒(アルコール)が飲めません。
そこで大枚をはたいて購入した
アロース・コルトンですが
知人の誕生会に持って行き
酒好きの善男善女に飲んでもらいました。
「まろやか」「マイルドだがこくがある」
とやつらは言っていました。
ブルゴーニュの赤の高級ワインですから
おそらくそうだろうと思います。
上記のように
我が青春の「チャーリー・マフィン」なのですが
もうひとつエピソードがあります。
正確な年月日は忘れましたが
あの公共放送が
本書「消されかけた男」をもとに
ラジオドラマを放送したのです。
1980年代前半ではなかったかと
思います。当時も今も
うちにテレビはないので
よくラジオを聴いていました。
当時の公共放送は現在に比べると
中身が面白く、毎年、夏になると
江戸川乱歩シリーズのラジオドラマ
(あるいは朗読でしたか)
を流していました。しかも
『化人幻戯』(けにんげんぎ)のような
大人向けの作品も含まれていました。
語りは
中西龍(なかにし・りょう)(1928-1998)
という独特の口調の方でした。
さて
ラジオドラマ「消されかけた男」では
広川太一郎(1939-2008)が
チャーリー・マフィンの声を演じた
と記憶します。1回ものだったか
連続ものだったか忘れてしまいました。
いずれにせよ
冷戦下の英国秘密情報部員を主人公に
ソ連の大物将軍の西側への亡命を軸とする
本格派エスピオナージュを
ラジオドラマに仕立てていたので
たいへんたんのうしたことを
今でもよく覚えています。
もしこの話を
チェコ=オーストリア国境で
実写版ロケをするとしたならば
手間暇予算ははね上がります。
現在でもラジオドラマが
ないわけではありませんが
「本格活劇」がきわめて少なく
ファンタジー系が多いような気がします。
先日、米国の小説家
エドガー・アラン・ポー(1809-1849)の
『アッシャー家の崩壊』を
ラジオドラマにしているのを聴きました。
短い時間でしたが印象に残りました。
もしこれを映像(映画やテレビ)にするならば
相当の予算が必要でしょうが
ラジオドラマならばそこまで必要なく
むしろ想像力をかきたてるのが長所です。
ポーは世界で最初の推理小説家とも言われ
恐怖小説も多く書いています。例えば
『メエルシュトレエムに呑まれて』
という表題の
漁師が大渦巻きにのまれる話も
ラジオドラマ化すると面白かろう
と思います。
この短編は松本清張(1909-1992)も
愛読したらしく
長編伝奇小説『西海道談綺』で
引用していました。
2019年になってなお
ラジオドラマを指向する私は
あたかもチャーリー・マフィンのような
立ち位置かもしれません。
スネア(登場人物)とハリスン(登場人物)に
疎外されるかもしれませんが
ハリスンとスネアがどういう運命をたどったか
『消されかけた男』
『再び消されかけた男』
に解答が載っております。
最後に
「マフィン」と言えば今では
アメリカ式のドーム状の焼き菓子を
連想することが多いのですが
本書の舞台は英国なので
丸い形をした堅焼きパン
つまりイングリッシュマフィンを
著者は想定して主人公を命名した
と思われます。
「平べったくて硬い」つまり頑固なやつを
示唆しているのでしょう。
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消されかけた男 (新潮文庫) 文庫 – 1979/4/30
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購入オプションとあわせ買い
どこから見ても風采の上らない英国情報部のチャーリー・マフィンは、KGBヨーロッパ・スパイ網の責任者ベレンコフを逮捕した腕ききだが、部長が交替してからは冴えない立場に追いやられている。折しも、ベレンコフの親友カレーニン将軍が西側に亡命を望んでいるとの情報が入った。チャーリーはどこか臭いところがあると警告したのだが……。ニュータイプのエスピオナージュ。
- 本の長さ351ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日1979/4/30
- 寸法14.8 x 10.5 x 2 cm
- ISBN-104102165010
- ISBN-13978-4102165010
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登録情報
- 出版社 : 新潮社; 改版 (1979/4/30)
- 発売日 : 1979/4/30
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 351ページ
- ISBN-10 : 4102165010
- ISBN-13 : 978-4102165010
- 寸法 : 14.8 x 10.5 x 2 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 76,213位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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-
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上位レビュー、対象国: 日本
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2019年5月5日に日本でレビュー済み
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2017年7月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
読み始めて、止まらなくなり週末の2日で読みきりました。久しぶりです、小説でのこのような読書体験。
レビューで、地味とか,展開が云々と書かれているものが目にはいり、驚きました。
組織の中での人と人との駆け引きを楽しむ小説だと思います。
その点、分かりやすい作りになっています。虐げられる昔の人間と、そこに乗り込んでたきたイギリスの上流階級の新しい職員らとのせめぎ合いです。
ラストシーンはなくてもいいくらいのものです。逆に、ちょっと残念なくらいでした。もっと地味にしてもらってもいいのにと。
邦題の「消されかけた男」、上手いです。全てを言い表していると思います。
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2014年11月24日に日本でレビュー済み
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滅多にこの分野には手を出さないが、昨年、どなたかの小説がこれを下敷きにしていると聞いて購入していたのを、ここに来て読みました。最後のどんでん返しが魅力だろうが、淡々とした描写に思わず騙されていく。組織に裏切られかかったときには、自分の生き方を通すというのは、ある意味で現在の日本の世相に適合しているかもしれない。でも、それでKGB側につくというのもなんとなくすっきりしない。それでも、このような筋書きであれば刊行当時多くの読者が受け入れたというところも興味深いと感じました。
2015年7月30日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
フォーサイス等に比べると、地味なストリー。
フリーマントルはフォーサイスより良いものが書ける!と言ったそうだが、少なくとも盛り上がりには欠けるし、地味なストーリー。
地味なスパイ小説が好きな人には堪らないかも。
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2013年12月24日に日本でレビュー済み
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スミスの本棚で、作家が紹介していることもあり期待して読みました。。。 綿密に散りばめられたら伏線 ラストの台どんでん返し スパイものだが一般人にも通ずる 魅力的な紹介だったので勝手にハードル上げすぎました。 読み終えたあと伏線を確認しに再読してぐらいでしたが、「この当時の小説としては」でした。 むずかしいですが内容を何も知らない状態で読む本です。
2014年1月10日に日本でレビュー済み
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TV「スミスの本棚」で紹介される。英国情報部内で孤立無援の主人公がうまく立ち回り意外な展開が待ち受ける。
2018年2月25日に日本でレビュー済み
チャーリーが履く、くたびれたハッシュパピー。
当時はこの靴が欲しくて仕方がなかったです。
長くつづくシリーズですが、やっぱりこの最初の話が一番面白いですね。
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2020年7月12日に日本でレビュー済み
惹句や読み始めの印象では、リアリティのある物語を期待してしまいますが。読み終わってみれば「ドンパチのない荒唐無稽な活劇」です。
伏線の多さから緻密なストーリーテリングがあるように見えて、実は突っ込みどころ満載のご都合主義。
週末の気晴らしの読書と割り切ろうとしても、「目的達成のためにはすべての手段が正当化される」というチャーリーの行動原理によって読後感は良くありません。
「一見冴えない中年男、実はスーパースパイ」というひねったヒーローもの、主人公の倫理観をおハナシと割り切れるかどうかで、評価は分かれるでしょう。
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