私はこの本を新潮社の小冊子「波」3月号で知り,読んで見ることにしました.帯に,待望の《私》シリーズ最新刊とあり,<書き手と読み手が一瞬を共に生きるとき,結実する小説の真実>と,意味深長に添えています.読み終わった今,私は書き手と一瞬を共にした実感は湧きませんが,著者の筆力に感心しました.北村さんは文章の上手さで読ませる小説家ですね.軽快なエッセイのような小説です.巻頭のエピグラフ(副題)に’’本に---- ’’とありますが,何のことか分かりません.「波」によれば,北村さんは根っからの本好きで,本に感謝の意をこめて,本に----,としたそうです.だったら,’’本に感謝’’とでもすべきじゃないですか.それは措くとして著者は誰かが書いた本でも細かいところが気になる,そんな本好きですが,太宰治の「女生徒」に掌中新辞典が出てくれば,その掌中新辞典を知りたくなり,あちこち探し求めて太宰存命当時の掌中新辞典を掌中にしました.太宰がこの辞典で<ロココ>を引いていたから,自分も引いて確かめました.そして発見します.太宰は辞書にない説明を引用している.しかもその引用をコテンパンに批判し,揶揄している.自作自演です.太宰は辞書の記述を創作し,小説の材料にした.北村さんはそれを知って本書の一遍「太宰治の辞書」に発展させました.そして「波」のなかで大略次のように書いています.
三島の言葉に《歴史の欠点は,起こったことは書いてあるが,起こらなかったことは書いていないことである》とあります.今はフィクションよりもリアルを書いたほうが受けると言われているそうですが,私はフィクションの力を信じたい.現実に起こらなかったことを書けるのが小説ではないでしょうか.私のようなフィクション側の人間にとっては書かれているものが現実と同じかどうかというのは問題ではない.『津軽』を書いたのは太宰治であって津島修治ではない.我々は『津軽』で歴史を読もうとしているわけではない.『津軽』のなかでは厳然と,たけとの再会はおこっている.
北村さんは太宰治の熱心な読者のようです.太宰の信奉者と言ってもよいかも知れません.’’一行で引きつける’’ 太宰の文章にとりつかれ,太宰から多くを学んだのでしょう.それにしても比喩の巧みなこと! 本書のそこら中に散りばめられています.例えば次のように(149頁).
私の探索ぶりを聞く円紫さんは,子供が走っているのを見るお父さんのような顔になった.そういう表情にくるまれていると,居心地のいいソファによりかかったように,ほっと落ち着く.
こんな文章を読むと私もほっと落ち着きます.小説は,文章が良くなければ話にならない(ドストエフスキーはどうなの,と誰かが叫びました.無視します).北村さんは読者を快適にさせる小説家です. 私は《私》シリーズを逆時系列に遡って原点に戻ろうと考えていますが,その前に太宰の「女生徒」と「津軽」に立ち寄るつもりです.
2015-4-10 追記
太宰の「女生徒」は''すべてが女性第一人称です.男性作家が主人公を女性にするのはかなり珍しいことだと,解説にあります.私は「太宰治の辞書」の主人公の ''私'' は男だと勝手に思いこんで読んでいました.ガールフレンド正ちゃんが登場するまでずっと誤解していました.男が女になりきって書く.不思議な感覚です.どこか奇妙です.北村さんは太宰に倣って本書を書いたのです.
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太宰治の辞書 単行本 – 2015/3/31
北村 薫
(著)
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時を重ねて変わらぬ本への想い……《私》は作家の創作の謎を探り行く――。芥川の「舞踏会」の花火、太宰の「女生徒」の〝ロココ料理〞、朔太郎の詩のおだまきの花……その世界に胸震わす喜び。自分を賭けて読み解いていく醍醐味。作家は何を伝えているのか――。編集者として時を重ねた《私》は、太宰の創作の謎に出会う。《円紫さん》の言葉に導かれ、本を巡る旅は、作家の秘密の探索に――。《私》シリーズ、最新作!
- 本の長さ215ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日2015/3/31
- 寸法13.8 x 2.3 x 19.8 cm
- ISBN-104104066109
- ISBN-13978-4104066100
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出版社より
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スキップ | ターン | リセット | 月の砂漠をさばさばと | 飲めば都 | 北村薫のうた合わせ百人一首 | |
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価格 | ¥935¥935 | ¥781¥781 | ¥781¥781 | ¥825¥825 | ¥781¥781 | ¥146¥146 |
【新潮文庫】北村 薫 作品 | 目覚めた時、17歳の一ノ瀬真理子は、25年を飛んで、42歳の桜木真理子になっていた。人生の時間の謎に果敢に挑む、強く輝く心を描く。 | 29歳の版画家真希は、夏の日の交通事故の瞬間を境に、同じ日をたった一人で、延々繰り返す。ターン。ターン。私はずっとこのまま? | 昭和二十年、神戸。ひかれあう16歳の真澄と修一は、再会翌日無情な運命に引き裂かれる。巡り合う二つの《時》。想いは時を超えるのか。 | 9歳のさきちゃんと作家のお母さんのすごす、宝物のような日常の時々。やさしく美しい文章とイラストで贈る、12のいとしい物語。 | 本に酔い、酒に酔う文芸編集者「都」の恋の行方は?本好き、酒好き女子必読、酔っぱらい体験もリアルな、ワーキングガール小説。 | 短歌は美しく織られた謎──独自の審美眼で結び合わされた心揺さぶる現代短歌50組100首をはじめ、550首を収録するスリリングな随想。 |
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ヴェネツィア便り | 太宰治の辞書 | 本と幸せ | 読まずにはいられない―北村薫のエッセイ― | 書かずにはいられない―北村薫のエッセイ― | 愛さずにいられない―北村薫のエッセイ― | |
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変わること、変わらないこと。そして、得体の知れないものへの怖れ……〈時と人〉を描いた、懐かしくも色鮮やかな15の短篇小説。 | 編集者として時を重ねた《私》は太宰治の「女生徒」に惹かれ、その謎に出会う。円紫さんの言葉に導かれて本を巡る旅は、創作の秘密の探索に──《私》シリーズ最新作。 | 近況がわかる最新エッセイ、秘蔵の初創作=高校時代のショートショート7作、自選短篇ベスト 12発表。全著作リストも収録。自作朗読CD付き、作家生活 30 周年記念愛蔵版。 | 書物愛と日常の謎の多彩な味わい。作家になる前のコラムも収録。人生の時間を深く見つめる《温かなまなざし》に包まれて読む喜びを堪能できる読書人必携の一冊。 | ふと感じる違和感や記憶の底の事物に《謎》をみつける作家の日常に、《ものがたり》誕生の秘密を知る──当代おすすめ本書評も多数収録、読書の愉悦を味わえる一冊。 | 博覧強記な文学の話題、心にふれた言葉の妙味、懐かしい人、忘れ得ぬ場所、日常のなかにいつもある謎を愉しむ機知。伝えずにはいられない読書愛が深く伝わる一冊。 |
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雪月花―謎解き私小説― | 水 本の小説 | 【単行本】不思議な時計 本の小説 | |
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ワトソンのミドルネームや〝覆面作家〟のペンネームの秘密など、本にまつわる数々の謎……手がかりを求め、本から本への旅は続く! | 言葉と物語の忘られぬエピソードが、思いがけなく繋がることで、豊かに光り輝く面白さ。謎解きの達人の〈本の私小説〉7篇。 | 映画、詩歌、演劇、父との思い出ーー深まる謎を追いかけて、魅惑の創作世界を探り行く。本との出会いを人生の時間と絡めて綴る9篇。 |
登録情報
- 出版社 : 新潮社 (2015/3/31)
- 発売日 : 2015/3/31
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 215ページ
- ISBN-10 : 4104066109
- ISBN-13 : 978-4104066100
- 寸法 : 13.8 x 2.3 x 19.8 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 536,740位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
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北村 薫
1949(昭和24)年、埼玉県生れ。早稲田大学ではミステリ・クラブに所属。母校埼玉県立春日部高校で国語を教えるかたわら、’89(平成元)年「覆面作家」として『空飛ぶ馬』でデビュー。’91年『夜の蝉』で日本推理作家協会賞を受賞。作品に『ニッポン硬貨の謎』(2006年本格ミステリ大賞評論・研究部門受賞)『鷺と雪』(’09年直木賞受賞)など:本データは『1950年のバックトス (ISBN-13:978-4101373324 )』が刊行された当時に掲載されていたものです)
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2015年6月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
このシリーズはとても好きでした。
でも、この作品と、以前出版された卒業論文を作成するときの
お話は、文学論になってしまっていて、一般読者にはちょっと
敷居が高いというか。
文学作品は好きで読んでいますが、太宰の辞書についての
発見を読んでも「ふーん、そうなんだ」くらいにしか思えず、
小説の結末での感動が味わえませんでした。
懐かしい登場人物たちの「その後」は楽しめたのですが、
読者を選ぶ内容かなって思います。
でも、この作品と、以前出版された卒業論文を作成するときの
お話は、文学論になってしまっていて、一般読者にはちょっと
敷居が高いというか。
文学作品は好きで読んでいますが、太宰の辞書についての
発見を読んでも「ふーん、そうなんだ」くらいにしか思えず、
小説の結末での感動が味わえませんでした。
懐かしい登場人物たちの「その後」は楽しめたのですが、
読者を選ぶ内容かなって思います。
2015年5月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
北村薫のデビュー作にして代表作である「私」シリーズの、実に16年ぶりの新作です。
作中時間もおそらく16年がたち、新人編集者だった主人公「私」も、中堅の編集者となり、雑誌の編集をするとともに自分の企画で単行本を出版できる立場となっています。私生活では結婚もし、子供にも恵まれ充実しているようですが、彼女も含めて三人娘だった友人関係は、それぞれの就職結婚により物理的な距離が生まれています。
凡庸で地に足がついた人生で、我々が「私」の将来として予想していたそのものです。しかし、凡庸な人生にも悩みや失敗、そして遠い将来の予想された別れなどもあり、一方で喜びもある、静かな中年期の始まりを感じさせます。しかし「私」の人生の先輩である噺家「円紫さん」はまだまだ現役、というか、今や芸の円熟期だと思われます。
前々作『六の宮の姫君』と同様、「私」は、文学作品、そして作家の謎を追います。今回のテーマは「太宰治」の作品『女生徒』をめぐる謎です。
前は卒論研究のためでしたが、今度は仕事のつてを使いつつ、しかしこれは趣味かなという調査なので、きちんとした論文を書くというオチではなく、人生の中で生まれる疑問への純粋な好奇心として動いているという感じでしょうか。
作品としては十分美しいもので、一定レベルをクリアしていますし、科学研究と違って文学や歴史の研究には市井の研究者が新しい知見を提示できる可能性があることがよくわかる、なかなかに興味深い内容なのですが。
個人的には、ちょっと残念で寂しく思えます。
「私」シリーズは、若い女性の、若いが軽薄ではなく、純真なみずみずしい感性をごくごく胸一杯に飲み込むように読むシリーズでした。
だからこそわたしは、「私」のときめく恋の物語を、幸福な結婚にまつわる経緯を、そして彼女の友人二人の同様な、凡庸だが光り輝く物語を読みたかったのです。それがぽんと飛んでいる。
「私」の姉の、胸の痛くなるような恋の物語「夜の蝉」が、圧倒的な傑作だっただけに、何年待ってでも、わたしは「私」の恋が読みたかったのです。
果たしてその物語は書かれるのでしょうか?
作中時間もおそらく16年がたち、新人編集者だった主人公「私」も、中堅の編集者となり、雑誌の編集をするとともに自分の企画で単行本を出版できる立場となっています。私生活では結婚もし、子供にも恵まれ充実しているようですが、彼女も含めて三人娘だった友人関係は、それぞれの就職結婚により物理的な距離が生まれています。
凡庸で地に足がついた人生で、我々が「私」の将来として予想していたそのものです。しかし、凡庸な人生にも悩みや失敗、そして遠い将来の予想された別れなどもあり、一方で喜びもある、静かな中年期の始まりを感じさせます。しかし「私」の人生の先輩である噺家「円紫さん」はまだまだ現役、というか、今や芸の円熟期だと思われます。
前々作『六の宮の姫君』と同様、「私」は、文学作品、そして作家の謎を追います。今回のテーマは「太宰治」の作品『女生徒』をめぐる謎です。
前は卒論研究のためでしたが、今度は仕事のつてを使いつつ、しかしこれは趣味かなという調査なので、きちんとした論文を書くというオチではなく、人生の中で生まれる疑問への純粋な好奇心として動いているという感じでしょうか。
作品としては十分美しいもので、一定レベルをクリアしていますし、科学研究と違って文学や歴史の研究には市井の研究者が新しい知見を提示できる可能性があることがよくわかる、なかなかに興味深い内容なのですが。
個人的には、ちょっと残念で寂しく思えます。
「私」シリーズは、若い女性の、若いが軽薄ではなく、純真なみずみずしい感性をごくごく胸一杯に飲み込むように読むシリーズでした。
だからこそわたしは、「私」のときめく恋の物語を、幸福な結婚にまつわる経緯を、そして彼女の友人二人の同様な、凡庸だが光り輝く物語を読みたかったのです。それがぽんと飛んでいる。
「私」の姉の、胸の痛くなるような恋の物語「夜の蝉」が、圧倒的な傑作だっただけに、何年待ってでも、わたしは「私」の恋が読みたかったのです。
果たしてその物語は書かれるのでしょうか?
2015年4月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
前作「朝霧」から、既に長い時間が経過しており、作品の中でも、その時間が同じように流れている。ヒロインは結婚し、出産し、家族と共に円満に幸せに暮らしている。しかし、彼女の興味はやはり、本に向けられ、本を愛する(寧ろ摂取するというのか)姿勢には変化がない。殆ど変動もないまま、静かに編集者としての生活を送っている姿。ヒロインの私生活は勿論描かれるが、とにかく本の探究に焦点を絞っている様な書きぶりだ。
「舞踏会」も「女生徒」も私にとって十代の頃に読んだ非常に印象深い作品だ。その本が「高岡正子」さんからもたらされた、という所にも、わくわくする。私自身、太宰は、全集から、評伝までかなり読み込んで来たが、正直盲点ともいうべき、部分だったと思う。「女生徒」に出て来る「ロココ料理」は四十年近く経っても鮮やかな印象を受けるが、この様なアプローチがあったとは。読書家であり作家である作者の慧眼と鋭い感覚が忌憚なく発揮された様に感じる。これこそ、ミステリの本質ではないかと思うような丁寧な探索から、導き出される結論は太宰の本質を抉り出す事に成功している。
太宰にとっての「女生徒」は作者にとっての「空飛ぶ馬」「夜の蝉」ではなかったか? と思う。
また、時の変化の中で「榊原さん」が鬼籍に入った事が告げられる。私は彼のモデルは瀬戸川猛史ではないか、と思ったりしていたが、その辺ははっきりしない。だが、ヒロインが静かに彼の故郷で死を悼むシーンは、心に迫るものがあり、大切な先輩を亡くした心の隙間と悲しみを表現していた。「朝霧」で榊原が結婚披露宴なのに(葬式)の話をするシーンはもしかして、伏線ではないか?という気持ちもある。
ヒロインの結婚相手は「交換教授」の彼なのか? 上司夫婦の親友と結婚した割には、何も説明がないが、石垣りんとロチの話は、「朝霧」でのベルリオーズの人との話でも出て来るので、これが伏線という事になるのだろうか。夫の容貌や性格の描写が無い、という事は、既に「朝霧」で出しているので、敢えて出さなかったという事かもしれない。また、本読みに寛大である、というのも一種の伏線かもしれない。
いづれにしても、私はこの久し振りの作品を堪能した。ミステリではなくても充分な満足度があった。
「飲めば都」「八月の六日間」で、リアルかつ等身大の編集女子を描いただけに、その辺の描写や恋愛や結婚生活の部分は一気にスキップさせて、あの秘蔵っ子ヒロインには、心置きなく「水のように本を読む」人生を用意して上げたのだろう。そして、自分と同じ目線を持つ成熟した語り手としての役目を負わせた事に意味があると感じる。
「舞踏会」も「女生徒」も私にとって十代の頃に読んだ非常に印象深い作品だ。その本が「高岡正子」さんからもたらされた、という所にも、わくわくする。私自身、太宰は、全集から、評伝までかなり読み込んで来たが、正直盲点ともいうべき、部分だったと思う。「女生徒」に出て来る「ロココ料理」は四十年近く経っても鮮やかな印象を受けるが、この様なアプローチがあったとは。読書家であり作家である作者の慧眼と鋭い感覚が忌憚なく発揮された様に感じる。これこそ、ミステリの本質ではないかと思うような丁寧な探索から、導き出される結論は太宰の本質を抉り出す事に成功している。
太宰にとっての「女生徒」は作者にとっての「空飛ぶ馬」「夜の蝉」ではなかったか? と思う。
また、時の変化の中で「榊原さん」が鬼籍に入った事が告げられる。私は彼のモデルは瀬戸川猛史ではないか、と思ったりしていたが、その辺ははっきりしない。だが、ヒロインが静かに彼の故郷で死を悼むシーンは、心に迫るものがあり、大切な先輩を亡くした心の隙間と悲しみを表現していた。「朝霧」で榊原が結婚披露宴なのに(葬式)の話をするシーンはもしかして、伏線ではないか?という気持ちもある。
ヒロインの結婚相手は「交換教授」の彼なのか? 上司夫婦の親友と結婚した割には、何も説明がないが、石垣りんとロチの話は、「朝霧」でのベルリオーズの人との話でも出て来るので、これが伏線という事になるのだろうか。夫の容貌や性格の描写が無い、という事は、既に「朝霧」で出しているので、敢えて出さなかったという事かもしれない。また、本読みに寛大である、というのも一種の伏線かもしれない。
いづれにしても、私はこの久し振りの作品を堪能した。ミステリではなくても充分な満足度があった。
「飲めば都」「八月の六日間」で、リアルかつ等身大の編集女子を描いただけに、その辺の描写や恋愛や結婚生活の部分は一気にスキップさせて、あの秘蔵っ子ヒロインには、心置きなく「水のように本を読む」人生を用意して上げたのだろう。そして、自分と同じ目線を持つ成熟した語り手としての役目を負わせた事に意味があると感じる。
2016年3月2日に日本でレビュー済み
いつのころからか、映画の舞台となっている風景に、しげしげと見入るようになった。
たとえば、『或る夜の出来事』は、たぶん、この地に来てから見た。マイアミからNYに向かうグレイハウンドの夜行バスが、とても気になった。
もちろん、ボーイ・ミーツ・ガールの恋愛物語の方程式の原型は、素晴らしいものだった。
『スウィートノベンバー』であれば、サンフランシスコの路面電車(muni)や黄色いタクシーのイエローキャブに目が行った。『ユーガットメール』なら、NYのアッパーウェストの秋から冬、そして春のホットドッグ店やスタバが興味深かった。
その昔、映画を思想と結び付けてみる裏目読みが流行した時期があった。
ボクの場合は、外国には一生行かないと思うので、旅行気分と食べ物に意地汚いことが、映画の背景好みの理由のようだ。
北村薫さんの『太宰治の辞書』に、興味津々である。
最初期の『空飛ぶ馬』の、やや素人っぽさを残した上品で、爽やかなストーリーテリングと、きれいな文章が好きだった。
紅茶に砂糖を7杯も8杯もいれるような、実際、そのような人物も知っているのだけれど、『砂糖合戦』の着想のセンスや装丁の高野文子さんの簡潔で、洗練された絵が好きだ。
物語も、文章も、装丁もみな、瀟洒だなぁと思う。
どうやら、作者の友人で、ボクも知っているS先輩への鎮魂歌でもあるようで、やりさしの仕事が終わったら、ぜひ読もうと思う。
そうだった。『空飛ぶ馬』の出版祝いは、S先輩が音頭をとって、うなぎ屋さんでお祝いをして、当時の銀座東武ホテルに流れた。
そっか。あれから、25年も流れたのか。
太宰治の『女生徒』を題材にした中編は、今から、いろいろと憶測してしまう。
『女生徒』は、ヒロインの独白だけで書かれたもので、太宰にしては破綻もあるが、言葉がキラキラしていて、この世代特有の女の子の生理的な感覚がビビッドで、ドキッとする。
うら若い愛読者の日記が下敷きになっているのは、知っているが、やっぱ、太宰だ。
フム、朝の目覚めの冒頭からして好きだ。
そして、「キウリの青さから、夏が来る。五月のキウリの青味には、胸がカラッポになるような、うずくような、くすぐったいような悲しさが在る」。。。っていうくだりは、忘れられない。
夕靄はピンク色とか、百合の匂いの透明なニヒルという言葉には、みずみずしいポエムがある。
そして、ボクの座右の銘は、”幸福は一夜おくれて来る。
幸福は、ゆっくりと、まったりと、そして、まっ、いっか”にあると思っている。
今も、そう思う。
前橋の大秀才だった、亡くなられた世田谷在住のS先輩に合掌。
たとえば、『或る夜の出来事』は、たぶん、この地に来てから見た。マイアミからNYに向かうグレイハウンドの夜行バスが、とても気になった。
もちろん、ボーイ・ミーツ・ガールの恋愛物語の方程式の原型は、素晴らしいものだった。
『スウィートノベンバー』であれば、サンフランシスコの路面電車(muni)や黄色いタクシーのイエローキャブに目が行った。『ユーガットメール』なら、NYのアッパーウェストの秋から冬、そして春のホットドッグ店やスタバが興味深かった。
その昔、映画を思想と結び付けてみる裏目読みが流行した時期があった。
ボクの場合は、外国には一生行かないと思うので、旅行気分と食べ物に意地汚いことが、映画の背景好みの理由のようだ。
北村薫さんの『太宰治の辞書』に、興味津々である。
最初期の『空飛ぶ馬』の、やや素人っぽさを残した上品で、爽やかなストーリーテリングと、きれいな文章が好きだった。
紅茶に砂糖を7杯も8杯もいれるような、実際、そのような人物も知っているのだけれど、『砂糖合戦』の着想のセンスや装丁の高野文子さんの簡潔で、洗練された絵が好きだ。
物語も、文章も、装丁もみな、瀟洒だなぁと思う。
どうやら、作者の友人で、ボクも知っているS先輩への鎮魂歌でもあるようで、やりさしの仕事が終わったら、ぜひ読もうと思う。
そうだった。『空飛ぶ馬』の出版祝いは、S先輩が音頭をとって、うなぎ屋さんでお祝いをして、当時の銀座東武ホテルに流れた。
そっか。あれから、25年も流れたのか。
太宰治の『女生徒』を題材にした中編は、今から、いろいろと憶測してしまう。
『女生徒』は、ヒロインの独白だけで書かれたもので、太宰にしては破綻もあるが、言葉がキラキラしていて、この世代特有の女の子の生理的な感覚がビビッドで、ドキッとする。
うら若い愛読者の日記が下敷きになっているのは、知っているが、やっぱ、太宰だ。
フム、朝の目覚めの冒頭からして好きだ。
そして、「キウリの青さから、夏が来る。五月のキウリの青味には、胸がカラッポになるような、うずくような、くすぐったいような悲しさが在る」。。。っていうくだりは、忘れられない。
夕靄はピンク色とか、百合の匂いの透明なニヒルという言葉には、みずみずしいポエムがある。
そして、ボクの座右の銘は、”幸福は一夜おくれて来る。
幸福は、ゆっくりと、まったりと、そして、まっ、いっか”にあると思っている。
今も、そう思う。
前橋の大秀才だった、亡くなられた世田谷在住のS先輩に合掌。
2016年7月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
10年以上の時を経て発行された「私」シリーズ。
嬉しくなって手に取りましたが、やや期待外れでした。
「女学生」は面白かったが、他のお話は小説になっていないような。
円紫さんにももっと登場してもらいたかった。残念です。
嬉しくなって手に取りましたが、やや期待外れでした。
「女学生」は面白かったが、他のお話は小説になっていないような。
円紫さんにももっと登場してもらいたかった。残念です。