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24歳の矢田部信幸は、大陸から日本へ復員する列車の中で、偶然出会った小椋康造に世話になる。後にこの恩人・小椋が木地師(きじし)であると知り、信幸は信州や東北の深山に分け入るのだが、その行方は杳として知れない。しかし東京で酒場を営む堀佳江や、木地師の娘・多希子といった人々と知遇を得ながら、信幸は戦後日本で生きることの意味を見出していく……。
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2013年に第40回大佛次郎賞を受賞した長編小説です。それまで時代小説をもっぱらとしていた乙川優三郎氏が初めて書いた現代小説です。
物語の柱のひとつが木地師の来歴であり、相当な紙幅を割いて古代日本の木工の歴史、あわせて渡来人や天皇家との関係などが描かれていきます。こうしたくだりは、古代日本史や木工芸の世界に疎い私には、少々歯ごたえが強すぎて消化不良気味だった点は否めません。
しかしながら、私が敬愛する乙川氏の流麗なる和文には今回も十分酔わせてもらいました。
荒廃した戦後日本で自らの手腕を活かしてしたたかに人生を切り開く酒場の女将・佳江は、さらに人生の先行きを芸術に懸けてみようと前進していきます。
また幸薄い多希子は、芸者として身を立てようと歯を食いしばり、その生き様は健気で愛おしく感じられます。
そんな好対照の女性二人との間に信幸は、曰く言い難い関係を結んでいくのです。その展開は、「男と女にありがちな未来が待たない」(186頁)ものであり、一筋縄では行かないだけに、かえって人生の深みと凄みを感じさせます。
いくつか心に残った言葉を引き写します。
「生活の不安もなく何かに挑戦することもなく、ただ安穏に暮らして何がおもしろい」(66頁)
「何をして生きるにしろ、男は自分の境遇や才量と相談しながら、正しいと思うことをするしかない、良心が騒ぐなら従えばいい、百人は無理でも一人なら助けられるということもある、自分や家族を養うことすらむずかしいときに人の心配をしてもはじまらないと思うなら、やめておくことだ、貧困や差別がなくなることはないだろうから、良心を鍛えておけばいずれ使う機会は訪れる、死ぬまでに一人でも救うことができたら上出来だよ」(68頁)
「民芸はよく実用の美という言葉で語られます、鑑賞するのではなく日常生活のために造られながら、生活を美しくするもの、別の言い方をすれば、あまりに近いために気づきにくい美しさがあります、木地細工もそうでしょう」(175頁)
「国家とは自身を世界の中心に置いて、自身に都合のよいように世界を眺めるための小さな見晴台にすぎない」(192-193頁)
「人生の意味すら考えずにどんなにうまく生活したところで、空っぽのまま終わる人間の正体は悲惨だと思う」(339頁)
「今から残りの人生を数えてもはじまらないけど、ずるずると何もしないまま終わりたくない、そういう半端な年になったらしいわ」(434頁)
こうした言葉の数々に背中を押される思いがします。
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脊梁山脈 単行本 – 2013/4/22
乙川 優三郎
(著)
- 本の長さ353ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日2013/4/22
- 寸法13.8 x 2.7 x 19.8 cm
- ISBN-104104393053
- ISBN-13978-4104393053
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登録情報
- 出版社 : 新潮社 (2013/4/22)
- 発売日 : 2013/4/22
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 353ページ
- ISBN-10 : 4104393053
- ISBN-13 : 978-4104393053
- 寸法 : 13.8 x 2.7 x 19.8 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 604,138位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 156,776位文学・評論 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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1953(昭和28)年、東京生れ。千葉県立国府台高校卒。’96(平成8)年に『薮燕』でオール讀物新人賞、’97年に『霧の橋』で時代小説大賞、 2001年に『五年の梅』で山本周五郎賞、’02年に『生きる』で直木賞、’04年に『武家用心集』で中山義秀文学賞をそれぞれ受賞。(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『 さざなみ情話 (新潮文庫) (ISBN-13: 4101192243 )』が刊行された当時に掲載されていたものです)
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2023年12月21日に日本でレビュー済み
2018年2月18日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
終戦直後のガード下の飲み屋を見てきたように描く乙川氏の筆力にはただただ感動です。
旅を続ける彼の行き着くところは・・・。
あの図柄は、本当に見たんですか? と聞いてみたいですね。
旅を続ける彼の行き着くところは・・・。
あの図柄は、本当に見たんですか? と聞いてみたいですね。
2020年12月3日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
乙川さん「らしさ」が出た作品でしたね。
2014年6月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
他のすごいレビュワーさんに教えていただきました。
...まだ途中ですけど読み終えるのがもったいなく思うくらい日本の歴史の読み直しから工芸の知識から昭和の風情から名台詞までなんでも入っていてすでにくりかえし読んで堪能しています。
そんななかでも地名と景観について。
南アルプスで関東と関西が分かれるのを知っていると旅行も楽しくなるように、本著に出てくる地名を辿るだけでもあぁそうだったのかと感慨ひとしおです。ひとつ例をあげると東北の鎌先温泉が出てきます。
古地図ファン、ブラタモリのファンにもおすすめできそうです。
旅行ガイドとして使う場合は時代設定が終戦直後においてあるのでくれぐれも似たような体験を実地に求めぬよう。
...まだ途中ですけど読み終えるのがもったいなく思うくらい日本の歴史の読み直しから工芸の知識から昭和の風情から名台詞までなんでも入っていてすでにくりかえし読んで堪能しています。
そんななかでも地名と景観について。
南アルプスで関東と関西が分かれるのを知っていると旅行も楽しくなるように、本著に出てくる地名を辿るだけでもあぁそうだったのかと感慨ひとしおです。ひとつ例をあげると東北の鎌先温泉が出てきます。
古地図ファン、ブラタモリのファンにもおすすめできそうです。
旅行ガイドとして使う場合は時代設定が終戦直後においてあるのでくれぐれも似たような体験を実地に求めぬよう。
2018年6月13日に日本でレビュー済み
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木地師の文化が分かり興味深かった。金に困らない主人公の設定は小説らしい都合よさ。
2016年8月26日に日本でレビュー済み
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私には読解力がないのでしょうか。かなり多くの人がこの本を良い本だと感想を書いていますが、私には支離滅裂な本としか思えませんでした。
①復員した主人公が戦後の街角のバーの女性と親しくなり、②遺産が入って高等遊民になり、③バーの女性は絵描きをめざし、主人公はその女性と肉体関係を持ち、④日本の古代史、なかでも木地師に関心を持って調べはじめ、⑤木地師の娘とも関係を持ち・・・という具合です。
筋が一本通った物語でもなく、古代史の調査も十分にしているという感じを持てませんでした。
これを戦後の人間の再生の物語というのでしょうか。私には理解不能の小説でした。
①復員した主人公が戦後の街角のバーの女性と親しくなり、②遺産が入って高等遊民になり、③バーの女性は絵描きをめざし、主人公はその女性と肉体関係を持ち、④日本の古代史、なかでも木地師に関心を持って調べはじめ、⑤木地師の娘とも関係を持ち・・・という具合です。
筋が一本通った物語でもなく、古代史の調査も十分にしているという感じを持てませんでした。
これを戦後の人間の再生の物語というのでしょうか。私には理解不能の小説でした。
2016年5月5日に日本でレビュー済み
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時代小説は以前から読ませていただいています、現代小説は初めて読みました、すばらしい本です。記紀を読まなくてはと思わされました。
2015年11月14日に日本でレビュー済み
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うーん!大作。
なかなか読みごたえある。
純文学。頑張って読みました。
なかなか読みごたえある。
純文学。頑張って読みました。