南方熊楠の読み方さえ知らなかった熊楠初心者にとっては、非常に親切な本でした。
植物や博物館についての本を読んだとき、何度も出てくるこの名前の主が、ここまで幅広い好奇心を持ち、実際に縦横無尽に動き回っていたのだということに驚きました。
表紙は熊楠が森に立っている写真ですが、まるで、彼が自分の世界の入口に立ち、手招きしているような印象を持ちました。
娘さんへのインタビュー記事も、凄すぎるだけでない、ほほえましい熊楠の姿も垣間見れて面白く読みました。
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クマグスの森: 南方熊楠の見た宇宙 (とんぼの本) 単行本 – 2007/11/20
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- ISBN-10410602165X
- ISBN-13978-4106021657
- 出版社新潮社
- 発売日2007/11/20
- 言語日本語
- 本の長さ127ページ
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登録情報
- 出版社 : 新潮社 (2007/11/20)
- 発売日 : 2007/11/20
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 127ページ
- ISBN-10 : 410602165X
- ISBN-13 : 978-4106021657
- Amazon 売れ筋ランキング: - 481,855位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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上位レビュー、対象国: 日本
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2008年1月14日に日本でレビュー済み
ワタリウム美術館にて開催中の「クマグスの森 南方熊楠の見た夢」展示会(2007年10月7日〜2008年2月3日)の記念として出版された本です。(おそらく)展示中の熊楠の標本や図譜がまとめられています。
南方熊楠は、自己の知的好奇心をあくまで探求した人です。その広さ・深さは驚嘆に値し、人を惹きつけてやまないところだと思います。
本著ですが、残念ながら熊楠の魅力を味わうには足りません。南方熊楠を知らずに美術館を訪れ、記念や入門として購入するには良いでしょう。本格的に熊楠を堪能したければ、別の本をお勧めします。
南方熊楠は、自己の知的好奇心をあくまで探求した人です。その広さ・深さは驚嘆に値し、人を惹きつけてやまないところだと思います。
本著ですが、残念ながら熊楠の魅力を味わうには足りません。南方熊楠を知らずに美術館を訪れ、記念や入門として購入するには良いでしょう。本格的に熊楠を堪能したければ、別の本をお勧めします。
2020年11月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
南方熊楠を強く意識したのは何十年も前の学生の頃、殺風景な級友のアパートに熊楠全集が積み上げてあるのを見た時だ。
マニアックな本を読んでいるなと、その理由を聞くと、彼は三浦つとむの認識論がどうのこうのと難しい話をしていた。
それから約10年後の1990年ごろ、今度は自分が南方熊楠を取り憑かれたように読んでいた。
全集は図書館で、他は熊楠と名のつく殆どを手元に置いて楽しんでいた。
その後熊楠への関心は薄れ、クマグス本も全て処分してしまった。
記憶に残っているのは断片的なエピソードだけである。
神社合祀に激しく反対した、その理由も先駆的で彼の予見に感心したものだ。
レベルは違うが私も子どもの頃から森羅万象に興味があった。
小学校高学年からの関心事は主に3つ。
①万物がなぜ生成し存在するのかという不意義。
②人間の意識と、その働きの不思議。
③そこに何らかの意志は想定されず全くの偶然だとする進化論の不思議。
これらの不思議をいつも考えていたわけではないが、ある意味で心が囚われていた。
中学生になってからは、UFOや心霊、超古代文明、超心理学、超能力に夢中だった。
愛用の望遠鏡や顕微鏡もあった。
成長するにしたがって、正統な天文学、心理学、考古学、相対性理論、量子力学などの本も読むようになり、そこにも驚きを見出した。
学校の復習予習テスト勉強は一切やらずに、興味関心の赴くままに生活し、いつも物思いに耽っていた。
神社合祀反対理由の一つとしていた「森が荒れると人心も乱れる」という見解は卓見だ。
時々の政府方針に反対するのと、悠久の日本国をおもうこととは矛盾しない。
倫敦時代、祖国に危急があった際、熊楠は日本人仲間へと奔走し、いの一番に献金した。
晩年は、天皇陛下へのご進講という栄誉にも浴している。
キワードは「つながり・かかわり」だ。
森に住む生き物同士、人と生き物のつながり、人と地球・宇宙のつながり、生と死のつながり、物質と精神のつながり、先人と後人のつながり等々である。
先人(ご先祖様)や後人(後世の人々)を意識するのは、保守主義の発想とも通じる。
現政治家には保守の発想が足りない。
①は現代宇宙論によって、その理解への糸口が見えてきたが、まだまだ不思議。
②は、量子論的に説明しようとする試みもある。
AIや量子コンピュータの研究から脳の働きや意識の問題に光明が差すかもしれないが、まだまだ不思議。
③身近な昆虫や植物を観察しても、その能力、生きる力、多様性に驚かされる。
物資と生命の境界、生命活動の深遠さ(ノーベル賞日本人先生は、免疫系について「有限の素材で無限とも思える生命の営み」の驚きについて著書で述べている)等、まだまだ不思議。
エセ科学的なものの中にも不思議を解く鍵があると感じている。
子ども時代の、あの直感わくわく感を忘れたくない。
本書をパラパラやって思ったことを記す。
つまらないと思っている誰の人生にも物語がある。
その人が関わった物、(精神)世界、人々を、このような写真アルバムにすれば、その人や生きた時代・地域の雰囲気を知ることができ面白い。
その意味では熊楠も社会に生きた普通の人で、その能力を生かし興味関心の赴くままに生き抜いた人生は愉快であっぱれだ。
【粘菌】
熊楠で粘菌を知ってから、テレビで扱われた時など、その不思議な生態の映像は見るようにしていた。
粘菌を使った経路検索の最適解などは、「量子アニーリングマシン」を思い起こす。
以前は手軽に入手できる粘菌図鑑などなかったと思う。
【地衣類】
孫文が熊楠に送った地衣類標本の付記(p.58)が、私の初歩英語でも読めて嬉しい。
孫文と熊楠との深い繋がりがわかる。
最近は筆記体を習わないそうだが、私が中1で面白かったのは、英語の習得より筆記体の練習だった。
【病の自覚】p.72〜
てんかんの自覚、精神的な病との葛藤などがあったという。
精神のバランスを維持するために、博物学を「遊戯」としていたというくだりは、何となく理解できる。
象牙の塔に籠るより、野山を駆け回ったほうが彼の破格の自由自在な頭脳にとっては健康的であっただろうし、事実あの当時としては長生きできた。
【夢への関心】p.74〜
結構明晰な夢を見る。今日も見た。
どこか広い会場のフロアかロビーにいる。
落ち着いた色の絨毯が敷かれている。
青春時代で若く身なりもきちんとしていた。
着替えを必要とする催しで荷物を預け更衣室で着替えた。
とても広い会場で、帰りに更衣室が幾つもあり荷物も見つからない。
自分の格好を見るとそれ程ひどくないのでこのまま帰ろうとした。
余り話したことがない同じ学科の別クラスの女性に会った。
清楚な日本美人である。
「わたしは更衣室を順番に覗いて見つけた」と言い、朗らかに愛想よく対応してくれた。
そこへ彼女の親しい男性が来ると、私など存在していなかったような態度になり、そこで目が覚めた。
夢全体としては、不安や戸惑いの気持ちがあったものの、心持ちはよく、悪くない夢だった。
・「青春」「会場」「女性」「服装」「愛想」「無視」。
・そういえば、最近「あすなろ白書」を思い出した。
・森林問題を考えるために、幕末と明治初頭に来日したリヒトホーフェンとデレーケの滞在記を読んでいた。
・リヒトホーフェンは、貧しい人々の「服」もきちんと繕いがなされていて、庶民の「機嫌のよさ」や押し付けがましくない様子を好意的に描いていた。
・デレーケの地方視察時、鵜飼見学の前だったか「大きな広間」で接待され、デレーケ担当「接待女性」と懇ろになるのを避けるため、その場を離れたと記していた。
・ある日突然レビューが消え、初めから「無かった」ようになるのは良くないと考えていた。
今日も頭の中の、脚本家、出演者、カメラマン、編集者らが、勝手に働き協力して素敵な映像を見せてくれた。
驚嘆すべき現象である。
夢の研究も進んでいて、いつ頃の実験か忘れてしまったが、被検者が夢の世界から実験者へ、夢の世界いることを知らせる実験に成功している。
【林中(山中)裸像】表紙、見開き(p.94,95)
有名な写真で、デモンストレーションで撮ったとどこかで読んだ。
真偽はどうあれ、場所も構図もポーズも意識して決めているのだから、なかなかなの役者である。
この写真が残ってよかった。好い写真だ。
陛下は、後に「南方熊楠はいつも裸でいると聞いていたが正装だった」と述懐している。
【年譜】(p.124,125)
年譜を見ていると晩年まで漢籍等の筆写に勤しんでいたことがわかる。
サヴァン症候群的、映像記憶的な熊楠でさえ、手を働かせ学んでいた。
勝海舟も辞書を2部写しているのだから、この当時の努力家の、基本的な学習方法なのかもしれない。
日本は遅れている、デジタルだ、リモートだと、性急な主張を聞いていると、「寺子屋」に戻したらと言いたくなる。
声を出して読むことと学ぶ姿勢が一体となった、文字への抵抗をなくす、幕末明治初頭の素読教育の重要性をご先祖様たちはよく理解していて、実際、多くの人格者や骨のある人材を育てた。
「デジタルデジタル」で上滑りの軽佻浮薄な日本人を増やすだけにならないか。
コロナ禍の今だからこそ、じっくりと書籍に向き合い、ご先祖様たちと会話(海舟でも福沢でも渋沢でも熊楠でも漱石でも鴎外でも何でも)し、先生の人格や自然にふれる教育が必要だ。
それを助けるデジタルなら認める。
天才肌で独自路線の熊楠が終生、先生と呼んだ、和歌山中学の恩師「鳥山啓」に出会えたことは幸せだった。
学校や先生を追い詰めても良いことは何もない。
研究園の日照問題で隣家ともめていたことを年譜を見ていて思い出した。
ファーブルが、自宅に通じるプラタナス並木の枝を切り落とされたことに立腹し田舎に引き込む決意をしたことと同じ心境だ。
熊楠も見聞きしていただろうスペイン風邪(1918,1919)の正体をアラスカの永久凍土から突き止め、人工合成にも成功していること、
近年のゲノム編集(啓蒙書を読み核心が理解できた時には感嘆した)技術の進歩等を考え合わせると、
新型コロナウィスル人工説の可能性を完全に否定できない自分がいて大変な時代になったなと感じている。
不思議が最新技術によって解かれるのは素晴らしいことだ。
しかし倫理的に問題があっても、その技術を応用してみたくなる輩が必ず出現するのが歴史の常で警戒が必要だ。
本書に先行する類書(写真アルバム2著)も魅力的である。
本書は、熊楠自身の写真は幾分少ないが、その分「もの」「カラー」「大判」の写真が若干多い。
熊楠を取り巻いていた世界の「色彩」や「空気」を感じることが出来る。
マニアックな本を読んでいるなと、その理由を聞くと、彼は三浦つとむの認識論がどうのこうのと難しい話をしていた。
それから約10年後の1990年ごろ、今度は自分が南方熊楠を取り憑かれたように読んでいた。
全集は図書館で、他は熊楠と名のつく殆どを手元に置いて楽しんでいた。
その後熊楠への関心は薄れ、クマグス本も全て処分してしまった。
記憶に残っているのは断片的なエピソードだけである。
神社合祀に激しく反対した、その理由も先駆的で彼の予見に感心したものだ。
レベルは違うが私も子どもの頃から森羅万象に興味があった。
小学校高学年からの関心事は主に3つ。
①万物がなぜ生成し存在するのかという不意義。
②人間の意識と、その働きの不思議。
③そこに何らかの意志は想定されず全くの偶然だとする進化論の不思議。
これらの不思議をいつも考えていたわけではないが、ある意味で心が囚われていた。
中学生になってからは、UFOや心霊、超古代文明、超心理学、超能力に夢中だった。
愛用の望遠鏡や顕微鏡もあった。
成長するにしたがって、正統な天文学、心理学、考古学、相対性理論、量子力学などの本も読むようになり、そこにも驚きを見出した。
学校の復習予習テスト勉強は一切やらずに、興味関心の赴くままに生活し、いつも物思いに耽っていた。
神社合祀反対理由の一つとしていた「森が荒れると人心も乱れる」という見解は卓見だ。
時々の政府方針に反対するのと、悠久の日本国をおもうこととは矛盾しない。
倫敦時代、祖国に危急があった際、熊楠は日本人仲間へと奔走し、いの一番に献金した。
晩年は、天皇陛下へのご進講という栄誉にも浴している。
キワードは「つながり・かかわり」だ。
森に住む生き物同士、人と生き物のつながり、人と地球・宇宙のつながり、生と死のつながり、物質と精神のつながり、先人と後人のつながり等々である。
先人(ご先祖様)や後人(後世の人々)を意識するのは、保守主義の発想とも通じる。
現政治家には保守の発想が足りない。
①は現代宇宙論によって、その理解への糸口が見えてきたが、まだまだ不思議。
②は、量子論的に説明しようとする試みもある。
AIや量子コンピュータの研究から脳の働きや意識の問題に光明が差すかもしれないが、まだまだ不思議。
③身近な昆虫や植物を観察しても、その能力、生きる力、多様性に驚かされる。
物資と生命の境界、生命活動の深遠さ(ノーベル賞日本人先生は、免疫系について「有限の素材で無限とも思える生命の営み」の驚きについて著書で述べている)等、まだまだ不思議。
エセ科学的なものの中にも不思議を解く鍵があると感じている。
子ども時代の、あの直感わくわく感を忘れたくない。
本書をパラパラやって思ったことを記す。
つまらないと思っている誰の人生にも物語がある。
その人が関わった物、(精神)世界、人々を、このような写真アルバムにすれば、その人や生きた時代・地域の雰囲気を知ることができ面白い。
その意味では熊楠も社会に生きた普通の人で、その能力を生かし興味関心の赴くままに生き抜いた人生は愉快であっぱれだ。
【粘菌】
熊楠で粘菌を知ってから、テレビで扱われた時など、その不思議な生態の映像は見るようにしていた。
粘菌を使った経路検索の最適解などは、「量子アニーリングマシン」を思い起こす。
以前は手軽に入手できる粘菌図鑑などなかったと思う。
【地衣類】
孫文が熊楠に送った地衣類標本の付記(p.58)が、私の初歩英語でも読めて嬉しい。
孫文と熊楠との深い繋がりがわかる。
最近は筆記体を習わないそうだが、私が中1で面白かったのは、英語の習得より筆記体の練習だった。
【病の自覚】p.72〜
てんかんの自覚、精神的な病との葛藤などがあったという。
精神のバランスを維持するために、博物学を「遊戯」としていたというくだりは、何となく理解できる。
象牙の塔に籠るより、野山を駆け回ったほうが彼の破格の自由自在な頭脳にとっては健康的であっただろうし、事実あの当時としては長生きできた。
【夢への関心】p.74〜
結構明晰な夢を見る。今日も見た。
どこか広い会場のフロアかロビーにいる。
落ち着いた色の絨毯が敷かれている。
青春時代で若く身なりもきちんとしていた。
着替えを必要とする催しで荷物を預け更衣室で着替えた。
とても広い会場で、帰りに更衣室が幾つもあり荷物も見つからない。
自分の格好を見るとそれ程ひどくないのでこのまま帰ろうとした。
余り話したことがない同じ学科の別クラスの女性に会った。
清楚な日本美人である。
「わたしは更衣室を順番に覗いて見つけた」と言い、朗らかに愛想よく対応してくれた。
そこへ彼女の親しい男性が来ると、私など存在していなかったような態度になり、そこで目が覚めた。
夢全体としては、不安や戸惑いの気持ちがあったものの、心持ちはよく、悪くない夢だった。
・「青春」「会場」「女性」「服装」「愛想」「無視」。
・そういえば、最近「あすなろ白書」を思い出した。
・森林問題を考えるために、幕末と明治初頭に来日したリヒトホーフェンとデレーケの滞在記を読んでいた。
・リヒトホーフェンは、貧しい人々の「服」もきちんと繕いがなされていて、庶民の「機嫌のよさ」や押し付けがましくない様子を好意的に描いていた。
・デレーケの地方視察時、鵜飼見学の前だったか「大きな広間」で接待され、デレーケ担当「接待女性」と懇ろになるのを避けるため、その場を離れたと記していた。
・ある日突然レビューが消え、初めから「無かった」ようになるのは良くないと考えていた。
今日も頭の中の、脚本家、出演者、カメラマン、編集者らが、勝手に働き協力して素敵な映像を見せてくれた。
驚嘆すべき現象である。
夢の研究も進んでいて、いつ頃の実験か忘れてしまったが、被検者が夢の世界から実験者へ、夢の世界いることを知らせる実験に成功している。
【林中(山中)裸像】表紙、見開き(p.94,95)
有名な写真で、デモンストレーションで撮ったとどこかで読んだ。
真偽はどうあれ、場所も構図もポーズも意識して決めているのだから、なかなかなの役者である。
この写真が残ってよかった。好い写真だ。
陛下は、後に「南方熊楠はいつも裸でいると聞いていたが正装だった」と述懐している。
【年譜】(p.124,125)
年譜を見ていると晩年まで漢籍等の筆写に勤しんでいたことがわかる。
サヴァン症候群的、映像記憶的な熊楠でさえ、手を働かせ学んでいた。
勝海舟も辞書を2部写しているのだから、この当時の努力家の、基本的な学習方法なのかもしれない。
日本は遅れている、デジタルだ、リモートだと、性急な主張を聞いていると、「寺子屋」に戻したらと言いたくなる。
声を出して読むことと学ぶ姿勢が一体となった、文字への抵抗をなくす、幕末明治初頭の素読教育の重要性をご先祖様たちはよく理解していて、実際、多くの人格者や骨のある人材を育てた。
「デジタルデジタル」で上滑りの軽佻浮薄な日本人を増やすだけにならないか。
コロナ禍の今だからこそ、じっくりと書籍に向き合い、ご先祖様たちと会話(海舟でも福沢でも渋沢でも熊楠でも漱石でも鴎外でも何でも)し、先生の人格や自然にふれる教育が必要だ。
それを助けるデジタルなら認める。
天才肌で独自路線の熊楠が終生、先生と呼んだ、和歌山中学の恩師「鳥山啓」に出会えたことは幸せだった。
学校や先生を追い詰めても良いことは何もない。
研究園の日照問題で隣家ともめていたことを年譜を見ていて思い出した。
ファーブルが、自宅に通じるプラタナス並木の枝を切り落とされたことに立腹し田舎に引き込む決意をしたことと同じ心境だ。
熊楠も見聞きしていただろうスペイン風邪(1918,1919)の正体をアラスカの永久凍土から突き止め、人工合成にも成功していること、
近年のゲノム編集(啓蒙書を読み核心が理解できた時には感嘆した)技術の進歩等を考え合わせると、
新型コロナウィスル人工説の可能性を完全に否定できない自分がいて大変な時代になったなと感じている。
不思議が最新技術によって解かれるのは素晴らしいことだ。
しかし倫理的に問題があっても、その技術を応用してみたくなる輩が必ず出現するのが歴史の常で警戒が必要だ。
本書に先行する類書(写真アルバム2著)も魅力的である。
本書は、熊楠自身の写真は幾分少ないが、その分「もの」「カラー」「大判」の写真が若干多い。
熊楠を取り巻いていた世界の「色彩」や「空気」を感じることが出来る。