本書「第百一師団長日誌」は、伊東政喜中将(以下 伊東 敬称略)の193
7年8月から1938年9月にかけての日誌である。
伊東は、1881年生まれ、陸軍幼年学校、陸軍士官学校、陸軍大学校というエ
リート軍人。1930年少将となり第百一師団長となった。
ざっくりと第百一師団の活動をまとめれば、第2次上海事変(中華民国軍との
1937年での戦闘)の増援軍として上海戦線に参戦、南京攻略戦では側面支援
として揚子江を上り、鎮江から揚州攻略。1938年に中支那派遣軍に編入され、
徐州で戦う。武漢、南昌と戦闘を続けている。
つまりはよく活用、転用された師団である。兵力2万5千。
「はじめに」で「本書の特徴と出版の意図」が語られてあり、第一章は全て「日
誌を読む前に」として、師団結成までの伊東のこと、日中戦争時の「伊東の立ち
位置」、第百一師団という三桁番号の(つまり早成された)師団のことが詳しく
説明してある。第二章より第十一章までが伊東の日誌となる。
本書の特徴。日中戦争期の最高司令官(松井石根や畑俊六)の日誌も一部公開
されており(簡単に入手できる)、実際に戦闘に参加した兵の記録や陣中日誌、
戦闘詳報などがあるが、その中間に位置する「師団長クラス」の日誌は少ない、
とある。
確かに個別の戦闘の様子は、かなり個別に刊行あるいは収載(偕行社の「南京
戦史」など)されているが師団長クラスの日誌は読んだことがない。
「現場の指揮官が軍事的戦略的にこの戦争をどのように認識」ていたか、
「出征軍人や日本人一般の中国観、対外観…を考察できる」、ノート6冊に収載
された日誌が本書であり、類書はほとんどないだろう。
解説では、「伊東政喜とは…一言で言えば、砲術に詳しい実直で慎重な性格」
との評を下している。
その伊東が指揮したのは、「師団は平時の国内にある陸軍部隊の最大単位 、一次
大戦後は平時は17の師団のみであり、戦時には増設される。その「師団を特別
師団と言い、百一師団もその一つであった」。
「師団長(中将)は国内では平時は天皇に直属し…陸軍大臣と同格」とのこと。
特設師団第百一師団は、「予備役・後備役兵を召集して」増設された。その師
団としての戦闘能力は高いものではない。「歴然とした(通常師団とは)性能の
差があり、…擲筒・重機関銃では(通常師団と比して)二対一」。「重機関銃以上
の火力はせいぜい(通常師団の)半分程度」。「火力の低い旧編制に対応した数し
か兵器がな」い。
この時期の日本を俯瞰する。1931年柳条湖事件から満州事変へ。1932
年五・一五事件。1936年二・二六事件。1937年盧溝橋事件から日中戦争
へ。このような混乱した泥沼の戦争に日本はどっぷりと漬かっていた。
いわば応急的な措置としてつくられた第百一師団は、伊東の指揮下に中国に派
遣された。この日、1937年8月24日より、伊東の日誌は始まっている。一
日も欠かさず(時には書く暇がなく、後日書いたとも思われるものもある)実に
細かな、祝いの会でどんな贈答品をもらったかまで書いてある。
そして伊東の日誌の一日ごとに、詳しい説明が付け加えられている。ある日の、
部下の失敗について、皇族の訪問について、おのおの説明によってその背景が分
かる。これは実にありがたい。日記の内容が分からなくとも説明文がそれを補っ
てくれている。
日誌では「従軍慰安所」についての(わずかではあるが)記載もある。
1938年1月21日。「A.慰安の件」。同2月2日。「各隊の状態S…慰安設備
Ⅱ/6Tが近傍に在る故、極秘にて利用」
解説には、「上海派遣軍による、いわゆる慰安所の設置は一日のことである」と
あり、慰安所の存在は常態であったのか詳細は不明。
南京大虐殺時(1937年12月13日を中心とした)についての詳しい記載
はない。12月始めからかなりの強行軍で杭州攻略戦にむかう。杭州攻略戦のこ
ろの解説に、「この行軍中から軍紀の乱れが目立つようになった。伊東の日誌の
みならず部隊の日誌までその憂慮の念が記された」とある。日本への帰還がなく
なったこと等でその厭戦感もあったのだろうか。
「師団が杭州に向かっている頃、南京が陥落したが、その後…南京事件…杭州攻
略戦は地味な作戦であったが、その代わり、第百一師団は南京事件に関わらずに
すんだ」のであり、12月8日の日誌には「南京入城の状況」を伊東が聞いてい
たことが分かる。
12月20日に突然、「化学実権隊の大佐来訪」とあるが、これは「大十軍配
属の第一野戦化学実権隊おことと考えられる。化学兵器の使用が考えられていた
ことがわかる」と解説にある。これらの記載は重要であろう。
呉淞に到着して後、中国軍と戦火を交えながら進軍し、伊東は天気のこと兵隊
のこと手紙のこと、細かな気配りをしている。記者のインタビューに応じ、他方
面軍の動向も詳しくチェックしている。各戦闘の様子も報告させ、その都度戦術
的なことも書いている。揚子江を渡河することの困難さ、日時をかけて渡河に成
功するが、またもや戦闘。日誌の中では図を描き、個別の戦闘状況も分析し手い
る。図版も多く収載されており、伊東のまめなこと真面目なことを示している。
10月以降に制空権を考えているが、師団としてどの程度航空隊と連携をとって
いたかは分からない。10月末に「大場鎮に至る…からようやく解放され…部隊
が再び一つとなり…休息」とほっとした様子もリアルである。しかし伊東はこう
記す。
「一ヶ月間の連日攻撃に於いて経験したる幾多の苦難は、予の六十年近き過去幾
多の経験に比して、尚大なるものあり」と正直に心情を吐露している。
渡河のことについて、伊東ははっきりと、軍中央部の全体戦略について不満を
述べている。このような批判も日誌に記載している。
11月に師団は嘉定に入城。「共同租界内示威行軍」の字句がある。占領した
が租界地にはやはり手はつけていない。これが南京攻略戦との大きな違いか。
12月7日。「[松井]方面軍司令官、本日蘇州に前進につき」とは、南京大虐殺
の一週間ほど前のこと。12月10日から「第百一師団は第十軍の杭州攻略戦に
参加するため、一部を警備に残し、上海を出発」している。杭州での勝利の後
1月には上海に戻っている。占領したはずの地域で反撃を受けており、日中戦争
の泥沼化を示している。
このころから「軍紀の乱れが目立つようになった」と解説にある。「南京大虐
殺」で松井石根が公に将兵を叱った訓示等によって、「方面軍や派遣軍は非軍紀
行動に関する注意をしきりに喚起する」こととなったらしい。遡るが、11月の
日誌に、「之等は三々五々にて其態度不良、又各種駄載獣(牛のことか?)を使
用し…一般に大目に見らるも、其態度甚不可なり」とある。徐々に規律が緩んで
きたことか。さらに「民家に立ち入り、目ぼしきものを採る者、甚しきは治安維
持会に到り食器を強制するものあり」と日誌に記載している。
杭州から上海に第百一師団は戻り、半年近く上海警備任務に突く。上海からま
た漢口攻略戦へと向かう。
ようやく1939年に帰国、1940年2月末に第百一師団は解散となる。
各地での戦闘の詳細が最後まで語られる。伊東は実に部下の動向に気を配り、
他の師団の動きを知り、個別戦闘のあり方を論じ手いる。これほどの指揮官は稀
だろう。苛烈な戦闘の中でよくここまでと感心する。
第百一師団は、中国での戦闘状況や戦略の不明確さの中で、あちこちに派遣され
た師団であり、本書を通して戦争の全体の中では特異な師団であったのか不明。
私のようにそもそもの日中戦争の日本軍の動き自体に無知な者にとっては、い
ったいどこを攻略しているのかさえ、忘れてしまうことがあった。時間をかけて
ゆっくり読むのがいいと思われる。ただ、一日一日の日誌に十分すぎる説明があ
り、当時の日本の政治状況、中国軍の様子、等々がきちんと書いてある。よって、
とにかく時間をかける必要があるが、理解しやすく配慮してある。
当時の日本軍の一端を示す日誌であり、多くの日本軍はこのように戦争に突き
進み、そして崩壊したのであろう。
内容が豊富で、おすすめです。 むろん ☆☆☆☆☆ です。
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第百一師団長日誌: 伊東政喜中将の日中戦争 単行本 – 2007/6/1
古川 隆久
(編集)
- 本の長さ610ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日2007/6/1
- ISBN-104120038351
- ISBN-13978-4120038358
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登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (2007/6/1)
- 発売日 : 2007/6/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 610ページ
- ISBN-10 : 4120038351
- ISBN-13 : 978-4120038358
- Amazon 売れ筋ランキング: - 672,677位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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