小谷野氏の愛読者です。現在の日本における文学評論の分野では、最も鋭く自身の分析と意見を言える方だと思っています。氏の文芸評論・批評に関しては批判もある様ですが、評論家・批評家というものは少々アクの強さがなければいけませんし、個性と独断を前面に出すのを控えるようでは、評論・評伝とはいえません。谷崎潤一郎伝・久米正雄伝に関しては、氏の個性が溢れる著作で、その労作に感嘆しました。
ただ、この川端康成伝に続いて、この里見弴伝に関しては、どうも理解できないものがあります。あとがきの、「作品論にはこだわらない」という見識は認めますし、評伝ならばそうであろうというのはわかります。ただ、「伝記にもどろう」という言葉が何度かありますが、それは取り上げる人物、この場合里見氏の旅行日程や活動記録を、誰にあった・どこに泊まった等を延々と記録することなのでしょうか?小谷野氏らしく、調査は綿密でその点はご苦労さまと言いたいのですが、それだけに読者を付き合わせてよいものなのか?
もちろん、氏らしく里見の性格・行動分析等に鋭く切り込んでおり、氏なりの結論と見方を示しているのは見事であり、読ませはするのですが・・・調べ得たことを総て書くことは、時として冗漫になります。もっと削除しまとめることが出来たのではと惜しまれます。即ち作品とその作家に対して小谷野氏自身の分析と意見が「小坪の漁師」(P424)以外にほとんど無いのです。あの「久米正雄伝」を書いた小谷野氏の分析力からすれば、当然に里見弴に対しての冷徹な分析と追及があってしかるべきと期待したのですが、自分の読んだ限りではほとんどあるとは思えません。こんなに興味ある作家と作品であるのに・・・・。
加えて、妻である「まさ」と生涯の愛人である「お良」に関しての記述があまりに少ないと感じるのが自分だけでしょうか?小谷野氏の調査力からすれば、この二人の間の相剋をもっと記述出来たのではないか?相剋とまでは言えずとも、その二人と里見との日常にもっと筆が及んで欲しかったとの感です。特に外山伊都子さんに関しては、「沼津へ帰ったらしい」「山荘が彼女に与えられたようだ」(P436)で終えられています。小谷野氏らしく、どうして調査なさらなかったのか、物足りないと感じるのは、単に一読者である自分の欲張りでしょうか?
阿川弘之氏の「志賀直哉」に続く様な評伝を期待しました。(もっともあれを評伝と言うのは間違いかもしれませんが)勿論、同時代に身近にいた阿川氏と同じ条件のものは不可能でしょう。しかし、氏ならば同じ白樺派の里見弴の読ませる評伝を書けるのではと、期待したのです・・・・次作を期待します。(一読者の勝手な望みながら、いつか加能作次郎あたりを書いてくれないか、と思っています。)
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
里見とん伝: 「馬鹿正直」の人生 単行本 – 2008/12/1
小谷野 敦
(著)
- 本の長さ487ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日2008/12/1
- ISBN-104120039986
- ISBN-13978-4120039980
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (2008/12/1)
- 発売日 : 2008/12/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 487ページ
- ISBN-10 : 4120039986
- ISBN-13 : 978-4120039980
- Amazon 売れ筋ランキング: - 916,556位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 131,194位ノンフィクション (本)
- - 229,568位文学・評論 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
作家、比較文学者。1962年茨城県生まれ、埼玉県育ち。海城高校卒、東大文学部英文科卒、同大学院比較文学比較文化専攻博士課程修了、学術博士。大阪大学言語文化部講師、助教授(英語)、国際日本文化研究センター客員助教授、現在は文筆家。博士論文は『<男の恋>の文学史』、1999年『もてない男』がベストセラーに。2002年『聖母のいない国』でサントリー学芸賞。2011年『母子寮前』で芥川賞候補、2014年「ヌエのいた家」で同。
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2022年11月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2014年2月9日に日本でレビュー済み
全体的に起伏が乏しく特別面白いとも言えないが、これまでちゃんとした伝記が書かれず、ちゃんとした全集すらなかったようだから意義があると言えるだろう。
「小坪の漁師」はたしかにいい作品に思えた。
志賀直哉とか、当時の文壇、文化人の情報もわかる本である。
里見の作品の良いところや特徴についてもう少し紹介してもらいたかった。
「小坪の漁師」はたしかにいい作品に思えた。
志賀直哉とか、当時の文壇、文化人の情報もわかる本である。
里見の作品の良いところや特徴についてもう少し紹介してもらいたかった。
2010年6月27日に日本でレビュー済み
鎌倉見物の折、ふとここが里見とん邸だったなどと人がささやいていたことを思い出しました。
里見の名前は、「とん」という音の珍しさもあって知っていましたが、実際の作品を読んだ人は少ないでしょう。
だが、それにしても、評伝がほとんどなかったとは!
新潮文学アルバムとか、日本近代文学全集などに入っているものとばかり思っていました。
そんな、やや忘れられつつある名人芸の作家を詳細に浮かび上がらせ、いきなり再評価の俎上にあげた力作。
晩年のところまではしょらずに淡々と綴り、はじめは凡長かと思っていたら、おもしろくてぐいぐい引き込まれ、結局一気に読了となりました。
志賀直哉神話のようなものに疑問を投げかけたり、文学畑以外の人間でもたのしく読めて、とても刺激的!でした。
泉鏡花、志賀直哉、谷崎、小村雪岱、木村荘八、小津安二郎、笠智衆…多士済々の登場人物のインデックス、文献なども充実し、学問書としても抜群の完成度で、しかも面白い。
こんな労作をどのくらいの期間で準備して書き上げたのか、筆者を質問攻めにしたくなりましたが、あまり書評等で紹介されなかったのが残念です。
絵描きだと、金山平三とかまあ木村荘八でもいいけれど、絵はこんなにいいのに埋もれていってしまう!という人みたいな作家でしょう。
里見、そしてこの労作をてがけた小谷野の、二人の「トン」氏のお仕事に、深く感じ入りました。
トン先生、こんなに愛されてよかったですね。今まで待った甲斐がありましたね。
里見の名前は、「とん」という音の珍しさもあって知っていましたが、実際の作品を読んだ人は少ないでしょう。
だが、それにしても、評伝がほとんどなかったとは!
新潮文学アルバムとか、日本近代文学全集などに入っているものとばかり思っていました。
そんな、やや忘れられつつある名人芸の作家を詳細に浮かび上がらせ、いきなり再評価の俎上にあげた力作。
晩年のところまではしょらずに淡々と綴り、はじめは凡長かと思っていたら、おもしろくてぐいぐい引き込まれ、結局一気に読了となりました。
志賀直哉神話のようなものに疑問を投げかけたり、文学畑以外の人間でもたのしく読めて、とても刺激的!でした。
泉鏡花、志賀直哉、谷崎、小村雪岱、木村荘八、小津安二郎、笠智衆…多士済々の登場人物のインデックス、文献なども充実し、学問書としても抜群の完成度で、しかも面白い。
こんな労作をどのくらいの期間で準備して書き上げたのか、筆者を質問攻めにしたくなりましたが、あまり書評等で紹介されなかったのが残念です。
絵描きだと、金山平三とかまあ木村荘八でもいいけれど、絵はこんなにいいのに埋もれていってしまう!という人みたいな作家でしょう。
里見、そしてこの労作をてがけた小谷野の、二人の「トン」氏のお仕事に、深く感じ入りました。
トン先生、こんなに愛されてよかったですね。今まで待った甲斐がありましたね。