哲学者ルートウィヒ・ウィトゲンシュタインには、すでに優れた伝記や解説書や研究書、彼を主題とした逸話本が多く存在しています。私の手元にあるのは、ノーマン・マルコム「ウィトゲンシュタイン」、ジョン・L. キャスティ「ケンブリッジ・クインテット」、Janik &Toulmin “ Wittgenstein's Vienna”、そして何より私をウィトゲンシュタインに導いてくれた飯田 真 , 中井 久夫「天才の精神病理」などなど。
この「ウィトゲンシュタイン家の人びと」は、哲学者ルートウィヒを生み育てたウィトゲンシュタイン家の家族の歴史を、父カールの時代からやがて滅び去っていく一家の末路までを、時系列で丁寧に追いかけ、主に一家の中で交わされた書簡や残された記録を一次資料として、二つの世界大戦前後で彼らに降りかかった運命を実証的に描いています。
ルートウィヒのすぐ上の兄パウル・ウィトゲンシュタインは、戦争で右腕を失い、ラヴェルの「左手のための協奏曲」などを委嘱・初演した当時は有名なピアニストでしたが、残念ながら今ではほとんど忘れられ、「ラヴェルの協奏曲は難しすぎて彼には弾けなかった」などと間違った伝聞を引用されています。(NHKの某番組)
パウルとルートウィヒの3人の兄たちは、強権的な父に反抗して自殺していますが、残された2人にも自殺癖があったようで、時代背景もあったのでしょうが、この家族には天才と狂気のぎりぎりのところを生きる遺伝子が組み込まれていたような気がします。
この本の後半では、ウィトゲンシュタイン家の膨大な資産をナチスドイツからいかに守ったか、ユダヤ人と認定され収容所に送られる運命からいかに逃れたかに多くにページを割いています。私としては、世紀末のウィーンという特殊な都市空間で、パウルやルートウィヒがいかにして彼らの才能を花開かせていったかという彼らの魂の奇跡をもう少し追いかけていって欲しかったと思いますが、著者のアレグザンダー・ウォーはイギリス人(有名なイーヴリン・ウォーの孫)なので、あくまで実証的にこの家族の歴史を描いています。
ゴールデン・ウィークの3日間で読み通しました。最後に、私が哲学者ルートウィヒ・ウィトゲンシュタインに惹かれ、彼の足跡を追いかけた時のことをお話しします。もう数十年前になりますが、彼が隠遁したノルウェーのフィヨルドやアイルランド西岸の小屋、ケンブリッジ大学で学生たちに講義した自室、そしてウィーンで姉マルガレーテの自宅を設計したその建物を訪ねたことがあります。どの場所にも感じられたことは、装飾的なウィーンとは対照的に、あらゆる装飾がそぎ落とされたシンプルさが、彼の哲学をそのまま表しているように感じました。
そのとき、アメリカからたまたまウィーンを訪れていた女性研究者と知り合い、一緒にウィーンを歩きました。彼女は第2次大戦前、幼い頃ウィーンに暮らしていて、その後アメリカに亡命した生物学者で、彼女が言うには、「ウィーンは大戦中、連合国の爆撃で破壊されたが、もうすっかり戦前と同じように復興している、あの角を曲がれば確かカフェがあったはず」
確かに角を曲がったところに懐かしい古いカフェがありました。
原書の副題”A Family at War”は、この訳書では「闘う家族」と訳していますが、「戦時の家族」と「不仲な家族」のダブルミーニングだと思います。
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ウィトゲンシュタイン家の人びと: 闘う家族 単行本 – 2010/7/1
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- 本の長さ461ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日2010/7/1
- ISBN-104120041336
- ISBN-13978-4120041334
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登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (2010/7/1)
- 発売日 : 2010/7/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 461ページ
- ISBN-10 : 4120041336
- ISBN-13 : 978-4120041334
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,121,058位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 152,337位ノンフィクション (本)
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2021年5月9日に日本でレビュー済み
2011年3月22日に日本でレビュー済み
読む前は哲学者ウィトゲンシュタインしか知らなかったが,音楽家パウルをはじめとする実業家カールの子どもたちはみな個性的。
カールは莫大な財産を残しており,子どもたちは著名な音楽家の手楽譜や楽器,そして絵画や調度品など幅広い文化財,および株式を所有していた。そうした財産の管理に明け暮れる人もいれば,それを社会活動や政治活動に利用する者,それを放棄する者(ルートウィッヒ)もいる。
きょうだいたちの並はずれて神経質な性格や音楽への造詣など,非常に似ている部分と,それでも理解し合えない部分とが混在するさまは,家族の深淵さを浮き彫りにしている。
第二次世界大戦前後のオーストリア(ウィーン)を取り巻く情勢も歴史的な緊張感にあふれていて,非常にドラマチックで興味深いファミリー・ヒストリーとなっている。
訳文はこなれており,読みやすい。人物がたくさん出てきて少し混乱するが,メインの登場人物は個性が際立っており,また最初に家系図があるので理解しやすい。
カールは莫大な財産を残しており,子どもたちは著名な音楽家の手楽譜や楽器,そして絵画や調度品など幅広い文化財,および株式を所有していた。そうした財産の管理に明け暮れる人もいれば,それを社会活動や政治活動に利用する者,それを放棄する者(ルートウィッヒ)もいる。
きょうだいたちの並はずれて神経質な性格や音楽への造詣など,非常に似ている部分と,それでも理解し合えない部分とが混在するさまは,家族の深淵さを浮き彫りにしている。
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訳文はこなれており,読みやすい。人物がたくさん出てきて少し混乱するが,メインの登場人物は個性が際立っており,また最初に家系図があるので理解しやすい。