中学3年生、心の安定しない時期の女の子(女性とはまだ言い難い)黒江、その学校生活ののんきな描写で物語は始まる。
しかし、そののんきは、海面下に多くのものを孕んでいる事を、読者は次第に知る。
黒江本人は、海面下に潜むものを憶えていない。忘れたというよりも、自己防御反応が、その幼時時代の体験の記憶をカットオフしているのだろう。
その事を読者が知る以前に、彼女が、まるで痛みに自ら転げ落ちていくような行動を繰り返す事に、我々は不思議を感ぜざるを得ない。
「痛み」と言ったが、それはどんなものか。
例えば、人との付き合い方において、彼女の選択の先には、いろんな質の暴力が潜んでいる。
最初は他愛もない友人同士の諍いから、身体の成長と共に、いつか、愛や性の問題に発展する。剥き出しの性は、暴力そのものだ。
読者は、何故そんな危険で理不尽な選択を彼女が繰り返すのか、当初は理解できない。
その度に苦しみもがくにも関わらず、まるでそれを好んでいるかのように、再びその道に陥っていく。
他人の理解の前に、まず彼女は自分が見えない。
自分が本当に何を考え、何を欲しているかが判らない。
それは、幼時体験のカットオフが、彼女の脳内に越えられない柵を作っているからだろう。
彼女は全く自己表現が下手くそだが、それはそうだ、自分が見えていないのだから、表現以前の問題である。
口を突いて出る言葉は、真実を伝えないばかりか、結果的に人を傷つけ、混乱の中で終いには自傷行為に向かう。
暴力は、外だけでなく自分にも向かわざるを得ない。
苦しみながら、彼女は脳内の柵の向こうにあるものを見ようとする。
フラッシュバックのように蘇る出来事。
読者も曇りガラスの向こうに、彼女の幼時体験を追体験する事になる。
次第に噴き出す近親憎悪。
だが、憎み切れれば彼女も吹っ切れるのだが、憎みつつも依存する気持ちが残る。曖昧の中に座り込んでしまおうとするが、そこからは救いも許しも訪れない。
高校に入った彼女は、こうした幾つもの「痛み」の果て、頭陀袋になる直前で、郷里を捨てて東京に飛び出す。
彼女はある写真家のデビュー写真集を見て理由も判らず感動した事がある。夢中でその写真家に手紙を書いた。
気の良い(しかし、後から彼にも深い喪失があった事が判る)カメラマンは、黒江を受け入れ、アシスタントとして同居が始まる。
ここ迄が上巻である。
過去を知る者のいない東京での暮らしで、しばらくの静けさを得るが、それは皮相でしかない。
「痛み」の道は、退いたと思えばまた寄せて、延々と繰り返す。
自分は何者なのか、それ知る事でしか、黒江は乗り越える事はできないだろう。
中学3年の時に転校してきた彌生君は、運動会の長距離走で黒江が転けた時に、1人飛び出してきて、彼女を担いで保健室に連れて行ってくれた。
それ以降も、何度か彼は彼らしい包容力を示してくれた。
苦しい中で彼女は必死に思う「どうか私だけの神様になって」と。
しかし、人間は、そんな都合の良い絶対的なものにはなれないのが必定だ。
幼時期に虐待を受けた経験を持つものが、事実を認め、自分と対峙し、客観視できるようになる迄の、つまり回復への道程が、この小説の世界である。
算数のように明確な答えやハウトゥーがやってくる訳ではない、しかし、彼女は憎んでいた両親にもそれぞれ卑小な人間としての生き方がある事が朧気ながら判るようになる。
彌生君とは別れる事になるが、彼に「神様」を要求した事が誤りだったと何とはなしに理解できるようになる。
口先でなく自分を影で支えてくれる人の存在が、ボーっと見えてくる。
タイトル「アンダスタンド・メイビー」の所以だ。
彼女はクリエーターの為の留学制度によってニューヨークへ行く事になる。
郷里から東京へ飛び出てきた事と、ニューヨークへの留学は同じだろうか。
その答えはしかとは判らない。誰も保証してはくれない。
空港のボディチェックで、またフラッシュバックが起きようとするが、彼女は我に返って歩き出す。
書いてはいないが、彼女の後ろ姿と、その向こうに光が、読者には感じられる。
彼女に応援の声を掛けたいとつい思う。そして、彼女を包む光が滲んで見える。
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アンダスタンド・メイビー 上 単行本 – 2010/12/1
島本 理生
(著)
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- 本の長さ367ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日2010/12/1
- ISBN-104120041670
- ISBN-13978-4120041679
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登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (2010/12/1)
- 発売日 : 2010/12/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 367ページ
- ISBN-10 : 4120041670
- ISBN-13 : 978-4120041679
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,243,903位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 316,504位文学・評論 (本)
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2012年4月19日に日本でレビュー済み
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2015年8月9日に日本でレビュー済み
東京からの転校生彌生君が現れたことで、主人公・黒江の運命は少しずつ変わっていく。
友人関係、自暴自棄になって男についていったこと、乱暴されたカラオケボックスでの忌々しい出来事、初めて愛しさの意味を知った年上男性との危うい恋…。
流れていくように通り過ぎていく季節の中で、黒江は忘れられない彌生君への期待をずっと胸に秘め、波乱に立ち向かっていくしかなかった。
前半は、地元での出来事が描かれている。
友人関係、自暴自棄になって男についていったこと、乱暴されたカラオケボックスでの忌々しい出来事、初めて愛しさの意味を知った年上男性との危うい恋…。
流れていくように通り過ぎていく季節の中で、黒江は忘れられない彌生君への期待をずっと胸に秘め、波乱に立ち向かっていくしかなかった。
前半は、地元での出来事が描かれている。
2017年12月12日に日本でレビュー済み
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島本作品が好きなので購入したものの、こんなに読み進められないのは
珍しいので☆3。
現在上巻の100ページあたりなのだが、ここから盛り上がるのかな。
珍しいので☆3。
現在上巻の100ページあたりなのだが、ここから盛り上がるのかな。
2021年8月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
の作品の舞台は90年代後半とか…?宇多田ヒカルを口ずさむあたり。
黒江の居る世界は、場所こそ違っていても、昔と似ていて、その空気感や雰囲気がすごくよくわかったし、すごくおもしろかった
黒江の居る世界は、場所こそ違っていても、昔と似ていて、その空気感や雰囲気がすごくよくわかったし、すごくおもしろかった
2020年7月19日に日本でレビュー済み
『ファーストラヴ』が格別に良かった島本理生さんの、同じく性犯罪被害を扱った恋愛作品で、とても良い名作でした!
性犯罪被害の状況や後遺症や心境をきちんと現実的に書いてくれて、そういう作品を読んだ読者に性犯罪被害の知識を与える事で、読者の周囲の方が被害に遭われた場合・過去の被害の後遺症に苦しんでる場合、対応が少しでも良くなると良いなという条件を満たしていて良かったですし、
加えて、今作は性犯罪被害テーマの作品の中では、ラストが格別に素晴らしく幸せな気持ちになれました!
また、師匠の仁さんの過去は、僕と似ている部分が幾つかあり、仁さんにとても感情移入しましたし、
仁さんの素晴らしい生き方を身近に感じて良かったです。
後はヒロインの様々な被害者心理や後遺症に関して、拒絶的な面も依存的な面も両方分かるなぁと感じる事ばかりで、バランス良く描かれていて良かったです。
また、終盤に宗教の恐ろしさも絡んできた点も見事で、人の怖さの多様性を表している事が素晴らしく感じました。
この作品を読んだ被害者が、少しでも幸せな人生に希望を抱いて足を踏み出せるよう願うと共に、
被害者を支える恋人が、彼女が他の男性と性行為しても、過去に何かあるかも知れないと感じて、拒絶せずに受け止めてくれるようになって欲しいと願うばかりです。
本当に素晴らしい作品で、読めて心底良かったですし、島本さんの他の作品も読むのが楽しみです!
性犯罪被害の状況や後遺症や心境をきちんと現実的に書いてくれて、そういう作品を読んだ読者に性犯罪被害の知識を与える事で、読者の周囲の方が被害に遭われた場合・過去の被害の後遺症に苦しんでる場合、対応が少しでも良くなると良いなという条件を満たしていて良かったですし、
加えて、今作は性犯罪被害テーマの作品の中では、ラストが格別に素晴らしく幸せな気持ちになれました!
また、師匠の仁さんの過去は、僕と似ている部分が幾つかあり、仁さんにとても感情移入しましたし、
仁さんの素晴らしい生き方を身近に感じて良かったです。
後はヒロインの様々な被害者心理や後遺症に関して、拒絶的な面も依存的な面も両方分かるなぁと感じる事ばかりで、バランス良く描かれていて良かったです。
また、終盤に宗教の恐ろしさも絡んできた点も見事で、人の怖さの多様性を表している事が素晴らしく感じました。
この作品を読んだ被害者が、少しでも幸せな人生に希望を抱いて足を踏み出せるよう願うと共に、
被害者を支える恋人が、彼女が他の男性と性行為しても、過去に何かあるかも知れないと感じて、拒絶せずに受け止めてくれるようになって欲しいと願うばかりです。
本当に素晴らしい作品で、読めて心底良かったですし、島本さんの他の作品も読むのが楽しみです!
2011年3月21日に日本でレビュー済み
文体と、やさしく現実にありそうな、次の展開が知りたくなるミステリーに、サラサラ読み進められてびっくりした。おちついて活字を読むことが苦手で、普段サクサク読み進められる本にはなかなか出会うことのなかった私には、「本を読む」ことが心地よくなった引き金の本となっちゃいました。 ありがとう!
2014年2月18日に日本でレビュー済み
SFやノワールばっかり読んでいたので、たまには青春小説をと
上巻だけ試しに読んでみました。著者の作品を読むのは今作が
初めてなのですが、七面倒くさい思春期女子の繊細な自意識を
突き詰める作風から、何となく綿矢りさを思い出しました。
(そういやどちらも純文畑からか)
主人公の女の子の黒江が、色んな男と付き合っては堕ちていくというような
ダウナーで痛々しい青春小説ですが、彼女の行動原理が少し難しいです。
何故何度も理不尽な暴力を受けながら、また自ら転げ落ちていくような
真似をするのか?場面場面彼女の心理は地の文ではほとんど語られない為、
彼女の不可解な行動に首を傾げてしまう読者も少なくないのでは?
平易な文体につられてすらすらページを捲ってると危険です。
最初は些細な人間関係のもつれから、しかしそこから段々と主人公は
出会す人間に暴力の臭いを感じるようになるわけですが、
そこがポイントでしょうか。
幼少期の凄惨な体験、母子家庭であまり良好とは言えない
母親との関係から、彼女は無意識的に同じ痛みを抱えた他者を
見つけては依存をし、暴力の只中に身を置いてでも他者との関係を
築こうとするということなのでしょうか?
彼女の心の奥の奥、未だ浮上してこない大きな闇は、
次巻でどういう形で明らかになるのか。そして彼女の行く末は...
そこそこ楽しめたので、次巻も買ってみたいと思います。
上巻だけ試しに読んでみました。著者の作品を読むのは今作が
初めてなのですが、七面倒くさい思春期女子の繊細な自意識を
突き詰める作風から、何となく綿矢りさを思い出しました。
(そういやどちらも純文畑からか)
主人公の女の子の黒江が、色んな男と付き合っては堕ちていくというような
ダウナーで痛々しい青春小説ですが、彼女の行動原理が少し難しいです。
何故何度も理不尽な暴力を受けながら、また自ら転げ落ちていくような
真似をするのか?場面場面彼女の心理は地の文ではほとんど語られない為、
彼女の不可解な行動に首を傾げてしまう読者も少なくないのでは?
平易な文体につられてすらすらページを捲ってると危険です。
最初は些細な人間関係のもつれから、しかしそこから段々と主人公は
出会す人間に暴力の臭いを感じるようになるわけですが、
そこがポイントでしょうか。
幼少期の凄惨な体験、母子家庭であまり良好とは言えない
母親との関係から、彼女は無意識的に同じ痛みを抱えた他者を
見つけては依存をし、暴力の只中に身を置いてでも他者との関係を
築こうとするということなのでしょうか?
彼女の心の奥の奥、未だ浮上してこない大きな闇は、
次巻でどういう形で明らかになるのか。そして彼女の行く末は...
そこそこ楽しめたので、次巻も買ってみたいと思います。