本書の刊行年は古いが、現在も本屋で入手できるようであり、いわば隠れたベストセラーと言ってよいのかもしれない。確かにそう思わせる程、一読、その内容は今でも極めて新鮮である。
日本とヨーロッパの食生活パターンの比較を通じて、肉食生活(それに付随する穀物)がヨーロッパの思想に如何に深く影響しているかを説く比較文化論である。肉食と米食という観点から日本とヨーロッパの思想の違いを論ずる視点はユニークで、現在でも新鮮な切り口と思うが、つまるところは気候条件の違いによる環境決定論である。従って、食だけでなく衣と住についても同様の文化論が展開可能であろうが、人間の生活のうえで食がなんと言っても必要不可欠であることを思うと食と思想との関連が最も密接であることは間違いないであろう。
本書を、前半をデータ分析、後半を著者の推論とし、前半部分のみを評価する論評もあるが、それでは著者の真意を正当に評価することにはならないであろう。
確かに、麦と米との生産性の違い、ヨーロッパと日本との農業概念の違いの指摘などは、それだけでも十分に知的刺激を与えるものである。
しかし、本書の真髄は、ヨーロッパの食生活パターンがヨーロッパの思想(人間中心主義とそれに伴う階層意識と社会意識)に如何に強く影響し、育んだかを解明することであり、この部分を”客観性に欠ける”として断罪すれば、本書の意義はほとんど失ってしまう。
この”食と思想との分かち難いつながり”を、日欧の比較文明論として論述するだけでも十分に面白い内容と言えよう。
しかし、著者の主張、本当に読者に訴えたかったことは、本書の最後の文章「明治以来の日本の近代化は、ヨーロッパ化の形で進んだに関わらず・・・その食生活パターンを吸収することができず、それが育成した思想的伝統を身につけることなどできない」のであり、「わたしたちは、欧米諸国に妙な劣等感を持つことをやめて、本当に日本らしい生き方はどういうものか、腰をすえて探って見る必要があるのではなかろうか」(p.173)に集約されると思われる。日本の”ヨーロッパ信仰への痛烈な批判”であり、西洋かぶれのエセ知識人批判である。しかし、この主張はやや強引な主張であり、読者の中にも論理の飛躍や矛盾を感じる人も多いであろう。突如、”欧米諸国への劣等感”が出てくるのも、やや奇異な感じである。
さて、本書刊行時(1966年)と比べ肉食比率が一段と高くなっている現在の日本において、著者の主張はどのように評価すべきか。現在においても1966年同様、西欧思想の異質さは変わっておらず”日本らしい生き方”を模索すべきとするのか、或いは、食生活の西欧化によって西欧思想の定着化が進み、著者の主張はもはや的外れ、時代遅れの主張というべきなのか。日本人は欧米諸国への妙な劣等感から抜け出せているのか。
答えは多分その中間にあるように思う。
ただ、1966年当時と比べての大きな違いは、欧米中心思想への疑念、脱却という視点がより一層強まっていることではなかろうか。その意味では著者の意図も半ばは達成されているといえよう。
この本は、ついつい西欧的思考の中で物事をを考えている自分がいることへの警鐘の書としても有用である。適切な例えかどうかわからないが、欧米諸国の中国に対する人権批判も、ひょっとすると本書の”ヨーロッパ中心の人間中心主義”の現れに過ぎないのかもしれない。
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肉食の思想: ヨーロッパ精神の再発見 (中公新書 92) 新書 – 1966/1/1
鯖田 豊之
(著)
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- 本の長さ176ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日1966/1/1
- ISBN-104121000927
- ISBN-13978-4121000927
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登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (1966/1/1)
- 発売日 : 1966/1/1
- 言語 : 日本語
- 新書 : 176ページ
- ISBN-10 : 4121000927
- ISBN-13 : 978-4121000927
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2021年10月21日に日本でレビュー済み
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2018年2月28日に日本でレビュー済み
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1966年初版という古い本ということもあって、「欧米化」「洋風化」といういささか時代を感じさせる言葉に違和感を感じたが、内容自体は今の時代にも十分通用する素晴らしい本です。
この本のミソはヨーロッパ文化を分析するに当たって、その判断基準を日本文化に置いている事です。これが1966年になされていたとは本当に驚きです。
この本の著者が指摘する「ヨーロッパには主食と副食の区別がない」「家畜への断絶思考と社会身分制との関係」は目からウロコでした。過去~現代の様々な事柄について、私個人の中で点と線が繋がりました。読んでよかったです。
ただ、少々気になる部分もありました。
ヨーロッパ以外にも、モンゴル高原等に牧畜肉食民はいると思いますが、その点はどうなんだろうか?あと、インドについての記述ですが、大雑把で乱暴すぎやしないか?と思いました。
この本のミソはヨーロッパ文化を分析するに当たって、その判断基準を日本文化に置いている事です。これが1966年になされていたとは本当に驚きです。
この本の著者が指摘する「ヨーロッパには主食と副食の区別がない」「家畜への断絶思考と社会身分制との関係」は目からウロコでした。過去~現代の様々な事柄について、私個人の中で点と線が繋がりました。読んでよかったです。
ただ、少々気になる部分もありました。
ヨーロッパ以外にも、モンゴル高原等に牧畜肉食民はいると思いますが、その点はどうなんだろうか?あと、インドについての記述ですが、大雑把で乱暴すぎやしないか?と思いました。
2017年5月19日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
・サノーさん一言コメント
「日本人の尺度から考える、ヨーロッパの社会と思想。根拠を「食」に求めることにより見えてくる、異文化の侵食」
【サノーさんおすすめ度★★★★★】
・ウノーさん一言コメント
「50年前のヨーロッパ文化論ですが、ここに書かれている考察を辿ると、現在の日本を形成する要素が見えてきます」
【ウノーさんおすすめ度★★★★★】
・サノーさん、ウノーさん読書会
サノーさん(以下ウ):面白い。「肉食」という角度から、ヨーロッパと文化の違いを社会、家族、結婚、宗教、身分制度、近代化のカテゴリーから整理して論じている。
ウノーさん(以下サ):ヨーロッパの人にとって、豚の丸焼きは残酷ではなくて、小鳥の丸かじりは残酷だという感覚は、いまでも健在です。
サ:旧約聖書に書いてあるからな。神に似せられた人間と、その食料たる家畜についての定義は、そこを根拠にしているんだな。
ウ:食事のときのお祈りも、決定的にそうですよね。今日の糧を与えてくれた神に対する祈りです。
サ:それに対して、日本は「命」をいただくことに対する祈りだ。「命」のやりとりとしての「食事」と「神への感謝」とのトレードである「食事」では、解釈が全く異なる。
その解釈の違いを前提にしながら、ヨーロッパを分析したのが、この本だ。
ウ:50年前に書かれていますので、当時の日本の食糧事情、肉食率が挙げられていますが、ここからの変化を考察することにより、色々と現代が見えてきますね。
サ:日本が「肉食」を全面的に受け入れたのは、明治以降、一般化したのは、昭和になったからだと思う。
ウ:そもそも、仏教においては肉食禁止の時期も長かったですものね。福沢諭吉が『肉食之説』というパンフレットを書いていますが、これは西洋列強との体力差、国力差を埋めることを「食事」に求めた政策ですね。
サ:その頃から現代にいたるまで「肉食」はそれ以外の「食」より、高級で高価で、ご馳走だという認識が育まれてきたわけだ。
ウ:ただ、この本にある「肉食における思想的、歴史的背景」や「風土、風習的背景」がない日本にとっては、歪みの原因となってしまったかもしれません。
サ:例えば「霜降り肉」崇拝とかだな。確かに脂身が差した霜降り肉は美味しいが、あれを連続して食べるなんて、いくら肉好きでもムリだろう。
ウ:そもそも、身体の負担も凄いです。肉を常習的に食べる民族ではなかったのだから、消化器系も含め、支障がでるのは明白です。
サ:でも「後付けの肉食賛歌」だから、程度がわからないんだよな。日本の畜産技術は凄いし、霜降り肉を生み出す先進国であることは間違いないけど、ヨーロッパから見れば、それは畜産ではないんだ。
ウ:「神から与えられしもの」を変化させる技術ですものね。ひとつ気づいたのは、この本が書かれた当時より、日本の「肉食化」は進んでいますよね。それと同調して、「エセ西洋化」も進んでいると思うんです。
サ:合理的なようでいて、全然合理的でなかったりとか、信心深いようでいて、根本的に信じてなかったりとか、だな。
ウ:ちょうど「肉食」のデメリットも言われ始めていますから、ウチも同調しましょうよ。
サ:意識しなくても大丈夫だよ。年取れば、自然と野菜のほうが美味しくなるから。
【了】
「日本人の尺度から考える、ヨーロッパの社会と思想。根拠を「食」に求めることにより見えてくる、異文化の侵食」
【サノーさんおすすめ度★★★★★】
・ウノーさん一言コメント
「50年前のヨーロッパ文化論ですが、ここに書かれている考察を辿ると、現在の日本を形成する要素が見えてきます」
【ウノーさんおすすめ度★★★★★】
・サノーさん、ウノーさん読書会
サノーさん(以下ウ):面白い。「肉食」という角度から、ヨーロッパと文化の違いを社会、家族、結婚、宗教、身分制度、近代化のカテゴリーから整理して論じている。
ウノーさん(以下サ):ヨーロッパの人にとって、豚の丸焼きは残酷ではなくて、小鳥の丸かじりは残酷だという感覚は、いまでも健在です。
サ:旧約聖書に書いてあるからな。神に似せられた人間と、その食料たる家畜についての定義は、そこを根拠にしているんだな。
ウ:食事のときのお祈りも、決定的にそうですよね。今日の糧を与えてくれた神に対する祈りです。
サ:それに対して、日本は「命」をいただくことに対する祈りだ。「命」のやりとりとしての「食事」と「神への感謝」とのトレードである「食事」では、解釈が全く異なる。
その解釈の違いを前提にしながら、ヨーロッパを分析したのが、この本だ。
ウ:50年前に書かれていますので、当時の日本の食糧事情、肉食率が挙げられていますが、ここからの変化を考察することにより、色々と現代が見えてきますね。
サ:日本が「肉食」を全面的に受け入れたのは、明治以降、一般化したのは、昭和になったからだと思う。
ウ:そもそも、仏教においては肉食禁止の時期も長かったですものね。福沢諭吉が『肉食之説』というパンフレットを書いていますが、これは西洋列強との体力差、国力差を埋めることを「食事」に求めた政策ですね。
サ:その頃から現代にいたるまで「肉食」はそれ以外の「食」より、高級で高価で、ご馳走だという認識が育まれてきたわけだ。
ウ:ただ、この本にある「肉食における思想的、歴史的背景」や「風土、風習的背景」がない日本にとっては、歪みの原因となってしまったかもしれません。
サ:例えば「霜降り肉」崇拝とかだな。確かに脂身が差した霜降り肉は美味しいが、あれを連続して食べるなんて、いくら肉好きでもムリだろう。
ウ:そもそも、身体の負担も凄いです。肉を常習的に食べる民族ではなかったのだから、消化器系も含め、支障がでるのは明白です。
サ:でも「後付けの肉食賛歌」だから、程度がわからないんだよな。日本の畜産技術は凄いし、霜降り肉を生み出す先進国であることは間違いないけど、ヨーロッパから見れば、それは畜産ではないんだ。
ウ:「神から与えられしもの」を変化させる技術ですものね。ひとつ気づいたのは、この本が書かれた当時より、日本の「肉食化」は進んでいますよね。それと同調して、「エセ西洋化」も進んでいると思うんです。
サ:合理的なようでいて、全然合理的でなかったりとか、信心深いようでいて、根本的に信じてなかったりとか、だな。
ウ:ちょうど「肉食」のデメリットも言われ始めていますから、ウチも同調しましょうよ。
サ:意識しなくても大丈夫だよ。年取れば、自然と野菜のほうが美味しくなるから。
【了】
2020年6月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
著者が亡くなってから20年、本作が出版されて50年以上(1966年初版!)。経年により、各国の年間食肉摂取量など、一部現状と異なる部分が見られるが、その論拠の踏まえ方や視点の設け方など、参考になる部分は多い。
端的に言えば、欧州の肉食文化の起源を宗教的要因・環境的要因・文化的要因で説明し、更にそれが現代の欧米文化にどのように影響しているかを分析する作品。
ごくごく粗っぽく言うと、家畜を平気で殺すのは人間と動物は全く別物であるという思想、そして動物を含めた自然は神から授かったものだという意識があるから、という。つまりキリスト教がへと原因を還元している。これだけだと端的すぎてキリスト教信者に怒られてしまいそうだが、肉食への抵抗感の無さのメインファクターの一つして筆者は宗教を挙げている。宗教が原因のすべてだとすれば飛躍した感があるが、原因の一つだとすればうなずける考えだと思います。
実は筆者はこれよりも先に、環境的要因を挙げており、これが非常に面白かった。それは、欧州の土地の貧しさである。欧州というとフランスのような農業国を思い浮かべるが、実は土地柄はそこまで良くないという。1958年時点で日本の米作の播種量は110倍程度であるのに対し、ベルギーでの小麦は20倍程度という(P.37)。他方、欧州の地中海付近では牧草が年中繁茂し、牧畜の餌としては最適であったという。ここから、ヨーロッパでは必要カロリー量を満たすためには痩せた土地で農耕をするよりも牧畜(日本のように餌を買う必要がないし)とそこから得られる肉や乳あるいはその加工品に頼る方が理に適うという推論が導き出される。つまり「生き抜くためには肉食に頼らざるを得ない」(P.83)がためなのだ。これは腑に落ちる。
その他、中盤以降は、欧州の社会やインドのカーストそして日本の身分制度等を比較することで肉食文化に見られるヨーロッパ的なものが生成・強化されることが論説されている。一通りの通読ではややわかりづらかったがなかなか面白かったので時間をおいて再読してみたい。
・・・
纏めますと、ヨーロッパ文化を勉強したい方、世界史でヨーロッパを勉強される方、比較文化的アプローチが好きな方にはおすすめできます。内容はやや古いのですが、日欧の違いを明確にとらえており、比較文化論としても面白く読めると思いました。
端的に言えば、欧州の肉食文化の起源を宗教的要因・環境的要因・文化的要因で説明し、更にそれが現代の欧米文化にどのように影響しているかを分析する作品。
ごくごく粗っぽく言うと、家畜を平気で殺すのは人間と動物は全く別物であるという思想、そして動物を含めた自然は神から授かったものだという意識があるから、という。つまりキリスト教がへと原因を還元している。これだけだと端的すぎてキリスト教信者に怒られてしまいそうだが、肉食への抵抗感の無さのメインファクターの一つして筆者は宗教を挙げている。宗教が原因のすべてだとすれば飛躍した感があるが、原因の一つだとすればうなずける考えだと思います。
実は筆者はこれよりも先に、環境的要因を挙げており、これが非常に面白かった。それは、欧州の土地の貧しさである。欧州というとフランスのような農業国を思い浮かべるが、実は土地柄はそこまで良くないという。1958年時点で日本の米作の播種量は110倍程度であるのに対し、ベルギーでの小麦は20倍程度という(P.37)。他方、欧州の地中海付近では牧草が年中繁茂し、牧畜の餌としては最適であったという。ここから、ヨーロッパでは必要カロリー量を満たすためには痩せた土地で農耕をするよりも牧畜(日本のように餌を買う必要がないし)とそこから得られる肉や乳あるいはその加工品に頼る方が理に適うという推論が導き出される。つまり「生き抜くためには肉食に頼らざるを得ない」(P.83)がためなのだ。これは腑に落ちる。
その他、中盤以降は、欧州の社会やインドのカーストそして日本の身分制度等を比較することで肉食文化に見られるヨーロッパ的なものが生成・強化されることが論説されている。一通りの通読ではややわかりづらかったがなかなか面白かったので時間をおいて再読してみたい。
・・・
纏めますと、ヨーロッパ文化を勉強したい方、世界史でヨーロッパを勉強される方、比較文化的アプローチが好きな方にはおすすめできます。内容はやや古いのですが、日欧の違いを明確にとらえており、比較文化論としても面白く読めると思いました。
2020年12月3日に日本でレビュー済み
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食は文化ごとに多種多様ですが、その食が思考形成に非常に大きな影響を与えていることに驚くとともに、自分の望む思考の手段として食べ物を選択する考え方もあると思いました。
2022年2月20日に日本でレビュー済み
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視点は面白く、宗教観が食生活を変えているという話は非常に面白かった
しかしながら筆者の方は大麦と小麦をおそらく混同している
さらに、パンは小麦粉を使ったパンのみで考えているのではないかと思われるところがあり、ヨーロッパを一括にまとめてしまっているのは残念
小麦粉が取れるところ、小麦粉も育たずにライ麦でパンを作り1キロくらい普通に食べているような国もあるし、じゃがいもなども重要なものになっているはずなのだが
パンは主食ではないという考えに囚われすぎていると感じる
むしろこのへんは日本の米がメインで米でも麦でもたけばいいんだろうという食生活を送っている筆者の限界なのではと感じたくらいだ。
しかしながら筆者の方は大麦と小麦をおそらく混同している
さらに、パンは小麦粉を使ったパンのみで考えているのではないかと思われるところがあり、ヨーロッパを一括にまとめてしまっているのは残念
小麦粉が取れるところ、小麦粉も育たずにライ麦でパンを作り1キロくらい普通に食べているような国もあるし、じゃがいもなども重要なものになっているはずなのだが
パンは主食ではないという考えに囚われすぎていると感じる
むしろこのへんは日本の米がメインで米でも麦でもたけばいいんだろうという食生活を送っている筆者の限界なのではと感じたくらいだ。
2018年1月16日に日本でレビュー済み
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ヨーロッパの歴史を食文化から語るという切り口で非常に面白かったです。
ただしこの本を読むには前半部分と後半部分を分けて読む必要があると感じました。
前半部分は中世ヨーロッパの食料生産をとても分かりやすく説明してくれます。
ただし後半部分は前半のデータを前提にした作者の思いが色濃く出すぎているので客観性にかけて強引な印象を受けます。
もちろんそういうのも読書の醍醐味ですので一概に悪いものではないのですが、データと考察を別個に考えて読まないと変な偏見がついてしまう内容でした。
古い本ですが、総合的には面白く高評価です。
ただしこの本を読むには前半部分と後半部分を分けて読む必要があると感じました。
前半部分は中世ヨーロッパの食料生産をとても分かりやすく説明してくれます。
ただし後半部分は前半のデータを前提にした作者の思いが色濃く出すぎているので客観性にかけて強引な印象を受けます。
もちろんそういうのも読書の醍醐味ですので一概に悪いものではないのですが、データと考察を別個に考えて読まないと変な偏見がついてしまう内容でした。
古い本ですが、総合的には面白く高評価です。