オスカー・ワイルド(1854-1900)の詳細な伝記です。
本書「まえがき」にこうあります:
「本書では、同性愛をめぐる思想・文化史とワイルドの生涯とが交錯するドラマを描くことを目指した」
新書ながら、中身がぎっしりつまっていて、なかなか読みごたえがありました。そういう意味で、こうした新書の判型ではなく、注や索引などがつく、きちんとした学術書のかたちで出版していただきたかったと思うほどでした。
文章というか文体がまた、ワイルドの劇的な生涯を記述するのにふさわしく(?)少々芝居がかっていて、ところどころで思わずニヤリとなってしまいました:
「ワイルドの心は人々の冷たい視線と仕打ちに引き裂かれ、血の涙を流していた。古くからの友人であるブラッカーの裏切りともとれるこの振る舞いによって、ワイルドの心の裂け目から悪魔が忍びこんだ」
あるいはよくある慣用表現をうまくはめこんだ文:
「…記事を読んだブラッカーは椅子から転げ落ちそうになるほど驚いた」
それはともかく、読むなかで驚きの事実を知ったしだい。
最晩年パリにいたワイルドは、同時期フランスにあって一大騒動となっていたドレフュス事件の周辺にいたようで、具体的にはかつてみずからの童話集『幸福な王子、その他』を献呈したことがあるほどのワイルドの友人にして当該事件の関係者であったカーラス・ブラッカーからまず事件の真相をひそかに知りえていたということ、その後ワイルドが、ほかならぬ事件の真犯人であったエステラジー少佐といっしょになった酒宴の席で、真相を知るワイルドの挑発をうけてほかならぬ少佐自身がそこで自分の秘密を暴露してしまうということがあったこと(ちなみに、エステラジー少佐は、18世紀ハイドンがその家の楽長をつとめていたことでよく知られているハンガリー貴族エステルハージ家一族の末裔のひとり)、そしてさらにその後ワイルド自身が友人たちとの席で軽口ふうに事件の真相を洩らし、それが作家エミール・ゾラにも洩れ伝わり、このことが糸口になって「事件の流れが大きく変わり、ドレフュス再審への道が整いはじめた」と著者は書いています。
ワイルドはこうして世紀末のフランス社会を揺るがしたドレフュス事件の真相発覚に意識せずして一役買っていたともいえるのですが、しかし本書のいうとおり「この事件の正史には、オスカー・ワイルドの名もカーラス・ブラッカーの名も記されて」いません。
まあ、友人との酒席で話された「おれがやった」、「あいつがやった」との噂から、真偽の検証、犯罪事実の立証や立件までは相当な径庭があるわけですからね。
なお、本書とほぼ並行して読んだ、ワイルドの孫マーリン・ホランドが共著者になっている、写真や図版でワイルドの生涯をたどる一種の作家アルバム、プレイヤード叢書別巻『アルバム・ワイルド』(ガリマール社、1996年)では、このことはまったく触れられていませんでした。
ひとつ気になった箇所:
本書109頁に「緑色(en vert、アン・ヴェール)は、倒錯(invert、アンヴェール)と発音が似ていることから…」とありますが、少し誤解を生む文になっています。
この書き方だと invert がフランス語の単語のように見えますが、フランス語には invert という単語はありません。そうではなく、英単語 invert (倒錯)をフランス語の読み方で発音すると「アンヴェール」になります。そこからフランス語でほぼ同じ発音になる en vert (正確には「緑色で装った」の意味)が連想されるため、それを逆にたどれば「緑色(で装った)」が「倒錯」を暗示する意味深で暗号通信的な色になるというわけです。
なお、invertをフランス語読みして「アンヴェール」と発音した場合の語頭の母音〈正確には鼻母音)「アン」は、 en vert の en「アン」と発音は「似ている」けれど、音韻としてフランス語では異なる母音です。
また、en vert には、もしかすると、こちらは母音も含めてen vertとまったく同じ発音の「アンヴェール」になる、「裏側、隠れた(悪い)面」という意味のフランス語名詞 envers への暗示もあるのかもしれませんね。
プライム無料体験をお試しいただけます
プライム無料体験で、この注文から無料配送特典をご利用いただけます。
非会員 | プライム会員 | |
---|---|---|
通常配送 | ¥410 - ¥450* | 無料 |
お急ぎ便 | ¥510 - ¥550 | |
お届け日時指定便 | ¥510 - ¥650 |
*Amazon.co.jp発送商品の注文額 ¥3,500以上は非会員も無料
無料体験はいつでもキャンセルできます。30日のプライム無料体験をぜひお試しください。
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
オスカー・ワイルド - 「犯罪者」にして芸術家 (中公新書 2242) 新書 – 2013/11/22
宮崎 かすみ
(著)
{"desktop_buybox_group_1":[{"displayPrice":"¥1,100","priceAmount":1100.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"1,100","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"Dwwe6Ba5ynqsMAwTTM8rJw1KpRKD14vsfv163whPb5ad5zIeaWxpRQS8cX8ejg7BXpYKwhXZILZY%2B8jpjV0unVtgxYSzsXpYR7J4yPGZfGVnSHBoMTgN8heEj%2BvxZHmiY1EJRIhVvSI%3D","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"NEW","aapiBuyingOptionIndex":0}]}
購入オプションとあわせ買い
『サロメ』『ドリアン・グレイの画像』など多くの著作と警句で知られ、絶賛とスキャンダルに彩られた「世紀末芸術の旗手」の生涯
- 本の長さ298ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日2013/11/22
- 寸法11.2 x 1.4 x 17.3 cm
- ISBN-104121022424
- ISBN-13978-4121022424
よく一緒に購入されている商品
対象商品: オスカー・ワイルド - 「犯罪者」にして芸術家 (中公新書 2242)
¥1,100¥1,100
最短で6月9日 日曜日のお届け予定です
残り11点(入荷予定あり)
総額:
当社の価格を見るには、これら商品をカートに追加してください。
ポイントの合計:
pt
もう一度お試しください
追加されました
一緒に購入する商品を選択してください。
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (2013/11/22)
- 発売日 : 2013/11/22
- 言語 : 日本語
- 新書 : 298ページ
- ISBN-10 : 4121022424
- ISBN-13 : 978-4121022424
- 寸法 : 11.2 x 1.4 x 17.3 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 323,713位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,475位中公新書
- - 61,112位ノンフィクション (本)
- - 89,957位文学・評論 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2020年8月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
文句なしに星5つをつけたい数少ない良書のひとつです。
自伝って大筋をかいつまんで読んだらもう飽きてしまうことも多いのですが、最初から最後までくまなく楽しめました。
もちろん、ワイルドの人生そのものが次の展開を読まずにはいられなかったというのもありますが、
著者による余計な雑音が入っていない書き方も、疲れずに読めた点かと思います。
文章力の高さと、仔細に渡りしっかりと伝えてくれる洞察力やリサーチ力にはとにかく感服です。
これだけの本一冊を仕上げるのに、どれほどの苦労があったことか。
あとがきにその様子が記されていて、本当に感慨深いものがありました。
ただただ、お疲れさまでしたと言いたいです。
自伝って大筋をかいつまんで読んだらもう飽きてしまうことも多いのですが、最初から最後までくまなく楽しめました。
もちろん、ワイルドの人生そのものが次の展開を読まずにはいられなかったというのもありますが、
著者による余計な雑音が入っていない書き方も、疲れずに読めた点かと思います。
文章力の高さと、仔細に渡りしっかりと伝えてくれる洞察力やリサーチ力にはとにかく感服です。
これだけの本一冊を仕上げるのに、どれほどの苦労があったことか。
あとがきにその様子が記されていて、本当に感慨深いものがありました。
ただただ、お疲れさまでしたと言いたいです。
2016年4月2日に日本でレビュー済み
『W・H氏の肖像』を読んだことがありますが、今の感覚からすればシェイクスピアが少年を愛していたというのはうそくさいでしょう。「芸術が人生を模倣する」(逆か)とする寸言を模倣しようとしたから、ワイルドはゲイにならなければならなくなった。あほですが、〈天才と何とかは紙一重〉なので彼は天才なのでしょう。『まじめが大事』はナンセンスの最高傑作だと思っているので、アーネストという名前がどうこういうのは、ちょっと違うのではないか、またソドミーとかいうのもしょうもないですね。
2013年12月24日に日本でレビュー済み
筆者は「まえがき」でこう書いている。
ワイルドという人は、その人生こそ書かれるべき人物なのである。
またこうも言う。
本書では、同性愛をめぐる思想・文化史とワイルドの生涯とが交錯するドラマを描くことを目指した。
書き残した作品を通してしかワイルドにアプローチできないのは、あまりにももったいない。
これらの要件を全て満たし、しかも大部にならずコンパクトにそれでいて余すところなく書かれた本書を強く推したい。これはオスカー・ワイルドのことを少しでも知りたいという人に最も好適な本であり、新書とはかくあるべしと思われる。
私はワイルドに関しては全くの素人である。そんな私でも86頁〜89頁の「自然は芸術を模倣する」などを読むとこの本に出会ってよかったと思える。
著者の宮崎かすみという人は大学の先生だそうだが、本文を見る限り作家か評論家またはこれまで何十冊もの著書を出した手慣れた文筆家のようだ。まことに歯切れがよくテンポがよく安心して読める。文体及び内容からしてこれが女性による手で書かれたということがちょっとした驚きであった。
本書の誕生を心から祝いたい。これを企画し世に出した中公新書はさすがだと思った。
ワイルドという人は、その人生こそ書かれるべき人物なのである。
またこうも言う。
本書では、同性愛をめぐる思想・文化史とワイルドの生涯とが交錯するドラマを描くことを目指した。
書き残した作品を通してしかワイルドにアプローチできないのは、あまりにももったいない。
これらの要件を全て満たし、しかも大部にならずコンパクトにそれでいて余すところなく書かれた本書を強く推したい。これはオスカー・ワイルドのことを少しでも知りたいという人に最も好適な本であり、新書とはかくあるべしと思われる。
私はワイルドに関しては全くの素人である。そんな私でも86頁〜89頁の「自然は芸術を模倣する」などを読むとこの本に出会ってよかったと思える。
著者の宮崎かすみという人は大学の先生だそうだが、本文を見る限り作家か評論家またはこれまで何十冊もの著書を出した手慣れた文筆家のようだ。まことに歯切れがよくテンポがよく安心して読める。文体及び内容からしてこれが女性による手で書かれたということがちょっとした驚きであった。
本書の誕生を心から祝いたい。これを企画し世に出した中公新書はさすがだと思った。
2017年2月4日に日本でレビュー済み
後世の評伝が、そこら辺の小説より面白い、それこそオスカー・ワイルドの本望であろう。
彼の生き様に、まるで同時代人ゾラの傑作『居酒屋』を読み進めた時のような、圧倒的なやるせなさを感じ、引き込まれる。
彼の人生を知った今、彼の作品は2度美味しい。ツバメは誰?と考えながらも「幸福な王子」を読み返して久々に涙してしまうところに、オスカー・ワイルドという怪物を思い知る。
彼の生き様に、まるで同時代人ゾラの傑作『居酒屋』を読み進めた時のような、圧倒的なやるせなさを感じ、引き込まれる。
彼の人生を知った今、彼の作品は2度美味しい。ツバメは誰?と考えながらも「幸福な王子」を読み返して久々に涙してしまうところに、オスカー・ワイルドという怪物を思い知る。
2013年11月29日に日本でレビュー済み
本書で、著者はワイルドの作品論は最小限にとどめ、その生涯と時代を的確に伝えることに専念しているようですが、これは逆にワイルドの思想を浮かび上がらせるのに成功しています。実に面白いけど、人間的にはいかがわしい印象がどんどん増幅される困ったワイルド伝なのですが、ワイルドの劇作も批評も、その根本には、同性愛が犯罪視されていた時代に、ひそかなメッセージとして同性愛擁護が内在していたというのは本書でよく理解できました。同性愛者であるということ、それ自体がいつ下手をすると社会から抹殺される罪であった時代に、危険を冒しつつ表現し続けたのはやはりワイルドの神髄でしょう。
また、シェークスピアをテーマにした批評とも小説ともつかぬ一遍「W・H氏の肖像」について、本書では短くても実に深く的確に、ここにワイルド文学の本質が描かれていると指摘されており、しかも19世紀という時代のイギリスの精神史を代表するもののように感じさせます。そして、アンドレ・ジッドとワイルドの交友は、ジッドにとってワイルドとの出会いがどれだけ重要なものだったかがわかります。
ジッドとワイルドとの対話で実に印象的なもののひとつを紹介します。ワイルドはこうたとえ話をしました。現実の世界は、語らずとも目に見える。芸術の世界は語られなければ存在しない。ある村に、物語の上手な男がいた。一日の辛い畑仕事が終わると、人々はその男の周りに集まり、今日はどんなものを森で観たかを尋ねる。いつも男は、今日は葦の笛を吹くパンの神を観たとか、川で髪をすく人魚たちを観たとか語り、人々はその話を喜んで聞いていた。しかしある日、男は本当に森で妖精や神々の姿を観てしまった。その日男は村人に、今日は何を観たかをたずねられるとこう語った「今日は何も見なかったよ」なんか本書のこのくだりを読んだだけで、かなり幻滅したワイルド像が再び輝き始めた気がしました。
これはちょっとすごい話だと思う。
「幸福な王子」の童話に感動した幼き日はだれにでもあると思いますが、その原作者の、時代の矛盾を引き受け生き抜き、死んだ姿を知りたい方は是非ご一読ください。
また、シェークスピアをテーマにした批評とも小説ともつかぬ一遍「W・H氏の肖像」について、本書では短くても実に深く的確に、ここにワイルド文学の本質が描かれていると指摘されており、しかも19世紀という時代のイギリスの精神史を代表するもののように感じさせます。そして、アンドレ・ジッドとワイルドの交友は、ジッドにとってワイルドとの出会いがどれだけ重要なものだったかがわかります。
ジッドとワイルドとの対話で実に印象的なもののひとつを紹介します。ワイルドはこうたとえ話をしました。現実の世界は、語らずとも目に見える。芸術の世界は語られなければ存在しない。ある村に、物語の上手な男がいた。一日の辛い畑仕事が終わると、人々はその男の周りに集まり、今日はどんなものを森で観たかを尋ねる。いつも男は、今日は葦の笛を吹くパンの神を観たとか、川で髪をすく人魚たちを観たとか語り、人々はその話を喜んで聞いていた。しかしある日、男は本当に森で妖精や神々の姿を観てしまった。その日男は村人に、今日は何を観たかをたずねられるとこう語った「今日は何も見なかったよ」なんか本書のこのくだりを読んだだけで、かなり幻滅したワイルド像が再び輝き始めた気がしました。
これはちょっとすごい話だと思う。
「幸福な王子」の童話に感動した幼き日はだれにでもあると思いますが、その原作者の、時代の矛盾を引き受け生き抜き、死んだ姿を知りたい方は是非ご一読ください。
2014年2月22日に日本でレビュー済み
サロメ、ドリアン・グレイの肖像、といった作品の作者、オスカー・ワイルドの、小説以上に劇的な人生をたどる評伝。
華麗な作家人生というイメージとはほど遠い、その過酷な生涯に、読み終わった後、大きなため息が出てしまった。
アイルランドからロンドンに出てきたワイルドは、常に、生活費をどのように稼ぐか、つねに金に追われていた。
そして、イギリスでは犯罪者だった同性愛者として、晩年は裁判で有罪になり、刑務所に入ったこともあった。
しかし、その交流は華麗だ。イギリスはもとより、フランスでは、ジッドとも深く交流し、
ドレフェス事件にも大きく関連していた、という興味深いエピソードを紹介している。
華麗な作家人生というイメージとはほど遠い、その過酷な生涯に、読み終わった後、大きなため息が出てしまった。
アイルランドからロンドンに出てきたワイルドは、常に、生活費をどのように稼ぐか、つねに金に追われていた。
そして、イギリスでは犯罪者だった同性愛者として、晩年は裁判で有罪になり、刑務所に入ったこともあった。
しかし、その交流は華麗だ。イギリスはもとより、フランスでは、ジッドとも深く交流し、
ドレフェス事件にも大きく関連していた、という興味深いエピソードを紹介している。
2014年12月7日に日本でレビュー済み
平井博(1960)以来の日本語による本格的なワイルド評伝が新書版で出た。
本書はしっかりとしたリサーチに裏付けられているのみならず、語り口も実にうまい。ただでさえ面白いワイルドの人生がますます興味深く浮かび上がる。
副題だけが気に入らない。新書とはいえ、これではあまりにひどい!何とかならなかったのか。
本書はしっかりとしたリサーチに裏付けられているのみならず、語り口も実にうまい。ただでさえ面白いワイルドの人生がますます興味深く浮かび上がる。
副題だけが気に入らない。新書とはいえ、これではあまりにひどい!何とかならなかったのか。