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アーロン収容所 (中公文庫 M 4) 文庫 – 1973/11/10
会田 雄次
(著)
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イギリスの女兵士はなぜ日本軍捕虜の面前で全裸のまま平気でいられるのか、彼らはなぜ捕虜に家畜同様の食物を与えて平然としていられるのか。ビルマ英軍収容所に強制労働の日々を送った歴史家の鋭利な筆はたえず読者を驚かせ、微苦笑させながら、西欧という怪物の正体を暴露してゆく。激しい怒りとユーモアの見事な結合と、強烈な事実のもつ説得力のまえに、読者の西欧観は再出発をよぎなくされよう。
- 本の長さ244ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日1973/11/10
- ISBN-104122000467
- ISBN-13978-4122000469
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登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (1973/11/10)
- 発売日 : 1973/11/10
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 244ページ
- ISBN-10 : 4122000467
- ISBN-13 : 978-4122000469
- Amazon 売れ筋ランキング: - 317,527位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 2,286位中公文庫
- - 20,149位歴史・地理 (本)
- - 60,752位ノンフィクション (本)
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2024年2月3日に日本でレビュー済み
アーロン収容所を統率するのがイギリス軍で、そこから見えたイギリス人を主に、ビルマ人、インド人、グルカ人の印象、そこから推し量れる文化の違いが描かれています。またもちろん、日本人についても。きだみのるの『気違い部落周遊紀行』や坂口安吾の『日本文化私観』やフランクルの『夜と霧』に通じるものがあるように思われました。個人的にはそこに並べたとき、アーロン収容所が一等秀でて読み応えがあり、こういう表現が適切かどうか、おもしろかった。タイトルを見ると難しそうでつまらなそうで、ために敬遠していて、購入して何年になるのかようよう手にとったものですが、見事に予想を裏切られました。色々文化私観があって、例えば、日本人が残虐だと見做されていたのは、伝統的に家畜をすることがなかったからではないかという考察は、なるほどな、と感心し、そういう部分はあるのかもしれないと思いました。そして本書の魅力は、登場する人物が生き生きと生きていて、死んだりもするところですね。事実を書いたものだから当たり前ではないか、と嗤われそうですが、そういう方はあまり書見をなさらないのでしょうね。事実だとしても、自分が体験したことだとしても、マネキンしか書けない人の方が多く、自分のこととて整理立て省筆して描ける方は稀ですから。著者はその当時以前の日本人は容姿として醜くそれによって作り成せる精神構造があるが、変わってゆくなかでそれも変わってゆくのではと記してらして、今どれだけそうなったかともかく幾分かわったとして、それは日本人のみならずかもしれないとも私は思っていて。それは、ビルマ人が非常に善良に描かれてあるからで、今の現状を見ていて、彼らもまた変わったのかもしれないと思うからで。ビルマとは、今はミャンマーと呼ばれるようになりましたよね。
2020年5月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
先に読んだ佐高信さんと早野透さんの対談本『丸山眞男と田中角栄』のなかで佐高さんが、小田実著『日本の知識人』のなかで小田が強調している「オモテの西洋、ウラの西洋」ということから西洋的知性を絶対化していない、と述べると早野さんが、小田が「オモテの西洋、ウラの西洋」と言うのは、表の西洋は池田潔の『自由と規律―イギリスの学校生活』であり、裏の西洋が会田雄次の『アーロン収容所―西洋ヒューマニズムの限界』だとしていた。
とにかく池田潔の『自由と規律―イギリスの学校生活』を先に読み終え、会田雄次著『アーロン収容所:西欧ヒューマニズムの限界』(1962年)を読むことにした。
本書は、会田雄次が1943年に応召されビルマ戦線に歩兵一等兵として従軍し、九死に一生を得て英国軍の捕虜となり、1947年に復員するまでラングーンに拘留された。
本書は、その時の捕虜体験を基に書かれた回想記である。
かって評者は、古山高麗雄の『兵隊蟻が歩いた』を読んでから、他の著作『断作戦』『龍陵会戦』『フーコン戦記』という戦争三部作を読んだことがあります。
ビルマでの日本軍の惨憺たる惨敗の記録を古山高麗雄のこれらの本で知ることができました。
おなじビルマでの体験でも本書のほとんどは収容所でのエピソードを書いたもので構成されています。
本書のなかで最も英国軍が残忍な仕打ちをしたことは、ミッチーナで重傷を負って捕虜になった人が著者に語ったことだったので下の・・・・・内に転載します。
・・・・・
「私たちは帰れないかもしれないから、この話だけはしておきたい。日本の人に知らせて下さい」と言って語り始めました。
「英軍はひどいことをします。私たちは、イラワジ河のずっと河下の方に一時いました。その中洲に戦犯部隊とかいう鉄道隊の人が、何百十人か入っていました。泰緬国境でイギリス人捕虜を虐待して多勢を殺したという疑いです。その人たちが本当にやったのかかどうか知りません。イギリス人たちは裁判を待っているのだと言っていました。狂暴で逃走や反乱の危険があるというので、そういうところへ収容したのだそうです。でもその必要はありませんでした。私たちは食糧がすくなく飢えに苦しみました。ああ、やはりあなたたちもそうでしたか。あの人たちも苦しみました。あそこには“毛ガニ„がたくさんいます。うまい奴です。それをとって食べたのです。あなたもあのカニがアミーバ―赤痢の巣だということを知っていますね。あの中洲は潮がさしてくると全部水に没し、一尺ぐらいの深さになります。みんな背嚢を頭にのせて潮がひくまで何時間もしゃがんでいるのです。そんなところですから、もちろん薪の材料はありません。みんな生のままたべました。英軍はカニは病原菌がいるから生食いしてはいけないという命令を出していました。兵隊たちも食べては危険なことは知っていたでしょう。でも食べないではいられなかったのです。そしてみんな赤痢にやられ、血便を出し血へどをはいて死にました。水を呑みに行って力つき、水の中へうつぶして死ぬ。あの例の死に方です。監視のイギリス兵はみんなが死に絶えるまで、岸から双眼鏡で毎日観測していました。全部死んだのを見とどけて、『日本兵は衛生観念不足で、自制心も乏しく、英軍のたび重なる警告にもかかわらず、生ガニを捕食し、疫病にかかって全滅した。まことに遺憾である』と上司に報告したそうです。なにもかも英軍の計算どおりにいったというわけですね」
・・・・・
著者は、このあと英軍は、なぐったり蹴ったりはあまりしないし、殺すことも滅多切というような、いわゆる「残虐行為」はほとんどしなかったようだ。しかし、それではヒューマニズムと合理主義に貫かれた態度で私たちに臨んだであろうか。そうではない。そうではないどころか、小児病的な復讐欲でなされた行為さえ私たちに加えられた。
しかし、そういう行為でも、つねに表面ははなはだ合理的であり、非難に対してはうまく言い抜けできるようになっていた。しかも、英軍はあくまでも冷静で、「逆上」することなく冷酷に落ちつき払ってそれをおこなっていたのである。ある見方からすれば、かれらは、たしかに残虐ではない。しかし、視点を変えれば、これこそ、人間が人間に対してなしうるもっとも残忍な行為ではなかろうか。
と、著者自身の思いを吐露していました。
評者は、この英軍の陰湿な行為を読みながら、先に読んだ池田潔の『自由と規律―イギリスの学校生活』におけるイギリスのエリート養成学校であるパブリック・スクールの卒業生の一人が、この収容所の司令官になっていてこの場で指揮していたのではないだろうかと妄想してしまったのです。
そして、日本兵捕虜たちの作業荷役の監督をする英軍兵士の多くが、荷数を数えるとき日本兵が暗算で簡単にできる足し算も掛け算もできない下層階級出身招集兵であろう。
その下級兵士すら、自分たちが白人であるだけで日本兵捕虜たちを人間扱いしなかったのです。
評者が先日読んだ『丸山眞男と田中角栄』のなかで佐高さんが、「日本兵なんかイエローモンキーくらいにしか感じていない」と語っていたように、白人にとって長い歴史のなかで人種差別思想が血肉にしみこんでしまっているのです。
著者や佐高さんのいうように確かに英軍たちは日本人を「イエローモンキー」くらいにしか見ていないのは確かなようです。
本書を読み終え、小田実のいう「ウラの西洋」を垣間見ることができ、「西洋的知性を絶対化していない」という小田の思想の意味を肝に銘じながら本書を読み終えたのです。
とにかく池田潔の『自由と規律―イギリスの学校生活』を先に読み終え、会田雄次著『アーロン収容所:西欧ヒューマニズムの限界』(1962年)を読むことにした。
本書は、会田雄次が1943年に応召されビルマ戦線に歩兵一等兵として従軍し、九死に一生を得て英国軍の捕虜となり、1947年に復員するまでラングーンに拘留された。
本書は、その時の捕虜体験を基に書かれた回想記である。
かって評者は、古山高麗雄の『兵隊蟻が歩いた』を読んでから、他の著作『断作戦』『龍陵会戦』『フーコン戦記』という戦争三部作を読んだことがあります。
ビルマでの日本軍の惨憺たる惨敗の記録を古山高麗雄のこれらの本で知ることができました。
おなじビルマでの体験でも本書のほとんどは収容所でのエピソードを書いたもので構成されています。
本書のなかで最も英国軍が残忍な仕打ちをしたことは、ミッチーナで重傷を負って捕虜になった人が著者に語ったことだったので下の・・・・・内に転載します。
・・・・・
「私たちは帰れないかもしれないから、この話だけはしておきたい。日本の人に知らせて下さい」と言って語り始めました。
「英軍はひどいことをします。私たちは、イラワジ河のずっと河下の方に一時いました。その中洲に戦犯部隊とかいう鉄道隊の人が、何百十人か入っていました。泰緬国境でイギリス人捕虜を虐待して多勢を殺したという疑いです。その人たちが本当にやったのかかどうか知りません。イギリス人たちは裁判を待っているのだと言っていました。狂暴で逃走や反乱の危険があるというので、そういうところへ収容したのだそうです。でもその必要はありませんでした。私たちは食糧がすくなく飢えに苦しみました。ああ、やはりあなたたちもそうでしたか。あの人たちも苦しみました。あそこには“毛ガニ„がたくさんいます。うまい奴です。それをとって食べたのです。あなたもあのカニがアミーバ―赤痢の巣だということを知っていますね。あの中洲は潮がさしてくると全部水に没し、一尺ぐらいの深さになります。みんな背嚢を頭にのせて潮がひくまで何時間もしゃがんでいるのです。そんなところですから、もちろん薪の材料はありません。みんな生のままたべました。英軍はカニは病原菌がいるから生食いしてはいけないという命令を出していました。兵隊たちも食べては危険なことは知っていたでしょう。でも食べないではいられなかったのです。そしてみんな赤痢にやられ、血便を出し血へどをはいて死にました。水を呑みに行って力つき、水の中へうつぶして死ぬ。あの例の死に方です。監視のイギリス兵はみんなが死に絶えるまで、岸から双眼鏡で毎日観測していました。全部死んだのを見とどけて、『日本兵は衛生観念不足で、自制心も乏しく、英軍のたび重なる警告にもかかわらず、生ガニを捕食し、疫病にかかって全滅した。まことに遺憾である』と上司に報告したそうです。なにもかも英軍の計算どおりにいったというわけですね」
・・・・・
著者は、このあと英軍は、なぐったり蹴ったりはあまりしないし、殺すことも滅多切というような、いわゆる「残虐行為」はほとんどしなかったようだ。しかし、それではヒューマニズムと合理主義に貫かれた態度で私たちに臨んだであろうか。そうではない。そうではないどころか、小児病的な復讐欲でなされた行為さえ私たちに加えられた。
しかし、そういう行為でも、つねに表面ははなはだ合理的であり、非難に対してはうまく言い抜けできるようになっていた。しかも、英軍はあくまでも冷静で、「逆上」することなく冷酷に落ちつき払ってそれをおこなっていたのである。ある見方からすれば、かれらは、たしかに残虐ではない。しかし、視点を変えれば、これこそ、人間が人間に対してなしうるもっとも残忍な行為ではなかろうか。
と、著者自身の思いを吐露していました。
評者は、この英軍の陰湿な行為を読みながら、先に読んだ池田潔の『自由と規律―イギリスの学校生活』におけるイギリスのエリート養成学校であるパブリック・スクールの卒業生の一人が、この収容所の司令官になっていてこの場で指揮していたのではないだろうかと妄想してしまったのです。
そして、日本兵捕虜たちの作業荷役の監督をする英軍兵士の多くが、荷数を数えるとき日本兵が暗算で簡単にできる足し算も掛け算もできない下層階級出身招集兵であろう。
その下級兵士すら、自分たちが白人であるだけで日本兵捕虜たちを人間扱いしなかったのです。
評者が先日読んだ『丸山眞男と田中角栄』のなかで佐高さんが、「日本兵なんかイエローモンキーくらいにしか感じていない」と語っていたように、白人にとって長い歴史のなかで人種差別思想が血肉にしみこんでしまっているのです。
著者や佐高さんのいうように確かに英軍たちは日本人を「イエローモンキー」くらいにしか見ていないのは確かなようです。
本書を読み終え、小田実のいう「ウラの西洋」を垣間見ることができ、「西洋的知性を絶対化していない」という小田の思想の意味を肝に銘じながら本書を読み終えたのです。
2019年7月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
色々考えさせられる、西洋ヒューマニズムの限界ではなく、日本人の限界と変えた方が良いと思う。
著者はイギリス人を小児病的復讐心を持って日本人捕虜を扱ったと言ったが、日本人は先にイギリス人に攻撃して多大な人命を奪い、イギリス人の権益を奪い、破壊したのだからイギリス人の恨みも仕方がないと言える、問題なのは日本兵がイギリス人捕虜を残虐に扱うのには問題ないが文明国のイギリスが復讐心を持つのはおかしいのだろうか?日本人はイギリス人に攻撃されたわけでもなく、領土を奪われたわけでもなく、権益も奪われた破壊されてもいないのに、イギリス兵を残虐に扱った、もしも日本兵がイギリス人のように大量に仲間を殺され、領土、権益を奪われた恨みを持って接していたら、日本軍はもっとイギリス兵に酷い事をしていたのではないか?それに、全イギリス人に紳士的に振る舞えと言うのは無理がある、高い教養を持った人間などでない限り絶対多数の教養の高くない一般人に復讐心を持つのはいけないと言うのは無理だと思われる、全てのイギリス人は聖人君子でないといけないのか?なら全日本人は聖人君子か?否ではないのか?日本軍の場合は捕虜を肉体的虐待の上に大量に殺したのに比べて、イギリス軍の精神的に非常な屈辱を与えらるような仕返しなど殺されるより遥かにマシなのじゃないだろうか?楽に生命を維持できて、しかもソ連軍や日本軍の捕虜になったものと比べれば遥かに良い環境なのに不平を言い、日本人特有の強烈な被害者意識を至る所で発揮する、そして収容所では盗賊団、ならず者集団と成り下がりながら、イギリス人を偉そうに批判する、イギリス人捕虜はもっと酷い環境下で遥かに文明的で立派な態度を取れたのに比べれば悲しくなる、それともやはり、イギリス人は日本人よりも数百倍も数千倍も立派でないといけないのであろうか?
あと文化摩擦でも著者の分析はツメが甘いように感じられる、日本人は日本書紀に書かれているように死体の近くには魂がまだ留まると
言う無意識的信仰がある、キリスト教やギリシャ文明の影響を受けた西洋人やヒンドゥー教徒のインド人、日本人とは違って厳格な仏教徒のブルマ人など多くの異民族は死んだ者の魂は別の所に行き、身体は魂、つまり本体が抜け切った抜け殻、だから、本体が抜けた入れ物をぞんざいに扱っても構わないと言う無意識的な考えがある、だから厳格な仏教徒のブルマ人が平気で死んだ日本兵の金歯を取るのも理解できるし、イギリス兵が事務的に死んだブルマ人を調べる時に足で蹴ったのも理解できる、もっとも、戦争中の事だから、双方ともに憎しみの感情で溢れているわけだから、簡単には判断できないし、それで全てのイギリス人の行動や考えを断定するわけにもいかないし、弱った日本兵の頭を事務的に叩き割り金歯を取ったブルマ人もたまたま日本軍に酷いことされた人達で日本人に特別な恨みがあった例外的な人たちであったのかもしれない、異文化を理解しようとする点でいけないのは、自分の文化的物差しから相手の行動を勝手に判断してしまう事である、相手は違う発想を基に行動、思考しているわけだから、日本人と同じ思考で行動していると考えるのは間違っている、根本的なほど考え方が違う、著者も言っているようにインド人さえ、明らかになにか日本人とは根本的な考え方が違う、下手したら、西洋人と日本人の違いよりも大きいのではないかと心配している、例えばカースト制などの風習の違いなど、この著者も含め、日本人は迎合的な文化や、郷に入れば郷に従うという、長い物には巻かれろ精神が強い、イスラム教徒などは何処の国に行っても自分達の生き方を絶対に変えないのに比べれば対照的でさえある。
ただし一番の問題点と自分が感じられる所は著者はイギリス人を批判しておきながら、日本人がやった数々の悪行は認めておきながらも、それに対する罪悪感が全く認められない事である、外国人にとって不可思議なのは、この日本人の妙な精神構造じゃないだろうか?強烈な被害者意識と傲慢なる自尊心を持ちながら、異民族に与えた被害はケロッと忘れる、不思議である。
悪いことをやったという事は認めるが、それぐらい水に流せとでも言いたげである、それは日本人同士だったら通じるとしても外国人には絶対に通じない、この点ははっきりと日本人はキモに命じたほうが良いと思う、彼ら外国人、特に欧米人は一度やったミスに対しては徹底的に責任を取るし、取らせる。
『英軍はアメリカやソ連と違って民主主義や共産主義の説教は全然やらなかった、、、(以下省略)もしそれをやられたら、、偏乗者や迎合分子が支配者となるのは確実である、そうなったら私などは日本人や、さらには人間そのものに対する希望を失っていただろう』
本当に偏乗者が支配者になったのだろうか?自分が読んだ他の書物では米軍の日本兵捕虜収容所では、このラングーン捕虜収容所と変わらない実力のある、親分的な人物が支配者になっただけで、日本人はどこに行っても日本人という事しか実感できなかった、この著者は至る所、分析が甘すぎる、それに希望を失うと言うが、本人はラングーン収容所では見なかったが、日本人には迎合主義的な所があると固い信念があるように思われる、見なかったから人類への希望は失わなかった、だけど、確実にそういう所が日本人にはあるという事を著者は疑っていない、この著者は絶望的な事しか言っていない、希望どころか絶望を説いているようにしか思えない、更にイギリスの数百年におけるアジア支配が全アジア人の全ての不幸というのも極端すぎる、いくらなんでも全て、イギリスが悪いというのは無理がある、イギリスがすべての悪の根源で、それ以外の全アジアは正義とでも言いたいのか?イギリスさえなければ、全人類はもっと幸せに過ごせたとでも言うような勢いである、本当にそうだろうか?アジア全体、インドやベトナム、インドネシア、フィリピン、中国、韓国、など、宗教から、文化、言語、風習、民族的にまで非常に違い、余りにも多種多様に分かれているアジアを一括りにするのもおかしいが、このアジアの文化園で一つでもイギリスより優れた文明を持った国があるだろうか?日本人がアジアの支配者だったら、イギリスよりも上手く統治できたのだろうか?
更に日本軍が東南アジアに侵攻したのは、八紘一宇というイデオロギーの為だったのだろうか?このイデオロギーは後付けの理由であり、真の理由は日中戦争を遂行し、勝利するためには石油が必要であり、その石油を確保するのが理由じゃなかったのだろうか?たしかにイギリス、アメリカに石油の提供を止められたが、それも中国におけるイギリスの権益を侵害したからではないのか?欧米人に対する暴行、殺害、欧米の所有する建物の破壊、誤爆や勘違いとは言え、10年近くも中国と戦争を続けて、欧米に散々、迷惑かければ、石油提供の停止も当たり前だと思うんだが。
本当に日本兵に八紘一宇のイデオロギーを理解して、信じて戦った者がいたのだろうか、著者も言っているように、日本人の戦争に行った信念というのはそこまで確固たるイデオロギーの元、行ったものとは言えない、一部の好戦的な関東軍将校の謀略や暴走に引きづられて、行き当たりばったりの行動をとったとしか思えない、著者自身が日本じたい、どうして戦争に行ったのか確かな信念もないまま、行ったと言うのに、八紘一宇を使って日本軍の行動を正当化するのはおかしいのではないか、それは建前上であって、本音はそんなイデオロギーなど大多数は、あるいは全員、日本人は信じていなかったんじゃないだろうか?まず、自分自身、八紘一宇と言われても、ちんぷんかんだったし、イギリスや中国のように、自国の信念が確固たるものであったのに比べると、日本は中途半端にしか思えない。
負けて当然としか思えない。
著者自身は日本軍の内部が本当は非常に腐敗しており、戦争末期にはそれが外部からも見えるぐらい、腐敗が隠せないものだったという事を言っているなら、なおさら、八紘一宇がツギハギのハリボテイデオロギーのにしか思えないのだろうか?
著者の本はイギリス人の考え方よりは一般の日本人の考え方を知ると言う点でとても興味深い、イギリス人の考え方は外国に数年、現地の人と一緒に住めばわかるようなことばかりだし、そこまで著者の分析が深いとは思えない、ただし、所々、興味深いところも多かったから、一概に悪い本とは言えない、しかし、分析や論理の点でやはり、それ以外の戦争関係の名作本と比べると、少々劣ると思えざるを得ない。
著者はイギリス人を小児病的復讐心を持って日本人捕虜を扱ったと言ったが、日本人は先にイギリス人に攻撃して多大な人命を奪い、イギリス人の権益を奪い、破壊したのだからイギリス人の恨みも仕方がないと言える、問題なのは日本兵がイギリス人捕虜を残虐に扱うのには問題ないが文明国のイギリスが復讐心を持つのはおかしいのだろうか?日本人はイギリス人に攻撃されたわけでもなく、領土を奪われたわけでもなく、権益も奪われた破壊されてもいないのに、イギリス兵を残虐に扱った、もしも日本兵がイギリス人のように大量に仲間を殺され、領土、権益を奪われた恨みを持って接していたら、日本軍はもっとイギリス兵に酷い事をしていたのではないか?それに、全イギリス人に紳士的に振る舞えと言うのは無理がある、高い教養を持った人間などでない限り絶対多数の教養の高くない一般人に復讐心を持つのはいけないと言うのは無理だと思われる、全てのイギリス人は聖人君子でないといけないのか?なら全日本人は聖人君子か?否ではないのか?日本軍の場合は捕虜を肉体的虐待の上に大量に殺したのに比べて、イギリス軍の精神的に非常な屈辱を与えらるような仕返しなど殺されるより遥かにマシなのじゃないだろうか?楽に生命を維持できて、しかもソ連軍や日本軍の捕虜になったものと比べれば遥かに良い環境なのに不平を言い、日本人特有の強烈な被害者意識を至る所で発揮する、そして収容所では盗賊団、ならず者集団と成り下がりながら、イギリス人を偉そうに批判する、イギリス人捕虜はもっと酷い環境下で遥かに文明的で立派な態度を取れたのに比べれば悲しくなる、それともやはり、イギリス人は日本人よりも数百倍も数千倍も立派でないといけないのであろうか?
あと文化摩擦でも著者の分析はツメが甘いように感じられる、日本人は日本書紀に書かれているように死体の近くには魂がまだ留まると
言う無意識的信仰がある、キリスト教やギリシャ文明の影響を受けた西洋人やヒンドゥー教徒のインド人、日本人とは違って厳格な仏教徒のブルマ人など多くの異民族は死んだ者の魂は別の所に行き、身体は魂、つまり本体が抜け切った抜け殻、だから、本体が抜けた入れ物をぞんざいに扱っても構わないと言う無意識的な考えがある、だから厳格な仏教徒のブルマ人が平気で死んだ日本兵の金歯を取るのも理解できるし、イギリス兵が事務的に死んだブルマ人を調べる時に足で蹴ったのも理解できる、もっとも、戦争中の事だから、双方ともに憎しみの感情で溢れているわけだから、簡単には判断できないし、それで全てのイギリス人の行動や考えを断定するわけにもいかないし、弱った日本兵の頭を事務的に叩き割り金歯を取ったブルマ人もたまたま日本軍に酷いことされた人達で日本人に特別な恨みがあった例外的な人たちであったのかもしれない、異文化を理解しようとする点でいけないのは、自分の文化的物差しから相手の行動を勝手に判断してしまう事である、相手は違う発想を基に行動、思考しているわけだから、日本人と同じ思考で行動していると考えるのは間違っている、根本的なほど考え方が違う、著者も言っているようにインド人さえ、明らかになにか日本人とは根本的な考え方が違う、下手したら、西洋人と日本人の違いよりも大きいのではないかと心配している、例えばカースト制などの風習の違いなど、この著者も含め、日本人は迎合的な文化や、郷に入れば郷に従うという、長い物には巻かれろ精神が強い、イスラム教徒などは何処の国に行っても自分達の生き方を絶対に変えないのに比べれば対照的でさえある。
ただし一番の問題点と自分が感じられる所は著者はイギリス人を批判しておきながら、日本人がやった数々の悪行は認めておきながらも、それに対する罪悪感が全く認められない事である、外国人にとって不可思議なのは、この日本人の妙な精神構造じゃないだろうか?強烈な被害者意識と傲慢なる自尊心を持ちながら、異民族に与えた被害はケロッと忘れる、不思議である。
悪いことをやったという事は認めるが、それぐらい水に流せとでも言いたげである、それは日本人同士だったら通じるとしても外国人には絶対に通じない、この点ははっきりと日本人はキモに命じたほうが良いと思う、彼ら外国人、特に欧米人は一度やったミスに対しては徹底的に責任を取るし、取らせる。
『英軍はアメリカやソ連と違って民主主義や共産主義の説教は全然やらなかった、、、(以下省略)もしそれをやられたら、、偏乗者や迎合分子が支配者となるのは確実である、そうなったら私などは日本人や、さらには人間そのものに対する希望を失っていただろう』
本当に偏乗者が支配者になったのだろうか?自分が読んだ他の書物では米軍の日本兵捕虜収容所では、このラングーン捕虜収容所と変わらない実力のある、親分的な人物が支配者になっただけで、日本人はどこに行っても日本人という事しか実感できなかった、この著者は至る所、分析が甘すぎる、それに希望を失うと言うが、本人はラングーン収容所では見なかったが、日本人には迎合主義的な所があると固い信念があるように思われる、見なかったから人類への希望は失わなかった、だけど、確実にそういう所が日本人にはあるという事を著者は疑っていない、この著者は絶望的な事しか言っていない、希望どころか絶望を説いているようにしか思えない、更にイギリスの数百年におけるアジア支配が全アジア人の全ての不幸というのも極端すぎる、いくらなんでも全て、イギリスが悪いというのは無理がある、イギリスがすべての悪の根源で、それ以外の全アジアは正義とでも言いたいのか?イギリスさえなければ、全人類はもっと幸せに過ごせたとでも言うような勢いである、本当にそうだろうか?アジア全体、インドやベトナム、インドネシア、フィリピン、中国、韓国、など、宗教から、文化、言語、風習、民族的にまで非常に違い、余りにも多種多様に分かれているアジアを一括りにするのもおかしいが、このアジアの文化園で一つでもイギリスより優れた文明を持った国があるだろうか?日本人がアジアの支配者だったら、イギリスよりも上手く統治できたのだろうか?
更に日本軍が東南アジアに侵攻したのは、八紘一宇というイデオロギーの為だったのだろうか?このイデオロギーは後付けの理由であり、真の理由は日中戦争を遂行し、勝利するためには石油が必要であり、その石油を確保するのが理由じゃなかったのだろうか?たしかにイギリス、アメリカに石油の提供を止められたが、それも中国におけるイギリスの権益を侵害したからではないのか?欧米人に対する暴行、殺害、欧米の所有する建物の破壊、誤爆や勘違いとは言え、10年近くも中国と戦争を続けて、欧米に散々、迷惑かければ、石油提供の停止も当たり前だと思うんだが。
本当に日本兵に八紘一宇のイデオロギーを理解して、信じて戦った者がいたのだろうか、著者も言っているように、日本人の戦争に行った信念というのはそこまで確固たるイデオロギーの元、行ったものとは言えない、一部の好戦的な関東軍将校の謀略や暴走に引きづられて、行き当たりばったりの行動をとったとしか思えない、著者自身が日本じたい、どうして戦争に行ったのか確かな信念もないまま、行ったと言うのに、八紘一宇を使って日本軍の行動を正当化するのはおかしいのではないか、それは建前上であって、本音はそんなイデオロギーなど大多数は、あるいは全員、日本人は信じていなかったんじゃないだろうか?まず、自分自身、八紘一宇と言われても、ちんぷんかんだったし、イギリスや中国のように、自国の信念が確固たるものであったのに比べると、日本は中途半端にしか思えない。
負けて当然としか思えない。
著者自身は日本軍の内部が本当は非常に腐敗しており、戦争末期にはそれが外部からも見えるぐらい、腐敗が隠せないものだったという事を言っているなら、なおさら、八紘一宇がツギハギのハリボテイデオロギーのにしか思えないのだろうか?
著者の本はイギリス人の考え方よりは一般の日本人の考え方を知ると言う点でとても興味深い、イギリス人の考え方は外国に数年、現地の人と一緒に住めばわかるようなことばかりだし、そこまで著者の分析が深いとは思えない、ただし、所々、興味深いところも多かったから、一概に悪い本とは言えない、しかし、分析や論理の点でやはり、それ以外の戦争関係の名作本と比べると、少々劣ると思えざるを得ない。