1953年から1954年にかけてのアメリカとヨーロッパの見聞記である。雑誌初出時のタイトルは「一留学生の手記」だった。たしかに本書は、ロックフェラー財団の奨学金を得て、イエール大学はじめいくつかの大学で学んだ留学記でもあるが、本書の大半は、留学生の肩書にとらわれず気ままに各地を旅してまわる放浪記のスタイルで書かれている。その意味で本書は、戦後の日本人による欧米旅行記の二大ベストセラー、犬養道子の『お嬢さん放浪記』と小田実の『何でも見てやろう』、の先駆けとなった。ただし、45歳にして初めて海外旅行に赴いた大岡昇平には、当時20代だった犬養や小田と違い、“お嬢さん育ちに一本筋金を入れよう”とか、“何でもみてやろう”といった気負いはない。
人物描写や風景描写はさすが作家のものだ。読んでいて“絵”がみえてくる。導入部では、旅の道ずれの日本人女性「R嬢」はいったい何者なのかを、ミステリー小説の登場人物風に描き出す。読者をあきさせない工夫がある。
先駆的な発見や紹介があって楽しい。例えば、アメリカ南部と日本の気候や風土の類似性。あるいは、クレオール(本書では「クレオル」とか「クリオール」と表記されている)文化を紹介し、18世紀のフランスにロマン主義が生まれ育ったのは、クレオールが存在したことと無縁ではなかったと指摘する。また、アメリカのギャングにふれたときマフィアについて、「何とかいうシシリー島に本拠を持つという秘密結社」と紹介している。当時の日本には「マフィア」という言葉はまだ定着していなかったのか。
著者の観察眼は随所に及ぶ。劇場に足を運べば、室内がこんなに暑いのは女性が肩をむき出しにしていられるようにするためだ、と見抜く。女性のガイド役の運転で鋼鉄の町ピッツバーグを見学したときは、女性の世話好きがいるのがアメリカの町の特徴だ、相手も女性がついていると悪いようにしないから万事都合よく運ぶ、とほくそ笑む。
「あとがき」で著者は、本書で「僕」と「私」を統一せず併用したことについてコメントしている。気忙しく旅をしているときに「僕」と、瞑想に耽っていると「私」と書きたくなるようだった、と述懐している。そういえば本書は、江藤淳の『アメリカと私』に代表される、アメリカと「私」との関係を考察した戦後の類書の先駆けでもあるのだ。
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ザルツブルクの小枝: アメリカ・ヨーロッパ紀行 (中公文庫 お 2-7) 文庫 – 1978/10/10
大岡 昇平
(著)
- 本の長さ361ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日1978/10/10
- ISBN-104122005744
- ISBN-13978-4122005747
登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (1978/10/10)
- 発売日 : 1978/10/10
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 361ページ
- ISBN-10 : 4122005744
- ISBN-13 : 978-4122005747
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