プライム無料体験をお試しいただけます
プライム無料体験で、この注文から無料配送特典をご利用いただけます。
非会員 | プライム会員 | |
---|---|---|
通常配送 | ¥410 - ¥450* | 無料 |
お急ぎ便 | ¥510 - ¥550 | |
お届け日時指定便 | ¥510 - ¥650 |
*Amazon.co.jp発送商品の注文額 ¥2,000以上は非会員も無料
無料体験はいつでもキャンセルできます。30日のプライム無料体験をぜひお試しください。
新品:
¥649¥649 税込
ポイント: 6pt
(1%)
無料お届け日:
3月30日 土曜日
発送元: Amazon.co.jp 販売者: Amazon.co.jp
中古品: ¥1

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
夏の朝の成層圏 (中公文庫 い 3-2) 文庫 – 1990/5/1
購入オプションとあわせ買い
- 本の長さ255ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日1990/5/1
- ISBN-104122017122
- ISBN-13978-4122017122
よく一緒に購入されている商品

この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (1990/5/1)
- 発売日 : 1990/5/1
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 255ページ
- ISBN-10 : 4122017122
- ISBN-13 : 978-4122017122
- Amazon 売れ筋ランキング: - 157,224位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について

1945年、北海道生れ。埼玉大学理工学部中退。
二十代から世界各地を旅し、ギリシャ、沖縄、フランスで暮らす。現在は、札幌在住。公式サイトは[cafe impala]
http://www.impala.jp
1988年「スティル・ライフ」で芥川賞を受賞。詩、小説、随筆、翻訳(英・ギリシャ語)、書評と執筆は多岐にわたる。広く深い文学的教養と理系的知識を土台に、自然と人間の関わりについての示唆に富んだ作品を多く著している。
ワープロ原稿で芥川賞を受賞した初めて作家でもあり、9.11をきっかけに毎日メールマガジンを通じて意見を表明する(『新世紀へようこそ』に収録)など、早くからデジタル・メディアの活用に関心を持つ。2014年からは株式会社ボイジャーと共同で自身の著作の電子アーカイブ化にも取り組んでいる。
主な著書に『母なる自然のおっぱい』(読売文学賞)『マシアス・ギリの失脚』(谷崎潤一郎賞)『ハワイイ紀行』(JTB出版文化賞)『花を運ぶ妹』(毎日出版文化賞)『すばらしい新世界』(芸術選奨文部科学大臣賞)『イラクの小さな橋を渡って』『憲法なんて知らないよ』『言葉の流星群』(宮沢賢治賞)『静かな大地』(親鸞賞)『パレオマニア』等。2003年、著作活動全般について司馬遼太郎賞、「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」の編纂で朝日賞を受賞。
東日本大震災の後は被災地に通い、『春を恨んだりはしない』『双頭の船』『アトミック・ボックス』を執筆。震災をきっかけに日本と日本人について思索したいとの思いから、「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」に取り組み、2014年末から刊行開始。
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
池澤作品はどれもそうですが、ハードな設定を真に受けて冒険談として読めば肩透かしをくらいます。
この作品は漂流冒険物語として始まりますが、さまざまな「幸運」によって主人公は物質文明の恩恵を受けます。そればかりか知的な友人にもセックスの相手にも恵まれてしまうのです。
39年前に読んだときは、それでしらけたような気持ちになったのではなかったか。
けれどもどうしても気になる「何か」があり、十数回の引っ越しにもかかわらずきれいなまま保持してきました。このたび他の作品もあわせて読み返すうちに、そうした設定でなければ語れない必然があることもわかってきたように思います。「設定なんてどうでもいい」のではなく、「もっとハードボイルドでもよかった」ということでもなく、このボーダーを行き来するあやうさこそが大前提だったんですね。
本作には原初の生命と文明、自分という存在の核と辺縁、人や社会との関係性など、哲学的な探求が山のように盛り込まれています。しかも若者特有の気負いではなく、声高でも結論ありきでも冷笑的でもなく、ひとりの凡庸な人間が謙虚に懸命に今を生き、その中からぼんやりした感情や思考を少しずつ言葉に変えていくのです。
その営みが作品となっていく形ですが、言葉から漏れた真実、断言したことによる嘘にこそ思いを馳せるという姿勢で貫かれています。拡散していたガスがまとまり星や星雲をつくっても、暗闇の部分には真空なり暗黒物質なりがあって、宇宙全体はとらえきれないほど巨大です。大自然を前にした池澤作品の謙虚さは、一般的に言われるスピリチュアルとは一線を画しています。
とにかくご一読を。大海に浮かぶ環礁という風景も圧倒的に美しく、風や匂いのように時空を超えたもの、自然や文化への敬意と惜別、人間の存在と孤独、その曖昧さと愛おしさなど……小説で読みたい多くの「何か」を感じることができるでしょう。
ただ、良書の常だと思いますが、読後は深い寂寥感に包まれます。しばらくぼうっとすることをおすすめします。
どちらの方が幸せか。読み終わっても答えは出なかったが。
沖縄、フランス、そして再び北海道と、
それぞれの土地を深く愛しながら、丹念に
観察し、記録し、やがて新たな場所を
見つけて旅する作家。
この長編処女作も、今になって読むと
どこかその作者の思いが感じられてしまう
ところが面白く感じます。
内容についての感想はすでに多くあるので、
後はKindle版の印象。
最も好きな著者のひとりである池澤さんを、
電子書籍で読んだのは初めてで、それを
テーマにした新書(「 本は、これから 」)
も出していらっしゃるのですが、当時は
本当にご本人の著作を電子書籍で読む
ことになるとは思っておらず、少し
不思議な感覚になりながら読みました。
ただ、紙で読むのに比べても、池澤さんの
場合はあまり違和感を感じません。それだけ
言葉に力があるからなんだろうな…と、
妙に納得。「本は、これから」で様々な方が
おっしゃっていたこととも重なり、これも
ありかな?と感じています。
これだけ古いと、文庫の中古のほうがずっと
安くなってしまっていますが、ふと懐かしい
物語を読みたくなった時、すぐに読めるのは
ありがたかったですね。
おすすめします。
けして早くはないデビューだったせいか、この作品にはその後池澤さんがずっと追い続けることになるテーマが、既にある形をもって、美しく提示されています。実際に描かれているのは、漂流した1人の男の物語ですが、わたしたちは読みながら彼の飢えを想像し、息づかいを追い、安らぎと喜びを追っていくうちに、おのずと対立する2つの世界が立上がってきます。
…自然の混沌の中に溶け込んで、日々生きるためだけに生きるのか。
…人間が作り上げた秩序と安寧さの中で、思考する者として生きるのか。
その2つの対立は、東洋なるもの/西洋なるもの、ふるさと/都市、不揃い/秩序、文明/自然…形を変えながら、繰り返し登場します。
それは単に「昔の暮らしが良かった」といった類いの感傷ではありません。その感傷性を排除するために、主人公は必要以上にクールに自らを振り返ることになります。「仮に住む者」「資格がない」…しかしながら語り手がクールであればあるほど、我々が失いつつあるもの、そして既に失ってしまったものへの喪失感が胸にせまってきます。
池澤さんの自然の表現は、不思議な透明感に満ちていて大好きなのですが、この本はその表現が溢れています。たどりついた島でヤシの実を何とか削り、その液体がのどに流れ込んでくるさま。貝の肉を食べたときの体の喜び。魚との格闘。冒頭の漂流のシーンでさえ、不安や恐怖よりも、自然に体をゆだねる喜びの方が伝わってくるほど。
自然と一体となって生きるのは、もはや私たちにとって失われた幸福なのかもしれません。しかしこの本を読むと、私たちにもその幸福の片鱗を味わう、わずかな端緒は残されているように思うのです。
池澤さんファンの方も、初めての方も、ぜひ読んでほしい一作です。
人間にとっての幸せとは知識を得て、物質的な豊かさを得ることなのか、それとも生存することにとっては余分な情報をカットして、本来の生きていくための知恵をもって自然と共に生きていくことなのかを考えました。
全くの無知では生きていけない、しかし知識を得ればその分自然とは遠ざかる。どこに自分の立脚点を置くかで世の中に対する見方も変わってくるのでしょう。自分を見つめ直すよい機会となる一冊でした。
この人の作品は総じて初期のものの方が好きなのだけれど、
中でもとりわけ、この作品が好き。
どういえばいいんだろう。
清冽。
瑞々しい。
懐が大きい、かんじ。
それでいて繊細。
冒頭部分、島の夕陽の描写が限りなくうつくしい。
この小説にあまりにも感動したので、多くの人に勧めたが、あまり反響が良くなかった。それはひとつには冒頭の読みにくさによるものだと思われる。しかし、この読みにくさも池澤氏の計算のうちなのである。この小説は、他のいくつかの池澤氏の作品がそうであるように、劇中劇の体裁をとっている。つまり本の終わりに彼が書きはじめる物語こそこの小説なのである。この小説の冒頭は、まさに彼の書きはじめなのである。彼は、物語が終わるときは自分が島を離れるときだと知っていた(そして読者にもそのことが確信される)。なぜなら、文字を書くこと、物語を紡ぐことこそ、もっとも人間的、文化的な営みであり、それは端的に存在する自然というものの反対に位置するものである。自分の経験を秩序立て、意味付けるのである。それに彼には抵抗があり、ためらいがあった。そのためらいが、冒頭のゆれる文章に見事に現れている。いやもう完璧な作品である。物語の終盤、映画俳優の仲間たちの前で、自分の思いをためらいながらのべる、彼の「夏の朝の成層圏のような」言葉に胸がうたれる。
自らの力で生きることを知り、徐々に自然の中で
暮らして行くことを認めていくようになるが、、、
生きる力を発見していく主人公を通して、
自然と文明社会との対比を鮮やかに描きながら、
単なる批判に終わらせず、未来への希望を感じさせる。
夏の青空のように透きとおった文章が、爽やかな風を運ぶ。
読み終わった時、自分の居場所がやけに騒々しく
感じてきた。