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わたしの人生案内 (中公文庫 け 1-1) 文庫 – 2004/11/1

3.0 5つ星のうち3.0 2個の評価

高度経済成長のさなか、日本と日本人はかつてない速度で変貌し続けていった。仕事、友情、結婚生活、病気、そして老境——ユウモア文学の第一人者として昭和の文壇で健筆をふるった著者がしみじみと綴る人生のあれこれ。
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登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 中央公論新社 (2004/11/1)
  • 発売日 ‏ : ‎ 2004/11/1
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 文庫 ‏ : ‎ 217ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4122044502
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4122044500
  • カスタマーレビュー:
    3.0 5つ星のうち3.0 2個の評価

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源氏 鶏太
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上位レビュー、対象国: 日本

2023年4月20日に日本でレビュー済み
源氏鶏太(1912-1985)は小説がうまく、随筆は下手糞な方である。
 平板で読ませどころがない。これは「私の自叙伝」を見てもそうだったので、ある種の作家の才能は小説に特化し、自己開示はすべて小説に展開され、随筆を読むとおそろしく凡人というケースがあるが、源氏鶏太もまさしくこのタイプの小説職人と思われる。それは瀬戸内寂聴や佐藤愛子のように、名前と共にくっきりとその本人のキャラクターが浮かぶ人物と比較すれば歴然である。

 時折、はっとする指摘がある。しかしそれはテクニックか、あるいはここぞとばかりに種明かしをするというよりはネタとして起承転結のなかでさらりと書くだけなので、奇巧を凝らしてヤマを作り、落ちをつける感じではない。それでも…

・夢のない生活は動物的になる。しかし夢だけでは得られるものは心痛だけ。夢がかなえられないとその都度悔しがっていては、この世は不満だらけで心痛が残るだけである。
 そこに必要なのはユーモアである。現実を見つめ、夢を描き、しかも叶えられなくとも、人間とはそうしたものと割り切ってしまえば自棄にならない。
・先輩社員を尊敬せよ。しかしいつまでも尊敬のしっ放しは困る。いい加減の所で相手の正体を見破るべきである。いい気にならせておいて、その足許に冷たい眼を送っておく。その程度の芸当が出来なくては困る。嫌な上役が明日にも交通事故で死ぬかもしれないのである。
・思い切ってその懐に飛び込んでみるのも一つの手である。そこからお互いの好さを認めることになって、親近感を深める幸運に巡り合うかもしれない。しかしその勇気と決断力がマイナスの結果になることも少なくない。
・人間が幸せになるためには華やかさを感じさせるようになっておくことが大切である。水商売で成功している女を見ると、美人であることよりも、その身に付けた華やかさが秘訣のようになっている。

 住友不動産で25年勤務し、「私は商業高校出なので、出世は出来ないと見極めていた。課長がせいぜいだった。しかし定年まで課長であってもその地位に向かって努力する気でいた」という本人の述懐を見ると、戦前の学歴社会は厳然たる知能的身分制で、21世紀の勝者総取り的起業型資本主義とは違うが、課長は平社員と10倍も収入が違うとある記述を見ると、戦後日本のサラリーマン社会は全体が豊かになったように見えるが、現象的には賃金格差は減少し、上役が何人もの家族を一人で養うような賃金体系、また利益の上げ方はできなくなっていた背景をちらりと垣間見させる(令和はそれどころではなく、非正規雇用では自分一人すら大変なのは、むしろ貧困化しているが)
 「それでも定年まで仕事に一生懸命になるつもりであった」とあるが、昭和はサラリーマンになるのが主流であり、しかもそれが人生を拘束される強烈な組織社会であったことと、集団性の強力さも思わされた。平成の停滞を経由して、貧困の令和を見ると、この激烈な組織性と集団性と、停滞と自由さのどちらが良いかは筆者はまだ2020年代の自由さの方がマシではないかと思うが、これは人によって違うかもしれない。

 ・私の小説は勧善懲悪で終わっていることが多い。もちろん、現実では勧善懲悪で終わることは少ない。私は、それを知ってそういう結末にしているのは、そうあって貰いたい、読者に小説の上だけでも安心し、喜んで貰いたいのである。

 こう書く著者は、じつは複雑怪奇な内面を持っていた。しかし、内心を無闇と人に漏らさず、気を許していないのか、あるいは周りが油断できない環境と考えていたのか、昭和人の著者の世界観は、平成に精神構造が完成した筆者から比べるとはるかに秘密主義に思われる。
 それは防御のためか、いつ社会的生命、また生物的生命が絶たれるか分からない戦争を経験したせいかは不明だが、それは反面、源氏鶏太は善良な精神構造を持ち、上記の引用は世知であるとともにミステリや国際政治の分野であれば児戯のようなレベルであり、全体では凡人であったことを示している。
 そうした複雑な内面をも伺わせつつ、それを明らかにすることはなかったような…そしてそれを含めても、源氏鶏太は小説職人で、そしてそれ以外の分野では凡庸だったのではないか、という源氏鶏太文学の本質をもうかがわせる一書だった。
 そしてそれは、森鴎外・夏目漱石の晩年に生まれた源氏鶏太の文学は、昭和にあっては大正文学のような複雑性を備えず、より大衆的なものになっていった結果を照射していた。2005年に再編集されたこの本を筆者は人生の教訓というより、昭和のサラリーマン企業文化、その成員の精神構造の参考資料のように読んだ。そうした意味でもこの「人生案内」は「昭和時代での人生案内」であり、その案内を必要とした社会的土壌はすでに「失われた時を求めて」的な考古学になっているのかもしれない。いくつか発見はあったが、それはその土台から生まれたもので、率直に言って普遍に達したと思えたのはさきほどの数行ぐらいだった。
 この人が13才年下の三島由紀夫(1925-1970)、23才年下の大江健三郎(1935-2023)をどう見ていたのか知りたい気もする。とはいえ源氏鶏太は自分の世界を確立し、広範なファンに良質な娯楽小説を豊富に提供し、十分に社会的な成果を得た大家である。
 文学史とはかかわりなく、社会に必要な業績であり、稀有の達成であることは言うまでもない。そして筆者はいくつか著者の小説もひもといたが、それは既にある一定の成果を上げ、源氏鶏太文学は今日では図書館の書庫でコールドスリープされていることもまた、御本人も受け入れられておられるのではないかとも…。(どんな著者もいつの時代も常に広く読まれたいだろうけれども、それはそれとして)